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じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

今日も雨

2018-09-10 10:47:49 | 日記的雑談
雨が降り続いて何日過ぎたのか
余韻に浸る間もなく強制終了的に終わった暑い夏
あれほど乞うていた雨が今日は疎ましい

夏、もう少し味わっても良かったような・・・
せめて、晴れ間が見たい

夏の残照は追わないから・・・
コスモスが笑う秋空を見せて欲しい

なんて感傷的になっちまう程に雨・雨・雨・・・であります。

畑の土が水でふやけちまいました。
で、先日植えた種芋は発芽前に水で腐っちまうかも知れず心配であります。

ほうれん草は発芽しましたが日照不足で生育が怪しい。
タマネギも発芽はし始めましたが勢いは弱い。

で、本日は午後からのバイトなので隙を見て先日出た剪定ゴミを捨てに行った訳です。
軽トラに積みっぱなしだった切りっ葉や枝を処理場に持ち込んだ訳ですが、ここでも雨に祟られ料金を随分余計に取られちまいました。

アレです、軽トラにコンパネであおりを立てるんですが雨水を吸ってギッチリと重くなっている訳です。
で、序でにブルーシートを敷いて積んである枝葉も水を吸ってるしシートにも水が貯まっているし、なのであります。

私の推定では50キロがとこは重くなっているんじゃないかと思います。
それ料金は750円もする訳で、牛丼の大盛りが楽に食べられる銭を失ったのであります。

次の植木屋の仕事の時までには晴れる予想なんですけど・・・土方殺すにゃ刃物は要らぬ 雨の三日も降れば良い、とは良く言ったもんであります。

幸い私にはプールの監視員と言う副業があるんで植木屋が詰まってもそっちに逃げられるんですけれども・・・現場一本やりの人達は大変ですね。

つい少し前までは暑さで熱中症に脅かされ、今度は連日の雨で作業が捗らず・・・現場の、それも合羽を着て働く労働者の皆様、大変です。

と、言う事で、秋雨前線・・・もー
そろそろ移動するなり消滅するなりしてくれよなと切に祈るものであります。






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車中泊の旅 巨大堤防の事

2018-09-09 12:44:56 | 日記的雑談
たった一泊二日なので二日目には終わりであります。
と、いう事は帰り道であります。

行きはよいよい帰りはこわい・・・と、いう程でもないんですが、ナント申しましょうか、帰り道って盛り上がらないのであります。

さて、私は何故に三陸沿岸を走ったのか?
まっ、思い出を訪ねる旅と言うのが当たりでしょうか?

ナンとなれば、若かりし頃、仕事の都合で東北全域を車で走っていまして、国道45号線も昔の道から少し昔の道までは知っている訳です。
なので津波以後の今の道はドーなっているのか?
街の雰囲気はどなったのだろうか、ナンて事に興味が在ったのであります。

まず街ですけれども、三陸自動車道は言うに及ばずですが、国道45号線も私の知らないバイパス部分がかなり増えていまして海沿いの低い所を走っていた道は殆ど走らなくなっていたのであります。


宮古市の港のそばのとても高い堤防

田老町と言う所がありまして、度重なる津波の教訓から高さ10m、長さ2.5キロもの世界一の堤防を築き津波から街を守る予定だった訳です。
が、3.11の津波は堤防を超え、また破壊し街へなだれ込み壊滅させたのでありました。

が、人間は凄い!!! 
参ったとは言わない!!!
あれでダメなら更に巨大な堤防を作ろうと頑張っているのであります。

傍観する第三者としては巨大堤防を超える津波が来ない事を祈ります。
が、その工事の風景たるや凄いですゼェ~日本中の重機とコンクリートが集められてるんじゃないかと思う迫力であります。

で、またよそ者の要らぬアレなんですが・・・元々過疎地で衰退していた沿岸部が復興需要で持ち直している訳です。

いや、ワンルームのホテルやアパートは工事関係者の宿としてドガチャカと建っていますし、それに付随して飲食関係などもナニな訳であります。

そして危惧するのは・・・その後、であります。

祭りの後はドーなるのかな・・・ナンてことは部外者が考える事でもない訳ですが、土建国家日本ここに有り的な風景に少し考えちまった次第であります。


遠野の町へは笛吹き峠を越えてみた

さて、久慈市の温泉で肩すかしを食い、車中泊した田老の道の駅では地震の揺れと暴走族の爆音に眠れぬ夜を過ごした私は寝ぼけ頭で帰り道を考えていた訳です。

案は二つ・・・区界を越えて盛岡からサッサと帰る、と、遠野の町を経てのんびり帰る、でありました。

いや、ほぼ決まっていたんですけどね、遠野経由に。
その理由は、世界遺産の「橋野鉄鉱山」を見に行くと殆ど笛吹き峠の手前まで登っちまう事から、必然的にそーなるのでありました。

で、橋野鉄鉱山を見て県道35号線を登って行ったんですが・・・笛吹き峠よお前もか、と言う感じで道が良くなっていた訳です。

当たり前ですよね・・・自分が最後にこの峠を越えたのは30年以上も前なんですから。

で、峠道は随所が拡幅され通り易くはなってますが今でも大型は通行不可の狭小路でありました。

で、よく見ながら走ると山道が別の方向で登っているのが在った訳です。
あれはたぶん旧道でして、今の道は迂回した短縮路だと睨んだんですが、歩く時間がなかったので確かめられませんでした・・・残念。

いや、もしもまた遠野に行く機会があったら次は六角牛山の向こうを走っている国道283号線の仙人峠を越えてみたいものであります。

アレです・・・笛吹き峠は昔からマニアしか通らない道でして、御用とお急ぎの人が釜石に行くには仙人峠を越えたのであります。
しかし283号線は仙人峠道路と言う自動車道が出来たので旧仙人峠はマニアの道になったと思うのであります。
ぜひ走ってみたい・・・あっ、紅葉の頃にバイクで行くのも良さそうな。

と、言う事で、峠のてっぺんから遠野市でありまして、この後は河童釣りに行くのでありました。

   つづく



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車中泊の旅 釜石2

2018-09-08 16:17:57 | 日記的雑談
釜石市というと思い出すのが井上ひさしであります。

仙台の孤児院で育ったり、釜石で金を稼いだり、と東北に馴染みの深い人ですが好きな人ではありません。
好きではない理由は・・・まっ、いいでしょう。

で、ひょっこりひょうたん島の元となる島が近くにあったり、小説吉里吉里人の元も近くにあったり、という事で、釜石市近辺となると嫌いなくせに井上ひさしが浮かんで来るんであります。

釜石の未来は明るいのか?

ドーなんですかね?
製鉄で栄えた時代に戻る事はあり得ない・・・では、ドーやって明るい未来を開くのか?

まっ、よそ者の私が釜石の心配をしても詮無き事でして、高齢化と過疎に苦しんでいそうですが、地元民がナントカするんでありましょう。

で、直近の明るい未来と言えば・・・ラグビーのワールドカップ開催でありましょうか?


意外と質素ですが これが会場です


釜石鵜住居復興スタジアム

と、いう事で、釜石市で今一番旬な話題と言えばラグビーのワールドカップ開催のスタジアムが完成した事でありましょうか。

で、行ってみましたが、こう言ってはナニなんですが、他の開催スタジアムに比べとても質素である、と感じた次第であります。

まっ、東北では仙台スタジアムも立候補してましたが、復興と言う事とやっぱしラグビーと言えば北の鉄人・新日鉄釜石の影響でありましょうか、こちらに決まったのであります。


海岸線を走っても海は見えない

で、釜石に限らず宮城県の沿岸でも道路から海は見えなくなっているのであります。

その昔の風景を知っている人には信じ難い光景が続く訳です。
いや、大型ダンプよりも未だ高い堤防が延々と続き海は見えなくなったのであります。

ナント申しましょうか、住民は津波の被害は二度と御免、と、身を守る為に高い堤防を望んでいるのか、そこは分かりません。

でも、単なる旅の者の感傷的な気持ちでいうと、海の見えない国道45号線なんて走っても意味が無い・・・であります。

で、これからは三陸自動車道がつながるでしょうから国道45号を走る事も無くなり嘘の様に高い堤防を見る事も無く通り過ぎるんでありましょう。

波消しブロックと堤防しか見えない海沿いの道を走ると、日本の海岸線の醜さは天下一品だなと思うのであります。
しかしそれはよそ者の勝手な感想でありましょう。

地域経済の為にはテトラポットを作り、どでかい堤防も作る為にダンプカーや重機が蠢く方がために成るのでありましょう・・・たぶん。





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疲れが疲労気味です

2018-09-08 15:39:19 | 日記的雑談
今日はプールのバイトは休み・・ですが、仕事はあるんです。

植木屋をして来ました。

いつもの相棒の守さんを頼んで、一日仕事をサッサと片付けて来た次第であります。

とても大きい白樫を小さくしてくれと言う依頼なんですが、大きくなっちまった木を詰めるのはそんなに簡単じゃないんであります。

でも出来ないと言うと仕事にならないので、分かりやしたぁ~と、景気良く答えて樹形を詰める訳であります。
が、中を透かして光が入り、幹が見える様にすると大概は納得して頂ける訳であります。

なんだか疲れたのはたぶんズーッと脚立の上だったからでありましょう。
地に足の着かない仕事は疲れるんであります。

今日の脚立は10尺・・・3mと大して高くは無いんですが、その上で3メールの枝切り鋏や枝切り鋸を振り回すので結構大変でした。

で、他の雑木はマンサクやベリー、その他の類いが7~8本でして簡単であります。

あっ・・・守さんがピカチューに刺されて痛ぇ~と騒いでおりました。
ピカチューは、当たり前ですが俗称でして本名はデンキムシ・・・あっ、それは通称か? 
いや、ホントの名前は「イラガ」であります。
刺されると感電したように刺激的な痛みなのでデンキムシと呼ばれております。
またピカチュウと言うのは最近ついた名前でして、見た目が似ているかも知れなくも無い事からそー呼ばれた物と思います。

余談ですが、イラガは殻に籠ってマユで越冬するんですが、沢山集めて炒めて食べると美味しいらしいです・・・が、真偽の程は分かりませぬ。

そんな訳で午後二時には試合終了・・・で、お代は32000円。

しかし・・・下請けなので2割持って行かれる訳であります。
で、守さんの日当とゴミ処理代金を支払うと自分の日当は12000円であります。

道具の消耗やら細かい経費を考えると純の儲けは8000円でしょうか?

下請けは辛いのぉ・・・と、言いつつ帰りには名刺を渡して次回は直にご用命下さいとやっているんでこれから徐々にお客は増える予定であります。

ああ、下見が三件残っていたっけ・・・行かなくちゃなぁ。

そうそう・・・昼飯はすきやで牛丼と豚汁のセットを食べたんですが、昼飯のコスパトして最強なのは牛丼屋だよな、と、しみじみ思う今日この頃であります。

いや、以前造園屋で修行中は経費節約を旨とし、コンビニ弁当を軽トラの中で食べていたんですが、それでも迂闊な選択をすると軽く500円を超えるんであります。
が、本日のすきやの牛丼と豚汁と漬け物のセットは税込み550円でありました。
守さんが食べた牛丼と漬け物のセットは生卵が付いて500円ぽっきり・・・椅子に座ってのんびり食べられ、冷たいお水を飲み放題・・・ついでに紅ショウガも食べ放題の牛丼屋は絶対的に勝ちだと思うんであります。

いや、ラーメン屋ではワンコインの昼飯は中々無いですぜ。

さて・・・風呂が沸くまでは少し時間がありますなぁ。

ダメだ・・・このままでは寝ちまいそうだ。




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車中泊の旅 釜石市

2018-09-07 11:23:32 | 日記的雑談
行き当たりバッ旅・・・と、名付けたのはシェルパ斉藤氏だったか?

私はシェルパ斉藤にとても感化され、一時期ロングトレールを歩く事に熱中した物でありました・・・が、行き当たりバッ旅の言葉を借りただけでして、今回は何の脈絡も関係もありません。

でも思い出すなぁ・・・アンナプルナサーキットを初めて歩いた日の事。
シェルパ斉藤の記事から10数年後だったのでヒマラヤも開けちまっていたっけ。

その二年後、2度目のアンナプルナサーキットでは更に、僅か2年と言えない変化に出会し驚いたっけ。

シェルパ斉藤が歩いたアンナプルナサーキットは今はもう歩けない。
いや、旧道を行こうとしても人が歩かなくなった街道沿いは街が寂れて宿や飯屋が無いのである・・・その代わり、昔は埃にまみれて歩いた道をバスで行く事が出来る。

しかし、ロングトレールを歩きに来てバスに乗って嬉しい人は居ない筈・・・ネパール観光も秘境をヘビーに回る旅から軽く雰囲気を楽しむ時代に入ったと言う事なのかも。

と、言う事で・・・岩手県は釜石市の話になるんですが、私は未だナンボか栄えていたころの釜石と、その後絶望的に衰退して往く姿も知っている訳です。

時代なんですね・・・ふと思いついた言葉なんですが「生成衰滅」と。
いや、既に誰かが語っちまっているかも知れない語呂合わせなんですが、万物は生まれ、成長し、衰え、滅する訳であります。

街も同じなんですね。
何かの切っ掛けで街が生まれる訳です。
そして栄え、勢いを得て成長する。
しかし、時が移り社会の要求が変り衰退へ。
そして・・・まっ、街が滅する事は中々無いですけど、鉱山の街などは役目を終えて消えてる訳です。

釜石は鉄の街でありました・・・まっ、今でも線材などを造ってはいるそうですが製鉄の街として栄えた釜石の姿は無いのであります。


鉄の歴史館


日本初のガス灯

いや、鉄の街釜石を語ろうとすれば「鉄の歴史館」は外せないのであります。

と、偉そうに語ってますが、国道を走って来たら看板が目に入ったので立ち寄っただけでして・・・正直に言えば知りませんでした、と。

日本の近代製鉄は大島高任から始まった訳ですが、この歴史館では17分のビデオで高任の苦難と成功への道を見せてくれるのであります。

いや、ためになりました。
溶鉱炉には炭を2として1の鉄鉱石を入れて燃やすのだ、なんて事を覚えました。

で、この後関連施設で世界遺産の橋野鉄鉱山に行くんですけど、そこの高炉では、炭を8トン入れ鉄鉱石を4トン入れて炊くと2トンの鉄が撮れるのだ、なんて事も覚えて来ました。

製鉄って意外と効率が良いんですね。
まっ、歴史館の展示してあった鉄鉱石の含有量は鉄が50~60パーセントなんで当たり前と言えばそーなんですが。

で、序でに驚いたのがガス灯でありました。
てっきり文明開化の頃に銀座や日本橋辺りが最初かと思ってましたが、ナントぉ~・・・製鉄で出るガスを利用して日本初のガス灯を灯したのが釜石なんでストぉ~。



世界遺産 橋野鉄鉱山 案内所


日本最古の洋式高炉の跡

と、言う事で序でと言いますか、世界遺産と言う宣伝文句に釣られてやって来たのが「橋野鉄鉱山」であります。

いや、流石に世界遺産でありました。
鉄の歴史に対する熱い思いが迸る人なら目頭を押さえて感動する事でありましょう。

しかし、あんま私し鉄に関心の無い人は、ハッキリ言って拍子抜けしてしまうと思うのであります。

いや、遺跡としての価値は分かりませんが見た目的にはただの崩れた石組みが見られるだけでして美観的にも迫力的にも何も感じなかったと言うのが偽らざる気持ちであります。

勝手な推測でナニなんですが、津波の復興と言うのが無ければ釜石でラグビーのワールドカップ開催もどんなモンであったかと自分は思う訳です。

で、橋野鉄鉱山の世界遺産認定も日本に8カ所ある関連施設のおまけであったか? なんて言ったら怒られますかね。

いや、関連施設と言うのは、山口県は萩の「萩反射炉」で、形が残っている訳です。
で、静岡県の韮山も反射炉が現存ですし、軍艦島や熊本の三池炭坑、佐賀県の三重津海軍所跡などが一括りの世界遺産の中で地味な存在であるのは間違いないと思います。


   つづく

いや、仕事から帰って続きを書く元気が無いもんですから尻切れ蜻蛉ですんません。

おやすみなさい。

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