ホイッスルバード あいざわぶん

小旅島旅独り旅「佐柳島」編 最終回

島の集落を一本の細い川が通っている。
水は殆ど流れていない側溝の如き川である。
それを覗くと、沢山の蟹が慌てて石の隙間に
逃げる。
・・・これは赤手蟹に違いない・・・
赤手蟹は毎年八月の満月の日の満潮時に、
一斉に海際に下りてきて海中に産卵をする。
今年は八月十一日が満月で、午後十時頃に
満潮になる、と既に知っているのは興味が
あるからだ。
松山市の近くでは、中島で観ることが出来る。







午前7時を過ぎた頃、船に乗る準備を終えて、
昨夜寝ていたフェリー待合所の隣のベンチに
腰掛けて港を見ていた。
すると背後に自転車を停める音がし、続いて
待合所の鍵を開ける音がした。
老いた女性と思しき柔らかな話し声がする。
相手は熟年男性で、かき氷の話をしている。

「お客さん、船に乗るんですね」と、明らかに
私に対して女性は窓越しに話しかけてきた。
「ええ、朝一番の船に乗りますよ」
「じゃあ、切符を売りますから、こちらにどうぞ」
1200円支払うと「釣れましたか」と訊かれた。
釣りではなく、観光だと応えた。

再び表のベンチに座ろうとしたら、先程女性と
話していた声の主である熟年男性が近付いて
きて、手に持っている缶珈琲とスポーツドリンク
を私に差し出した。
私は驚き、頭(かぶり)を振り、丁重に断った。
「暑いから飲みなさい、遠慮要らん。お兄さん
の飲み物はもう冷たくない」と、私が手にして
いるペットボトルを指差した。

・・・きっと野良人間に見えたに違いない・・・

若い頃から旅の途次で土地の人たちの温かさ
に何度も接してきた私だが、57歳になっても
優しくされると、やはりこそばゆい。
でも、人情をありがたく受け取ったのだった。

フェリーは港に入ると軽快な汽笛を鳴らした。
乗ったのは、釣り人二人と私の三人である。
乗り込むや否や乗船口は閉じられ、桟橋から
船は離れた。



当初の予定ではバイクで約一時間走り、次の
目的地である伊吹島に渡って一泊するつもり
だったが、私は本当に満足していた。
船は高島に着き、私は一歩だけ上陸し、また
船に乗り込んだ。
そしてこのまま家路に就こうと決めたのだった。



一泊二日の短い旅だったが佐柳島は忘れが
たい島になりそうだ。
猫の島、赤手蟹の島、そして何より人情の篤い
島である。



【追記】
走行距離 283.3キロ
燃料    4.73リットル
燃費    59.89キロ
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