やおよろずの神々の棲む国でⅡ

〝世界に貢献する誇りある日本″の実現を願いつつ、生きること、ことば、子育て、政治・経済などについて考えつづけます。

【中学歴史教科書8社を比べる】243 「区別と差別」、「人権」について考える -20- ~3 「人権」 -7- ⑶「人権」とはなにか? -5-(③定義を試みる)~

2017年07月17日 | 中学歴史教科書8社を比べる(h28-31年度使用)

3「人権」について考える -7-  ⑶「人権」とはなにか? -5-

<ウィキペディア:人権>より ※以後この「人権」の項内の引用は左記より。それ以外の場合は各個に明示する。
・「人権(じんけん、human rights)とは、人間ゆえに享有する権利である。人権思想においてすべての人間生まれながらに持っていると考えられている社会的権利である。」

※「規範」=基本的な自然観・人間観・宗教観・倫理観・社会観など。 おきて(掟)・ルール、道徳、法など。
※「人権(思想)」は、今のところ、倫理・道徳と、法の両面をもっている。つまり、現代では、上記定義「規範」の一種となっていると言える。

 

③ 「人権」の定義を試みる 1/n

 【定義1】 日本国内の日本人の人権とは、日本国憲法に定められている「基本的人権(生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利)」のことである。

【定義2】 日本の基本的人権=「奴隷的拘束・苦役からの自由」「思想・良心の自由」「信教の自由」「表現の自由」「居住移転の自由・職業選択の自由・国籍離脱の自由」「学問の自由」「家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等」/公務員選定罷免権」「請願権」「国家賠償請求権」「教育を受ける権利」「勤労権団結権・団体交渉権・団体行動権」「財産権」「適正手続の保障」「裁判を受ける権利」「令状主義」「住居の不可侵」「拷問・残虐刑の禁止」「刑事被告人の諸権利」「自己負罪拒否特権等」「事後法・遡及処罰の禁止・一事不再理」「刑事補償請求権」

 

※現代の国連憲章を尊重する国では、日本と同じように、「人権」は法によって定められている(らしい)ので、上文の様な定義がもっとも実際的。
 (当然ながら、国によって、《法で定められた人権の具体的内容》はそれなりにちがうと思う。)
  

 

 法治主義を完全に貫けば、”上記以外に人権はない”ことになる。

 では、日本の中世や古代には”人権”はなかったのだろうか? 

 

●古代以来の日本における”人権”の特徴 -1-

 

 「西欧由来の人権思想」のなかでもっとも中心的な考えは「平等(公平)」だと思う。人々(※この場合、半世紀ほど前までは「白人のキリスト教徒」のこと)は平等だから差別してはいけないのだ。「神(=唯一神:GOD)のもとではみな平等」ということだ。

 日本の場合、伝統的(日本民族系)日本人の大まかな性格を、古代より血なまぐさい領土獲得戦争をしつづけてきた大陸諸民族・国家の人々と比べると、相対的に(=傾向、割合として)、

おとなしい:あまり自己主張をしない:協調的》、《よく助け合う:思いやりが深い》という特徴(特長)がある。

(※最近はかなり”国際化”してはいるが、それでも、大陸人からみたら ”お人よし” に見えるらしい。伝統的日本人は、良くも悪くも、だましやすく、統治しやすい。アメリカ人は、その日本人とイラク人の区別ができなくて、占領後のイラク統治に失敗したらしいが…?)

 では、どうしてそのような「協調的:共存共栄的(⇔闘争的:自己中心的:利己的)」の傾向が強い日本人になったのだろうか。

 

・農業定住生活・・・数万年前からの縄文時代に、すでに「栗などを栽培する、農業を核とした定住生活」をしていた(最新の発見・研究結果)。<≠放牧、狩猟>

 

・自然災害多発地帯・・・日本列島は《地球上でもっとも自然災害が多い地域(の一つ)》であり、個人や家族の力だけでは対処できず、集落・社会のみんなが助け合わなければ生きていけなかった(今もほぼ同じ)。

 

水田稲作・・・3000年ほどまえ(縄文時代のあとのほう)に始まり、急速に列島内に広がった。(※佐賀県唐津市の菜畑遺跡が日本最古級で、市によってかわいらしい水田が復元されて、「赤米:古代米」が栽培されている。) 水田稲作は多量の水を要し、集落全体で協力して水管理をしなければならなかった。<≠小麦栽培>

 

・共生的な宗教性・・・縄文時代から自然信仰(崇拝)と先祖崇拝のための神社が創られ、6世紀ごろ渡来したインド由来・中国亜大陸経由の仏教と融合しながら発展した。今では「神仏分離」したが、神社とお寺はそれぞれが全国に2万社ほど健在。

 ※1 最初は集落(≒一族)ごとの祖先を祀る神社から始まり、国家的規模の神社まで建てられるようになった。江戸時代までは、ほとんどの神社とお寺は一体のものとなっていた(神仏習合)が、明治維新で「国家神道」化され、神社とお寺は分離した。神社は大東亜戦争終戦後のGHQの占領政策(「神道指令」)により”格下げ”され、お寺やキリスト教会と同じように民間の「宗教法人」となった。

 

 ※2 世界の現存「王朝」のなかで、日本の「皇室」はおよそ2千年前から続く最古の王朝。皇室の主であられる「天皇」は、実質的「元首(※日本は英国と同じ立憲君主制国家)」であるとともに、世界でも珍しい「祭祀王」でもある。今でも天皇(皇室)は、日本人の幸せのために祈りつづけておられる(「宮中祭祀」など)。俗に言えば、”天皇は全神社界のtop”。

 

※3「やおよろずの神々」・・・神道は多神教であるだけでなく、自然物も人も「神」になり祀(まつ)られる。例えば唐津市には、明治時代にコレラ対策に尽くして殉職された警官を神として祀り続けている(「増田」神社)。なんともおおらかで、融和的で、人間的な宗教だ。

 おそらく、そのこともあって、4千年ほど前から千年ほど前まで断続的に渡海してきた大陸人を、皆殺しにしたり奴隷にしたりする(※大陸世界標準)ことなく、というより、むしろ ”新しい技術や考えをもたらしてくれる人々” として、”仲間”として迎え入れてきたと言われている。

(※西欧でできたチェスでは敵を”殺す”が、日本将棋では、”つかまえたあと、仲間にする” という、根本的な”人間関係のありかた”のちがいがある。)

 

・天皇(皇室)のありかた・・・天皇と日本国民の関係は、長い日本史のほとんどで、比喩的に言えば ”親と子” のようなものだった。~つづく~

~次回、「天皇(皇室)のありかた」のつづき~

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