うざね博士のブログ

緑の仕事を営むかたわら、赤裸々、かつ言いたい放題のうざね博士の日記。ユニークなH・Pも開設。

3月30日のギボウシの芽出しです。

2022年03月30日 14時12分51秒 | ぎぼうし栽培日記
もうすぐ4月、これは今年のギボウシの芽出しです。平年並みの成長でしょうか。形はまるで小さなタケノコ状です。ここでは主に大、中型種13品種のギボウシを取り上げます。画像だけですがご覧ください。
撮影日:令和4年3月30日午前10時頃

          
              天竜
          
              金星
          
              スーパーサガエ
          
              ヴィーナス
                 
              ファーストフロスト
          
              寒河江
          
              ステンドグラス
          
              フレグラントブーケ
          
              玉の簪
          
              曙徳玉
          
              薫風
          
              白カピタン
          
              ウルバイン
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わが家の椿

2022年03月24日 18時50分37秒 | ガーデニング・庭づくり
 数日来の寒の戻りで低温、肌寒い日々がある。先日、東京では染井吉野の開花宣言が出たばかり。世間ではコロナ禍や地震やウクライナへのロシア侵攻などと騒がしい。わたし個人にとっても予期していなかった4月からの福島行きがあれよあれよという間に決まり、今の日常の整理や準備に何だか慌ただしい日々になりつつある。
 以下の画像はわたしの愛蔵する茶花椿です。やっと、満開になった。これらの椿は小さくとも花付きが良い。すべて、鉢やポットですが、見頃になると玄関廻りに飾るのは例年通りである。
 茶花椿はこのブログでも何回かアップしてきたが、わたしにとって飽きのこない花木だ。 ウラク❜64 は 太郎冠者系か、 卜伴 はしべが変異した唐子咲ということだそうだが、この株の根元に実生木が伸びていて楽しみな品種だ。今年は一品種を枯らし、赤西王母 2株は開花せず、今は 太神楽 を探している。撮影は3月23日である。
          
                姫侘助
          
                紺侘助
          
                太郎冠者
          
                黒侘助(永楽)            
          
                ウラク❜64            
          
                卜伴
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ヒマラヤ(ブータン)の青いケシについて

2022年03月15日 05時15分32秒 | ランドスケープデザイン
以前、このブログではヒマラヤ(ブータン)の青いケシ(ホリドゥラ・メコノプシス Meconopsis horridulaケシ科ケシ属)について触れたが、再度、書き込みたい。
 ここでは青いケシの栽培等の情報ではなくて、わたしが所蔵しているある書籍を紹介したい。カラーで大型の植物図鑑である。多分、この本は今では絶版の可能性がある。入手したのは10数年前のころ、東京の銀座のある画廊で西岡里子夫人が小さなブータン展という文化や民芸の公開スペースを設けた、それを新聞の小さい囲み記事を見て訪ねて購入したものだ。 
 ブータンはヒマラヤ山脈の麓にあるチベット仏教と王国制、農耕民族の小国である。狭いエリアだが地形的に標高差のあるブータンは植生的に特異な気候帯にあたり植物相は豊かである。ここはチベット(中国)、インド、シッキムに囲まれている。
 当時はまさか、わたしがこんなにも樹木医としての海外研修で頻々と東南アジアに旅行に行くなんてことは想像外のことであった。このブータンにも是非にと思い、一時、同国への旅行の話があり調べたところ、入国手続きに際しブータンの観光政策として旅程的に一日$200以上負担という協賛金が必要ということであった。わたしの印象としては軽やかな鎖国状態ということに思える。しかしながら、ブータンにとって、日本は、海外技術協力事業団により27年も滞在した西岡京治氏(1992年死去)の日本式農業技術の献身的な指導活動などもあり親日国である。
 以上の通り、ここでの文章は過去のことであり現在のことは言及していないことを付け加えておく。
 なお、このブータンの本を中尾氏は、民族植物学の分野としていて照葉樹林文化の生活文化を紹介している。
          

          

          

・「ブータンの花」中尾佐助/西岡京治/朝日新聞社/昭和59年10月1日発行
・「ブータン 神秘の王国」西岡京治/西岡里子/NTT出版
・「ブータンー地球の歩き方」ダイヤモンド社
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ホテルの河津桜は二分、三分咲きか

2022年03月11日 05時36分44秒 | ランドスケープデザイン
9日、早朝から東京都内に出る。久しぶりの電車移動、しかも長い、JRと地下鉄と小田急と乗り継ぐ。まずは遠くにある、業務の打合せで多摩市内のコンサル会社へ行く。次に乃木坂から直接にメトロポリタン美術館展を開催中の 国立新美術館、お目当てはカラヴァッジョの〈音楽家たち〉とフェルメールの〈信仰の寓意〉 のみだ、入場券は¥2,100.か高いなあ、わたしはちょっと慌ただしい。
 何だか最近は、JR電車の中の内装はパステルカラー一色に、車内案内はディスプレイ表示のみになり一新したのか・・・。  
 わたしは駅ごとにあれこれと都内、神奈川県内のかつて担当した工事物件を思い起こすことなどと、来し方についていろいろなことの思案に耽っている。そして最後に、午後2時頃、京葉線海浜幕張駅そばのホテルの早咲きの河津桜の 一本桜 を見に寄った。
 ここの豪華な都市ホテルのロビーにはドアボーイやフロントにアシマネも見かけず、来客らしき人物が一人のみ、しかもBGMの音楽や人声もなく侘しいほどに閑散としている。現代の世相もあり、どこもかしこも不景気をかこっているのか。
 なお、10年前の河津桜のブログ記事はこちらです、クリックしてみてください。H24/3/24付け
※ほかの河津桜については、同じ京葉線の稲毛海岸駅駅前広場で列植されており、佐倉市内には細いが並木状で 西志津スポーツ等多目的広場 にあり、また千葉県内では南房総市鋸南町の 佐久間ダム が地元では有名であるが、今週末に館山に研修に参加するので初見参となるか。また、私的には妻の友人が腎臓透析をしていて外出難のゆえに、車で同行して染井吉野の市原市の山倉ダムの花見を計画中である。

 ここのホテルの裏側の河津桜は、今、二分、三分咲きか、当日の画像を以下にアップする。

          

          
 ここはこの時刻、日陰である。桜に目白や尉鶲なら絵柄もいいのだが、これは無粋な椋鳥か。なんとなくダークな光景だ。しかし花好きなお嬢さんやおばさんがスマホを抱えて何度も桜の下を行き来する。誰もがこの桜花の華やぎを待っているらしい。わたしは近くのベンチで2本も煙草を吸い、落ち着こうとしている。うん、今回は4年ぶりになるか。はてさて、15分くらい経過したか。わたしは立ち去る。          
          

          

          

          

          
 この駅のそばの ホテルスプリングス幕張 の別館の周りには、千葉市内では珍しくこの南国風のオブジェっぽいブラジルヤシ(ヤタイヤシ)の街路樹が見られる。
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自分史作りの本です。

2022年03月08日 11時10分17秒 | 自分史・出版のこもごも
ここでは、自分史について触れたい。
 わが日常の生活は逼塞してミノムシ状態である。引き続きの読書三昧の中で今回は以下の本をあげる。
 ・「読ませる自分史の書き方」工藤美代子/幻冬舎新書/
 ・「自分史の書き方」立花隆/講談社学術文庫/

 自分史は今でこそ自治体など、社会教育目的の周辺団体でこの種のセミナーが開かれるようになった。自分史についてこのブログで書いたことだが、わたしは20年以上前にパソコンが出まわる前にワープロで作ったことがある。ちなみにその頃、膨大な検索機能を持つ便利なインターネットも流布していない。ただただ、自分史作成の続ける意思の強さが問われた。だから、両者の本の内容については過去の思いを想起しながら文章をたどったものである。
 工藤美代子のは全くの初心者向けのノウハウ本だ。目次には全段における章立て、エピソード、その執筆のコツなどはいちいち最もなことではあるが、最終的には商業ベースに乗せることを目的にすることについては、今思うと全くその通りであると思う。
 わたしの場合は、40代前半、人生、自分と何か、難しく心理学用語で気取って言えばアイデンティティクライシスを感じてということになりそうだ。そこで今までの生まれてからの来し方を整理整頓しようということで始まった。それにはたとえば通勤途中の電車の中ででも記憶を思い起こし、それをその場で忘れず必ずメモすること、簡単に連綿と付けていた日記まがいのもある、そしてそれを裏付けを取るために資料にあたることを3,4年の時間をかけてまとめた。
(最終的な当時の作成日、現在:平成12年5月27日・50歳です。この後やはり更新すべきかな、とは思う。)
 当時、造園会社にいて別室の設計室勤務のわたしは、合い間にしばしば気分転換も兼ねてそれを書き込んだもの。露骨に言えば公私混同の時間を費やしたことにもなる。しこうして、ボリュームは写真なしで文字数不明ながらA4判片面で100頁になっただったろうか。完成形はお手製のホッチキス止めの製本である、それを相手の顔色も見ずに身近な人に10部は配ったことだ。まあ、好奇心と覗き趣味でページをめくっただろうが、いづれゴミ箱行きになっただろう。
 おすすめは立花隆の本だ。氏はさすがに手慣れた文筆家である。前者と違ってプロ級の内容だ。文構成の進め方やアイデアもいい。初めての人の文章の書き方の極意とか、まず最初に年表を作るとか、日本経済新聞で長年にわたり掲載されている「私の履歴書」がいいお手本であるとか紹介されている。この本はある大学での夏の社会人向けの実践付きの講座での記録である。参加者がいろいろな構成のパターンをこれでもかというぐらいの内容で作成していて充実している。これはなかなか力作ぞろいであり、一般的な読書本としても成立しているのだ。
 以上で読書感想はおしまい。なぜなら、この手のものは直接手に取って読むものだからである。
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書斎机の前の壁面です。

2022年03月05日 16時52分05秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ
今日は啓蟄、その午後、やっと、関東にも春一番が吹いた。風は吹き荒れて、みるみるするうちに気温は17℃まで上がった。ギボウシはまだだが、わが庭ではやっと雪柳がつぼみを膨らまし、水仙も伸び紫陽花の新芽が大きくなり、3月に入ってからはわたしも寝る際の寝室のエアコンの暖房を止めた。最下段の画像は福寿草の花と、また栽培的に品質の良い鉢物を購入したもので色艶やかなビオラ、ヒアシンスとプリムラ・ジュリアンを載せる。
 ここでは書斎の画像についても加える。このわがミニ書斎は二階の道路に面した北東側にあり一坪半ぐらいか、この間取りの住宅を買うについては家内が是非にとすすめてくれたものである。わたしの本を読むこと、調査や思索癖、書き物をする筆まめの性格を見抜いたものか。机は引っ越し前まで使っていたリビングの食卓用のテーブルを転用した。今回は、乱雑だが、その机の前の葉の透かし模様であるクロス張りの壁面をアップする。
          
 画像では書庫の横で、前の壁に掲示しているのは、まずは倉敷市内の大原美術館所蔵の宗教画 エル・グレコの受胎告知 である。また、わたしは、福岡県北九州市のある会社に応募に応じて屋上緑化プロジェクトで1年弱も社員として雇われたことがあった。その時に利用する北九州空港と羽田空港間に新たに導入された飛行機、 スターフライヤー なのだがこれが機体がスタイリッシュで瀟洒なフォルムのAirBus社の機種で好きであった。昨年、わたしは福岡空港の搭乗スポットで久しぶりで見かけて実に感動ものであった。次に掲げるのは、わたしがUR都市機構の千葉県市原市内の大型の都市公園の施工管理職として勤めていたころ、現況の保存林内の山百合を重点的に管理していたのだが、しかしいつの間にか盗掘されてなくなったものでがっかりしたものである。
 右側のピンにぶら下がっているのは、宮崎駿作品の となりのトトロ に出てくる 真っ黒くろすけ とほかに トトロ のぬいぐるみも手に入れているはずだ。当時、わたしは子供が小さかったころでこのおもちゃに熱狂した。それに、わたしが企画して社内積立ての研修旅行で行った、和歌山県紀の川市の粉河寺で買った房の付いた真鍮製の鈴である。たしかここには、本堂の前に日本庭園風に高低差を生かし立体的な石組みがあった。
 次に、当時、実物を見たくてあこがれていたヒマラヤ(ブータン)の 青いケシ(ホリドゥラ・メコノプシス Meconopsis horridulaケシ科ケシ属) だが、以前、千葉県立中央博物館に足繁く通っていたころに展示会があり、入手していたものである。この希少な青いケシは、当時、国内では北海道、四国で栽培可能としていて存在するということだが、いまだに実見していない。(追記:最新の情報では長野県内の南信のある村で栽培に成功して見ることが可能だということである。)
 会津八一の色紙は、奈良行の時のものか、「南京絶唱」だったか。成田山書道美術館で買ったのだったか。
 おほてらの まろき はしらの つき うけを つちにふみつつ ものを こそおもへ

 以上、これらはわたしの20数年来のあちこち行動した旅先などの証拠みたいなものだが、思い出すに任せてここでは説明してきたが具体的な日時はつかめない。しかし、わたしのキャラ同然で茫漠としていてつかみどころがないと言う人がいるかもしれない。

          

          
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