Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

アサギマダラ2017

2017-10-01 23:02:46 | 自然から学ぶ

フジバカマの上にはいろいろな生き物が飛んでいる

 

 ここ数年毎年のように触れている“アサギマダラ”。もちろん今年もやってきている。“アサギマダラ2016”で触れたように、昨年は新たに山際の畑にフジバカマを植えた。昨年はまだ丈が短かったフジバカマも、今年は背丈ほど伸び、先ごろの台風のせいか、背が高くて倒れ気味のフジバカマも少なくない。そんな山際のフジバカマにたくさんのアサギマダラがやってきている。昨年は多い時で7匹のアサギマダラが舞っていたと妻は言った。だがわたしが実際に同時に確認できたのは4匹ほど。積極的にフジバカマを広けだことで飛翔数が増えた感じだが、びっくりするほどではなかった。

 ところが今年は違う。山際のフジバカマを植えた畑には、数え切れないほどのアサギマダラがやってきている。飛び交っているので正確には数は数えられないが、視界には同時に10匹ほど確認できるときもあり、反対側に行くとやはりそこそこの個体が見られるうえに、我が家の周囲には点在してフジバカマが咲いているからおおよそ20匹余はやってきているだろうか。今年は妻がさらに耕作放棄していた畑にフジバカマを広げた。時期が遅かったので、今年は丈が短い上に花の咲くのも遅かった。おそらく来年はそのフジバカマが大きくなって花を咲かせるだろうから、さらに多くのアサギマダラがやってきてくれるかもしれない、そういう期待が膨らむ。株の数に比例してアサギマダラの飛翔数は確実に増える感じだ。

 たくさん飛んでいるので“乱舞”を表現したいとカメラを構えるものの、広いエリアのあちこちで思い思いに飛んでいるアサギマダラを、それらしく撮ることは簡単ではない。うまく撮れないだろうかとカメラを構え出して、結局1時間余もああだ、こうだ、と時を無駄にしてしまった。それほど魅力的な舞ということなのだが、それをここで表現することはできない。昨日、“ツボ採り”を終えたあとの昼時のことであった。

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“ツボ採り”2017

2017-09-30 23:44:01 | 自然から学ぶ

 

 「モロコ採り」で記したように、ため池の水位を下げることによってメダカやタモロコが生息域を狭められて雨が降っているかのように水面に波紋を作った。これは2009年のことだから、8年前のこと。その際に記したため池と隣り合わせにある上のため池の、今日は「ツボ採り」だった。ずっとため池を干して管理することを「ツボ採り」と言ってきたが、そろそろこの名称も消えそうだ。何といってもツボ(タニシ)が減少している。今年は昨年にくらべると1ヶ月近く早く実施した。毎年気温が低くなってから実施していて、干しても寒くて「ツボが出てこない」なんていう言葉を合言葉のように交わしていた。実施日については、「ため池慣行のムラ⑥」に示しているように、ずっと10月に実施していた。とはいえ、以前はお祭りの肴にしようという意図もあったようで、10月10日前に実施していた。だから9月とはいえ末日であった今日なら、かつての実施日とほぼ同じというわけだ。比較的日中は暖かくなった今日、干したもののツボは現れなかった。もちろんこの時期だから例年の寒くて「ツボが出てこない」という合言葉も出なかった。かつては参加したそれぞれの家でバケツ2杯も持ち帰ったというツボが、今年はバケツに4分の1程度。「ため池慣行のムラ⑥」にあるように、かつての収穫量とは比較にならない。正直言ってこの減少傾向は止まらない。これ以上減ったらまさに「ツボ採り」ではなくなる。

 ツボだけではない。メダカの数も減っている。冒頭でも触れたように、「モロコ採り」を記した8年前の隣のため池では、まだ水面が広いのに大雨時の雨粒のような波紋を見せた。ところが今日は写真ても解るように、これだけ水を落としても水面には8年前のようなメダカたちの波紋は生じなかった。もちろん狭まれた水域にたくさんのメダカの姿が見えはしたが、絶対量の減少は否めない。そしてメダカ以上に減少しているのがタモロコだろうか。もはや魚を分けて持ち帰るという状況ではない。ヘドロ状の泥が流れ込んでいて、その影響なんだろうと想像するが、泥を処理するのも容易ならぬことで、さしあたって支障がない以上、これを浚うというところには至らないし、しようと思っても今の4軒だけの関係者では難しい。かつては干すと泥の上に点々とツボが浮いていたもの。今年の写真でも解るのは、それがまったく見えない。

 さて、水位を下げるにあたって底樋から流れ出してきた生物を法下で捕獲する。ゲンゴロウはたいがい水位を下げると底樋を伝って流れてくる。そんなゲンゴロウを救出したのがバケツの中の光景だ。9匹のゲンゴロウが見える。このほかにも数匹(別の写真のように)確認したから、今年確認できたゲンゴロウは10数匹といったところ。ゲンゴロウもかつてに比較すると減ってきているが、ここ数年の印象とそう変わっていない。

 法下に捕獲用に用意する網には、毎年たくさんのメダカやらタモロコが流れてくるのだが、干し方にもよるが、今年はほとんど流れ落ちてこなかった。オタマジャクシとヤゴばかり。そんななか、最後の放流時にはドジョウが何匹も流れ落ちてきた。これもまた捕獲してため池へ戻した。何といってもツボの激減が心配だ。

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2017年台風18号

2017-09-18 23:31:34 | 自然から学ぶ

 

 朝起きると、庭にはサンシュユの葉がたくさん落ちていた。風が強かったことがわかる。「台風18号」という台風が印象深い台風であることは、これまでにも何度か触れた。仕事の上でもこの名称はたびたび聞こえる。ちょうど9月ごろになると、この数を数えるのだろう。母の通夜の席でも、建設資材を扱っている従姉が「このごろ台風がこないので仕事が少ない」と言い、今回の台風も「きっと素通りだ」と予測していた。飯島で観測史上最大の風が吹いたとニュースで言っていたが、確かに風は強かったのだろうが、あくまでも瞬間の風速であって、長時間ではなかった。

 従姉が予測した通り、台風がやってきた夜から朝にかけて、このあたりで降った雨量は微々たるものだった。気象庁の飯島観測所のデータでもトータルで10mmにも満たない。その証拠が上に掲載したアメダスの時間ごとの移り変わりだ。データが重かったので30分おきではなく、1時間おき、それも少し小さくして編集してみた。おわかりのように、17日午後9時の時点では長野県内はほとんど雨が降っていない。長野県を避けるように雨が降っている。そして時間が経過しても、いわゆる強い雨が降る場所は、長野県を避けるように移っていく。せいぜい県境域に強い雨をもたらしているものの、内部では雨の量はもちろんのこと、その時間も短かった。なるほどこんなことがいつも繰り返されていると、県内の河川は穏やかなもの。河川中に木が繁茂して当然なんだろう。

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最近の台風

2017-08-07 23:25:39 | 自然から学ぶ

 列島縦断のように進むと見られていた台風5号は、気象庁のホームページで確認していても、予報円があるから必ずしも真っ直ぐ進むというものではないが、その真ん中を進めば長野県の中央部を進むような図をずっとアップしていた。そんななか、「台風5号の進路 日本アルプスの影響で再び意見分かれる」という見出しがウェブ上のニュースに踊ったのは午後になってのこと。その二つの予想とは、1)北陸方面へ北上し日本海に抜けていくコース、2)関東方面へ南下し太平洋に抜けていくコース、というものだった。そして記事には次のように書かれている。

台風は上陸後、勢力を弱めるため、進んだ先の日本アルプスを乗り越えられず、地形の抵抗を大きく受けるからです。

結果、台風本体の雲がアルプスの北と南に真っ二つに分かれる可能性があります。
2つになった雲の塊のうち、どちらを台風とするのか。
その判断が各機関で異なり始めており、進路予想の違いに影響しています。

 結果的に北陸の方に曲がったが、近年の台風は山岳地帯を前に曲がっていくものが多い。というかわたし的には、曲がらなくても雨をもたらす雲は長野県を避けるように渦を巻く。今回も飯田市南信濃において短時間に多くの降雨を記録した時間があったが、あくまでも周縁部でのこと。ちょうど長野県の県境ラインに沿って雲は流れ、県内へ入っても「弱まる」という印象は最近の傾向だ。かつて台風で大きな被害を受けたことは何度もあって、けしてずっとそういう傾向があったということでもないのだが、最近はどうしたことか。

 そもそも伊那谷では多量の雨量を観測したことが近年記憶に少ない。たびたび触れているように、多量な降雨によって災害でも発生すると仕事が忙しくなるのが常だけに、災害とわたしの生活には方程式のようなものがある。したがってわたしの記憶はに間違いはなく、そして近年そこに蓄積するような災害は発生していない。

 なぜ雨雲は長野県を避けるのか。景観として気がつくのは、川の光景だ。近年川の中が木で覆われる傾向だ。出水による河川内の氾濫が発生しないため、川の景色が変わらなくなった。というよりも川の中にある木々がますます枝を伸ばし、川を覆い尽くしているのだ。花崗岩の巨石が川の中を真っ白に埋め尽くしていた景色は過去のものとなっている。そして、今や天竜川というとりわけ大きな川の景色さえ、木々の目立つ川と変化してきている。

 台風がやってくると、それに合わせたように、わたしの日記へのアクセスは過去の災害の記録に集中する。昨日、今日と、昭和56年や58年の台風を扱った記事がたくさん閲覧された。

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ウサギコウモリ

2017-07-31 23:12:35 | 自然から学ぶ

 

 

 コウモリを常日ごろ見ることはあまりない。わたしの場合、仕事で隧道に入るとよく出くわすわけだが、そうでもなければあまり出会うこともない。とはいえ、世の中にはけっこうコウモリが飛んでいて、それなりに気を払っていればふだんでも見ることはあるのだろう。

 先日の長野県民俗の会例会において、松本市奈川入山のかつて女工も宿泊したという旅籠「松田屋」を訪れると、畳の間に何者かの糞がいくつか落ちている場所が点々とあった。案内をしていただいたTさんによると、それはコウモリの糞とのこと。いくら掃除をしてもすぐにコウモリが糞をしてしまうらしい。板の間の多い「松田屋」にあって、畳の間は高貴な方たちが泊まった間。そのひとつの間にそのコウモリがいた。Tさんによると、その小さな間がコウモリのお気に入りの部屋なのだという。その間にいることが多いという。そしてそのコウモリは「ウサギコウモリ」と言って耳がウサギのように身体の大きさに比べると大きい。比較的珍しいコウモリだと言うので調べてみると、長野県レッドデータブックによると、絶滅危惧Ⅱ類だという。好き好んで見たこともないので、ほかのコウモリをよく観察したことはないが、このコウモリの耳が大きいことは素人でもすぐにわかった。コウモリ目(翼手目)のヒナコウモリ科に属し、ウサギコウモリ属のコウモリの一種だという。主にヨーロッパに分布するコウモリだとか。

 

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ホタルを考える

2017-06-15 23:20:23 | 自然から学ぶ

 

 仕事の関係の方たちで辰野の「ほたる祭り」を訪れた。天竜川端の西岸にある公園内のホタル水路は、30年以上前に会社の先輩たちが整備に関わっていた。盛んに先輩の口から聞かされて記憶から消えることはない。もともとホタルの生息地だったところにこうした整備が進んで、今や近在では最も知られるホタルの名所となった。このホタル水路がある山際にかつての西天竜幹線水路の残骸が今も残ることは、以前にも触れた。「ほたる祭り」の期間はこの10日から今週末18日までとの1週間ほど。もちろん期間外においてもホタルは舞っているのだろうが、期間中が最もホタルが舞うと言われる。昨日は2万匹のホタルが舞ったという報告があって、今日はさらに多くなるのではないかという期待も。辰野町では7種類のホタルが確認されているといい、その中でも松尾峡のほたる祭りで舞うホタルはゲンジボタルが主となる。いわゆるカワニナを餌とするホタルはゲンジボタルなのだ。ヘイケボタルはタニシやモノアラガイという。

 ほたる祭りは以前伊那の事務所にいた際にも訪れたことがあり、6年ぶりぐらいだろうか。そもそもどこでもホタルが舞うという時代ではなくなっただけに、ホタルの乱舞なるものを見たのは昔のこと。したがって当時も少なからずその乱舞に心踊りはしたが、驚く程の舞ではなかったと記憶する。今年は幼虫の上陸数が多かったことから多いという情報が事前に流れていたよう。ということで一昨日1万ほど数えられたホタルが昨日は2万と言われ、近年では数が多いという。そして実際にほたる公園内へ。天竜川東岸からホタルの舞が確認できたが、天竜川の橋を渡り西岸に足を踏み入れるとホタルの点滅が視界いっぱいに広がる。この感覚は以前訪れた際にはなかった。いわゆるホタルは一斉に光を灯す。その発光パターンに人々は酔いしれるわけで、これがバラバラだったらまた違った印象を受けるのだろう。いただいた資料によると、ゲンジボタルでも発光パターンは地域によって異なるという。西日本では2秒型、東日本では4秒型と言われ、長野県内は重複地域とされているよう。松尾峡のホタルは2秒型である。実は西日本型発光パターンであることについては、多くの論文や指摘がされているように、松尾峡のホタルは移入されたものだからという。前述したように会社で一時盛んにホタル水路なるものにかかわった。県内各地で「ホタルの舞う里に」という意図をくんでのものだが、そうした事業が盛んになると、移入ホタルという問題が報道された。生態系を破壊するという指摘である。1960年代に大量に移入されたゲンジホタルが現在の祭りの担い手となっているわけだが、この生態系保護に関する指摘に対してすでに観光地化された辰野町としては答えることができなかったのかもしれない。問題視発言は多いが、絶滅したと思われる在来種を復活させることは、現在の「ほたる祭り」を見ている限り不可能に近いのだろう。すでにこの地域では半世紀にわたってこの文化が醸成されてしまっているから。ただ、この松尾峡のホタルが周辺地域の在来種にも影響を与えているという指摘を踏まえると、複雑なものが増幅する。

 今年の松尾峡の午後8時は見事な光景を展開してくれた。これが作られたものとしても、映画や絵画だと思えばひとつの作品かもしれない。わたしの記憶にある子どものころのホタルの乱舞は、このような一斉に発光するパターンの世界ではなかった。そもそも何匹も視界に入っても、ばらついた発光だった。ホタルは松尾峡以外においても乱舞するような場所があちこちにある。あたらめて比較してもらい、ホタル問題を考えてみるのも良い。

 

参考

辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ

長野県辰野町における移入ゲンジボタルについて

 

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確かに目を奪う

2017-06-07 23:38:21 | 自然から学ぶ

 オオキンケイギクのことはこれまで何回か触れた。環境省の特定外来生物に指定されている植物である。今日は仕事で大町市を訪れた。安曇野インターを下りて大町へ向かうと、長野道の法面にこのオオキンケイギクが黄色い花を咲かせている。密生しているわけではないが、しばらくの間黄色い花が楽しめる(?)というわけだが、長野道から道が逸れてからも、高瀬川堤防上の道路の脇にも黄色い花を見せ、また高瀬川河川敷にも若干ちらほら群生を見る。環境省のホームページにその特徴について

キク科の多年生草本で、高さは0.3~0.7m程度である。温帯に分布する。路傍、河川敷、線路際、海岸などに生育する。開花期は5~7月。頭状花。虫媒花。痩果をつける。ホソバオオキンケイギク、アラゲオオキンケイギクを区別する文献もある。

と記されている。また被害状況について「生態系に関わる被害」として

◾天竜奥三河国定公園にある天竜川では、1976年に確認されたオオキンケイギクが最近急速に分布を広げ、代表的な帰化植物としてお花畑を形成し、上流のほぼ全域でみられるようになった。それとともに長野県固有のツツザキヤマジノギクや、カワラニガナ、ツメレンゲ、カワラサイコなどの河川敷固有の植物が減少または消失している。さらにタコノアシやミクリなどの貴重な植物への影響も懸念されている。
◾岐阜県木曽川でオオキンケイギク等の外来植物を選択的に除去したところ、カワラヨモギ、カワラマツバ、カワラサイコ等の河原に固有の在来種が回復したことから、在来植物の衰退の主要な原因の一つは、外来植物の侵入であることが示された。
◾長野県南箕輪村の半自然草地の調査では、オオキンケイギクが優占する群落では一年生草本が少なくなっており、オオキンケイギクによる下層の光環境の悪化が考えられた。
◾強靱な性質のため全国的に野生化し、河川敷や道路にしばしば大群落をつくっており、在来生態系への影響が危惧されている。

と記されており、とりわけ長野県内の被害を特徴的に取り上げている。何度か日記で触れてきただけに、すでに既知の植物かといえば、意外に「特定外来生物」という認識はいまだ薄い印象がある。周辺ではアレチウリの駆除が盛んだが、黄色い、いってみれば美しい光景を作り上げることから、同じ特定外来生物であるアレチウリとは親しみが違う。そしてどこにでも繁殖しているのかと思うと、「平成21年度までに個体が確認された地点図」を見ると、意外にも天竜川流域にその分布を見るが、県内のほかでは意外に分布確認が少ない。

 先日も下伊那郡豊丘村のある場所で、水田の畦畔の雑草が刈り取られた中に、明らかに意図的と思われる状況でオオキンケイギクの花が咲いていた。ひと株だったので、刈り取らずに残されたというわけだ。先日地元の有線でオオキンケイギクの駆除活動の知らせが流されていた。ようやくアレチウリ同様にこれを駆除するような活動が始まった、という印象だったが、アレチウリに比較するとほかの植生に与える影響は大きくないと思うのだが、前述の環境省の被害状況の中にもあるように、「長野県固有のツツザキヤマジノギクや、カワラニガナ、ツメレンゲ、カワラサイコなどの河川敷固有の植物が減少または消失している」と指摘されている。ここに示されたツツザキヤマジノギクやカワラニガナ、ツメレンゲについては過去に、何度も記してきた種である。駆除活動に加えて周辺ではツツザキヤマジノギクの保全活動も盛んだが、河川敷内に生えるツツザキヤマジノギクの生態に影響しているのがオオキンケイギクのせいだとは言いにくい状況で、むしろ河川内の環境全体が変化してきている影響と考える。とりわけカワラニガナの減少も、オオキンケイギクが成したものというわけではないだろう。もちろん群生すると影響は大きいだろうが、これらの種が河川内に生育している場所にそれほど群生地を見た記憶はない。

 いずれにせよ、いまだにオオキンケイギクが盛んに黄色い花を咲かせる光景を見かけることは多い。

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皐月前夜

2017-04-30 23:31:42 | 自然から学ぶ

駒ヶ根市下平より

 

飯島町扇島より

 

 淡い色模様の季節である。今年は山に残雪が多いのだろうか、いまだ島田娘ははっきりと現れていないが、過去に日記で扱った「島田娘」をかえりみると、必ずしも残雪が多いというほどではないのだろうが、近年は一気に雪解けが始まるのか、コントラストのある雪形になりがちだ。〝比較「駒形」と「島田娘」〟で扱った2007年5月15日の「島田娘」のような雪形は、毎日観測できるようなところに住んでいないと、なかなかお目にかかれない。

 段丘崖に桜が淡いピンクを見せる季節である。里の桜が終わり、山の中に点々と桜が咲くのも伊那谷の特徴的な光景だ。前者は駒ヶ根市下平の下水処理場裏の天竜川堤防から望むもの。堤防には八重桜が植えられていて見ごろだ。背景に宝剣岳を望む。南北に長く展開している下平の段丘崖の中でも、最も桜が密集している場所である。下平といえばこの段丘崖下だけかと思うとそうではなく、ちょうど桜が密集している上の段は下平地積にあたる。かつての芝刈り場だったのだろうか。

 後者は中川村飯沼の主要地方道伊那生田飯田線沿いから飯島町扇島の段丘崖に咲く桜を捉えたもの。芽吹きもあいまってまさに淡い色模様。背景は南駒ヶ岳や空木岳になる。南駒ケ岳の「稗まきじょろし」の雪形もまだこれからである。国道153号の与田切橋の開通と、その国道に繋がる主要地方道伊那生田飯田線バイパスの天竜川の橋ができたことによって、この主要地方道伊那生田飯田線を走ることはめっきり減ったのだが、久しぶりに走ってみると、確かに地元車は走らなくなったのだが、意味不明の三河ナンバーや一宮ナンバーの車が行き来していてちょっとびっくり。何を好んでこの「落石注意」の道に進んでくるのか…。

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イワツツジ開花

2017-04-22 23:53:32 | 自然から学ぶ

 

 2週間前に終えたばかりの裏山の下草刈。その裏山にイワツツジが咲き始めた。花期が短いから、来週末はもう散っているかもしれない。昨年このことについて触れたのも4月22日だった。桜の開花が遅いと言っていたのにイワツツジは同じか、と思うがまだ咲き始めだから、数日の違いはある。昨年の今日記した内容には「チラホラしていた花が一斉に咲いたのは今週半ば。あっという間に咲いて今日訪れるとすでに最盛期は過ぎて葉の緑が目立つ」とある。妻の実家のことだから毎日目にすることはない。週末に様子をうかがうくらいだから、花期の短い花は、次に訪れる際にはすでに散っているという覚悟もしなくてはならない。そういう意味では咲き始めの今日が、今年のイワツツジの見納めなのかもしれない。昨年は山菜も気になって、週の途中にも足を運んでいたが、今年は伊那へ通勤しているからそういうわけにもいかない。

 花期としては桜が散り始めるころにイワツツジが咲き始める。冒頭の写真でも解るように風越山と我が家のイワツツジの咲く裏山との間に桜の咲く丘が見える。城山と言われているところだが、毎年イワツツジ越しに桜の花と風越山を望んでいる。とりわけイワツツジが咲き始めだから桜はまだ見ごろの範疇と言えるだろうか。いっぽうで背後の木々の緑がだいぶ目立っている。桜の咲き始めが遅かったことから、あまり時差なく今年はいたるところの桜が開花している。そういう意味でも、芽吹きと重なる光景も見られる。飯山の桜がそうであったように、開花の遅い桜の場合、葉の出るのと開花が重なって見苦しくなるものだが、そこまで桜の開花が遅くなかったのは良かったのかもしれない。日当たりが良い日中には、花の色が白っぽく映えなくなってしまうが、夕方ともなると深いピンク色となる。夜桜見物が好まれるのも、昼間に比較してピンク色が強くなることもあるだろう。イワツツジも同様にあたりが暗くなってくると、より色彩が深まる。咲き始めということもあって葉の芽吹きは目立たない。花びらも新鮮で見栄えはするが、まだまだ蕾が多いのが残念。

 「ここにも芽吹いている」そう思わせる光景をたくさん見た。コシアブラである。我が家ではコシアブラがこのツツジ群の中で育っている。下草刈をするのでその際にだいぶ刈ってしまっていた過去であるが、近年はコシアブラを伐らないように気遣っているのだが、それでも小さなものは刈ってしまっている。そんな下草刈をしてしまい残った株からコシアブラが芽吹いている光景をいくつも発見。イワツツジとコシアブラは相性が良いようだ。ということで、コシアブラも間もなく採取時期を迎える。もちろんタラの芽やウドは既に初物を頂いている。

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“ツボ採り”2016

2016-10-23 23:13:50 | 自然から学ぶ

 

 昨年より10日ほど遅い“ツボ採り”となった。ちなみに「ツボの激減」に実施日が一覧化してある。昭和63年の「1月」というのは記載ミスだろう。平成17年に10月30日ということがあったが、その年のことについて「天候悪く実施日遅くなる」とある。今年も同様に天候が悪かったせいもあって、農作業全般に遅くなっている。平成20年にも10月26日ということがあったから、今年がけしてとても遅かったというわけではない。近年比較的遅くなりがちだ。同じ表に収穫量が記してあるが、昭和56年にはバケツ2.5杯とある。これは全部でというわけではなく、分配してこの量だったという意味だ。「ツボの激減」でも記しているが、ここに記した平成24年には「今年は関係4戸で拾ったツボの総量がバケツ一杯にも満たなかった」とある。かつてほど「採る」という意識が強くないからそこそこで切り上げているが、そうはいってもかつてはため池を干すと、底に黒々とツボが姿を現していた。それも大きなものばかり。ところが今はその姿は寂しい限り。

 ことしは水を干したあと、陽あたりに誘われて泥の上に姿を出すだろうといって、少し休憩してから拾おうということになった。しかしながら待っては見たものの期待するほどではなく、結果的に今年も平成24年と同じくらいだっただろうか。何よりわたしがここでツボ採りを始めたころにくらべると、泥がとても多くなった。昨日も触れたように、ここは二つ繋がっているため池(繋がっているとはいえ、間に水田が数枚あるが)の上流側のため池。したがって土砂が溜まりやすい。かつてはかなり砂も混じっていた底も、今はヘドロばかりという感じで、田植え長靴で入っても土砂吐の近くには寄り付けない。いいや離れていても深く、土砂吐から遠く離れたところしか行けない。例年「この土をなんとかしなければ」と言っていたが、もはやそんな話も出ないほど、ちょっとどうしようもない状況だ。何より関係者が少ないから、ボランティアでも募って管理をしなければとても問題解決にはならない。

 ことしはドジョウの姿を見なかった。泥の中に潜り込んでいて姿を現さなかったのかどうか。いわゆる土砂吐のゲートを上げると、底樋の中を流れて出てくる水生生物が多い。そんな中にもドジョウがいたのだが、ことしは皆無。いつもどおりメダカやモロコはやってきたが、その数もそれほど多くはなかった。ゲートの開け閉めの仕方によっても違うのだが、毎年様子が違うのは確か。そんななか、毎年底樋を通じてやってくるものにゲンゴロウがいる。ゲンゴロウといえば空を飛ぶ水生生物で、ふだんもそこそこ水面にいたりするのだが、ため池を干す際にはよく底樋を流れて出てくる。ことしはわたしの見ていた限りでは6匹ほどだっただろうか。妻は田んぼに草取りに入っていると田んぼでゲンゴロウを見るというが、わたしは毎年ほぼこの時だけゲンゴロウと遭遇する。毎年その姿を見てホッとする、というわけだ。

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続・アサギマダラ2016

2016-10-16 23:00:35 | 自然から学ぶ

(2016.10.9)

 

 「アサギマダラ2016」で触れた後、我が家の畑には最も多い時で7匹のアサギマダラが訪れたという。わたしが直接その場面を見ていないので、あくまでも妻の情報である。そんなアサギマダラももうよそへ渡っていってしまう時期であるが、昨日も1匹のアサギマダラがフジバカマの上を優雅に舞っていた。ふと気がつくと、足もとにアサギマダラの羽が4枚落ちている。渡れずに、ここで生涯を終えたアサギマダラもいたということになるが、よく見ると1枚の羽に1部欠けた痕が。その欠け方に見覚えがある。

 先週の週末もこの畑を訪れた際、2匹のアサギマダラが訪れていた。そのうちの1匹は、羽に1部欠けた痕があった。欠けてはいたがふつうにほかのアサギマダラ同様に舞っていて、ここで命を落とすというふうでもなかったのだが、おそらくそのアサギマダラの羽だと思われる。しばらく2匹のアサギマダラの様子をうかがっているうちに、2匹が近くに寄ってフジバカマの蜜を吸う時が訪れた。写真はその際のものだ。なかなか同一フレームに入るほど接近してくれないのだが、この時はわたしの期待に応えてくれたのだ。まさかその際のアサギマダラが、我が家で最後を遂げるとは、その時は少しも思わなかったのだが…。

 ほぼ1ヶ月ほどの間、その優雅な舞を魅せてくれたアサギマダラも見納めであるが、みながみな渡っていけるわけではなく、身近で命を落とすものもいる。やはりマーキングするのも負担になるのではないか、そんなことを羽を拾い上げながら考えたしだい。

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アサギマダラ2016

2016-09-25 23:19:19 | 自然から学ぶ

 

 もう半月近く前から我が家に訪れていたというアザギマダラ、今年は例年とちょっと違う。ここ数年あまり耕作をしなかった畑に、今年はフジバカマを植えた。妻がアザギマダラを呼ぼうと、増やしていたフジバカマを、初めて意図的に畑に植えた。山際で、上に木が覆いかぶりそうなポジションが良いのか悪いのかは解らないが、いつもの場所で咲くフジバカマとは違って、丈の短いフジバカマが群生するように花を咲かせている今年だ。とはいっても数メートル四方といったところで面積的にはそれほど広くはない。周囲にもここ数年耕作していない田んぼがあるので、そこにも増やしたらどうかと、ときどき妻との間で話題にのぼる。

 そんな山際の畑に先日も記したように、曇天どころか小雨の日にも姿を現していたアサギマダラ。ようやく陽が顔を出した今日、少しカメラを構えてみた。最初は用心深くわたしが接近するとすぐに飛び立っていたアサギマダラも、しばらく仲を取り持とうとしていると、近寄っても飛び立たなくなった。とりわけ大きなアサギマダラ(ここ数年来では最大かも)は、慣れてくるとじっとフジバカマの蜜を吸い続ける。畑に群生させてしまったため、これまでのように丈の長いフジバカマにとまった蝶を下から見るというわけにはいかないが、いつも通りの光景が広がった。匂いの発散がこちらの方が強いのか、例年の株の方には目もくれないアサギマダラが多い。とりあえず今日は3個体があちらこちらに分散して舞っていた。場所を広げたため、1株に複数のアサギマダラが飛び交うという光景はあまり見られなかったが、フジバカマを増やせば個体数も多くなるということがよくわかった。

 どの個体にもマーキングされていなくて安堵する。今はアサギマダラ流行りで、マーキングする催しも多い。マーキングされても個体に影響はないとはいうものの、人の手にその都度触られていればまったく影響がないということはないだろう。妻はかつてマーキングされた個体もやってきたというが、わたしの記憶にはあまりない。我が家にやってくるアサギマダラは、マーキングされてないものがほとんどだ。

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ヤマアジサイか

2016-09-01 22:56:14 | 自然から学ぶ

 

 

 同じような花は、初夏以降山に入るたびに見てきた。しかし、とりわけ可憐さが印象深い花を昨日、阿南町の西條の山の中で見た。いわゆるヤマアジサイなのだろうが、そもそもヤマアジサイは独立した種として認められていないらしく、地域によっていろいろなヤマアジサイがあるようだ。とりわけ花の色が地域によって違うよう。とはいえ、今回のヤマアジサイらしき花、このあたりではほかに咲くヤマアジサイは、もう少し大きな花を咲かせる。だから同じヤマアジサイなのか、そう見たときに思った。同じ地域でも異なったヤマアジサイが混在している。

 写真のヤマアジサイには飾り花に3枚の弁しか見えていないが、同じ株に4枚の花弁もついていた。通常飾り花の弁は3から5と言われている。このあたりでは一般的に薄い水色の飾り花が見られるが、このヤマアジサイは飾り花は白かった。何より、アジサイといえば低木といわれるほどそこそこの木株を構成するのだが、このヤマアジサイはひと株ひと株が小さく、低木という印象ではない。まさに花である。ヤマアジサイは1.0メートルから1.5メートルほどと言われるが、この花は大きなものでも30センチほどと小さい。傾斜地の表土が薄い場所に咲いているがために大きくなれずに、こんな可憐な感じとなったのだろうか。そもそもヤマアジサイなのだろうか、そう悩ませた。花期としても遅い方だ。ヤマアジサイの特徴について、ウィキペディアには「花の色が多様性に富む。花序は直径7–18センチ、装飾花は直径1.7–3センチ。葉質は薄く光沢がなく、小さく(6.5–13センチ)、長楕円形・楕円形・円形など形はさまざまである。枝は細く、樹高1メートル程度である。」と記されている。

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ヤブガラシ

2016-08-18 23:14:13 | 自然から学ぶ

 沖縄県ではサトウキビがヤブガラシの発生で減収してしまうということで、県農林水産部がヤブガラシ類の防除マニュアルなるものを出している。藪を覆って枯らしてしまうほどの生育の旺盛さからその名がついたとも言われるヤブガラシ(実際のところ、アレチウリやクズほどの旺盛さはない)。別名をビンボウカズラ(貧乏葛)とも言うらしい。ウィキペディアには「その意味としては、庭の手入れどころではない貧乏な人の住処に生い茂る、あるいはこの植物に絡まれた家屋が貧相に見える、またはこの植物が茂ったことが原因で貧乏になってしまう、などの意味に解釈されている。」とある。ヤブガラシに「絡まれた家屋が貧相に見える」、ウィキペディアにあったこの解説でわたしも初めて知ったところだが、ヤブガラシが気になっていたのもそんな風に見えると自ら感じていたからかも。実は我が家の庭にはこのヤブガラシが生えている。駆除が困難な雑草で有名らしいが、それほど近在でよく見られるというものでもない。何に混ざってやってきたのか解らないが、ここに宅地を造成した当初にはなかったように思う。盛んに目立つようになったのは5年ほど前からだろうか。最初はヤブガラシだとは知らなかった。ふつうに草取りをして、取った草はほかの雑草と一緒に畑の一部に集めて枯らし、腐らせていた。ところがこのヤブガラシ、根っこを抜いたとしても、その根が容易には枯れないのだ。取った雑草を重ねたうえで腐らせるようにしておいても、その重なったところで根を伸ばし、結果的には雑草として処分した山の中で芽を出して、さらに地下の根を伸ばしていってしまう。ということで、草取りをしたために、逆にヤブガラシの生息域を増やしてしまったのだ。ヤブガラシは地下の根が長く、引っこ抜いても根が残ってしまうのが普通。したがって掘り起こして根をすっかり除去しなくてはならないのだが、完璧に除去するのは難しいのが現実。

 我が家ではこのヤブガラシが垣根につたって伸びるので、その長さは数メートルレベルに達する。これほど厄介なものは、放っておくとどんどん増えるのか、と思うのだが、その生体はよくわからない。常に除去するように注意していると、弱まる根もある。ようはどんどん増幅していくというわけでもないようだ。もちろん放っておくと増えるのに間違いはないが。何より当初引っこ抜いた根をほかの雑草とともに腐らせようと積んで処理していたのがいけなかった。今は引っこ抜いた根をからからに乾かして二度と芽が出てこないように枯らすようにしている。コンクリートとかアスファルトとか、そうした上に干すのが一番。

 さて、ネットに「ヤブガラシを駆除するには」というものがあった。そこに次のような記述が。

このヤブガラシを切らずに木から解くんです。
伸ばしてみると、2.5mほどありました。
普通は、このまま手で抜いてしまうと思います。
それをくるくると巻き、そっと地面に置くんです。
それはまさに頭に巻く王冠のように!
そして、心の中でつぶやくんです・・。
「もうお前の役目はここでは終わったよ・・・。もういいんだよ。」
これで、ヤブガラシはいなくなるんです。

と。ようは蔓を解いて王冠のようにくるくると巻いて地面に置けば良いというのだ。この通りにやってみたのだが、すでに1ヶ月近くになるが、まったく弱ったという雰囲気はない。1ヶ月くらいすると茎が黒々としてくるというが、その気配はなく、どうもこの方法は疑問だ。前述したように、地下に根が残っていても、根の中には弱ってくるものもある。この雑草の生体を研究している人はいるのだろうか。

 

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烏帽子岳

2016-06-30 23:14:55 | 自然から学ぶ

2016.6.30 PM7:31

 

 これまでにも「烏帽子岳」については何度となく触れてきた、と思ったものの検索してみるとわたしの印象ほどは記されていない。とりわけ「空の変化」では時間を経て変わりつつある山の姿を追った。夏の間の山々はさまざまな姿を見せる。これまでに記したものも、おおかた夏のもの。とりわけ夕焼けとなるが、その夕焼けの烏帽子岳を扱ったものがもっとあっても良いはずなのに、結果的に数えるほど。別の日記に記したものなのか…。

 夕焼けする山々の光景は、時を追って著しく変わっていく。「いいなー」と思った時にカメラを持っていないと、家に飛び込んで持ってくるのだが、いざ撮ろうとすると、もはや「遅し」ということはたびたびのことだ。以前にも記しているかもしれないが、中央アルプスの山々のどこでも同じように夕焼けするというものでもない。気流の関係があるのかどうかは解らないが、とりわけ雲が描く多様な様は、とりわけ我が家の背後にある烏帽子岳に顕著に現れる。この時間帯にカメラを構えるのは、やはり我が家からの場合が多い。

 ということで、まさに烏帽子岳の背後で輝く様は、久しぶりにカメラを構えさせた。もちろん数分後には色あせて闇に輝きは消えていったが…。

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