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蔵書目録

明治・大正・昭和:音楽、バレエ、演劇、医学、二・二六、目録:蓄音器、風琴、煙火、音譜、絵葉書、中国:辛亥、中共、文革

『バレエ』 1号 橘秋子バレエ団 (1947.11)

2024年07月09日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

   

  バレエ
   1号 橘秋子バレエ団
  
  魔の笛  川路柳虹
  
    忘れた笛は  魔の笛
      水色の空に
        小鳥を呼ぶ
    森の木がくれ
        泉のほとり
    小鳥は知らぬ
        夢を追ふ
  
   橘さんと「魔の笛」
          川路柳虹  
 最近バレエが盛んになつて來た事は大變喜はしい事だと思ひます。私も隨分バレエを見て來ました。バレエを見る人は多分誰でも感じると思ひますが、バレエの美しさの中に詩情が多分に含んでゐる事が一層私をバレエファンにしたのかも知れません。特に橘さんのバレエを見て居りますとその感が深く、詩の躍動を連想させ美しい世界に引込ませてくれます。
 今度私の詩を橘さんが振付をしたいと御話のあつた時、私は橘さんなら詩を生かし立派な美しい作品に作りあげてくれると樂しみにして居ります。「魔の笛」はごく輕い内容のもので「不思議な笛」とか「戀の笛」とかにしたかつた位でした。小鳥と少年のロマンチックな物語りから、人間純愛を描き出さうと意圖する橘さんの詩的抱負が期待され、作品の出來上るを樂しみにして居ります。
 橘さんもお一人で色々な意味で隨分苦勞された事と思ます。今後共バレエ界の爲日本人の作詞作曲になるものを起用して創作バレエをどしどし發表して頂き度いと思ひます。
   魔の笛梗概
 山深い泉のほとりに、小鳥好きの素朴な少年がありました。小鳥使ひの如く思ふまゝ小鳥とたわむれる事の出來ないのを平常大變悲しく思ひ、或時機を見て小鳥使ひの笛を手に入れました。少年の喜びはたとへ樣もなく、空に向ひ喜びの笛を吹くのでした。
 珍しい一羽の銀色の小鳥がその笛の音を聞いて舞ひ降りて來ました。少年と銀色の小鳥とは仲よしになり、遊びたわむれ、樂しい日が幾日も續きました。
 山の惡戯者の惡魔が突如現はれたので少年達は逃げ隱れたのでした。惡魔は其處に置き忘れた不思議な笛に依つて少年の愛せる銀色の小鳥を捕涯より落し傷けたのでした。何も知らぬ少年はもどり來りて笛を吹くのでしたが傷ついた小鳥は再び起つ事が出來ませんでした。 
 銀色の小鳥の影を追つて泉のほとりに佇む少年の心は、さびしくも亦あはれな姿でした。
 
   橘さんのバレエを見て
             武者小路實篤
 この地上で最も美しく、最も微妙に作られてゐるものは人体だと思ひます。神の姿を想像する時、東西共人体以上のものは考へ出せませんでした。高々羽を着けて見る場合も有りますが、最高の神の姿は人体以外ではなく、羽さへ着けてゐません。人体はそれ程人間にとつては最高の姿と思はれます。この人体を最も美しく生かして見せるのが、舞踊だと思ひます。僕は舞踊の事はよく知りませんが、舞踊が好きな事は人後に落ちないつもりです。最も美しい舞踊は、美の神秘の世界に我等を導くものと思ひます。
 さう言ふ意味で、僕は日本に美しい舞踊が生れて、我等を喜ばしてもらひたいと思つてゐます。それ丈け舞踊と言ふものは又大變なものだと思ひます。
 橘さん達に依つてバレエの基礎的訓練がどう言ふ風に行はれるかを知つて、この大變さを如實に知りました。何事も人並以上に圖抜けて進む事は大變な事だと思ひました一朝一夕ではものにならない。身体をきたえるにはそれ丈の工夫と努力が必要な事を今更に感じました。
 そしてその爲に努力する人々に感心しました。暑い最中でも。寒い最中でも、藝に身を入れてゐる時は、暑さ寒さも忘れる程眞劒になつてゐるのに感心しました。この努力に依つて、ものになるのだと思ひます。委しくは他の人から説明があると思ふので、僕は何事も結果に相當する苦心と努力が拂はれてゐる事に感心した事を話し、益々良き結果を得られる樣努力を望む次第です。橘さんにはいゝ後繼者があるのもこの際お喜び申したいと思ひます。何事も努力であり、勉強であり、根氣であると思ひます。どうぞ立派なバレエを日本でも見られる樣、益々御骨折り願ひます。

   帝都座出演に際して
           橘秋子  
 最近バレエが一般に認識され各所で公演が持たれる樣になりました事はバレエ界の爲は勿論文化日本建設の爲にも大變喜ばしい事で御座ゐます。然し未だいずれも或特種の觀客しか把握して居らない感が多々あります事は大變殘念な事で御座ゐます。將來はもつと大衆に近ずき親しまれなければならないと思はれますので、その意味に於きまして今回は街中の小劇場に獨立公演を試み大衆に親しまれ理解出來るバレエを上演致すべく計劃してみました。今後も發表會とは別個にどし〱かゝる小劇場公演を致して參り度いと存じます。
 バレエ藝術も一般の人達の高峯の花でなくあく迄も大衆と共にあつてこそ始めて文化日本のバレエ發展が望まれる事と存じます。
 今回はその試石としての企劃で御座ゐます故何卒御聲援の程御願ひ致します。
 尚今回の「魔の笛」上演に際しては川路柳虹先生始め諸先生の  絕大なる御支援を深謝致します。
               (二二・一一・一五 稽古場にて) 
  
   プログラム 〔下はその演目、詳細は写真参照〕 
    一部
 一、野ばらの夢(ウエバー曲) 
 二、ミヌエット(ボッケリニー曲) 
 三、蝶と蜂(ドヴルザーク曲)
 四、ハンガリアン舞曲(五番)(ブラームス曲)
 五、トンボ(ショパン曲)
 六、アニトラの踊(グリーク曲)
    二部
   獨唱
    三部
 川路柳虹原案
   魔の笛(ショパン曲)  
  
  橘秋子後援會に就て
 今回帝都座公演を機會に橘秋子後援會を結成致し得ました事は長くバレエ界に地道にバレエ運動を行つて參りました橘秋子さんの爲又將來のバレエ界の爲喜びにたえません。
 先般七月末日日比谷公會堂に於て終戰後第一回公演を開催致しました際は主催者側の種々の手違ひから橘さん直接の後援者各位に對しても連絡不充分であつた事を御詑び申上げます。
 橘さんは御存知の如く故パブロバ師に就かれ本格的バレエを修業され其後獨立して約廿年益々圓熟せる舞踊家としてバレエに精進して居りますが、今後は後進の指導ばかりでなく再び第一線に立つて大いに活躍して頂き度く然も現在迄唯一人歩んで來られた苦難の道を今後は後援會に依り少しづゝなりと皆で力になり直接間接激勵し橘さんのより良き後援者となり、さらに一歩進んでバレエ發展の爲將又新日本文化建設の爲の一助ともなれば幸と存じます。
 その意味に於きまして未知旣知を問はず後援會會友を一人でも多く御誘ひ下さる樣御願ひ申上げます。
   昭和廿ニ年十一月十日
        發起人〔イロハ順〕
               川路柳虹  
               ナデシタ・パブロバ
               武者小路實篤
               靑木得三
   
  第一回公演記錄
     昭和廿二年七月廿九日    於 日比谷公會堂
      主催    東京バレエ協會
      後援    日刊スポーツ社
            都敎職員組合  
   プログラム
     第一部
 挨拶          武者小路實篤  
 解説付第一次基本練習  橘秋子バレエ團 
 歌謠曲         ビクター専屬歌手
 合唱          明星混聲合唱團
     第二部
 一、ハンガリアン・ダンス
 二、追憶
 三、南國の夜
 四、蟻と蜂
 五、ヂプシーの悲哀
 六、モーメント・ミュジカル
 七、野バラの夢
 八、山の唄  
 九、ボレロ
 十、ハンガリアン・ラブソデー
    伴奏 ビクター ソフィスケイ ケース
  
  客席 〔下は、その一部〕
  
 ベビーバレエ團を主宰する福田阿佐美ちゃん最近の進歩は目覺ましいもので周囲の者が舞台を見る毎に驚いてゐる。あの踊り振りはどう見ても十四歳の少女とは思へない。是非あのまゝ素直に、延び々々と育つてもらひ度いものだ。阿佐美ちゃんこそ十年後の日本バレエ界を風靡する事だらう。期待してゐる。


「頓死の白鳥 (エリアナ・パヴロヴァ)」 永田龍雄 (1941.5)

2021年03月24日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

頓死の白鳥
   戰線慰問の旅に仆れ軍屬となった舞踊家霧島惠利子(エリアナ パヴロヴア)

 パヴロヴァは日本に西洋風舞踊の種を蒔いて呉れた女性のひとりだ。とにもかくにも日本に西洋の古典舞踊の技巧を敎へて呉れた女性だ。もとより純粹の古典舞踊の技巧の組織だった敎授はしなかったらうが、ロシア舞踊の基礎的な技法はおほくの子女に傳習さして呉れた女性である。その點、日本の西洋風舞踊界にとって彼女は恩人である。そしておほくの西洋風の舞踊家を養成してくれたのだ。貝谷八重子〔貝谷八百子〕などはその門弟の中で最もすぐれた舞踊家である。
 パヴロヴァは人がよかったスラヴ人らしい人のよさを、たぶんにもってゐた。女性特有のヒステリックのところがすこしもなかった。いつも天眞爛漫であった。わたしとの交はりは、もう二十數年になる。そのあひだ、いやな女性だと思ったことが、たゞのいちどもない。震災直後の生活はかなりこまった、鎌倉に大きな家をたてゝ、その建築なかばに資金が絶えたことなどもあった。そのとき新橋から藝者にだして呉れとわたしに賴みに來たことがあった。わたしはそれはいけないことだと忠告した。それでも苦しいから出して呉れといった。しかたがないから
 サロン春の支配人 に依賴して、そこで働いてもらはうかと思ったことがある。けれどもそれは好いあんばいに支配人と給料の點で意が合はず、それなりになった。あのときパヴロヴァが新橋から藝者にでてゐたらどうだったらう。いくら生活のためとはいへー思っても身ふるひがでる。わたしは好いことをしたといまでも思ってゐる。
 エリアナ・パヴロヴァが來朝したのは千九百二十年か十八、九年頃であった。最初わたくしは本物のアンナ・パヴロヴァが來朝したのかと思った。とにかくパヴロヴァといふ觸れこみなのでわたしどもは吃驚した。舞踊界はエリアナもアンナもないほど舞踊知識の蒙昧時代であったその初公演を有樂座でやった若くもあったし品もよかったし藝もわたしどもには本格のロシア舞踊だったので、かなりの人氣を博した。たぶんお茶の水の櫻陰會主催の舞踊だったとおもふ、それが日本東京での初公演であった。パヴロヴァは一躍して東京の藝苑の人氣者になった。それから四、五年たって本物のアンナ・パヴロヴァが來朝した後のエリアナの人氣はやゝ下火になってゐた。
 その好人氣時代のパヴロヴァの収入は大したものであった。一夜の出演料は五、六百圓であった、隨分あのころはよかったのよとエリアナは後日わたしに述懐したことがある。その當時貯蓄でもして置けば後日の苦難時代は何とか切り抜ぬけただらうがそこは貯蓄心の乏しいスラヴ人のことだから、じゃんじゃん湯水の如く費消してしまったことであらう。いったいパヴロヴァは大變親孝行で
 父親はなくて母親 育ちでその母親のいひなり次第になってゐた女性である。まるで孝行の標本みたいな女であると、よくわたしはひやかしたものだ。その母堂はなんでもオペラシンガァだったさうで、生活は贅った方の女らしく、そのためエリアナの金をかなり費消したやうである。
 パヴロヴァが日本人に歸化したのは、新聞によると昭和三年六月となってゐる。そのころでもあったらうか、門弟達が寄ってその祝賀舞踊會をやったことがある。わたしも會にさきだって祝ひの言葉を述べた記憶がある、霧島惠利 ゑり 子となったのはそれからだ、最初は霧島八重子といったのではなかったかと思ふのだがいたって物覺えがわるいのであるから、最初から霧島エリ子といったのかも知れぬ。とにかくエリアナ・パヴロヴァは日本人になって死んだわけである。たしか一九〇〇年生まれであるから、ちゃうど四十歳で死んだわけである。新聞には三十七歳とあったが、四十歳がほんたうのやうにわたしは覺えてゐる。
 最近見た彼女の案舞で『ショピニア』がよかった。門弟によって踊られた群舞である。流石に本格の群舞構成であった。わたしはそれを批評でほめた、近年の彼女の舞踊はむかしほど冴えなかったことは事實だ。
 肉體が肥滿してき たからだ。『狂女』だの『鞭』なぞといふ作品はかなりいゝものである。日本の十二ひと重を着て琴曲伴奏の『蝉』といふのもすぐれたものだった。これはどっかギリシヤ風舞踊のおもかげがあった。ーほめられるとうれいがった。わたしが最近あまり彼女の舞踊會にゆかぬことを氣にしてゐて、逢ふと苦情をいった。
 『どうして見にきてくれないのう永田さん?』
 さういふ彼女であった。あまりいゝものを見せて呉れない彼女に、ちかごろではなってゐたが、見る眼は冴えてゐた。門弟東勇作の初公演の『シルフイゲ』を見た彼女の感想は、かなり鑑賞の正鵠をえたものであった。東勇作の初公演をかなりエリアナはよろこんでゐた、こんな門弟愛のある彼女であった。わたしは長い年月、舞踊界の空氣に接して來てゐるが、おほくの人は門弟の發表會をあまりよくいはないものだと知ってゐる。なんとか難くせをつけてその
 門弟の前進を阻み がちな氣風がみうけられるところだ。わたしはそのことを寂しいことだと思って眺めてきた。
 パヴロヴァはさうではなかった。東勇作の舞踊を心からほめそやした。そして東のやうな靑年が過去において自分の弟子であったことは、自分にっとって名譽なことであるとさへ彼女はいってゐた。こんな大きな師弟愛があらうか。
 わたしはエリアナのこの心の大きい態度を、心中甚だうれしく思った。ものにこだはらない彼女のこの態度こそ、立派な師としての資格であると思ってゐる。とにかく惜 をし い舞踊家だった。しかし皇軍慰問の旅中に死んだことは、考へやうによって彼女の死花をさかせたことになるのだ。これからいつまで生きてたってこれほどの死花はなからう。
 (五月四日朝)

 上の文は、昭和十六年五月ニ十五日発行の雑誌 『週刊朝日』 五月ニ十五日號 に掲載されたものである。


「東京歌劇舞踊團公演」 (マクレッオワ夫人 特別出演) 本郷座 (1925.4)

2021年03月13日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

 東京歌劇舞踊團公演 
   世界的女流舞踊の天才 マクレッオワ夫人特別出演
         舊露國帝室マリンスキー劇場附花形舞踊手
                     本郷座
                     電話小石川四〇一四
     奏樂
(1)大歌劇 「アイーダ」    

        管絃樂部 
        指揮 篠原正雄

     ジヤコモプツチニ曲
     徳永政太郎譯
(2)大歌劇 お蝶夫人 マダム・バツタフライ」 二幕

    一、場所 日本長崎

    配役 

 エフ・ビー・ピンカートン(アメリカ海軍士官)   田谷力三
 ゴロー         (結婚仲介屋)    宇津美淸
 シヤープレス      (アメリカ領事)    柳田貞一
 蝶々さん        (マダム・バタフライ)  淸水靜子
 僧侶          (蝶々さんの伯父)   淸水金太郎
 スズキ         (お蝶夫人の女中)   天野喜久代
 ヤマドリ公爵                 糸井光彌
 ケート         (ピンカートンの新妻)  相良愛子
 蝶々さんの母親                園鶴子
 第一の伯父                  石田雍
 第二の伯父                  黑木憲三
 神主                     川田和夫
 公證人                    河村博
 ウスグモ        (蝶々さんの侍女)   佐藤梅子
 マツガエ        (同)         小野メリ子
 妓夫コウゾウー                武村治夫
 同 ヨシトシ                 小村光夫
 その他蝶々さんの友達、親類多勢

     オスカー・ワイルド原作
     奥山昌平編曲
     ジヤツ・ルボーフ振附  
(3)舞踊劇 「サロメ」 一幕

    一、ヘロデ王の宮殿内

    配役
 ヘロド・アンチバス   (ユダヤ王)      黑木憲三
 ヨカナアン       (豫言者)      澤マセロ
 若きシリア人      (近衛の大尉)    桐島誠
 ヘロデアス       (王妃)       竹内マリ子
 ヘロデアスの小姓              逗子靖子
 ナアマン        (首斬役人)     河村博
 サロメ     (妃ヘロデアスと前王との娘)  相良愛子          
 その他舞姫、奴隷、武士多勢 

   ロシアンバレー 太田雅光氏舞臺装置
(4)薔薇の精

     マクレッオワ夫人   
     ビネス氏      共演

(5)舞踊小品  數種

 黑木憲三氏按舞
 1 バレー「晩秋」

 野菊    花園綾子
 風     黑木憲三
 詩人    石田雍
 その恋人  竹内マリ子
 木の葉   逗子靖子
 同     富士野登久子
 同     藤本咲子
 同     竹内麗子
 同     吉野八重子
 同     花岡幸子
 同     大町葉子
 同     星つた枝
 若い男   桐島誠
 同     河村博
 同     小村光夫
 同     荻原隆男
 同     中村操
 同     島田博
 同     柳井淳
 同     兒島春男
 若女    竹内マリ子
 同     富士野登久子
 同     藤本咲子
 同     竹内麗子
 同     花岡幸子          

 福井茂作
 2 舞踊「ベルソーススラブ」

       福井茂 
       富士野登久子

 3(外人)ペルシヤダンス

       マクレッオワ夫人 
       ビネス氏      共演

 4 舞踊、インデアンラメント

       福井茂

 5 黑木憲三振附

 舞踊(ハンガリアンダンス)

       黑木憲三
       桐島誠
       河村博
       小村光夫
       荻原隆男
       中村操
       島田博
       柳井淳
       小島春夫
       小林一夫 
       福井茂
       澤マセロ
       相良愛子
       逗子靖子
       竹内マリ子
       富士野登久子
       花岡綾子
       藤本咲子
       竹内麗子
       吉野八重子
       花岡幸子
       大町葉子
     
       星つた枝
       高田みどり

 6(外人)スパニツシユダンス

       マクレッオワ夫人出演

 7 澤マセロ作

 舞踊(若きラヂー)  澤マセロ

 8 澤マセロ按舞
    フイナーレ

 支那曲(チャイナガール)
 女          木村時子
 男          澤マセロ
 その他踊り子全員

       音樂指揮 篠原正雄
       音樂顧問 奥山昌平

  當る四月 廿二日
       廿三日  五日間
       廿四日   午後五時開塲
       廿五日
       廿六日    

  廿六日は正午より
      晝夜二回興行

  御入塲料 特等 三圓
       一等 二圓
       二等 一圓
       三等 五十錢
  学生團体 三十人以上二割引      
       百 人以上三割引  
   其他三十人以上の團体申込に對して特に御相談申上候 

  (ミツワ石鹼本舗印刷部)

上の写真は、『音楽グラフ』の口絵より、「マクレツーオフ女史とビネス氏 ヂヤギーレフ露西亜舞踊団」とある。


「砂の塔 その折りゝの感想」 與謝野晶子 (1916.8)

2021年03月04日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

    

 砂の塔
     その折りゝの感想
               與謝野晶子

    〇
 教育の自由に由つて知識の上に男女の平等を回復することは英国其他の先進婦人達が既に実現して居ることであるが、女が労働の解放に由つて職業の権利を回復することは、偶然にも今度の戦争が機会となつて、英仏及び独逸の大多数の婦人が其れを実現して居る。即ち出征男子に代つてこれまで男子のして居た大抵の労働を引受けたのであるが、女の労働の能率は男子以上であることが頻 しき りに證明されて居る。これは決して一時の変態として看過される現象が無く、人類の将来に亙る一つのゆゝしい激変であらうと想はれる。試練に勝つた女の力が戦争の沈静と共に消え去るものでは無い。単に女の力が回復されたのみならず、男のためにも新しい協同の力が加はつたのである。
 (以下略)
 
 (省略)

    〇
 六月になつて私は二度Yさん御夫婦に伴 つ れられて帝国劇場へ行つた。なにかにつけて余裕の無い私は、自ら進んで芝居などへ行くことが近年は全く無くなつて居るのである。
 初めに行つた時は、タゴオルと云ふ印度の大詩人が東京停車場へ着く晩で、また米国の飛行家スミスが青山から日比谷まで夜間飛行を試みる晩であつた。祇園祭礼信仰記の金閣寺の場が開いた時に丁度スミスの飛行機が飛ぶ時刻であつたので、観客の大半は雪崩を打つて屋外へ飛び出した。舞台の役者達には気の毒であつたが、私達も幸四郎の松永大膳と梅幸の雪姫とを背 うし ろにしてそつと抜けて出る無作法を敢てした。
 劇場の前も濠端 ほりばた も見物の群衆で一ぱいになつて居た。平生は雑沓を好まない私も、スミスに対する東京人の熱狂が嬉しかつた。これくらゐに人出があれば倫敦や巴里の夜の大通りに劣らないと思つた。折柄低くなびいた雲の中から飛行機の火が見え出した時には、シャン・ゼリゼエの新劇場の前をエッフェル塔から探照燈が照した光景をまのあたり見る気がした。夜更けて帰つてから、スミスの科学的な印象と宗十郎の平井権八の殺気立つた情調とが変に私の頭の中で反撥して、快く寝附くことができなかつた。
 二度目に行つたのはスミルノワ女史一行の露西亜踊 ろしあをどり を観るためであつた。それは予期した通りに非常に面白い踊であつた。無言の踊が、かう云う踊に対する予備的鑑識の無い日本人に、約二時間と云ふもの、気息 いき も次がれない程緊張して観恍 みと れさせたのは大した妙技である。私は久振に欧洲を旅して居るやうな気分に浸つて、二重の感激を受けることが出来た。新聞で評判の好い『瀕死の白鳥』はその写実的擬態が、厭味を惹く程に露骨では無いにしても、白鳥の苦痛の深さと真実さとを希薄にした遺憾は免れなかつた。一体に軽妙な舞曲が多かつたやうであるが、中には重厚であるべきものまでが軽妙化されて居た。西班牙踊 スペインをどり のセギヂロなどは私が巴里で観た西班牙人のものに比べて本国の油濃い味を余程軽減されて居たやうである。私は欧洲の旅中にニジンスキイ氏やカルサヸナ女史の踊を観なかつたので、近年世界的に有名である最も進んだ露西亜踊と云ふものを知らないけれども、スミルノワ女史一行の踊は彼国で決して第二流以下のものではないであらう。外交上の協約ばかりで無く、かう云ふ芸術を通して両国の人情が接近し融和する端緒の開かれて行くことは、ほんとうに嬉しいことである。如何なる場合にも禍を転じて福とするのは賢い仕打であるが、スミルノワ女史の来遊も戦争の影響であることを想ふと独逸を敵とする此度の戦争は日本人のためにいろゝの意味で福となつて居る。
 少し前に来遊して怱々と帰つて行つた露西亜の詩人バリモンド氏は格別の感銘も遺 のこ さなかつたが、スミルノワ女史の一行の来遊は、その滞在の短い割に日本人を刺戟する所が多かつた。女史達の踊はカルサヸナ女史の踊のやうに現代の純粋な所産で無いにしても、その全身を挙げて活動的精神の表象とする踊は近代文明の底を流れる一大基調そのものに外ならないのであるから、私達は在来の日本の舞踊以外に、否、在来の日本人の生活の基調であつた消極的、静的、動的、感傷的の律より以外に、かう云ふ積極的、動的、現実的のきびきびした生活律のあることを教へられたのである。
 私は初め新聞の予報を見た時、『露国帝室劇場一等舞妓、勅任待遇』と云ふ肩書が日本の興業者に由つて日本の観客に対して書かれねばならなかつたことが厭であつたが、舞台に面した時はそんな俗悪な反感を全く忘れて、ほれゞとスミルノワ女史の人格に信頼し沈酔することが出来た。
    
    〇

 (省略)

 上の文章は、大正五年八月一日発行の『女学世界』 八月号 第拾六巻第九号 博文館 に掲載されたものである。

また、上の舞踊写真は、当時帝国劇場で販売された絵葉書のもので、前撮り写真と思われる。

 このうち、三枚の裏には、次の手書きの演目名、衣裳のについて等のメモ書きがあった。

〔左から1枚目〕 白鳥の湖  白衣 銀の星形 袖ノ模様ハ〇緑ニ中紫

〔同3枚目〕   セギヂロ  ショール 白他 〇紅 〇〇の模様 赤衣

〔同4枚目〕   古代ポルカ 上衣ハ黄地緑の丸 フチ青

 

 なお、大正十一年十一月一發行の雑誌 『明星』 第二年第六號 「靄の塔 與謝野晶子」の短歌中に次の二首があり、この年秋に来日したアンナ・パヴロワを詠んだのものかと思われる。

 パヴロワ゛は見えぬ世界に求むる手我等に代り擧ぐと思ひぬ 

 肩白く痩せて淋しきパヴロワ゛の秋の夕となりにけるかな


「露国舞踊竝に合奏」 帝国劇場 (1916.6)

2020年07月31日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

       

 大正五年六月 十六 十七 十八 日 午後一時開演
  マチネー  丸の内 帝國劇場

    露國舞踊竝に合奏

  露國帝室劇場一等舞妓  エ・スミルノワ女史
  同     舞踏教師  ベ・ロマノフ氏

     第一部

 一、バヤーリン舞踏  プニー作曲  オ・オブラコワ
    古代名家の結婚式に新郎、新婦を祝福する意義の舞踏なり。

 二、白鳥の湖  チャイコフスキー作曲  エ・スミルノワ 
                       ベ・ロマノフ
    古典的二人舞踏。崇高なる戀愛、即ち最善最美の心情發露するを見る。

 三、アニートラ  グリーグ作曲  オ・オブラコワ   
    處女の踊。處女が輝々たる陽光を浴びて草野に嬉遊する状を示す。

 四、漂浪の民  サン・センス作曲  ベ・ロマノフ
    漂浪の民、路傍に哀を乞ふも、人は何物をも之に與へず、却って之に嘲笑を加ふ。彼つひに反抗心を生じ、大に世を罵る。



 五、瀕死の白鳥  サン・センス作曲  エ・スミルノワ
            ベ・ロマノフ振付
    波靜かなる湖上に白鳥悠々として遊ぶ。猟夫忽ち射て矢その心臓を貫く。血流れて水為めに紅に、鳥は其純潔清浄を歌ひて遂に長へに眠る。

 六、プレリュード  ワン・ブルー作曲  ワン・ブルー
    自作音楽の序曲、ブルー氏は露国有名の音楽家にして、既に幾多の作を出す。殊にグリーグの作に曲を附して名あり。

 七、セギヂロ  エ・スミルノワ
    西班牙舞踏。同國にて路傍にありて一般民人の為めに演出する舞踏なり。

         休憩  二十分

     第二部

 一、夜  ルビンスタイン作曲  エ・スミルノワ
                 ベ・ロマノフ
    詩人あり、自己の空想を戀ふること、恰も若き美人に憧るゝが如く、飄々として遂に白雲の間に擔ひ去らる。

 二、タランテラ  スミス作曲     オ・オブラコワ  
           ベ・ロマノフ振付  ベ・ロマノフ
    伊太利の民俗的舞踏。

 三、夢幻境の女王  プニー作曲  エ・スミルノワ
    『コンネク・ガルブノク』中の一節、即ち英雄の物語と稱するものにして、最も好く露国處女の生惰を現 。

 四、ワルス  ドリゴ曲  オ・オブラコワ

 五.古代ポルカ  デュコムマン作曲  エ・スミルノワ
          ベ・ロマノフ振付
    前世紀に三十餘年間も流行したる舞踏なり。

 六、露国民謡  ベ・ロマノフ振付  オ・オブラコワ
                       ベ・ロマノフ
    露西亜の滑稽舞踏にして、最も好く露国舞踊の特色を發輝せるものなり。

 七、ソナタ  グリーグ作  ワン・ブルー

 八、ノクターン  ショパン作曲  エ・スミルノワ
                    ベ・ロマノフ
    春の夜曲。

 九、印度の舞女  ミンクス作曲  オ・オブラコワ
    佛教の寺院に演ぜらるゝ舞踏。

 十、三國同盟  アサフィエフ作曲  オ・オブラコワ
          ベ・ロマノフ振付   ベ・ロマノフ
    日露英三國の親善関係を表明せる愛國的舞踏なり。

   入場料  特等 三圓    一等 二圓五十錢
        二等 一圓五十錢 三等 七十五錢
        四等 四十錢
         外祝儀心附等一切不要

   丸の内  帝国劇場
        電話 本局 一六一二・一六一三
              二五一四・二五一五

 〔広告〕
  ・魚十  御壽司 一人前 金拾五錢 御辨當 一人前 金卅五錢  
  ・中央亭 二階の大食堂 西洋料理
  ・三越  今日は帝劇明日は三越

また、上の舞踊写真は、当時帝国劇場で販売された絵葉書のもので、前撮り写真と思われる。

演目は、別の絵葉書の手書きメモから、次の通りと思われる。

〔左から3、4枚目〕 白鳥の湖 

〔同5枚目〕     セギヂロ

〔同6枚目〕     古代ポルカ


「ルシアンバレーとドラマ曲目」 京都・神戸 (1922.7)

2020年04月02日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

   

    大正十一年七月十九日(水)午後七時
      岡崎市公會堂
 ルシアンバレーとドラマ曲目
         主催 露國舞踊後援會
         後援 大阪毎日新聞社京都支局

      曲目

      一部 

 1.トレアドールの愛(バレー) ‥‥ サンサーン作
        ジプシー女乞食 ‥‥ アンナ・スラヴイナ夫人
        トレアドール  ‥‥ ニナ・スラヴイナ嬢
        西班牙女    ‥‥ キチー・スラヴイナ嬢
 2.匈加利踊(チヤルダーシ)     タマラ・コンテリー嬢
 3.仏蘭西ポリカ踊         ニナ・スラブイナ嬢
 4.アラビヤ踊           キチー・スラヴイナ嬢 
 5.モマン ミュージカル(バレー)
                   アンナ・スラヴイナ夫人
                    ニナ・スラヴイナ嬢
                   キチー・スラヴイナ嬢

      二部

 1. 惡戯劇
   リリ-          ‥‥ キチー・スラヴイナ嬢
   アルノー夫人       ‥‥ アンナ・スラヴイナ夫人 

      三部 

 1.露国民謡踊
         貴族の娘   ‥‥ キチー・スラヴイナ嬢 
         若き貴族   ‥‥ ニナ・スラヴイナ嬢
         貴族の母   ‥‥ アンナ・スラヴイナ夫人
 2.印度踊
                   タマラ・コンテリー嬢
 3.高加索踊
                   ニナ・スラヴイナ嬢 
 4.人形ポルカ 
                   キチー・スラヴイナ嬢
 5.セルバンチン(スカートダンス)
                   アンナ・スラヴイナ夫人
                   キチー・スラヴイナ嬢
                   ニナ・スラヴイナ嬢

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 THE SHURAKU=KAN KOBE
  On Saturday  July   22nd 1922
     Sunday      23rd
         at 7 p.m.
   RUSSIAN BALLET

 ルシアンバレードラマ曲目
        GIVEN BY
    Mrs. ANNA  SLAVINA
    Miss. NⅠNA SLAVINA
    Miss. KⅠTY SLAVINA 
    Miss. TAMARA KORINTELLI

        入塲料
     ADMISSION 5.00 3.00 2.00 1.00 .50

 [日時] 大正十一年七月二十二日午後七時開演
            二十三
 [塲所] 湊川  聚樂館

 主催  神戸好樂會   電話三宮五一〇七番
 後援  大阪毎日新聞社       

 △文壇の巨人によつて紹介せられた露國最高藝術の渡來▽
       
        ルシアンバレーとは?

バレーは發達したダンスです、美しい藝術化されたダンスです。
歐洲の殊に露國の文藝美術は王朝時代に於て其極致にまで發達しました、ルシアン、バレーは実に露國藝術の總てを表徴する最高の生きた美術であります。
世界各國の民族は其國民性を發揮すべく種々なる形と色彩のダンスを想像しましたが露國は其の大國民的の偉大なる包擁力を以て各國のダンスを一手に蒐めてバレーの種類と内容とを豊富にしました。故に露國に於ては最高のバレツターは常に第一位の音樂家や畫家と同様に尊敬されて居ります、此度我々の紹介するバレツターは我國文壇の巨人松居松葉氏によつて日本に招來せられ更に大阪毎日新聞社露國特派員布施勝治氏の推薦で関西のステージに立つ事になつた露国舞踊界のスターであります。
自然と人性の生んだ極りなき舞踊美は彼女等の美しく統一された肉体を通じて諸君をチヤームし天上の夢幻境に誘引せずには置かないでしょう!!。

   日時  大正十一年七月二十二日午後七時開演
              二十三日
   塲所  湊川 聚楽館       
 
    曲目

     一部 

 1.トレオドールの愛(バレー) サンサン曲
        ジプシー女乞食‥‥アンナ、スラヴイナ夫人
        トレアドール‥‥ニナ、スラヴイナ嬢
        西班牙女‥‥キチー、スラヴイナ嬢
 2.匈加利踊(チャルダーシ) 
              タマラ、コリンテリー嬢 
 3.仏蘭西ポリカ踊     ニナ、スラブイナ嬢
 4.アラビヤ踊       キチー、スラヴイナ嬢 
  トルストイ作 
 5. アンナ、カレンナの一齣(ドラマ) グリンガ作曲
         フアヴン‥‥アンナ、スラヴイナ夫人
         第一踊子‥‥ニナ、スラヴイナ嬢
         第二踊子‥‥キチー、スラヴイナ嬢

     二部

 1. ポクルイワール、コルンビーヌイ(無言劇)一幕
         プレロ‥‥ニナ、スラヴイナ嬢
         マリエツタ‥‥キチー、スラヴイナ嬢
         コルンビーナ‥‥アンナ、スラヴイナ夫人
         ルゼツタ‥‥タマラ、コリンテリイ嬢 

     三部 

 1.露國國謠踊
         貴族ノ娘‥‥キチー、スラヴイナ嬢 
         若キ貴族‥‥ニナ、スラヴイナ嬢
         貴族ノ母‥‥アンナ、スラヴイナ夫人
 2.印度踊          タマラ、コリンテリー嬢
 3.高加索踊         ニナ、スラヴイナ嬢 
 4.人形ポリカ        キチー、スラヴイナ嬢
 5.セルパンチン(スカートダンス)
               アンナ、スラヴイナ夫人
               キチー、スラヴイナ嬢
               ニナ、スラヴイナ嬢

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 上の写真は、「神戸湊川聚楽館 Shurakukan Kobe.」とある絵葉書のもの。


「第二回 有楽座ヴァラエティー」「露国舞踊劇梗概」 有楽座 (1920.9.18-23) 

2020年03月02日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

  

    第二回 
 有樂座ヴァラエティー 

 大正九年九月十八日より 
 同   九月廿三日まで
 毎夕六時半開演
 帝劇経営 有樂座 電話 丸の内 一七一〇 一七一一 一七一二 

     出演者

 一 バレー  ヘレナ、パヴロワ嬢
         他十余名
 一 薩摩琵琶 永田錦心
 一 講談   一龍斎貞山
 一 落語   三遊亭圓右
 一 長唄   長唄玉振会連中

         唄    三味線      囃子

 (十八日) 杵屋勘次  杵屋勘喜代 笛  望月長子 
       杵屋梅次  杵屋正次  小鼓 望月初子 同 望月春子
       杵屋家壽次 杵屋廣次  大鼓 望月太賀
       杵屋勘光  杵屋勘久  太鼓 望月稻子

 (十九日) 杵屋勘次  杵屋勘喜代 笛  望月長子 
       杵屋梅次  杵屋勘梅  小鼓 望月初子 同 望月稻子 同 望月春子
       杵屋家壽次 杵屋廣次  大鼓 望月太賀
       杵屋勘貴佐 杵屋勘久

 (二十日) 杵屋勘次  杵屋勘喜代 笛  望月長子 
       杵屋梅次  杵屋正次  小鼓 望月初子 同 望月稻子 同 望月春子
       杵屋勘綾  杵屋廣次  大鼓 望月太賀
       杵屋加津次 杵屋勘久

 (廿一日) 杵屋勘次  杵屋勘喜代 笛  望月長子 
       杵屋梅次  杵屋勘久  小鼓 望月初子 同 堅田八千代
       杵屋勘貴佐 杵屋勘梅  大鼓 望月太伊
       杵屋加津次 杵屋正次  太鼓 藤舎芦香

 (廿二日) 杵屋勘次  杵屋勘喜代 笛  望月長子 
       杵屋梅次  杵屋勘久  小鼓 望月初子 同 堅田八千代
       杵屋家壽次 杵屋勘梅  大鼓 望月太伊
       杵屋加津次 杵屋正次  太鼓 藤舎芦香

 (廿三日) 杵屋勘次  杵屋勘喜代 笛  望月長子
       杵屋梅次  杵屋勘久  小鼓 藤舎芦香 同 堅田八千代
       杵屋勘光  杵屋廣次  大鼓 望月太伊
       杵屋勘綾  杵屋勘梅  太鼓 望月初子

 一 露西亜舞踊劇

         ヘレナ  パヴロワ嬢
         ナヂエダ パヴロワ嬢
         ベー クルウピン氏

   シナリー。ニアバアタヤ。ビイシニブスカヤ。エルナフ。ベリナ。アグニワ。ロフボスキー。バセリポスカヤ。トバリ。エリザンテン。カルスカヤ。ボルスカヤ。レピナ。メリナの諸嬢 
   エブギナスキー。バニスキー。アレキシーフ。コンスタンチノフ。ジエツク。サーコフ。コビネスキー。ペトロフの諸氏。 
    総て露国舞踊家三十余名出演 
     附 管絃樂團

     (都合上番組の順序に變更を生ずる場合も可有之に付御早々と御來場の程御願申上候)

     十八日 (初日)

 一、バレー(舞踊) … 「クリスマスの夜」
 二、講談      … 「大高源吾」
 三、薩摩琵琶    … 「川中島」
 四、落語      … 「累ヶ淵」
 五、長唄      … 「賤機帯」   
   ロシアンバレー
 六、露西亜舞踊劇  … 「アジアデ」

     十九日 (二日目)

 一、バレー     … 「クリスマスの夜」
 二、講談      … 「前原伊助」
 三、薩摩琵琶    … 「吉野落」
 四、落語      … 「富久」
 五、長唄      … 「勧進帳」
 六、露西亜舞踊劇  … 「アジアデ」

     二十日 (三日目)

 一、バレー     … 「クリスマスの夜」
 二、講談      … 「本能寺」
 三、薩摩琵琶    … 「梅川と忠兵衛」
 四、落語      … 「九段目」
 五、長唄      … 「吉原雀」
 六、露西亜舞踊劇  … 「アジアデ」

     二十一日 (四日目)

 一、バレー     … 「クリスマスの夜」
 二、講談      … 「石童丸」
 三、薩摩琵琶    … 「二度目の清書」
 四、落語      … 「にう」
 五、長唄      … 「楠公」
 六、露西亜舞踊劇  … 「アジアデ」

     二十二日 (五日目)

 一、バレー     … 「クリスマスの夜」
 二、講談      … 「台湾人」
 三、薩摩琵琶    … 「秋色桜」
 四、落語      … 「まくら屋」
 五、長唄      … 「綱館」
 六、露西亜舞踊劇  … 「アジアデ」

     二十三日 (六日目)

 一、バレー    … 「クリスマスの夜」
 二、薩摩琵琶   … 「西行」
 三、講談     … 「天野屋利兵衛」
 四、落語     … 「夢の瀬川」
 五、長唄     … 「新曲 浦島」
 六、露西亜舞踊劇 … 「アジアデ」

    御入場料 
 特等 二圓 一等 一圓八十銭 
 二等 一圓五十銭 三等 五十銭
    外一切御不要

 〔広告〕
 ・今日は有楽座 明日は三越 三越呉服店
 ・白木屋呉服店 東京
 ・高島屋呉服店
 
  第二回有樂座ヴァラエティー
    大正九年九月十八日より 同廿三日迄 毎夕六時半開演

    ロシアン バレー 
    露國舞踊劇梗概

 第一、バレー
  クリスマス ナイト バレー

      第一の天使   ヘレナ・パヴロバ嬢 
      第二の天使   ナジジヤ・パヴロバ嬢
             他九人の天使出演
 
 雪の降りしきる寒き降誕祭の夜、二人の憐れなる孤児は飢と寒さに悩まされつゝ、とある家の軒先きにたどりつきしが、ふと窓より家内の様子を伺ひ見るに、輝かしきクリスマスツリーを圍繞しつゝ幾多の若き男女は楽しげに唄ひ且つ舞ひ居たり。彼女は暫らく此暖かく且つ楽しげなる有様を羨望の眼を以て眺め居たりしが、尚も襲ひ来る寒さと餓に堪えかねて遂に其場に昏倒し果てたり。ふと心付けば彼女は美くしきクリスマスツリーの蔭に安らかなる憩を貪り数人の天使は彼女を取りかこみつゝ美妙なる音楽につれて舞ひ居たり。彼女の憐れなる魂は斯くして暖かく楽くし且つ安らかに天使の手に抱擁されつゝ天上する事を得たりしなり。

 第六舞踊劇
  アジアデ

 大公    ブイ・クルーピン氏   アジアデ  ヘレナ・パヴロワ嬢
 第一の妾  ナジジヤ・パヴロバ嬢 
 其他の妻  エルナフ嬢 
 其他の妻  ベリナ嬢        同     アグニヴ嬢
 同     ロフボスキー嬢     同     バセリボスカヤ嬢
 同     トバリ嬢        同     エリザンチン嬢
 同     カルスカヤ嬢      同     ボルスカヤ嬢 
 宦官    エブナスキー氏     舞姫    シナリー嬢 
 同     ニアバタヤ嬢      同     ビシニブスカヤ嬢 
     レピナ嬢        同     メリナ嬢 
 ベドイン人 パニスギー氏      同     アレキシーフ氏 
 同     コンスタンヂノフ氏

 印度大公の閨房。大公は幾多妻妾の歌舞嬌態にも漸く倦怠を感じ何等か新しき興味を欲求しつゝありし折柄一度ベドウイ人の誘拐羅致せるアジアデの美貌を見て甚く心を動かし、彼女の愛を求めんが為めあらゆる財宝を提供せんと云ふ。アジアデは何者を欲せず只一身の自由を得ん事を望み、恰も大公の意に従ふが如く装ひて私かに酒中に毒を投じて勧め、太公の死に依りて城中大混雑を来せる其隙に乗じ、彼女は旨々と虜の身より脱れ出づると云ふ筋なり。


「舞踊と独唱の会」日本青年館(1927.3.5-6)

2017年09月15日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

    

  若き満都の人々に 艶麗花の如き 
舞踊独唱

      三月五日六日夜六時より 於 青山外苑 日本青年館

  主催 国際芸術舞踊協会
  後援 読売新聞社

  プログラム

        第一日五日

 1.ハンガリヤンダンス             … アストロフ氏
 2.サロメの死                 …   〃
 3.ソプラノ独唱                … 佐藤美子嬢
  A)濱の媾曳      … 山田耕作作
  B)燕         … 弘田龍太郎作
 4.幻想的舞踏                 … ナデジタ・パヴロバ嬢
 5.トンボの舞     … クライスラー作   … エリアナ・パヴロバ嬢
                    ー休憩ー
 6.スパニッシュダンス … ルビンシュタイン作 … アストロフ氏
 7・ニグロの踊     … ラベルデイ作    … 春野芳子 瀬川光子 瀬川正子 深澤君美男 與世山彦士
 8.ワルツ       … ベーベル作     … アストロフ氏
 9.ポルカ       … シャミナード作   …   〃
 10. 瀕死の白鳥     … サンサーン作    … エリアナ・パヴロバ嬢
                    ー休憩ー
 11. 嫌はれたアルキン              … 芝麗子 與世山彦士 深澤君美男
 12. インデアンダンス  … リンゼル作     … アストロフ氏
 13. 焰の舞       … グリーク作     …   〃
 14. ソプラノ独唱                … 佐藤美子嬢
  A. ハバネラの歌(オペラカルメンノ中ヨリ)… ビゼー作
  B. 遠きサンタルチア  … マリオ作
 15. 森の精       … グリーク作     … ナデジタ・パヴロバ嬢
 16. 萌え出ずる春(舞踊詩) … ストラウス作  … エリアナ・パヴロバ嬢主演
                           芝麗子 春野芳子 瀬川光子 瀬川正子 深澤君美男 與世山彦士

         第二日六日

 1.プレリュード    … ラハマニノフ作   … アストロフ氏
 2.カルメン      … ビゼー作      …   〃
 3.ソプラノ独唱                … 佐藤美子嬢
  A)銀の小箱      … 杉山長谷夫作
  B)君と別れて     … 信時潔作
 4.ハンガリヤンダンス … ブラームス作    … ナデジタ・パヴロバ嬢
 5.悲しきワルツ    … シベリウス作    … エリアナ・パヴロバ嬢   
                     ー休憩ー
 6.スパニッシュダンス … ルビンシュタイン作 … 深澤君美男・春野芳子
 7.さすらひの人    … サンサーン作    … アストロフ氏
 8.花の精       … リンゼル作     …   〃
 9.マヅルカ      … ウイニヤスキー作  … アストロフ氏
 10. ユジツトとアラフェルマの首         … エリアナ・パヴロバ嬢
                     ー休憩ー
 11. オランダ娘(コミックバレー)        … パヴロバ生徒五名
 12. 朝         … グリーク作     … アストロフ氏
 13. オリエンタル ダンス            … ナデジタ・パヴロバ嬢
 14. エクセントリックダンス           … アストロフ氏
 15. ソプラノ独唱                … 佐藤美子嬢
  A. ジプシーの歌(カルメンの内より) … ビゼー作
  B. 嘆きのセレナータ  … トセルリ作
 16. 新舞踊                   … エリアナ・パヴロバ嬢主演 他 生徒
   「光」
     芝麗子  春野芳子  瀬川光子 瀬川正子 與世山彦士 深澤君美男
         マネージ・南欧商会演芸部
     音楽 …鈴木正一氏 … 電気照明 … 竹石秀明氏
    パヴロバ嬢生徒 … 当日出演者 … 二年生 … 芝麗子   … 春野芳子 … 與世山彦士
                      一年生 … 深澤君美男 … 瀬川光子 … 瀬川正子


「音楽と舞踊の会」 軍人会館 (1940.6)

2016年01月07日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

  

 創立十周年記念
  音楽と舞踊の会
     昭和十五年六月六日(水)午後七時開演・於九段軍人会館

        プログラム

 ピアノ独奏
    ポール・ヴイノグラードフ教授

  1.ポロネーズ          ‥ ショパン曲
  2.ハンガリアンラプソディー二番 ‥ リスト曲

 独唱   賛助 長門美保嬢

  1.かごかき ‥ 貴志曲
  2.田植歌  ‥ 橋本曲
  3.歌劇「フライシュッ」中のアガーテのアリア ‥ ウェーバー曲

 舞踊
      エリアナ・パヴロバ教授

  1.狂人    ‥ マグトヴェル曲
  2.瀕死の白鳥 ‥ サンサーン曲

 バレー

  ショピニアナ  ‥ ショパン曲

 ヴアイオリン独奏
       ヴアレンチーナ・アバザ教授
    伴奏   アレキセイ・アバザ教授

  1.シンプル アヴイユー  ‥ トマー曲
  2.ポロネーズ ブリランテ ‥ ウイニヤウスキー曲

 合唱   指揮 三浦泰教授
      伴奏 strong>アレキセイ・アバザ教授  

  1.美しく碧きドナウ ‥ シュトラウス曲
  2.ふるさとへ    ‥ ドヴォルザーク曲

 主催・大森高等音楽院
     大森区入新井一ノ一六四

  会員券
    1円20銭
    2円40銭「税共」
    3円60銭

  プレイガイド・三省堂・音楽新聞社
  各楽器店・音楽書院・当日会場  


「一周忌 追悼舞踊大会」(エリアナ・パヴロバ)(1942.6)

2015年12月04日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

 
 
 故 陸軍軍属 エリアナ・パヴロバ
  一周忌 追悼舞踊大会
        一 一流現代舞踊家・音楽家大挙協賛出演 一

    日時・六月二十六日(金)夜六時
    会場・九段 軍人会館
     
        一 入場料 一
         自由席 金二円(内税四割) 指定席 金三円五拾銭(内税四割

 昭和十六年六月、陸軍軍属として前線慰問出演中、不幸にも病死せる、エリアナ・パヴロバ(帰化後の日本名、霧島エリ子)の我が国舞踊界に残せる功績は余りにも大きい、茲に故人の一周忌を迎えるに当り、我が国一流舞踊家、音楽家諸氏の美しき賛助の下に、この追悼舞踊大会を開催するを得たるは洵 まこと に欣快に堪えません。何卒本会の為めに特別なる御理解と御熱心なる御後援とを賜り度くお願ひ致す次第であります。
 (本会開催に依る純益金は故エリアナ・パヴロバの慰族にお贈りする事になつて居ります。)

    主催・エリアナ・パヴロバを偲ぶ会
    後援・大日本舞踊連盟現代舞踊部

  開催順序・曲目

      ▽第一部

 一、開会の辞             ‥‥‥‥ 篠塚榮次
                       貴族院議員
 一、良き日本人としてのパヴロバを語る ‥‥‥‥ 平沼亮三
                         青木得三
 一、舞踊               ‥‥‥‥ パヴロバ舞踊研究所
   
   Ⅰの部
    (イ)アベマリア (ロ)田園舞踊 (ハ)子供     (ニ)小鬼人       (ホ)ガボット (ヘ)ウクライナ・ダンス (ト)月見草
    (チ)蜘蛛と蠅  (リ)夢    (ヌ)ファンタージ (ル)ピエロとピエレッタ (ヲ)瀕死の白鳥
   Ⅱの部
     バレー歌劇「ジョコンダ」より
     時の踊り
   
         笹田繁子 笹田幸子 羽村京子 イリーナ・マルカロワ 涌井武子 小松三代子 大瀧愛子 松田妙子 松岡緑 東海林睿子 飯島純子
         渡邊明子 坂本幸子 池上恭子 池上淳子       清水麗子 岸波俊子  戸田静子 柴崎和子  一  綾城點   島田廣

      ▽第二部
                
                       舞踊評論家
 一、パヴロバの舞踊界に於ける功績に就いて ‥‥‥牛山充
 一、・  (キング専属)松島詩子  (コロムビア専属)中野忠晴
 一、舞踊(公演曲目未定)
  
         片岡マリー    ・久世玉枝  ・芝晴園
         橘秋子と研究所員 ・貝谷八百子 ・東勇作
         藤田繁


      ▽第三部
               
                         皇軍慰問芸能編成委員長
 一、芸術家と前線慰問に就いて       ‥‥‥‥‥ 西村樂天
                         テイチク専属
 一、 (題未定)           ‥‥‥‥‥ 東海林太郎 
 一、舞踊                      (順不同)
      一、題未定           ‥‥‥‥‥ 梅園龍子
      一、槍の踊(三條昭曲)    ‥‥‥‥‥ 益田隆
      一、スペイン舞踊       ‥‥‥‥‥ 河上鈴子
      一、タンゴ(アルベニーツ曲) ‥‥‥‥‥ 山田五郎
      一、春  (石井五郎曲)   ‥‥‥‥‥ 小森敏
      一、題未定          ‥‥‥‥‥ 高田せい子
 一、閉会の辞              ‥‥‥‥‥ 吉田修三

       (各出演者の特意の作品並に此の会の為めに新作中のもの等、詳しくは当日のプロに記載致します)

            音楽・高勇吉三重奏団
            照明・松崎國雄

 エリアナ・パヴロバを偲ぶ会発起人

   平沼亮三 青木得三  加藤タカ 澤静子  金光はつ  石井漠  西村楽次 牛山充   江口隆哉 高田せい子 小森敏  池森康敝  河上鈴子
   山田五郎 東海林太郎 中野忠晴 松島詩子 広瀬堅二郎 梅田美喜 藤田繁  笹田千惠子 橘秋子  東勇作   篠塚榮次 貝谷八百子 吉田修三

      パヴロバを偲ぶ会事務所
          東京文化演奏社

      パヴロバ舞踊研究所
                  17.6.20


『スーヴニール 1』 歌舞伎座 (1938.12)

2012年03月04日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

 表紙には、「Souvenir Album “Yaoko Kaitani”  貝谷八百子 スーヴニール No.1 」とある。奥付には、「昭和十三年〔一九三八年〕十一月二十七日印刷 昭和十三年十二月一日発行 〔非売品〕 編輯兼発行人 貝谷和昭 発行所 貝谷舞踊研究所」などとある。26.1センチ、〔28頁〕。
 
 ・表紙 「交響曲第五番」の若き酋長の貝谷八百子
 ・写真

      
 
  「アラビアン・ナイト・ワン・パート」の貝谷八百子 2葉 〔上左。なお、本書には、同じ彩色のもの1枚が挟まれていた。〕
  美しき森の孔雀三態 3葉 〔上中〕
  ツインガーヌ2態 2葉 〔上右〕
  酋長の貝谷八百子 1葉
  瀕死の白鳥4態 4葉
 ・プログラム 
 ・お願ひ 貝谷八百子〔顔写真あり〕
 ・第一回公演にあたつて 貝谷和昭 〔顔写真あり〕
 ・「杏花村」について 奥野信太郎
 ・貝谷八百子について 西條八十
 ・「美しき森」に就いて 内田岐三雄

 「美しき森」は所演時間二十分ほどのバレエです。これは今度の公演の開幕に上演するものとして僕が書いたのですが、若い乙女貝谷八百子君が当場する最初のものとして、美しいロマンスめいた物語りを選び、そして八百子君の持つクラシック・バレエのテクニックを大いに活用するために、クラシック・バレエの型をとることにしました。
 けれども、僕が「美しき森」といふクラシック・バレエのために台本を書いた理由は、以上だけに尽きてゐるのではありません。大きな物の云ひ方を許して頂ければ、日本ではクラシック・バレエといふものが比較的等閑に附されてゐる様であるし、その持つ良さといふもの、寧ろ実実質以下に評価されてゐるのではないか、と思うふのであります。もちろん、クラシック・バレエの内容と形式とは今日からいへば古いものであり、そこに不満なものが見出されるのでありますが、その一方、長い伝統の下に築きあげられた美しさと優れた形とは、今なほ我々をとらへ魅するに十分なことも事実なのであります。そして又現在の欧米の新しいバレエは、このクラシック・バレエを源として発生したものであって、これなしに直ちに生れ出たものでないことは云ふ迄もないでせう。
 僕はそれ故に、「美しき森」を特にクラシック・バレエとして書いたのであります。然し、これはあくまでも僕の意図でありまして、このバレエが即ちクラシック・バレエの見本といふのではありません。僕の望みは、クラシック・バレエの長を採り、その古きが故の短を今日の眼を以て補って行かふといふのでありますが、浅学不才、よくその望みを全うするか顧みて危惧の念の大きなものがあります。たゞ僕としては、この道に精魂を打ち込んで行く念願であると此処に申し上げることが出来るのみであります。
 「美しき森」を書いた理由は以上の如くでありますが、もう一言申し述べて置きますと、動きと線と色彩と音楽とのみによって感情とテーマとを人々になだらかに伝えへることを志したことを申さねばなりません。なほこのバレエの中ではその他、二三の僕の思ひつきが試みられて居ますが、それに関しては特に云ふ程のこともありません。
 終りに、このバレエのために良き協力と熱心な援助を惜しまれなかったあらゆる方々に心からの感謝の念を捧げます。
 
 ・八百子と瀕死の白鳥 エリアナ・パヴロバ

 サンサーンスの作曲でフオキンスの創作になる、アンナ・パヴロバ一代の名舞踊“瀕死の白鳥”私にとつて亦秘蔵の“瀕死の白鳥”これを八百子の門出に差上げました。
 八百子なら、きつと、りつぱにをどつてくれる事と信じます。 
 八百子の白鳥の姿が、毎日眼の前に幻影となり、私の心を楽しませ喜ばせ感激させてくれます。
 今後とも、きつとすばらしい舞台になる事でせう。

 ・舞踊の舞台衣裳について 三林亮太郎
 ・応募作品の上演 河合信雄
 ・舞踊の新しい時代性について ‥貝谷兄妹の場合‥ 石井順三
 ・待望の新星 -貝谷八百子さんを世に送る- 江口博
 ・『美しき森』の作曲 服部正 
 ・ボレロの編曲について 宇賀神味津男
 ・白夜の装置衣裳 小田内通正
 ・“交響曲第五番”舞台台本 貝谷和昭
 ・偬倥の言葉 山田和男
 ・照明プランを作つた立場から 松崎國雄
 ・バレエ劇場に贈る 東勇作
 ・懸賞台本募集結果 〔写真あり〕 
 ・編輯後記 (K・K)  

 下は、プログラムにある演目など〔配役や解説など多く省略〕。

 第Ⅰ部 

  バレエ 
 a “美しき森” 
           作並演出 内田岐三郎 作曲並指揮 服部正 装置並衣裳 三林亮太郎 振付 貝谷八百子 東勇作

 美しい大きな森。この楽園に猟師が入り込んで来た。栗鼠が隠れる。鹿が逃げる。小人が驚く。だが猟師が一番狙つたのは孔雀だつた。やがて森に夜が訪れる。月の光に照らし出されると森は不思議な姿を呈する。こゝで猟師は何を見たか、そして朝になつた時にー。一つのフアンタジーである。

  ソロ
 b “ブローニュの森” 
           エリアナ・パヴロバ
  ソロ
 c “瀕死の白鳥”(サンサーンス作曲“白鳥”による) 
           貝谷八百子 セロ 井上頼豊 ピアノ 山田和男
  
  デュエット
 d “青い鳥の幻想”(パウル・リンケ作曲の“蓮の花”による) 
           採譜 アレキセー・アバザ 編曲指揮 早川彌左衛門 振付 貝谷八百子    チルチル 緒方玲子 ミチル 片瀬笑子
  ソロ
 e “少女の夢”  
           作曲並指揮 アレキセー・アバザ  貝谷八百子
※※INT※※
  ソロ
 f “ローマの松”(レスピーギ作曲)
           旧作・レコード使用   貝谷八百子

  1 序曲として“ビーラボルゲーゼの松”を置く。
  2 “塋屈のほとりの松”ー聖セバスチアンの安眠せる塋屈のほとりの松、地下よりわき上る偉大な合唱にのつて、歴史を語る松。
  3 “アッピア街道の松”ー盛んなる古代ローマの詩、この路を幾多の軍隊が通つていつた事か。それら無数の霊魂の足音が聞え響く。イタリー建設の一頁に松も亦光輝ある歴史の姿である。

 第Ⅱ部(A) 

  デユエット
 a “コーカシアン・スケツチ”(エポリトフ・イワノフ作曲“コーカシアン・スケツチ”による) 
           編曲並指揮 宇賀神味津男   幻の女 エリアナ・パヴロバ 若者 貝谷八百子
  ソロ
 b “アラビアン・ナイト・ワン・パート”(グラズノウ作曲“ダンス・オリエンタル”による) 
           採譜編曲 アレキセー・アバザ 音楽指揮 早川彌左衛門   貝谷八百子
  ソロ
 c “ツイガース”(ラヴエル作曲“ツインガーヌ”による) 
           エリアナ・パヴロバ研究所卒業作品 レコード使用  貝谷八百子
  ソロ
 d “びつくり箱”(ブラトン作曲“海賊の行列”による) 
           採譜 アレキセー・アバザ 編曲指揮 早川彌左衛門 振付 貝谷八百子  緒方玲子
  デユエツト
 e “杏花村” 
           作 奥野信太郎 作曲並編曲 貝谷和昭 音楽指揮 服部正 衣裳考案 中丸平一郎 振付 貝谷八百子    村娘 貝谷八百子 牧童 東勇作

 第Ⅱ部(B)

  トリオ
 a “白夜”(懸賞入選台本) 
           作 河田清史 脚色並演出 河合信雄 作曲並指揮 山田和男 装置並衣裳 小田内通正 振付 貝谷八百子    黒薔薇 貝谷八百子 蜘蛛 東勇作 園丁 村松直
  ソロ
 b “ボレロ”(モーリス・ラヴエル作曲“ボレロ”による) 
           作並構成 白井鐵造 編曲並指揮 宇賀神味津男 装置並衣裳 三林亮太郎 振付 貝谷八百子

 第Ⅲ部

  バレエ
 “交響曲第五番”(アントン・ドヴオルザーク作曲)新世界より 
           作 貝谷和昭 脚色並演出 内田岐三雄 河合信雄 音楽指揮 山田和男 装置並衣裳 三林亮太郎 小田内通正 振付 貝谷八百子

 a 序曲、(第Ⅰ楽章)
 b 第一景(第Ⅱ楽章)“沈みゆく陽”    
           若き酋長 貝谷八百子 インデイアンの娘 泉芳子
 c 第二景(第Ⅲ楽章)“火の部落”
 d 第三景(第Ⅳ楽章)“新しき世界へ”

  インデイアンの二つの伝説とドヴオルザークの作曲心境とをアレンジしたもので、大自然の謳歌と、野花の如き愛と、不屈の勇猛心とを描いた熱と力の踊りである。

 賛助出演 エリアナ・パヴロバ 東勇作 演奏 中央交響楽団・照明 松崎國雄


「平和博覧会、慈善大舞踏会、瀕死の白鳥」 エリアナ・パヴロバ (1922-26)

2011年12月26日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

  英国皇太子殿下お成りの節城内演舞場に於て台覧の光栄を荷ふパウロヴア嬢のダンスです。

 上の写真は、大正十一年 〔一九二二年〕 四月五日発行の『平和博覧会画報』 発行所 大阪毎日新聞社 の表紙〔部分〕である。

   
  
 慈善大舞踏会

 お茶の水女学校出身者よりなる作楽会及び木曜会の諸夫人令嬢主催で、二月二十四日、二十五日の両日、丸の内有楽座に於いて、舞台の名手エリアナ・パヴロバ嬢主演の復生病院同情会寄附の慈善大舞踏会が開催されました。因(ちな)みに、復生病院は東海道御殿場にあり、明治十七年創立仏蘭西人によつて経営される癩病の病院です。

 ・パヴロバ嬢のダンス姿 〔上左〕
 ・パヴロバ嬢とワセリークルツピン氏のダンス姿。 〔上右〕

 上の写真は、大正十二年 〔一九二三年〕 四月一日発行の『淑女画報』 四月号 第拾貳巻 第四号 の口絵に掲載されたエリアナ・パヴロバ主演の「慈善大舞踏会」四枚中の二枚である。

   
 
 再び来朝のパヴロバ嬢   震災前日本に在つた舞踏家

  エリアナ・パヴロバ嬢はその後上海へ去つたゐたが 今回後援会の熱誠な希望により再び来朝した 写真はスペインの踊姿

  A SOUTHERN EMOTION,   “Senorita” lleana Pavrova, the noted danseuse, is now staying in Tokyo.

 この写真は、エリアナ・パヴロバで、『アサヒグラフ』〔第五巻 第二号:大正十四年(一九二五年)七月八日〕の表紙を飾ったものである。

 

 パフロワ嬢の瀕死の白鳥

  露国舞踊家 エリアナ パブロワ嬢の最得意とする舞踏 瀕死の白鳥です 七月二十四日 日比谷公園の納涼会で 演じたるもの

  “Dying Swan”performed by Miss Pavlova, the Russian dancer, at the summer evening entertaiment given at Hibiya Park on July 24.

 この写真は、大正十五年 〔一九二六年〕 九月一日発行の 『婦人画報』 九月号 第二百五十二号 のグラフィックの一枚である。


「スラーヴィナ劇団 (「復活」と露西亜舞踊)」 (1922?)

2011年10月14日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

 

 この写真は、『写真通信』 第百七号 大正十二年 正月号 に掲載されたものである。

 日本語で演ぜられた外人劇 

    「復活」とロシア舞踊

 最近劇団に諸種の新しい試みが起り、夫々人気を吸収して劇界百花満開の観あるは誠に結構な現象だ。併しかゝる諸種の新しい試み中で特に奇抜なのは日本語で演ぜられたる外人劇である。茲に紹介するのが即ちそれで、右上は有名なロシア文豪トルストイ原作「復活」ー我国では「カチユーシヤ」と称して一般に知られてゐるもの、右端の人物は花形女優キツテイ・スラビナの紛したカチユーシヤ左下は得意のロシア舞踊。尚ほ中央は座頭アンナ・スラビナ〔アンナ・スラーヴィナ Anna Slavina〕、左上はキツテイ・スラービナ〔キティー・スラーヴィナ Kity Slavina〕、右下はニナ・スラビナ〔ニーナ・スラーヴィナ Nina Slavina〕の三女優で、斯の如く外人が日本語で劇を演じたのは全く始めてで実に注目に値する

 Russian Dance and “Revival ” played in Japanese words by Russian actors and actresses.

 また、第七回全関西婦人連合大会(大正十四年十月 於大阪中央公会堂)の大会順序の二日目(十月二十五日)には、次の記載がある(『婦人』二巻 十号)。

 一 音楽

    会歌発表 作歌 八木梅子氏 作曲 近衛秀麿氏
    管弦楽演奏数番【曲目は未定】近衛秀麿指揮
    独唱数番 矢追婦美子嬢 近衛秀麿伴奏

 一 劇
   『サロメ』一幕
    露国人キチー・スラヴィナ嬢主演 
    外助演男女露国人十数名
     但し台詞は全部日本語 スラヴィナ嬢其他一行の露国人は驚くべき程流暢に日本語を話せます
 一 舞踊
   『人形の遊び』
     アンナ・スラヴィナ キチー・スラヴィナ ニーナ・スラヴィナ   共演

 なお、この大会の一部を記録したと思われるSPレコードに次のものがある。

  NITTO RECORD ニット―レコード 大日本蓄音器株式会社 1805-A

     大阪朝日新聞社

   関西婦人連合会

    申合せ 朝日新聞記社〔記者〕 恩田和子
    会歌  八木梅子作歌 近衛秀麿作曲
    唱歌者 御門種子・八木笑子
    伴奏  近衛秀麿   

  NITTO RECORD ニット―レコード 大日本蓄音器株式会社 1805-B

   

   科白劇 

    狂戀のサロメ

     アンナスラビアナ夫人 
     キッチースラビヤナ嬢
     ニーナスラビアナ嬢


「舞踊嫌ひの日本人」 田中正平 (1916.9)

2011年09月25日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

 

 この文は、大正五年 〔一九一六年〕 九月一日発行 の『婦人公論』 九月号 第一巻 第九号 に掲載された。
〔上の絵葉書の写真は、スミルノワと思われる。〕
 舞踊嫌ひの日本人 
   ◇◇◇国民性に適する舞踊を興せ◇◇◇
         理学博士 田中正平

 私は舞踊に就いて別段専門的に研究した訳でもなければ、又勿論自分で稽古したと云ふのでもない。唯舞踊の同伴者とでも云ふべき音楽のことを少し調査 しら べたことがあるので、自然幾分か関係する処があるから、不知不識 しらずしらず の間に舞踊に対する趣味も出て来、舞踊の貴 たふと いことも判つて来たのである。で、固より舞踊に対しては全く素人なのであるから、私の言ふ処も大に正鵠を得ない事があるかも知れない。

 ▽世界中舞踊の無い国はない

 舞踊を愛するは人間の特性であつて、世界何れの国でも、其国民固有の舞踊の無い処はないのである。而して其沿革は皆、其国の宗教儀式の一つであつたものが漸次独立発達して来たもので、今日俗間に行はれてゐるものも、先づ此式舞より其流れを汲んでゐるのに相違ない。日本のお神楽などは、今日でも其古風の体を残してゐるものである。基督教でも、今では余り行はれてゐないが、然し昔は随分寺院内で舞うたと云ふ形跡をとゞめて居る。日本では踊り子は其術を天鈿女命 あめのうづめのみこと から受けたと言つてゐるが、此考 かんがへ は蓋し日本許りではあるまい。詰 つま り世界各国の人々が皆舞踊の根源を神秘なものにしてゐるのである。

 ▽踊るのは人間の天性である

 又舞踊は人の喜びを表現する一種の手段である。歓喜する時は、人は「手の舞ひ足の踏む処を知らない」と云ふ。手紙の文句にも、「雀躍の至り」などゝ云つて、悦 よろこ ばしい嬉しい事があれば踊るのが人間の天性である。それをしないのは無理に其本性を抑圧してゐるのではないかと思ふ。広く世界の各国民の状態を見るに、日本人程舞踊しない国民はない。特に近来に至つて益々然 さ うである。昔は歴史的にも見えてゐる通り、何か社会的の慶び事や、或は家族的の祝ひ事がある毎に、白拍子であるとか、其他男女に拘 かゝ はらず、常に起つて舞ふものがあつた。酒席などでも必ず誰か起つて舞ふことが行はれてゐた。起つて舞ふのを肴 さかな と称する。酒は有るが肴が無いと云つた場合でも、舞があれば結構飲めると云ふ意味で、こんな言葉が出来たのであらう。

 ▽盆踊は唯一の慰楽であつた

 各地方へ行くと幾分単純な又卑俗なものではあるが、盆踊りと云ふものがあつて、農家が一年中其業務に励精した慰安として、年に一度男女大勢寄り合つて睦まじく踊るのを無上の娯楽としてゐたのである。然るに近来では、此盆踊りも風規上の監督が行届かないからと云ふ理由で殆んど禁止されてゐる。之は一面社会風教の上からは然るべき処置とは思はれるけれども、然しこれがために国民唯一の慰楽を奪つて了 しま ふことは甚だ遺憾である。

 ▽良家の令嬢は踊らなくなつた

 其他昔は良家の令嬢達も、一つの身だしなみとして皆舞踊を稽古させられたものである。処が然 そ ういう風習 ならはし は次第に薄らいで、今日では芸者になるものゝ一つの準備としてのみ舞踊を稽古すると云つた風である。従つて踊りの稽古をするに伴ふ弊害も沢山生ずるやうになつた。今日品位ある家庭の令嬢たちが斯 こ う云ふ方面に心を傾けない許りでなく、仮令 たとへ 舞踊の稽古をしたとしても、単に隠し芸としてゞあつて、人の前に起つて舞ふなどといふことは恥づべきことのやうに思はれて来た。だから舞踊の側から見ると今日程情 なさけ ない時代はないと言つてよいであらう。

 ▽日本程舞踊の嫌ひな国はない

 扨 さて 前に述べた通り、世界に舞踊の無い国はないのであるが、其世界の文明国中で我国ほど無邪気な娯楽の嫌ひな国はなからう。殊に舞踊を以て娯 たの しむと云ふ事の最も嫌ひな、従つて最も少ない国は我国である。支那は然 さ うである。然し支那の婦人達は纏足をしてゐるから、舞へと云つてもそれは無理な註文であるが、日本人のは故意に舞踊をやらないのである。是れは一種の社会の変調で、決して健全なものではなからうと思ふ。即ち国民が妙にひねくれてゐるのである。さもなければ、努力をしないで娯楽のみを取らうとするおうちゃくな傾向であるまいか。凡て何事も凝つて見なければ面白味は出て来ないものである。努力が悦楽の大なる要素である。ところが、日本現代の社会は、楽しみは享 う けたいが、努力することは避けたいと云ふ社会ではないかと思ふ。これでは個人々々には都合が好いかも知れないが、日本一国の文明と云ふ事になると甚だ嘆かはしいことであると思ふ。

 ▽西洋のダンスは欠くべからざる年中行事

 西洋では男も女も殆んど踊りを知らぬ人はない。尤 もつと も踊りと云つても所謂舞踏 ダンス であつて、劇場などで優人 やくしや が演 や る芸術的の舞踊即ちバレーとは別である。此舞踏の根元は、日本の盆踊りのやうなものから進化したものであるが、運動といふ点からも結果が良いのみならず、社交的な機関としても是非なくてはならぬものとなつてゐる。そして一般の青年男女が熱心に行 や るから、舞踏といふものは今日では欠くべからざる一つの年中行事となつてゐる。寔 まこと に舞踏は一見極めて簡単で何処が面白いか判らないやうであるが、自分で行 や つて見ると非常に興味がある。一体何事でも見るよりも行ふ方が理解も生じ楽しみもある。

 ▽ダンスは日本人には向かない

 勿論日本でも西洋の舞踏の行はれてゐる所もあるが、日本人は日本人の衣裳を着、日本の家屋に住 すま てゐるものだから、一般にはまだゝ流行となるまでに行かない。此舞踏を如何 どう かして日本へ入れやうと苦心した人もあつたが、如何も旨く行かない。第一男女相擁 あひよう するといふことが日本の風習の是認する処とならない上に、家屋も西洋式に建て、音楽も西洋式なものでなければー即ち総てが西洋式にならなければ、舞踏をやるのに不便である。勿論単に斯 か う云ふ不外面的な事情許 ばか りではなく、芸術的な点から言つても、舞踏は日本人の社会には不向きであるが、それは暫く措 お くとして、前にも言つた服装が適しないといふことは重大な問題である。諄 くど いやうであるが服装がいけない。
 
 ▽踊るにはそれ相応の服装が必要である

 倩 つらつら 各国の状態を見るに、舞踊は服装に依つて大なる影響を受けるものであり、又受けなければならなぬものである。例へば日本の芝居の所作事などで、龍宮の乙姫が所謂「緋 ひ の袴 はかま」即ち上臈 じやうらう の扮装 なりかたち で舞踊するのは、所謂踊るのではなくつて、これは舞ふ方になる。又これで何か活溌なものを舞はうとすると、袖が邪魔になり、脚の捌 さば きが悪くなる。であるから踊るにはそれ相応の服装が必要なことは申すまでもない。
 元来西洋人は男はズボンで、女は袴を穿いてゐるから、足の運動は非常に自由である。故に舞踏は勿論芸術的な舞踊即ちバレーに於ても、足の運動が旺 さか んで、飛び跳ねたり、足を高く揚げたりする。女の人でも足を自分の顔まで揚げる。頗る活溌である。其活溌な点に別種の趣味があるのである。而かも其活溌さが永年の研究に由つて非常に優雅な芸術になつてゐる。

 ▽日本人には舞踊の味は解らぬ

   

 然し此西洋式の舞踏又は舞踊 バレー を見て楽しむと云ふのは、矢張歴史的に人の眼が養はれてゐなければならぬ。歴史を異にする日本人の眼には、一朝一夕にして其美其味を感ずる事は出来ない。西洋に永く移住して親しく西洋の舞踊に接し、其眼を肥 こや した者は格別、唯一般の人には、見ても異様に感ずる外 ほか に、軽妙に運動すると云ふ事位は賞玩することは出来ても、其外に深い感動を得る事は六つかしい。先頃帝劇へ来た露国のスミルノワの舞踊なども、伊太利の舞風を取入れて、新しい解釈を加へ、立派な露西亜の国民的舞踊となつてゐるが、吾々には非常に珍しい結構なものとは感じられても、西洋人 厳密に云へば露西亜人が感ずるやうな妙味は迚 とて も感じられない。即ち吾々日本人は、日常見慣れてゐる服装をし、見慣れた体 からだ のこなしを基とした舞踊にして其美容を発揮するのを見て、始めて興味を覚えるのではなからうか。であるから如何 どう しても我国の舞踊は我国にある処の主題を採つて、歴史的に吾々の憧憬してゐる処の人物、又は吾々が夢見る処の、親しみを持つた仮想的夢幻的人物が出て活躍する処に吾々の舞踊は出来上がらなければならないと思ふ。

 ▽舞踊は国民性に合はねばならぬ

 舞踊は此 かく の如くそれ自身に於て国民性に関係があるから、それに伴ふ衣裳や音楽も亦調和を得なければならぬ。三味線を弾いて舞踏 ダンス を踊るのが不調和であると共に、西洋の楽曲によつて日本式の舞踊をなすのも亦不釣合である。故に今後の舞踊の進歩刷新も矢張国民的立場ー我々と我国の思想理想の上に立つて図らなければならないと思ふ。

 ▽舞踊を改善発達せしめよ

 舞踊の趣味は、簡単なものと複雑なものとに由 よ つて違ふ。簡単な事は自分が行つて自ら趣味を感じ、複雑なものはそれを行つて自分以外の他人に趣味を感じさせる。即 すなはち 専門の徒である。この区別は西洋では、舞踏 ダンス と舞踊 バレー によつて明かに分れてゐる。日本ではまだこれが十分に区別されてゐない。即九歳や十歳位の女の子が、奴 やつこ にもなれば弁慶にもなり、中には勘平にもなつて道中をやると云つた風である。之は芸術の方からは或は歓迎すべきことかも知れないが、然し舞踊の趣味を拡めるには何 ど うかと思ふ。も少し容易 たやす く舞踊する事が出来るやうにしなければならぬ。即ち之を学び之を行ふに容易ならば、自分も趣味を感じ多くの人にも楽しみを與へる訳である。又斯道に精 くは しい名人上手の芸を見ても之を玩賞する事が出来ると思ふ。何にしろ目下の処、日本では舞踊の研究方法が未だ充分でない。之を教へる方法が研究されてゐないのみならず、之を稽古するに伴ふ弊害が未だ余程沢山ある。日本の文明を増進すると云ふ点から見ても、如何 どう しても今日は社会が之に注目して其改善を促さなければならぬ時期ではないかと私は密 ひそ かに考へてゐるのである。


『BALLET SERGE LIFAR』 (1952.10)

2011年07月25日 | バレエ 2 エリアナ・パヴロワ、貝谷八百子他

 表紙には、「BALLET SERGE LIFAR  TOKIO 1952」とある。内表紙には、「GALA DE BALLET SERGE LIFAR」などとある。30.2センチ。

 ・メッセージ        ジョルジュ・イルシュ
 ・フランス大使メッセージ
 ・招聘の言葉 〔下は、その一部〕

 このたび本社の招聘によってセルジュ・リファール氏一行が来日しましたが、今回のような一流メンバーからなる本格バレエ団の来朝は空前のことであり恐らく今後もあり得ないことと存じます。セルジュ・リファール氏はメエトル・ド・バレエ兼男性第一花形舞踊手として事実上国立劇場パリ・オペラ座の統率者であるとともにフランス近代バレエ興隆の功績者として永遠に光を失はぬ星であり現代世界バレエ界における偉大な舞踊家の一人であることは御存知の通りであります。リセット・ダルソンバル嬢は同じくオペラ座の首席エトワールとしてバレリーナの最高の地位にあり、アンヌ・ダイデ嬢はオペラ座はじまって以来の年若きエトワールとしてその天稟の才はもっとも将来を嘱望されている人、アレクサンドル・カリウジニー氏はリファール氏の再来とうたはれるオペラ座至宝の男性花形舞踊手であります。ピアニストのジャン・ラフォルジュ氏は先般コルテス嬢と共に来日して既に馴染深い人ですが、〔以下省略〕
           
                                                  1952.10  読売新聞社
 写真
 ・リファールとダイデ
 ・リセット・ダルソンヴァル

プログラム 第一 〔フランス語と日本語の二カ国語あり〕

   1回 10月6日(月) 午後6時   7回 10月13日(月) 午後6時
   2回 10月7日(火) 午後2時   8回 10月15日(水) 午後2時
   3回 10月7日(火) 午後6時   9回 10月16日(水) 午後2時  

 1 騎士と姫君     … ゴーベール
              リアンヌ ダイデ
              アレクサンドル・カリウジニー
 2 ロマンチック組曲  … ショパン
              リセット・ダルソンヴァル
              リアンヌ・ダイデ
              セルジュ・リファール
              アレクサンドル・カリウジニー
 3 二つの伝説     … リスト
    a. 聖フランシス鳥と語る
    b. 聖フランシス水を渡る   ピアノ独奏 ジャン・ラフォルジュ
 4 ロミオとジュリエット… チャイコフスキー
              リセット・ダルソンヴァル
              (※ リアンヌ・ダイデ)
              セルジュ・リファール
 5 牧神の午後     … ドビュッシイ
              セルジュ・リファール

          休憩

 6 キエフの大門    … ムソルグスキー
              ピアノ独奏 ジャン・ラフォルジュ
 7 白鳥の湖      … チャイコフスキー
              白鳥姫 リセット・ダルソンヴァル
                  (※ リアンヌ・ダイデ)
               黒い白鳥  リアンヌ。・ダイデ
                  (※ リセット・ダルソンヴァル)
 8 水の戯れ      … ラヴェル
   喜びの島      … ドビュッシイ
              ピアノ独奏 ジャン・ラフォルジュ
 9 白の組曲      … ラロ
              リアンヌ・ダイデ
              リセット・ダルソンヴァル
              セルジュ・リファール
              アレクサンドル・カリウジニー

        ピアノ伴奏 ジャン・ラフォルジュ ※は、7,8,9回に役替

 写真
  ・リアンヌ・ダイデ
  ・アレクサンドル・カリウジニイ

プログラム 第二 〔フランス語と日本語の二カ国語あり〕

   4回 10月9日(木) 午後2時   10回 10月17日(金) 午後2時
   5回 10月10日(金) 午後2時   11回 10月18日(土) 午後2時
   6回 10月10日(金) 午後6時   12回 10月18日(土) 午後6時  

 1 ジゼル       … アダム
              ジゼル  リアンヌ ダイデ
              (※ リセット・ダルソンヴァル)
              アルブレヒト  セルジュ・リファール
              ヒラリオン   アレクサンドル・カリウジニー
 2 くるみ割り  … チャイコフスキー
              リセット・ダルソンヴァル
              (※リアンヌ・ダイデ)
              アレクサンドル・カリウジニー
 3 第三バラッド    … ショパン
              ピアノ独奏 ジャン・ラフォルジュ
 4 祈り     … ベートーヴェン
              セルジュ・リファール

          休憩

 5 白鳥の死      … ショパン
              白鳥  リアンヌ・ダイデ
              狩人  セルジュ・リファール
 6 シルヴィア     … ドリーブ
              リセット・ダルソンヴァル
              アレクサンドル・カリウジニー
 7 第四ノクターン   … フオーレ
   奇妙なブウレ    … シャブリエ
              ピアノ独奏 ジャン・ラフォルジュ
 8 水の戯れ      … ラヴェル
   喜びの島      … ドビュッシイ
              ピアノ独奏 ジャン・ラフォルジュ
 9 コッペリア     … ドリーブ
              リアンヌ・ダイデ
              セルジュ・リファール
              アレクサンドル・カリウジニー

        ピアノ伴奏 ジャン・ラフォルジュ ※は、10,11,12回に役替 照明 大庭三郎

解説          蘆原英了
セルジュ・リファール 蘆原英了