今日は 子どもたちの学校の 卒業式です。 6年生たちが、心もからだも成長して 巣立っていきます。 自分の子どもでなくても、「卒業」という言葉には 感慨深いものがあり いろいろな気持ちが交錯します。 過去を懐かしんでみたり 子どもたちの未来を 喜ばしく想像してみたり。
卒業生たちの 今の「将来の夢」は 必ずしもその子たちの未来の青写真ではないでしょう。 みんながみんなJリーガーにはなれないし、オリンピックには全国のツワモノが競い合うのです。 弱いものの味方のお医者さんになるのも、行列のできる店のパテシエになるのも、世界的なピアニストになるのも それはそれは大変な努力と苦労と支援と・・・様々なものが必要になってもくるでしょう。
その夢が 明確な職業でなくてもいいと思います。 「いい人」でも「お嫁さん」でも「社長」でも。
それでも 子どもたちに夢が必要なのは 歩き出す道標になるから。 1歩踏み出すのは なかなか時間がかかるものだとしても、こちらへ進もう!と 体の向きを変え、心の準備はできるものです。 そうしたら、隣で手をとってくれる大人がいるかもしれないし、向こうで手招きをしてくれる先輩がいるのかもしれません。
その道は 途中で立ち止まることもできるし、方向転換もできる道です。振り返ることだってできます。
その 道は 確かに 輝かしい。 ご卒業、おめでとうございます。
『ピアノ調律師』 M・B・ゴフスタイン
デビーは、両親を失い おじいさんの元で暮らすことになります。 おじいさんはとても腕のいいピアノ調律師。 デビーのことを ピアニストにしようと考えますが デビーには 他の夢がありました。 それは、おじいさんのような 立派なピアノ調律師になるという目標です。
卒業生たちの 今の「将来の夢」は 必ずしもその子たちの未来の青写真ではないでしょう。 みんながみんなJリーガーにはなれないし、オリンピックには全国のツワモノが競い合うのです。 弱いものの味方のお医者さんになるのも、行列のできる店のパテシエになるのも、世界的なピアニストになるのも それはそれは大変な努力と苦労と支援と・・・様々なものが必要になってもくるでしょう。
その夢が 明確な職業でなくてもいいと思います。 「いい人」でも「お嫁さん」でも「社長」でも。
それでも 子どもたちに夢が必要なのは 歩き出す道標になるから。 1歩踏み出すのは なかなか時間がかかるものだとしても、こちらへ進もう!と 体の向きを変え、心の準備はできるものです。 そうしたら、隣で手をとってくれる大人がいるかもしれないし、向こうで手招きをしてくれる先輩がいるのかもしれません。
その道は 途中で立ち止まることもできるし、方向転換もできる道です。振り返ることだってできます。
その 道は 確かに 輝かしい。 ご卒業、おめでとうございます。
『ピアノ調律師』 M・B・ゴフスタイン
デビーは、両親を失い おじいさんの元で暮らすことになります。 おじいさんはとても腕のいいピアノ調律師。 デビーのことを ピアニストにしようと考えますが デビーには 他の夢がありました。 それは、おじいさんのような 立派なピアノ調律師になるという目標です。
ブルッキーは、私の好きなタイプの絵本でゴフスタインさんのファンになりそうです。
十一月の扉は、手にとってびっくり。字も小さいし、なかなか手ごわそうな感じですね。
本も、興味を持っていただいて嬉しいです。
ゴフスタイン、すごく素敵ですよ。
内容ももちろんですが、手に取る本としての形自体が
ものすごく好きです。大きさとか、作られ方とか。
この「ピアノ調律師」や「ゴールディのお人形」とか
「いきとしいけるもの」とか(う~ん、キリがない・・・)
ぜひぜひ読んでみてくださいね。
十一月の扉、そう(笑)手ごわそうなのです。
ちょうどこれを読んでいるとき、ジブリの「耳をすませば」
がテレビでやっていて、思春期頃の可愛らしい恋心を思い出したのでした(笑)