志木駅 その2

2016-11-12 07:03:34 | 日記
跡見は足+亦(また)を見る印。乙女のお尻を追いかける視線に架けているのさ。スケベの助平心。乙女の美しさや愛らしさを追いかけないで何を追いかけるのさ。悪因はストーカーです。その程ほどを知るのです

跡見は女性の「くびれ」の穴。足跡の辿って来た道のり。首と鰭の合成で首領巾(ひれ)は古代の夫人がまとったマフラー。肩巾の羽衣を言います。天女のまといを示します
ウエストの腰帯。「もっと痩せたい」の口癖の辟。
痩は捜に繋がりまして「あらを探す」荒、新、粗など。探すことに長けるのよ。その艮が抜けると遺失物の異質(いしつ)を自制します。
うせ物で無くし物。落とし物に架けまして形ならずの水子。また異質物の形ある水子も「ある」を自在します
女性の総体のロンギヌスの槍の傷が跡見の敷地です。その象徴が学園の校庭と記念博物館の間にある中庭。縄文遺跡の尓比久良(にいくら)が在ります。または爾比久良。
新座は「にいざ」「にいくら」新倉の「しんそう」
寝装、神葬、深窓、真相。今の和光市~朝霞市~志木市~新座市。東上線印だと。僧帽筋から甲状腺、副甲状腺、気管支、心臓(心筋)
何処を刺しても急所の生命線です。
郡の群は軍。「群をなす」新座郡や志木郡の他に余戸郡が在りました。
「あまるべ」の餘部、余部。50戸を一郡(軍)にまとめていた村社会。
今の片山地区にあったと考えられているようです。
私約は新座市の中の練馬区の飛び地。片山地区と練馬区の境目の異境界。
昨夜、五十部、余部。「よべ」呼べ喚べ。

その石碑がこちら。蒟蒻(こんにゃく)をいっしょに食べて、記念博物館に語る部をしたのさ。

建物の天辺が三角形。二本の柱が支えている構造です。たまたま空間を太陽が満ちまして。伝わったものと思います。
記念博物館は明治天皇の后(きさき)の昭憲皇后と通じます。跡見カラーの紫色を決めたのが皇后なんよ









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