閉ざされた村で5人の女性を殺害…内臓をえぐり取った男の「本当の狙い」

2020年09月27日 03時55分00秒 | 事件・事故

9/26(土) 18:01配信

現代ビジネス

1968年に出版され、累計250万部以上を売り上げた『あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史』(著:山本茂実)という作品がある。同作は、明治から大正時代にかけて、岐阜県の若い女性たちが野麦峠を超えて長野県の製糸工場へ働きに出る模様を忠実に描いたノンフィクションで、1979年には大竹しのぶ主演で映画化、後にはドラマ化もされている。

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 さて書籍版『あゝ野麦峠』の中盤に「天竜川の哀歌」というサブタイトルで、ある連続殺人鬼の名前が出てくる。それが本稿で紹介する「肝取り勝太郎」である。『あゝ野麦峠』ではあくまでサブエピソードとして、4ページほどの分量で「肝取り勝太郎」の話を取り上げているのみだが、もう少し深く掘り下げてみたい。

秋祭りの最中に消えた16歳の少女

〔PHOTO〕iStock

 今から100年以上前の1905(明治38)年。本事件の舞台は長野県上伊那郡辰野町の集落である。現在では、東京駅から特急で3時間ほど、「ほたるの里」「日本のど真ん中」のキャッチコピーで観光地としても注目されている辰野町だが、この当時は鉄道も通っていない非常に長閑な場所であった。

 その年の9月1日、辰野(当時の名称では朝日村)の神社で盛大な秋祭りが行われた。当時の村祭りといえば、地元の人にとっては大いに羽目を外せる年に1回か2回の一大イベントである。

 そのお祭りの最中、村の酒屋で働いている16歳の女性が行方不明になってしまった。

 お祭りの最中に消えたという事もあり、周囲では「男と駆け落ちしたのでは?」と囁かれたが、待てど暮らせど帰ってこない。そして行方をくらませてから9日後の9月10日、女性は朝日村と隣村の間にある田んぼの中で死体となって発見された。

 死体は鋭利な刃物で下腹部を切られ、腹からは内臓がドロリと飛び出ており、見るも無残な状態であった。

 当時、辰野では翌年の11月に開業を目指す国鉄(現:JR)中央本線辰野駅の施工工事が行われており、宿場には鉄道工員をはじめ多くの人間が出入りしていた。警察は村の住民、鉄道工事に勤しむ工員を中心に女性殺しの犯人を探したが、何の手がかりも掴めないまま2か月が経過した。そして第二の事件は11月3日に発生した。

開通日に消えた女性
 1905(明治38)年11月3日、この日は天長節(明治天皇の誕生日)および施工中である辰野駅の開通日が重なった記念すべき日であり、辰野駅前は多くの老若男女問わず人が詰めかけ大きな祭りとなった。特に当時は日露戦争の勝利で日本国民全員の士気が高まっており、「こんなにめでたい日はない」と朝から真夜中まで飲めや歌えのドンチャン騒ぎとなった。

 この祭りの最中、今度は30歳になる女性が行方をくらました。この女性は製糸工場で働いていた女性で、色白で肉付きのいい「村きっての美人」としても有名であった。30歳女性の死体は数km離れた天竜川近くの細道に遺棄されており、2か月前の事件と同様、腹から内臓が飛び出た状態で発見された。

 村の住民はお祭り騒ぎから一転。「若い女性を狙った連続殺人事件」が発生していることに気が付き、村人たちは思わず顔を青くしたという。

「悪魔の所業」
 最初の殺人から1年近くが経過した。

 開通工事を終えた辰野駅は1906年(昭和39年)6月に無事に開業。工員として働いていた男たちは辰野から去り、村人の間でも女性を狙った連続事件があったことは徐々に記憶から薄れつつあった。だが殺人鬼という悪魔は、再び辰野の村を恐怖に陥れた。

 1906(明治39)年8月、天竜川のほとりにある小屋で惨殺体が発見された。

 殺されたのは、この小屋の主人の妻(27歳)と、生後間もない長男(0歳)、家事を手伝っていた女性(17歳)の3人で、27歳の妻と17歳の女性の腹はまたも切り開かれた状態であった。

 この現場は前2件の殺人よりも陰惨さを増しており、長男の首は刃物で切断された挙句、母親である27歳の女性の腹の中に押し込めてあったのだという。「これが本当に血の通った人間のすることなのか……」まさに想像を絶する猟奇的な現場であった。

 この一家惨殺事件は瞬く間に辰野中に広まりパニック状態になった。

 「神の祟りだ」「今度はうちの家内や娘が狙われる」と恐れおののく住民もいれば、男衆の間では「夜道に女の生首が浮びニヤリとほほ笑んでいるのを見た」なる怪談話が囁かれるなど、村人たちの精神状態は日に日に疲弊していった。

 だが、痛ましい犠牲のなか、一連の事件を調査していた刑事たちは2つの結論にたどり着いた。

 第1の結論は既に辰野駅の工事が完了したころから「外部ではなく村人の仕業である可能性が高い」そして、第2の結論は「殺された女性は全員、腹を切られ内臓が抜き取られている」という事実であった。

 しばらくして刑事たちは、「人間の肝(肝臓)」が肺炎や結核などの難病の特効薬、または漢方薬の材料として熊の胃やヤモリの黒焼きなどと同じように高値で売買されていることを知り、犯人は快楽目的の殺人ではなく内臓を売買するために殺害しているのではないか、とする仮説を打ち立てた。

 しかし、手口や動機がわかったところで犯人逮捕に至る手がかりは得られず、辰野の町のパニックは収まらなかった。そして、恐ろしい「肝取り」が再び辰野の住民に牙を剥いたのは、5か月後の1907(明治40)年の1月のことであった。

「肝取り勝太郎」

〔PHOTO〕iStock

 1907年(明治39年)1月下旬、48歳の中年女性が行方不明になったことがわかった。

 彼女は正月を使い実家へ帰ろうとしたところ消息を絶ち、以来1か月近く見つかっていないのだという。長野山間部である辰野の冬は厳しい。雪山での人探しは一歩間違えたら探すほうも遭難してしまう可能性が高い。

 結果、48歳の女性が発見されたのは行方不明から2か月近くが経過した2月下旬のことであった。彼女は町から数km離れた採石場でミイラ化しており、彼女もまた肝が奇麗に抜き取られてたのは言うまでもない。これで一連の肝取り事件の犠牲者は16歳~48歳の5人の女性と乳飲み子の1人を合わせた6人となった。

 地元の住民は警察の捜査の遅れを非難し、その結果、上伊那郡の警察署長が更迭される事態にも発展そた。ついには「年齢問わず夜間での女性の外出を禁止する」という布令も出されることになった。

 ところが、本事件はあっけない最後を迎えることになる。

 同年8月13日夜11時ごろ、村の32歳の女性が夜道で後ろからやってきた謎の男に手拭いで首を絞められた。「このままでは殺される」と身の危険を感じた女性は隙を見て力いっぱい相手の睾丸を握り絞めた。男は「ギャ!」とのけぞり手拭いを放した。女性は一瞬、月明かりに照らされた男の顔を見逃さなかった。

 「あっ!  お前は水車小屋の勝太郎!」

 名前を叫ばれると、男はその場から逃げ出すように立ち去った。

 翌日、連続肝取り事件の犯人として、水車小屋を営む馬場勝太郎が警察に逮捕された。

 「肝取り勝太郎」こと「馬場勝太郎」は、明治11(1887)年生まれの30歳。元々この土地の生まれではなく10年ほど前に辰野へやってきて酒屋に勤めた後、独立して水車小屋の管理人へ転身。正直で働き者、妻も子供もいるという誰もが認める好青年であったのだ。

 そのため、「勝太郎が肝取りの犯人だった」というニュースは勝太郎をよく知る人ほど信じられなかったようだ。

 勝太郎が「肝取り」という恐ろしい商売に手を染めた理由は、ずばり金目的であり、彼は「大阪の商人」を名乗る50歳位の男性から「病気を治すため女の生肝が欲しい。どんな高値で買うので調達して欲しい」と依頼されたためだという。

 先述の通り、一部地域では人間の生き肝は結核や肺の病気を治すための薬として信じられていた。勝太郎は水車小屋の管理をしつつ長野を中心に薬の材料として女性の生き肝を集め、商人たちへ高値で売りさばいていたようだ。

 だが、勝太郎の証言には一貫性がなく「自分が殺したのは最後の48歳女性のみだ」「失敗した32歳は暴行目的であって殺害しようとしたわけではない」と証言したかと思えば、今度は「残った肝は水車小屋で天日干しにしていたらカラスに食べられてしまった」という辻褄の合わないことを口走っていた。

 結果、勝太郎の言う「大阪商人」は実在したかどうか最後まで怪しく「例え他人に強要されたとしても決して許すことのできない残虐な所業」とし、逮捕から約2年後の1908(明治41)年6月に東京監獄にて勝太郎の死刑が執行されることになる。以来、辰野の地では世にも恐ろしい「肝取り」の事件は発生していない。

 事件から115年余り。罪のない女性5人と乳飲み子1人の計6人を殺し生き胆を奪った明治時代の殺人鬼「肝取り勝太郎」。日本における臓器ビジネスが過去の歴史となった今、本事件を知る者は地元民でも限られているようだ。

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【参考文献】
・『長野県警察史 : 犯罪編』 (長野県警察本部)
・『あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史』(朝日新聞社刊)
・『実録肝取り勝っつぁ』(鳥影社)
・『信濃毎日新聞』
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穂積 昭雪(ライター)

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