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短距離で勝てなくても、長距離ランナーとして勝てばよい

2023年12月28日 | 人生
挫折(ざせつ)のときに、みなさんが、「これ以上の辛酸(しんさん)はない。これ以上の苦難はない。これ以上の不幸はない」と思っている時期は、短期的なものであることが多いと思います。

そして、一年間、二年間という短期的な時期を取ってみて、「自分の思うとおりにならなかった」と考えるのでしょうが、こうしたときには、発想の切り替えがぜひとも必要です。

「短期的に勝利しなかった」ということは、みなさんに、たとえば、「短距離ランナーとしての素質がない。100メートル走では決して優勝できない」ということを教えているのかもしれません。ただ、それは、みなさんがよきランナーになれないことを意味しているわけではないのです。

800メートルや1500メートルの競争もあれば、42.195キロのマラソンもあります。「短期では駄目ならば、長期はどうであろうか」という考え方があるわけです。これを大事にしていただきたいと思います。

私は、もともと足はあまり速いほうではなかったのですが、中学生のころ、一度、校内のマラソンで、なかなかの成績を収めたことがあります。このマラソンの体験を通して、「やはりペース配分は大切なのだ」ということを教えてもらったと思います。

そのとき、私は最初、自分とだいたい似たような実力の集団に見当をつけて、その男子集団に入っておこうと考えました。

ところが、走っているうちに、だんだんと調子が出てきて、体が温まってくると、「もしかしたら、いけるかな」という感じがしてきました。それで、中間地点からペースを上げていくと、だんだん足が長くなってきたような気がしました。

やがてピッチが上がり、短距離走などでは私よりずいぶん速かったような人まで、抜いてしまったのです。

短距離走が得意で、筋肉質であるような人は、ペース配分を誤ると、ばてるのです。速く走りすぎて途中でばててしまい、ハアハアいって休んだりします。

そこに、私が後ろからタッタッタッと追いかけてくるものだから、意外な顔をして、また引き離そうと頑張るものの、いつのまにか私の後ろのほうに行ってしまったりしたのです。「こんなことってあるのかな」と思って、不思議な感じがしました。

したがって、自分の持っている力を客観的に分析して、「どの部分で力を出していけば、全体で見たときに、自分なりの大きな結果がだせるのか」ということを考え、それを工夫することは可能であると思います。
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「自分を客観的に分析し、全体で見て、自分なりの結果を出せるように工夫する」

---owari---
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