志木駅 その6

2017-12-15 22:22:55 | 日記

食道の陰線。今まで気づかなかった神社がありました。大野神社です。東上線から見ると神明神社のお尻側にあたります。高校生の時、とてもドラムのうまいお友達がいまして。「たいこ」の太鼓、大古、泰子。ドラムと合わせると太鼓っ腹。「食った食った」とお腹を擦る満腹感の膜の透しです。
95号踏切も保守点検作業中。「きゅうご」の救護。ここから柳瀬川を越すまで踏切はありません。みずほ台駅側は98号踏切。間の96と97が欠番になります。

96号踏切があったかもしれない場所がこちら。その前が神明神社。東上線と同じ目線で正面に鳥居を構えています。柳瀬川駅は胃袋。腹から声を出せ。土星の怒声ではなく。胃袋の意中の「い」を聞きたい現れです。
「ほんい」の本意。翻意はひるがえす言葉。ところが馬鹿の一つ覚えは全く翻さないのです。96は相反するエネルギーの形。背中合わせ。反発ですね。

柳瀬川駅を望みます。左側の志木ニュータウンは陽の「食った食った」のお腹の張り。東上線は坂道に沿って「こうか」の高架になります。胃液の柳瀬川に降下します。

神明神社は申命で身命。人間像が大好きな世界中や永遠の誓いのオリを聞いているのよ。本意の翻意。破ったり別れたりします。

同じ敷地にある稲荷神社は東上線の上り側(志木方面)に鳥居を構えます。意中の云を稲荷が言葉なりで「しんめい」に届けているのさ。人命です。

神明と稲荷の間に傘とスーパーカーの模型。アウディがありました。アウディ(聞く)。ラテン語の羅甸。甸は田を包む意味です。拉丁(ラテン)は拉の 「ひしぐ」「押しつぶす」。もう一台もスーパーカー模型。マシン心の車心で写真。傘の開く閉じる。頭を覆う。総じてよく聞く。
車にうとい私でもアウディは知っている車。私でも聞こえる聴覚を置いていてくれたのよ。傘は把手つき。手偏に皇を宿すと開く閉じるは可能ですね。申し開きの自在 の事です。



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