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中国大返し

2024年05月14日 | 歴史
⑦今回は「作家・津本陽さん」によるシリーズで、豊臣秀吉についてお伝えします。
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武器は小荷駄(こにだ)で送るか、現地調達する。そして、身軽な兵隊を通常の軍団移動の二倍から三倍のスピードで動かしうる能力は、まさに敵の意表をつくものであつた。急速な移動のさいには、侍たちは甲胃をつけず、半裸で戦場へ馬をむける。

平生(へいぜい)から養っている″兜着(かぶとぎ)″とよばれる強壮な体躯の足軽たちに彼らの甲冑(かっちゅう)を着せて、あとにつづかせるのである。日ごろ、ただ飯を食わせて遊ばせておくのだが、いざという時に、″兜着"として役に立たせた。

着るのは、担ぐよりも体が楽なためであった。戦場に到着すると、主人は″兜着″から甲冑を受けとって武装し、十分に余裕のある体力で戦闘にのぞむことができる。沿道には、焼きむすび、水、草鞋(わらじ)などがそろえられ、落伍者を収容する陣小屋も設けられ、夜は篝(かがり)火(び)が昼間のように焚(た)かれた。

六月六日に高松城の陣から撤退した秀吉の軍勢は、夜を日につぐ強行軍で姫路を目指し、八日には姫路城に帰陣するという猛スピードの行軍であった。秀吉は、驚異的なペースで疲れはてて備中から到着した軍団の将兵を鼓舞するため、姫路城に蓄えていた金銀、米穀のすべてを大盤ぶるまいし、沿道の民百姓にも金銀をばらまいて、道中の安全と物資の補給を確保した。

他の武将であれば、小出しにあたえるであろう金や穀物を、家来や民百姓たちの意表をつくほどに多くあたえれば、勝利ののちは、どれはどの恩賞にあずかれようかと、ふるいたつものであるのを、秀吉は知っていた。

秀吉が備中戦線からの撤収に成功して姫路に帰着したことを知ると、中川瀬兵衛、高山右近らの諸勢力が秀吉に合流した。彼らにも、あらかじめ信長生存のデマを流しておいたことも効果があった。急激な政変が起こったとぎは、真相がつかみにくいので、虚報によって、織田家の諸将や畿内の諸大名に光秀方へ走る決心をさせまいとした秀吉の戦略は功を奏したのである。

この六月、中川、高山勢を加えた秀吉は、山崎の合戦で光秀の軍勢を敗北させた。
両者の勝負は、戦う以前からすでに決まっていた。光秀に味方する武将は少なく、多数の武将が討伐の秀吉軍に加わったからである。

″中国大返し″や虚報流しなどによる戦術が、勝利をもたらした。いわゆる、″光秀の三日天下″は潰(つい)えたのである。山崎の合戦で、織田方の諸将中における秀吉の地位は飛躍的に向上した。

(小説『秀吉私記』作家・津本陽より抜粋)

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8 コメント

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刀剣文化 (グローバルサムライ)
2024-05-29 04:12:33
NHKの大河ドラマ軍師官兵衛なんかもよかったな。
マルテンサイト千年 (出雲街道の旅人)
2024-05-29 04:14:14
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
ストライベック潤滑 (エキソエレクトロン)
2024-05-30 04:35:19
「材料物理数学再武装」なつかしいな。プロテリアル(旧日立金属)製の高性能特殊鋼SLD-MAGICの発明者の方の大学での講義資料ですね。冷間ダイス鋼SKD11の改良鋼として発売されて使用実績も20年近くになりますが金型はもちろんのこと軸受や歯車などのいわば機械構造用鋼の万能素材としても重宝してますね。
ものづくりGXエンジニア (CCSCモデルファン)
2024-05-30 11:03:54
いつぞや姫路のトライボロジー会議で聞きました。プロテリアルさんはたたら製鉄という立派な企業文化の軸ともなるものをお持ちでうらやましいです。
こんにちは (このゆびとまれ!です)
2024-05-30 13:37:43
グローバルサムライさんへ

“中国大返し”では姫路城が出てきましたが、そこで軍師官兵衛を思い出されるとは、さすがですね。黒田官兵衛は姫路城内で生まれたただ一人の城主と言われております。
「大河ドラマ軍師官兵衛」もよかったですね。軍師官兵衛ともう一人の軍師半兵衛(竹中)の働きにより、秀吉は天下を取ることが出来たと言われていますね。
こんにちは (このゆびとまれ!です)
2024-05-30 13:39:11
出雲街道の旅人さんへ

ご訪問有難うございました。
こんにちは (このゆびとまれ!です)
2024-05-30 13:40:36
エキソエレクトロンさんへ

出雲街道の旅人さんのコメントがちんぷんかんぷんだったのですが、分かる人には分かるのですね。ご教示有難うございました。
こんにちは (このゆびとまれ!です)
2024-05-30 13:43:04
CCSCモデルファンさんへ

プロテリアルは日立金属株式会社から社名変更された会社だったのですね。
コメント有難うございました。

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