蔵書目録

明治・大正・昭和:楽器・音譜目録、来日音楽家、音楽教育家、来日舞踊家、軍内対立、医学教育、清国留学生、林彪、北京之春 

神戸女学院 2 (院長:デフォレスト、ソール) (1901-1919)

2017年04月19日 | 神戸女学院
    

 CLASS OF SMITH 1901  背表紙は、 CLASS BOOK 1901

 Charlotte Burgis DeForest, 144 Hancock St, Auburndale, Mass.

 スミス・カレッジ(Smith College)の1901年の卒業アルバムには、上の写真などがある。

 

 アメリカンボードノ宣教師明治四十三年ノ年会 

A B C. F. M MISSIONARIES ANNUAL MEETING 1910


 消印 :KOBE 4.7.× JAP×   〔神戸、一九一〇年(明治四十三年)七月四日、日本〕
     UTIKA JUL 26 4 PM N.Y 〔ユティカ、七月二十七日 午後四時、ニューヨーク州〕
     ※ なお、転送印もある。

 通信欄:Kobe. Japan. July 3. 1910.  〔中略〕 Charlotte De Forest
 
 差出人:シャーロット・デフォレスト女史〔当時神戸女学院教師、のち同女学院第五代院長〕

 写真 :最前列の右三人は、右から父のジョン・デフォレスト、母のサラ・デフォレスト、娘本人と思われる。

  

 タイヘイレコード ELECTRIC RECORDING

 ・「或ル日ノ感想」 神戸女学院々長 ドクター、シー、ビー、デフォレスト 昭和十年六月十五日 M.932-A
 ・“Bible Reading” Philippians 4:1,6-8, Colossians, 3:12-14,16-17, i Thessalonians 3:11-13 Dr.C.B.DeForest, President, Kobe College.  June 15 1935. M.932-B

 ところで、このデフォレスト女史については、「アジア歴史資料センター」のネットで閲覧が可能なものに次のものがある。

 米国人「シャーロット、バルジス、デフォレスト」外二名叙勲ノ件

 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A10113357500、叙勲裁可書・昭和十五年・叙勲巻二十一・外国人二止(国立公文書館)」

 ※ 「外二名」の内の一人は、横浜英和女学校のハヂス女史

 この資料には、『文部時報』 第六百十一号 昭和十三年二月二十一日 に掲載された「本学院の特色 神戸女学院専門部長 シ・ビ・デフオレスト」(六三~六七頁)の最初の部分(下の文:漢字は当用漢字に改めた)も引用されている。ただし、『文部時報』の原文とは、若干相違がある(相違箇所は、青字と赤字で示した)。

 原文:

 当神戸女学院は開拓者の意気を以て米国より来朝したタルカット女史及びダツドレー女史に依つて明治年に創設されたものであつて、我が国女子教育機関のうち最も古いものの一つであるが、常時なほ社会的には低く遇せられ、あらゆる意味に於いて旧殻を脱してゐなかつた我が女性達を、基督教に依る宗教的信仰の涵養と知育体育の達成とに依つて自覚せしめ、断えずより高い世界を追及する精神を所有せしめようとする所にその創設の意義があつた。そして更に「基督教の道徳に基き女子に須要なる教育を施し以て教育 勅語の趣旨に適ひたる婦人の性格を養成するを目的とす」なる学則第一条の制定に依つて、此の精神が一層明瞭的確に具体化するに至つたものである。
此のやうな精神は、つねに先駆者的、開拓者的婦人に必須不可欠のものであつて、是を第一義的に掲揚するところに本学院の特色もまた自らに示されて居るのである。乃ち本学院の特色の第一は、現実の環境の基礎の立つて、しかも理想の世界を想望し、現実の生活をよく処理しつつ、しかも魂の世界に対する向上の心を獲得しようとする性格の婦人を養成せんとする所に存在する。是は本学院が設けてる総ての部に共通の理想であることは言ふまでもないが、それに依つて最も著しく特色附けられて居るのは矢張大学部である。

 引用文:

 当神戸女学院は開拓者の意気を以て米国より来朝したタルカット女史及びダツドレー女史に依つて明治年に創設されたものであつて、日本の女子教育機関のうち最も古いものの一つであるが、常時なほ社会的には低く遇せられ、あらゆる意味に於いて旧殻を脱してゐなかつた日本の女性達を、基督教に依る宗教的信仰の涵養と知育体育の達成とに依つて自覚せしめ、断えずより高い世界を追及する精神を所有せしめようとする所にその創設の意義があつた。そして更に「本校ハ教育ニ関スル 勅語ノ聖旨ヲ奉戴シ女子ニ須要ナル教育ヲ施シ併セテ基督教ノ精神ニ拠リ人格ノ修養ニ努ムルヲ以テ目的トス」なる学則第一条の制定に依つて、此の精神が一層明瞭的確に具体化するに至つたものである。
 此のやうな精神は、つねに先駆者的、開拓者的婦人に必須不可欠のものであつて、是を第一義的に掲揚するところに本学院の特色もまた自らに示されて居るのである。乃ち本学院の特色の第一は、現実の環境の基礎の立つて、しかも理想の世界を想望し、現実の生活をよく処理しつつ、しかも魂の世界に対する向上の心を獲得しようとする性格の婦人を養成せんとする所に存在する。是は本学院が設けてる総ての部に共通の理想であることは言ふまでもない。 (下略)

  

 上の二枚の絵葉書

 :「仙台組合教会(デツオレスト記念)The DeForest Memorial Church.

 上の左の絵葉書

 :大正四年〔一九一五年〕の年賀状として、片桐清治が出したものである。写真中、建物の中央上には「DEFOREST MEMORIAL CHURCH」、表札には「仙台組合教会」、立て看板中には「十一月廿三日 午後七時より当会堂に於て 基督教演説 弁士 海老名弾正氏 傍聴随意」などとある。
        

 なお、「日本キリスト教団 仙台北教会」のHPの「沿革」によれば、この会堂は、大正三年に完成、昭和二十年に空襲で焼失とのことである。また、同じ沿革には、「片桐清治第2代牧師」とある。

  

 上の左の絵葉書:

 神戸女学院秋季運動会 (全校生徒及バスケツトボール)

 消印 :KOBE 1 1 20 〔神戸、一九二〇年(大正九年)一月一日 〕

 通信欄:Kobe Dec. 31. 1919  〔中略〕 Susan A. Searle.

 差出人:スーザン・A・ソール女史 〔当時神戸女学院名誉院長、同女学院第四代院長〕

 上の写真:

 Additn Gymnasium Mass Formation 〔雨天体操場の増築、マス・フォーメイション〕

 写真中の建物は、雨天体操場である。右側部分が明治四十一年(一九〇八年)に建てられ、左側部分は大正八年(一九一九年)に増築完成した。

 下の写真:

 Basket Ball、Field Day 〔 バスケットボール、運動会〕

 長袖、タスキがけ、袴、結髪のいでたちである。なお、中央の白い服の人物は、審判員である。

 上の説明は、次の Cinii 論文 オープンアクセス の記述・掲載の写真などを参考に記述した。 

 「神戸女学院における体育の歴史:大正時代」 History of Gymnastics in Kobe College : Taisho Era

   谷  祝子 TANI Noriko 神戸女学院大学体育研究室
   井上 紀子 INOUE Noriko 神戸女学院大学体育研究室

 収録刊行物  論集 51(3)、139-187、2005‐03‐20 神戸女学院大学

 なお、運動会の絵葉書をもう一枚入手した。〔上の右の絵葉書〕

 神戸女学院秋季運動会 (四年生)金波銀波

 消印:8.12.? 神戸 后4-5

 通信欄:「私共の運動会は先月廿七日にございました」とある。
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神戸女学院 5 (山本通時代) 絵葉書

2016年06月07日 | 神戸女学院
以下の写真は、いずれも山本通時代の神戸女学院関係の絵葉書のものである。

     

 ・神戸女学院 南舎教師館 (創立当時ノ教室オヨビ寄宿舎)The Nansha, American Teacher’s Residence (The Original Dormitory and School-building)
 ・南舎 三十五年前ノ教場及ビ寄宿舎 The Nansya - School and Dormitory of 35 years ago.
 ・南舎 四十年前ノ教室及ビ寄宿舎  Nanshe-Dormitory and Reciation Hall of Kobe College.
 ・神戸女学院応接室 KOBE COLLEGE RECEPTION ROOM.

   

 ・神戸女学院講堂 Kobe College Chapel and Administration Building.
 ・神戸女学院寄宿舎  Kobe College Dormitoriy.
 ・神戸女学院 寄宿舎 Kobe College, Dormitories.
 ・神戸女学院 尚褧館(家事科教場) Kobe College, Domestic Science Building. 

    

 ・神戸全景 其二 (Kb2)Bird’s - eye View of Kobe (B)
   写真中央下にの円塔のある建物が、理化学館である。
 ・神戸女学院講堂 Kobe College Chapel.
 ・神戸女学院講堂 Kobe College Chapel.
     この絵葉書の消印は、大正十一年九月のようである。

    
 
 ・神戸女学院 理化学館 Kobe College, Science Building.
 ・神戸女学院 理科学館 KOBE COLLEGE : SCIENCE BUILDING.
 ・神戸女学院家齋館 (作法室・裁縫室) Kobe College Household Science Building, Etipuette and Sewing Roonis.
 ・神戸女学院構内 あづま屋と向上館 KOBE COLLEGE : SUMMER HOUSE AND JUNIOR COLLEGE BUILDING.

   

 ・神戸女学院庭園ノ一部 Kobe College, Garden.
 ・神戸女学院庭園ノ一部 Kobe College, Garden. 

 

 ・〔神戸女学院:葆光館とバスケットボール・コート、テニス・コート〕 Kobe College, Academy Building and Athletic Field
 ・右上:View from Hills back of Kobe Kobe college, Science Hall Seen in Center 左下:View form the Front Gade of Kobe College
     左下の写真にある正門の表札には、右側が「私立 神戸女学院大学部」、左側が「私立 神戸女学院 高等××部 ××××× 高等音楽部」などとある。
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神戸女学院 4 (岡田山へ)(1931.10 -34.4)

2015年11月26日 | 神戸女学院
 ○ The New Kobe College  〔新神戸女学院〕

     

 ・ ●
 ・ Cornerstone Laying  〔礎石敷設〕
 ・ The President speaking 〔学院長挨拶〕
 ・ The President receive the school Flag 〔校旗受領〕

    
 
 ・ The New Science Bilding  〔新理学館〕
 ・ Auditorium Frame-work   〔講堂鉄骨作業〕
 ・“Helmet” Mountain from the Observatory platform 〔望楼?からの“甲”山〕
 ・ Miss C B Deforest, President Mr.Hackett, ● 〔C.B.デフォレスト女史、院長 ハケット氏、● 〕
 
 

  KOBE COLLEGE BEGINNINGS AT OKADAYAMA
  神戸女学院定礎式記念絵はかき 昭和六年〔一九三一年〕十月十二日 西宮市外岡田山
  Printed as a Souvenir of the Cornerstone Laying October 12, 1931
     
  
 ・KOBE COLLEGE AT OKADAYAMA FUTURE SITE OF THE MUSIC BUILDING   神戸女学院(岡田山) 音楽部建築敷地
 ・KOBE COLLEGE AT OKADAYAMA(1931) THE IMPERIAL PAVILION FOR THE CROWN PRINCE VISIT IN 1911 神戸女学院(岡田山) 皇太子殿下御野立所(明治四十四年十一月二十日)
 ・KOBE COLLEGE AT OKADAYAMA BEGINNINGS OF THE FUTURE COLLEGE QUADRANGLE 神戸女学院(岡田山) 専門部建築敷地 
 ・KOBE COLLEGE AT OKADAYAMA THE BUILDING OF THE ACADEMY BUILDING 神戸女学院(岡田山) 高等女学部建築敷地  
 ・KOBE COLLEGE AT OKADAYAMA THE BUILDING OFFICES AND THEIR STAFES  神戸女学院(岡田山) 建築事務所及係員 

  

 上は、『神戸女学院新築記念帖』 昭和九年〔一九三四年〕四月十八日納本 英文版と日文版である。
 なお、現在では、『神戸女学院岡田山キャンパス -ヴォーリズ建築の魅力とメッセージ』 学校法人 神戸女学院 2013年10月12日発行 がある。 
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神戸女学院 1  (卒業式、廿年祝会式)(1894~)

2015年07月02日 | 神戸女学院
    

 KOBECOLLEGE COMMENCEMENT. June 27th, 1894 2P,M,

 神戸女学院卒業式  明治二十七年六月二十七日午後二時

    PROGRAM 目録

 ORGAN SORO 奏楽 風琴 … Procession Marh.-Scotson Clark. YASU SENO. 妹尾安
 KIMI GA YO 唱歌 君が代 … 
 PRAYER. 祈祷 牧師 海老名弾正君
 KOBE COLLEGE SONG … 神戸女学院歌
 ENGLISH ESSAY … Skibu and Seishonagon. KEI ARAKI. 英文 紫式部と清少納言 荒木慶
 JAPANESE ESSAY … The Treasure of the Country. 邦文 国宝 三宅壽
 PIANO SORO … Le Rossignnol. - Berg. HANA OSADA. 奏楽 洋琴 長田花
 ENGLISH ESSAY … Herbart as an Educator. SETSU FUJIMOTO. 英文 教育家としてのヘルバルト 藤本節
 JAPANESE ESSAY … Valedictory. YASU SENO. 邦文 告別 妹尾安
 KOTO … 奏楽 琴
 ADDRESS … Rev. T. MIYAGAWA. 演説 牧師 宮川経輝
 ENGLISH CHORUS … The Farewell. - Kingsley - Macirone. 唱歌 送別
 PRESENTATION OF DIPLOMAS. 卒業証書与 院長 ヱス、ヱー、ソール
 PARTING SONG … GRADUATING CLASS. 唱歌 留別 卒業生
 ORUGAN SOLO. … Postlude. - Barnby. SETSU FUJIMOTO. 奏楽 風琴 藤本節
 BENEDICTION. 祝祷

    卒業生姓名(イロハ順)

 高等科卒業生
    藤本 節 愛媛県
    妹尾 安 岡山県
 普通科卒業生
    稲見 歌 兵庫県
    林  雄 同
    加藤久廼 愛媛県
    河越 輝 鳥取県
    片桐熊代 宮城県
    多辻壽賀 鳥取県
    永井 松 京都府
    山内千鶴 兵庫県
    丸山 絹 新潟県
    松永 初 福岡県
    藤田 益 同
    荒木 慶 岡山県
    木山多喜 同
    水谷小琴 兵庫県
    三宅 壽 広島県
    人見 谷 京都府
    森田 郷 岡山県
    鈴木幸恵 兵庫県

    

 KOBE COLLEGE  TWENTIETH ANNIVERSARY  November 25th, 1895.  1.30 P.M.

 神戸女学院廿年祝会式  明治廿八年十一月廿五日午後一時卅分

 KOBE GIRLS’SCHOOL. - KOBE COLLEGE.
       1875-1895.
     Order of Exercises. 目録     

 開会の趣旨 山内松鶴
 ORGAN SOLO … MISS RHEES. 奏楽 ドラ、リース
 SCRIPTURE READING AND PRAYER … MISS KOKA. 聖書朗読及祈祷 甲賀ふじ子
 KIMI GA YO … 唱歌 君が代
 HISTORICAL SKETCH … MISS SEARLE. MISS TSUKAMOTO. 女学院小歴史 塚本不二
 ENGLISH SONG … STUDENTS. 唱歌 英
 ADDRESS … MISS TALCOTT. 感話 タルカット嬢
 PIANO AND ORGAN DUET … MISS AKAMATSU. MISS KAMAHARA. 奏楽 洋琴 風琴の合奏 鎌原政子 赤松小夏
 ADDRESS … REV.T.HARADA 演説 原田助君
 JAPANESE SONG … Words by MR.T.HOSHINO 祝歌 生徒一同
 ADDRESS … MRS.JOHNSON. 感話 ジャンソン夫人
 KOTO AND YAKUMO … 奏楽 雲井ノ六段(箏) 御国の誉(箏八雲の合奏) 中島源三郎 外二名
 CONGRATULATION ADDRESSAND POEMS … 祝文 川本辰子
 ENGLISH SONG … STUDENTS. 唱歌 英
 BENEDICTION. 祝祷

 祝歌 〔上の右を参照のこと〕 

  

 Colunbia 電気吹込

    讃美歌 
 第二編 第九十七番(ダビデの●●サナより)
   神戸女学院生徒
    26032-A
    (34110)

    讃美歌 
 第二編 第二百一番(兄弟の愛をもて互に愛すべし)
   神戸女学院生徒
    26032-B
    (34111)
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神戸女学院 3 (『KOBE COLLEGE』 1917)

2015年02月25日 | 神戸女学院


KOBE COLLEGE  KOBE 、JAPAN

      

 ・Come visit Kobe College 〔写真1〕

   KOBE COLLEGE

  A STORY OF DEVELOPMENT

    First Decade

 1873 Misses Talcott and Dudley arrive in Kobe, rent a room and teach English, Bible and singing to a few little boys and girls.
 1875 The teachers open the first school for girls in western Japan, Known as the “ Kobe Anglo-Japanese Girl’s School. ”
 1877 The first building erected.
 1880 A systematic curriculum arranged.
 1882 The first class graduated.

    Second Decade

 1885 Ninety‐seven pupils. The school emblem adopted, the conventionalized trefoil, signifying the all-round development of body, mind and spirit.
 1887 The first musical entertainment given by the school.
 1888 New chapel and three-story dormitory erected. Enrollment 193; seventy-one of the girls Christians.
 1890 The school magazine “ Megumi ”or “ Grace” first published.
 1891 Three-year college course planned.
 1892 Alumnae Association formed. Music and science building erected.

    Third and Fourth Decades

 1899 Government recognition of the school given by Department of Education.
 1905 Expansion imperative. A large plot of city land north of the campus leased.
 1906 Visit from Deputation of W.B.M.I. Administration Building and Chapel erected.
 1907 Board of Managers made up of Japanese and Americans, two of whom must be alumnace of the school, organized for more efficient administration.
 1908 Curriculum expanded to five years of academy and four years of college grade.
 1909 Miss Talcott’s birthday, May 22, set apart as Founder’s Day.
 1912 Y.W.C.A. organized among students.
    Faculty enlarged by apppointment of a Japanese Dean.
 1916 Observance of the 40th Anniversary with historical pageant and many interesting features.
    Miss Searle made Principal Emeritus.
    Miss Charlotte DeForest made Principal.
    269 students.
    37 young ladies graduated, five from college; 32 from academy couese.

 ・INCREASE OF STUDENTS IN 40 TEARS 〔図版〕

 A STORY OF STATISTICS

   Of the 269 students in 1916, 117 or 44% were professing Christians.
   143 or 53 % came from homes where one or more menbers were Christians.
   Twelve years earlier only 10% of the students were Christian.
   The largest number aided financially in any one year was 29, in 1894, at the time of reaction against foreigners and Christianly. The smallest number aided students per year for thirty years is twenty-one.
   The age of students ranges from thirteen in first academy year to over twenty in last college year. Many of the college students have an experience as teachers before completing their college course.
   About one fourth of the student body now live in the dormitory. Up to 1898 practically all were boarders. Two facts account for the changed proportion ; the increase of girl’s schools throughout the empire makes it less necessary to send girls away from home to school ; and suburban electric cars enable girls from near Kobe to “commute”instead of entering the dormitory.
   The graduates of all departments of the school number over 500. More than one-fourth of the whole number have been teachers and somewahat less than one-fifth have been engaged in direct evangelistic work.

 ・MISS CHARLOTTE DE FOREST 〔写真2〕

 A STORY OF CONFIDENCE

 ・Kobe College Girls out for a Walk 〔写真3〕

 A STORY OF OPPORTUNITY

 ・Kobe College Girls with their Thanksgiving Offerings 〔写真4〕

 ・A Demonstration in Japanese Cooking. (Scene from 40th Anniversary Pageant.) 〔写真5〕

 EQUIPMENT NEEDED

 HOW WE CAN RAISE THE MONEY

 A word from Rev. Sidney L. Gulick, D. D. , nearly thirty yeara in Japan.

   “ Japanese education is and has been wholly agnostic. It destroys belief in the old superstitions and polytheistic idolatries, but it provides no basis for a moral lief.
   “ For many reasons I wish to urge on those in America who are responsible for the maintenance of the mission schools in Japan to see to it that they are thoroughly housed, equipped and manned.
   “ Kobe College is one of the very important institutions of Japan. Its splendid site; its more splendid history spanning forty years; its loyal alumnae and its efficient body of devoted workers, promise even larger results for the future than it has secured in the past.
   “ It has, moreover, reached a point in its history where more buildings and larger equipment are a necessity, not only to enable it to meet the needs of its enlarging curriculum, but also as an evidence to the public that it is a progressive, up-to-date college. It needs the aid which only money can give to retain its present prestige and to conserve the lives and money already invested. Without financial aid soon there will be loss ”


   WOMAN’S BOARD OF MISSION OF THE INTERIOR
( Congregational )
      19 South La Salle Street, Room 1315
           CHICAGO
            1917
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