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せつなさと希望との間に~

人生に於ける生き甲斐と悩みetc.諸々を綴る。

私の読書傾向をフォトチャンネルで!

焼身!!

2011-11-19 12:00:04 | 無常観
        Burning Service【焼身供養】はSuicide(自殺)ではないのか

1963年、Viet Nam仏僧のX師が仏教弾圧に抗議して自らガソリンを被り、焼身自殺を遂げたニュースは心に焼き付いている。

時に、大統領ゴ.ディンディエムの実弟である秘密警察長官の妻マダムヌーが「人間バーベキューね」と平然と言い放った事実も世界を震撼させたものだ。

2001年9月11日!N.Y.世界貿易センタービルに二機の飛行機が突っ込んで以来、テロとの戦いは終わりなき報復合戦として、世界中を巻き込んだまま。。

著者宮内は、世界を放浪した挙句の作家教授として、生きる意味を見出せない学生達に何かを訴えんともがいているようだ。

自ら体験した混沌の中にくぐもる『焼身自殺』が表す本来の目的を探し続け

生き証人や、事件の有った四つ角を訪れ、Viet Nam仏教の在り方を問い続けた結果は

『クアンドック師は計画的な指導で焼身を遂行!』と言う事実が判明

「わが身を焼く事は大乗仏教において、禁じられてはいない」のだと...

かつて飢えた虎の親子を救う為にわが身を投げ出したのが前世の仏陀であることを踏襲しただけ

チベットでは今尚信仰の自由とダライラマ14世の帰還を訴えて、尼僧の焼身自殺が続く。

『法花経』では、「自殺」とは言わず「供養」として赦されるのだとか


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「悲しみの効用」

2011-11-09 10:11:20 | 無常観
          「グリーフケア」には、人それぞれの対処の仕方がある。

『希望は必ずある』から、ここは悲しみを堪えて~

どんどん涙を流して、大声で泣きなさい。悲しみはうすらいでゆくものだから。。。

「共感共苦する心」!コンパッションを持って人の痛みを自分の痛みとする。etc.

『出家と其の弟子』からの引用:「お師匠様、私はこの頃何だか寂しい気がしてならないのです。時々ぼんやり致します。~

寂しいような哀しいような気がするのです。」。。。

親鸞の声:『お前の寂しさは対象に寄って癒される寂しさだが、私の淋しさはもう何ものでも癒されない。人間の運命としての淋しさなのだ。』

これぞ真の無常観というものか

五木寛之の言葉の数々が、すなわち親鸞の思いに重なって見える。

問題は社会全体が「うつ」に陥っていると示す『鬱の効用』。。。

2010年の新たな常用漢字には、「怨」「呪」「苛」「潰」「淫」「萎」「挫」「罵」「嘲」「嫉」「溺」「痩」等~

恐ろしいほどにマイナス思考の表現が蔓延している事実を証明する漢字の羅列

正に、平安時代から鎌倉時代にかけての末法思想が再来したとしか思えない時代

長寿が決してハッピーとはいえない「孤愁」の到来であろうか~


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あなたは誰?私はここに居る!

2011-10-29 11:10:18 | 無常観
       A.Duler作《自画像》の声!『私はここに居る。お前はどこに立っている?』

在日と言う出自に囚われ、生きる意味や目標を見つけられずに苦悶していた姜尚中がドイツ留学中に衝撃を受けた「自画像」の発する言葉だ。

その後、「日曜美術館」の司会を務める中で様々な啓示を受ける彼の鑑賞眼と生き様がここに展開する。

主役は誰?ベラスケス作《女官たち》王女マルガリータを描いている様で、実はスペイン国王フェリペ4世の瞳に映っている構図を狙う強かさ!

ベラスケスの自意識過剰ぶりは、学生の頃美術史の中でも語り継がれる程で、必ずどこかに自分を描きこむ事で有名だが!

「コンベルソ」と言われる改宗ユダヤ人であることを隠すコンプレックスの裏返しなのかも

心の内の悩みを投影する絵に傾倒する姜さんの感性は問い続ける。「おまえはどこに立っているのだ?」と。。。

『白への憧憬』に表されるように、白い服、白い花、白い器を好む彼の優しさは、彼を真の故郷へと誘う。

高麗時代の朝鮮半島は巷に色(陰陽五行説に伴う赤、黄、青、緑、黒)が溢れ、全ての夾雑物を排した「朝鮮白磁」が尊ばれたらしい。

『朝鮮民族の悲哀の美』と呼ばれる事には異論がありそうだが、西洋から持て囃される陶磁器(チャイナ)には感じられない温もりが、心に寄り添いホッとさせる安堵感に繋がると言う姜さんの想いをこの眼で見てこよう。


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DUTY ?

2011-10-20 11:01:48 | 無常観
        自らの父&広島に原爆を落とした男の物語!

ポールティベッツ(当時30歳)は、其の日特命を帯びて機長席に着く。

機名は”エノラゲイ”彼の母の名を取った。

それから半世紀!「シカゴトリビューン」「タイム」のコラムを担当するBob Greeneが20年間追い続けたPaul Tibates

其の男こそ、広島に原爆を投下した張本人であるが、彼との談話を本にした訳だ。

P: 何故私が選ばれたかは、判らない。『任務だ』と言われ、敬礼し『わかりました』と答えた。それだけだ。

P: 耳に心地良い事では無いが、敢えて言おう。戦争には倫理など存在しない。

子供を殺す。女を殺す。老人を殺す。わざわざ探し出さなくとも彼らは死ぬ。

それが戦争と言うものだ。

P: もしも原爆を使用せず、日本本土への上陸作戦を開始していたらどれ程多くのアメリカ兵の命が失われたことか

P: 私が良く眠れるのは、我々の作戦ゆえに多くの人間が人生を全うできたと確信するからだ。

アメリカの世論とは大半がこういった意見著者の親父も退役軍人であることに誇りを持ち、オハイオ州の片田舎コロンバスで出会ったポールをある種尊敬の思いで自慢する一人だ。

時のトルーマン大統領は断言した。『言いたい事があるなら私に電話しろ。広島に飛ばせたのはこの私なのだから』と。。。

無知の帝国では、運よくアメリカ兵が生き残ればそれが『正義』なのだと 

放射能の恐ろしさ、枯葉剤の惨酷さを他国で実験して以来50数年

爆弾投下した本人は「義務だった」と高いびきで眠り、ヴィエトナムの殺人で名誉を与えられた称号’ベテラン’達はSan Francisco近郊のサンタカタリーナ島で、平和な余生を送る。

国を憎んで人を憎まずとは言え、あまりに無責任な帝国アメリカは、今や世界中から顰蹙を買う経済危機の国でもある。


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戦争の悲しみ.....

2011-10-09 10:35:11 | 無常観
 ”人間は天使でも悪魔でもない”が状況次第で限りなくどちらにも近づく!

本質と実存に引き裂かれた人間の悲しさがそこにある。

VietNam 人気質:忘れず、されど怨まず。。。

日本人気質 :忘れよう、しかし赦すまじ!

『地獄の黙示録』で想像される、壮絶な北爆と民族破壊が行われた11年間~

大義名分を何とつけようとも、アメリカによる大量物資と狡猾で惨酷な戦士の投入による殺戮がVietNamで行われたのは、否定しようの無い事実だ!

人民軍側から見るViet Nam社会の歴史は、他国による占領下で必死に民族意識を保とうとする血の戦いの連続であった。

1964年8月5日 ”Viet Nam民族解放戦線”と言う名の米国支配を狙う軍事介入【ジョンソン大統領】以来、朝鮮戦争にも似た南北の闘いが火を噴いたわけだ。

一人の兵士キエンの眼を通して、戦争が如何に不毛なものか人間を殺人鬼に仕立てていく過程が随所に記述される。

殺さねば殺されるから若者達を必然的に殺人鬼に追いやる戦場の悲劇は1975年アメリカの敗北で終結したが。。。

イラン、イラク、アフガニスタン、ヴィエトナム、日本、朝鮮etc.と今尚アメリカは軍事力を持って他国の政治介入を続ける。自国の若者を死に追いやる事に何の躊躇いも無く。。。

戦争は正義ではない事を一番知っているはずのObamaまでが、Osama Bin Radinの死を嬉々として報告する狂った社会を為す地球人である。

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金芝河!!

2011-10-01 11:18:38 | 無常観
        ”サルムリ”【生かすこと】反意語は”チュギム”【殺す事】

家族を生かし、子を生かし、気を生かし、心を生かす意味を含むハングル語

『生命運動』(自分探し)を提唱する金ジハは詩人

鋭い舌鋒で軍事政府批判を繰り返す彼は常に命の危機に曝される。

1974年!『民青学連事件』首謀者として当時の独裁政権により『死刑』の判決を受けたが海外から猛反対の声が上がる。

韓国を知らなくとも、当時の軍事支配には怒りを感じる日本人が多く、文化人が挙って「金ジハ」を救おうと立ち上がったのは記憶に新しい。

今でこそ”韓流”などと浮ついたファンが群がるソウルなれど、40数年前は戒厳令がしかれ、日本との交流等有り得ない時代であった。

彼の哲学精神は凡人には難解な三数分化と二数分化の宇宙観による。

混沌とした世界のカオス(大いなる混沌)を指摘し、人間の荒廃、貧富格差、市場の不安そして地球環境の異常気象まで、適格に予知した。

当時から今の世を憂える「金ジハ」が、最後の救いともいえる「ハンサルムリ(一つの生命体)を為し得るのは、女性の力によるしかない」と訴える。

韓国人の心は『オモニ』に有りか



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いつの日か花を咲かそうよ!

2011-09-23 09:10:39 | 無常観
          ”地球こそが人類の聖地である”

覚醒した人々は、その事を勇気を持って宣言せねばならない。

無限に広がる宇宙、そこに浮かぶ水色の美しい惑星、太陽から遠くも近くも無く、

神の愛のダンスと歌に育くまし、生命たちの宴を奇跡と呼ばずに何と呼ぼうか~

沖縄人【琉球人】として人間本来の有るべき姿を求め、『全ての武器を楽器に持ち替えよう!』と世界に訴える喜納昌吉

2003年2月、空爆直前のイラクで「戦争よりも祭りを!」と三線と太鼓を持ち込み、沖縄の伝統文化”エイサー”を踊る。

板門店【38度線】の北側から「アリラン」を唄い、いつの日か、南北朝鮮の分断を溶解させようと熱く提唱する。

『祈りの巡礼者』としてサバニ(沖縄の剥ぎ船)で与那国島~奄美諸島~広島~長崎へと、漕ぎ出でた【サバニピースの旅】

平和にかける恐るべき執念と願いがアメリカ先住民インディアンとの魂の交流まで築いて来た。

”花”と”ハイサイ小父さん”の作者としか知らなかった喜納昌吉の神がかり的行脚に感銘し、エールを送る


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東京坊ちゃん

2011-09-11 09:18:41 | 無常観
         忌まわしき9.11あれから既に十年とは

日々の切なさを胸に隠し人々は生き続ける。

ふと思い出すのは、ずっと昔の何も無かった時代

シンガポール時代イギリス関係の情報を貪り読んだ頃、スコーン作りの得意なちょっと変わった学者兼エッセイスト”りんぼう”=林望氏に魅かれた

地球滅亡かと思われるほどの自然災害+人災に襲われた今年

淡々とした描写にも日本の故郷を思い出させる”りんぼう”の作品

なんて事ない日常が如何に人々の心を安定させるものかを改めて。。

戦後間もない東京の下町風景は、何故か九州の片田舎で過ごした体験を思い起させる。

台風銀座と呼ばれた大分の木造家屋は、雨戸やガラス窓に板を打ち付けるのが普通

「堤防が決壊したぞ~」胸まで水に浸かりながらの避難も経験してる。

古い絵日記を捲る様な懐かしい情景が眼に浮かぶ戦後の日本はどこも似通っていた?

真夏に一斉大掃除をするのは九州だけかと思ったけれど、畳を干してバンバン叩く音!

井戸で冷やしたスイカを家族全員で頬張る一瞬の冷たさと幸せ

16mm映写機での野外映画上映を楽しみにした夏休みも同じだね。

子ども会に関しては、正に子どもがリーダーとして運営する最初のヴォランティア経験であったことを身をもって感じる訳

ラジオ体操ー朝の道路掃除ー冬場の寒稽古ー『火の用心』を地域の子供会が一丸となってやり遂げた素晴らしさやればできるのさ

次から次へと浮かぶ昭和の生活がこんなにも豊かだったかと今となっては歴史の一部として語られる寂しさよ

創造力を必要としない需要ばかりのライフスタイルが、我々を貧困な想像力に貶めるばかり

こんな日々に生きている意味が果たしてあるのだろうか


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Memories of a Geisya

2011-08-27 11:33:02 | 無常観
      米国発信のジャパニーズ映画作品として記憶に新しい。

富士山、芸者を題材にした俗っぽいものを想像したが、著者アーサーはケネディー家に匹敵する米国屈指ブルジョアの御曹司

ハーバード卒業後、コロンビア大学修士学!(日本では厚顔無恥な野球監督夫人N.Sが偽のcareerに架空の留学記録を届けた有名校)

虚栄など必要ともしないアーサーは、金と時間と才能に飽かせてボストン大学では日本文学の歴史に没頭し、再び修士号を執る余裕!

ドキュメント風”さゆり”の経歴は実在ではないが、芸奴全般のシルエットを軸にした文化の一面を詳細に綴り、我々日本人にとっても認識を新たにさせられる。

かつて「おしん」が同じ境遇に喘ぐ東南アジアで爆発的に支持された如く、一人の女性をテーマにした”女の生涯”がせつなく迫る。

日本海側から攫われて来たような貧しい娘さゆりが派手な祗園で行きぬく姿勢は立派で有ろうけれど、果たして幸せだったと言えるの

海外では”プロスチテュート”と蔑まれる職業の中で淡々と運命に従いつ、岐路に有っては自分を貫く意志どんな状態でも好きな人を忘れ得ないポジティブさが、救いの無い人生を明るくするのだろう。

現代の祗園に生息する舞子さんから見ればお笑いかもと思える位、耐える女の美学がここにある。


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風の耳たぶ

2011-08-20 09:26:15 | 無常観
灰谷健次郎氏が10年間の教師生活を捨て、半隠遁者(作家)暮らしに入った頃から社会を憂い、自分に何が出来るのかと自問自答していた。

子供に対する愛情を如何に伝えるべきか正義を正義と主張しても受け入れられない社会に対する苦悩と焦りが感じられたものだ。

終戦記念日に、TVで報じられた『無言館』がココにも取り上げられている。

学徒動員で帰らぬ人となった学生達の遺作

平和な時代の家族団らんを描いた学生は、実は貧しい農家の出身理想の家庭を夢見て未来を託したまま死んでいく心残りが家族であった。

恋人の裸婦を発表する無神経さと思えた絵は「一分でも二分でも良い!このまま描いていたい」願望であったと言う。

日本の若者の夢を無残に打ち砕いた戦争家族の絆が如何に貴重なものであったかを思い知らされる。

主人公籐三(86歳)の呟きを借りて、連れ合いハルと死出の旅にでる老境の姿が灰谷の真の声であろうか?

現代の世相をまるで他国を見るような戸惑いと共に批判し、同化するしかない悲しみ?

彼の尊敬する『良寛さん』の思いに重ねられる。良寛の終焉の地に立った時、それまでの怒りや虚しさはいつの間にか消えて行ったろうか?

“水の流れるように生きることしか出来ない”いつの世も人生は苦だ。


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