蔵書目録

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「舞扇恨の刄」 (歌舞伎座)  1 (1891.7.15)

2022年01月18日 | 翻訳・翻案 小説、詩歌、映画

 

歌舞伎座筋書

     木挽町三丁目
       歌舞伎座

   狂言名題

   一番目狂言
 〇舞扇恨の刄 全五幕
   中幕
 〇千本櫻 河連法眼館の塲
   二番目狂言
 〇志渡浦海人玉取 上下二卷

  〇町方與力赤井三右衛門  市川壽美藏
  〇侠客新橋の幸七     
  
  〇大坂浪人澤田一角    市川八百蔵
  
  〇上野佛畵師詫間釆女   市川新藏
  〇御勘定奉行深江近江守
  
  〇手先頭伊兵衛      中村勘五郎
  
  〇御用達町人菱刈源太夫  市川猿之助
  〇町奉行筒井伊賀守

  〇御狂言師坂東歌扇    坂東秀調

  〇琴の指南生田松江    市川女寅

〇歌舞伎座筋書第四號

一番目 狂言 舞扇恨の刄 まひあふきうらみのやいば 全五幕
  
〇序幕〔谷中安養寺門前之塲〕
  
幕明くと茲に安養寺の所化信念、寺男喜助同八藏の三人立掛り居て、此節上方の飢饉で江戸市中は大した不景氣其上先月大坂で大䀋 おおしほ の騒動が有てからはお寺の納物 をさめもの が減て中々根津へも音羽へも出掛られぬト此筋の臺辞 せりふ を云ひ宜敷 よろしく 可笑味 おかしみ の事抔 など 有て喜助は下手に八藏は門の内に這入る此所 こヽ へ向 むかふ より御用達町人菱刈彌太夫、俳諧宗匠丸手俗齋、幇間 たいこもち 櫻川善孝三人出て來たり(菱刈)時に此 この お寺に此間から詫間釆女と云ふ繪師が佛檀を彩色 さいしき して居ると云ふ事ゆゑ一寸寄て見て往かう(善孝)夫 それ では私しが一寸聞て參りませうト所化信念の側 そば に往き一朱紙を包みて出し用があるから釆女に逢せてくれと賴む信念は頭を騒 か き(信念)是 これ は御功徳な事で御座る愚僧が御案内申そうと三人を連て門の内に這入らうとする此所へ上手より手先頭 てさきがしら 伊兵衛出て來 きた り三人に挨拶を爲す(菱刈)時に伊兵衛さんこの節は大坂の騒 さわぎ で世間が喧しいじやねへか(伊兵衛)ナニ夫程にも御座へませんが大鹽の徒黨の中 うち で此江戸へ逃て來たものがあるので少し忙しく成て來ましたト咄 はな しをして信念を初め三人は門の内に這入る跡に伊兵衛殘り切 しき りに寺の内を覗 うかが ひ(伊兵衞)何でも大坂の一件物が此寺に隱れて居るに違ひ無いと考える事宜敷有て此道具廻る

〇同 〔同く内陣の塲〕

此所に上野の佛畵師詫間釆女は厨子 づし の扉の彩色 さひしき して居る其一枚は文殊獅利が獅子に乘りし圖にて是は已に出來 しゆつらい なし今彩色して居るは普賢菩薩が白象 びやくぞう に乘りし圖なり其側 そのそば には菱苅彌太夫、丸手俗齋、櫻川善孝の三人繪を見て居る(菱刈)イヤ中々味 うま く出來ました時に釆女さん大䀋の騒動お聞なすッたかト是より其噂をする(釆女)その大鹽と云ふは中齋先生と申して私しも先年修業の爲上方へ參ッた時逢た事が御座いますが中々謀叛 むほん を起す樣な人では御座いませんが是には何か仔細のある事でせうト是を聞きて(菱刈)其樣 そんな 事を云ふと何樣 どんな 災難に逢ふかも知れぬト戒めて三人は下手に這入る此時須彌檀 しゆみだん の天井を破りて澤田一角風呂敷包を抱へて飛下りる釆女は刀を追取り尤 とが むる(一角)御見忘れありしか釆女どの先年大䀋先生の所にて御目に掛りし澤田一角で御座る(釆女)是は御見それ申して失敬の段御面あれシテ此天井に𢖫ばれしはト不審をする是より一角は先月十九日(乃 すなわ ち天保八年二月十九日)大䀋に一味爲 な し船塲の騷ぎより追手の中を潜 くヾ り抜け中山道を經て兩三日前江戸表へ着 ちやく いたしたり釆女は是を聞て何故其塲にて討死は致されぬぞと詰 なじ る(一角)討死せんとは思ひしが世間の人は只一口に大鹽が謀叛にて大阪市中を燒拂ひしとのみ言做 いヽなし て我々の心の中 うち を知らず殊 こと に又大鹽の一黨を憎み切たる大阪奉行所のことゆゑ假令 たとひ 名乘出たりとも心底明白に相成ねば此上は天下の御膝元評定所のお白洲へ名乘出でんと存じ江戸表へ參たり哀れ大鹽始め一味の者が事を謀りし心底を明細 めいはく に相認 あいしたヽ むる間 あい だ御かくまひ下されまいかト賴む釆女は其儀ならば承知いたした外々は却て目に立つゆゑ拙者が根岸の宅へ夜に入たら御出なされして又何して此寺には御𢖫び被成 なされ しかト尋ねる(一角)當時深川六間堀に住居 すまゐ いたす生田松江と申す琴引 ことひき は昔しの好 よし みあるゆゑに其手引にて彼が菩提所なる此寺には潜みたれども最早此寺とても危 あやう ければ姿を變て𢖫出で塲所を替えよと渡しくれたる是包 このつヽ みと是 これ より一角は須彌檀の陰に入り松江の着物を着て女の姿に扮 やつ し裏路 うらみち より花道に掛る此時向ふよりお狂言師坂東歌扇出て來て一角に行逢ひぢろりと其姿を見遣りて釆女の側 そば に來り(歌扇)今日松源まで來たから一寸寄りましたト云ひつヽ文殊の顔を見て俄に悋気を起し(歌扇)此文殊さんの顔は松江さんの生寫 いきうつ したッた今裏道で出遇た女は松葉巴の紋の附 つゐ た羽織を着て居たが慥 たしか に松江さんに違ひ無い扨 さて は松江さんと今まで此所 こヽ にもたついて居たのじやなアト切 しき りに怨 うらみ を云ふ釆女は困り果てヽ決して爾 そう では無い惣別此樣 こんな 繪を書くには心に目的 めあて を拵えて書出すもので此文殊樣は松江を手本に書 かい たゆゑ其似顔と疑ふも理 こと はり又松江だッて此お寺に來ぬとも限らぬ何 ど うであの人の菩提所であらう(歌扇)成程此お寺が松江さんの菩提所と云ふ事は慥 たしか 聞た事があッたッけト是にて漸く心納まり(歌扇)今夜中村屋のお浚 さらひ を濟ましてから根岸へ往くが宜 よ いかエト聞く釆女は一角をかくまふ約束のあるゆゑ今夜は上野の坊樣が咄 はな しに來るゆゑ來ては成らぬト云ふ夫 それ では又近い内にと約束をして歌扇は還 かへ る

〇同 〔同く本堂の塲〕

上手には町方同心靑山新藏、黑塚五八下手には住持虚誕納所信念手先頭伊兵衛其他手先寺男共居る此模樣は町方の役人が澤田一角の隱れ居るを勘付き捕へに來たる体なり同心二人は此寺に一角をかくまいあらうがト吟味する住職 じうじ は一向存ぜぬト言ふ(靑山)然らば本堂内陣を捜して見ろと云附 いヽつく る皆々は心得て本堂内陣を捜す伊兵衞は天井のはがれてあるに氣が附 つゐ て須彌檀の中に這入る(伊兵衛)やア旦那隱れて居たに相違御座へませんト最前一角が脱棄たる紋付の衣類風呂敷包を持出て風呂敷をはたくと中より女紙入 をんなのかみいれ 落る(伊兵衛)やア此紙入の金物は松葉巴是は確に生田松江と云ふ琴引の定紋はアト勘が附き扨 さて は先剋 さつき 裏口から出て往 いつ た女は澤田一角であツたかと知り繪を書き居る釆女を見て怪しいト靑山黑塚に咡 さヽや く兩人は釆女の側 そば に往き(靑山)貴公は澤田一角といふもの御存じであらう(釆女)イや一向に存じません(伊兵衞)夫じや生田松江と云ふ琴引は御存であらう(釆女)夫は存て居ります(伊兵衞)其松江が今しがた此所 こヽ へ參りは致しませんか(釆女)頓と心附ませんでしたト濟 すま して繪を書て居る(伊兵衞)へーそうですかト靑山黑塚と顔見合せ怪しいと云ふ思入にて幕

〇二幕目 〔向兩國中村屋浚の塲〕
 
舞臺は都 すべ て兩國中村屋お浚 さらい に付 つき 樂屋の体にて踊 おどり の師匠大勢部屋着の儘にて顔をして居るもあり衣裳を調べて居るもあり或は振を當て見たり戯談 じやうだん を云ひ抔 など して居る所に上手より坂東歌扇(是は道成寺の所作を勤むる積 つもり なり)部屋着の形 なり にて出て來る跡に次 つヾ ゐて手先頭伊兵衞出で來り(伊兵衞)やア師匠おめへ今日谷中の安養寺に往た時誰ぞに遇ひはせぬか(歌扇)イヽエ會ひはしませぬ(伊兵衞)ハテナ會た筈だがト氣を持 もた せ序幕に拾た紙入れを出して見せる(歌扇)此紙入は生田松江さんのだが何 どう してお前が(伊兵衞)今日安養寺の内陣で拾たのだト聞きて歌扇は扨 さて はと心附き一寸御聞申度い事があるからト伊兵衞を伴ひて小座敷に往く

〇同 〔同く小座敷の塲〕
 
歌扇は伊兵衞を連て此所に來り其紙入れを何 どう して安養寺の内陣で拾たかト尋ねる是 て伊兵衞は實は今日些 ちと 調べものが有て彼 あの 寺へ往くと内陣で釆女さんと女の聲がするゆゑお前が來て居るのであらうと暫く扣 ひか へて居たが果 はて しが附 つか ねへから咳佛 せきばらひ をして見るとあわてヽ内陣から飛出した女は外の女夫 それ から内陣へは入て四邊 あたり を見ると其紙入れが落ちてあつたト歌扇を煽 おだて る歌扇は悔しがる事宜敷 よろしく ある(伊兵衛)時に今夜其松江が根岸へ往くのをおめへ知て居るかト聞く是にて歌扇は愈々悋氣の角を立て(歌扇)道理から今夜は上野の坊樣達が來るから來ては惡いと言 いひ ました時に親方此紙入何卒 どうぞ 私しにおくんなさい(伊兵衞)何 どう する積 つもり だ(歌扇)是を證据 しやうこ に是から根岸へ往き散々恨を云 いは にやア成らぬト是を聞きて伊兵衛は其計畧 はかりごと の當りしを悦び根岸へ往たら先 まづ 第一に脱 ぬい だ下駄に氣を附け馬鹿を見ぬ樣にしなト親切らしく言含めて這入る歌扇は往かうとするを後の襖の中 うち より侠客 おとこだて 新橋の幸七呼止め(幸七)お前今夜根岸に往くのは止めにしねヱ伊兵衛が其紙入れを拾たと云ふには何か譯があらうし殊に松江は今度の大鹽一件で目星の附 つゐ た女ひよつとすると其紙入でお前を囮に遣 つか はふと云ふ狂言かも知れぬへト云へども歌扇は聞入れず表面 うわべ は納得せし振にて這入る跡幸七一人にて吟味與力 よりき の筆頭でも心の善無 よくな い赤井三右衛門夫に附添ふ惡ものヽ伊兵衛大鹽の一件を餌に歌扇をば手に入るヽ仕事を巧ンで居はせぬか心掛 こヽろがヽり の事だト案じられたる思入 おもいヽれ にて此道具廻る



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