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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

罪から逃れる道 ソン・ケムン 第7回

2017年12月12日 | 日記

今私たちの立場ではなく、アダムのことをよく考えてみましょう。カインが生まれた時「私が禁断の木の実を食べたためにお前も罪人だ」。それではアダムの子孫から救い主が生まれると言われましたが、その救い主はどのような遺伝子を持って生まれたのでしょうか? つじつまが合いません。

アダムは自分の子孫の中から救い主を待ちました。救い主になるものと期待を集めたアダムの長男カインが殺人者となった時、アダムとエバの心はどうだったでしょうか。自分たちの罪の結果を見て悲嘆したはずです。

「ああ、これが私が罪を犯した結果だ」と思ったでしょう。しかし、

「私が罪を犯したから、私の息子が罪人になって生まれた」と思ったのではありません! 息子が神様の愛と約束を裏切って反逆の道を行くのを見ながら、「これが罪の結果だ」ということを悟るようになったのです。

 

私たちが理解しなければならないことがあります。罪の本性を持っているから、罪人なのではありません。少しわかりやすく説明します。

私の家では犬と猫を飼っています。皆さんもご存知のように、猫は人に抱かれて愛をいっぱい受けます。ところが猫が外に出ると、毛を逆立てて何かを探します。皆さんは猫がネズミを捕まえる様子を見たことがありますか?

捕まえては放して投げて遊んで…

一気には殺しません。

猫はもてあそぶようにしながら殺します。神様に創造されたものとして、とても残酷な行為ではないでしょうか!一つの被造物が、他の被造物に死ぬまで苦痛を与えます。皆さんこれは悪です。

これは神様の計画ではありません。

それから猫は、ネズミを捕まえたことを誉められるために、ネズミをくわえて堂々と家に帰ります。皆さんはどんな反応を見せますか。

「どうしてそんなかわいそうなことをしたのか!」

そう言いながら猫の刑務所を作って「お前は懲役10年だ!」

そのように宣告しますか? それとも猫を撫でてあげますか?皆さんはその犯罪者を家に入れてあげるでしょう。

本能と罪の違いがあります。