Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

いつも通りの1日の始まり

2024-04-01 23:16:03 | つぶやき

 何事もなく、いつも通りの1日が始まった。
 定年を迎えた翌日とは、暦の並びからならなかったが、土日を挟んで新年度が始まった。そもそも片づけが何もできず、ちょうど土日があったおかげで、休日を利用してこれまでの自分の机の上、中、そして周囲を片付けられた。これらも3月があまりに忙しかったせいでもあるが、何も変わらず、新しい年が始まったあたりに背景があったりする。定年なのだから、ふつうならそれまでの埃を払って、きれいさっぱりとけじめをつけるものなのだろうが、そういかなかった自分のけじめの「なさ」をさらけ出したようなもの。これほど境がないままに、一区切りをするとは思ってもみなかった。だからこそ、いつもと何も変わらず、4月1日が始まった、というわけだ。考えてみれば4月1日が月曜日、そして3月31日が日曜日、おまけに「大安」だったというあたりは、とてもけじめがつけやすい並びではあったのだが、それを利用したように「片付け」たのは、「計画的」だったのだろうし、わたしに似合った定年の迎え方だったとも言える。

 当初は考えてもいなかったことだが、昨年末になって、定年を機に書き散らしてきたものとともに『伊那路』に連載している記事をまとめて印刷したいという気持ちが高まった。年明けとともに『伊那路』を印刷されている会社に相談して、できれば3月末までには刊行したいと考えた。約1か月ほどで計算論文を選択して精査し、体裁を整えて原稿を完成させたわけだが、あまり余裕がなかったため、細部まで見直すことはできなかったし、印刷費の関係で、小さな文字で2段組と、いってみれば一般向けの刊行物にはほど遠かった。というこで、販売もせず、お世話になった方々を中心に配布する程度の、未公開刊行物で済ませた。定年〝記念〟というわけではないが、かたちとして残したかったわけである。

 いつも通りの日を迎えることはわかっていたから、いわゆる退職を理由の送別ではないが慰労会はしたくなかった。一切行っていない。〝〇〇〟らしいと言われるのかもしれないし、それを理由に、一切ねぎらいの言葉をもらえないかもしれないが、自ら歩んできた道は、その筋書きを当たり前に導いていたように思う。だからこその〝今日〟なのだろう。意外にも、その日は、いつも通り始まったはずだが、実はわたしの目には、いすつも通りではないものも見えた。今はここに記せないが、もう少し時を経てから、あらためて見つめ直してみたい、と思っている。ひとのこころも、視線も、意外と空間設定で変わるものなのだと気がつくとともに、社会設定(立場といっても良いのだろう)に促されるように人々は意識を変化させるのである。


コメント    この記事についてブログを書く
« 清水のカゼノカミサマ 後編 | トップ | あのころの景色① »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

つぶやき」カテゴリの最新記事