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岡林信康の現代における効用(いはを)

2004-09-19 08:23:00 | アート・文化

以前から書かうと思つてゐた岡林信康の現代における有効性について触れたい。まづ最初に彼を単なる左翼的プロテストフォークのシンガーとして捉へることの誤謬について説明することから始めたい。

岡林は滋賀県の近江八幡で牧師の息子として生まれたのだが、このことは誰でも思ふ通り彼が歌ひ手となるのに大きな影響を及ぼしてゐる。日本におけるキリスト教の受容といふ問題に真正面からぶつかつたことが彼の歌ふきつかけだといへる。それは彼の歌詞をみればよく分かる。初期のプロテスト的でコミカルなフォークソングである「クソ食らえ節」だとか「ガイコツの歌」等からしてアンチキリスト的なニュアンスを歌詞の中に折り込みながらも、しかし飽くまで彼は西洋的な「個人」といふものを理想として想定してゐる。勿論西洋的個人といふものはキリスト教的文化の生んだ最たる物であるから、岡林はここにおいてある意味では混乱してゐるといへるのだが、この混乱こそが日本の近代的な混乱であるといへる。例へば「クソ食らえ節」の中における天皇制(そもそもこの言葉は共産主義勢力であるソ連のコミンテルンが作り出した言葉で、日本の左翼はそれをそのままに使ひ出したことから広まつた言葉であるが)に対するある種批判的な態度は天皇を西洋的な神、つまり唯一絶対神として捉へるといふ誤解(たしかに近代における天皇はさういふものとして政治利用されてゐたから完全な誤解とはいへないのだが、日本の本来の文化の形は「八百万の神」といふ言葉に象徴される多神教的なものであるから、天皇は唯一絶対神とはなりえない)に基づいてゐる。左翼的なイデオロギーの人々は岡林のこの点を誤解した。誤解を誤解したのだ。このことが未だに引きずられ続けてゐる。だからこそ世間は岡林を過去のフォークシンガーとして忘却したのだ。

僕は彼の誤解がいけなかつたとは言つてゐない。彼は問題に体ごとぶつかつたからこそ誤解したのだ。それは彼の真面目で、純真な姿を端的に表してゐる。さういふ真直ぐな歌声が満ちてゐるのが「私を断罪せよ」である。このタイトルからもやはりキリスト教の影響、いや呪縛みたいなものがストレートに読み取れる。

「私を断罪せよ」における岡林の歌声は妙に透き通つてゐる。であるが故に物悲しい。暗いのではない、悲しいのだ。例へば「カム・トゥー・マイ・ベッド・サイド」。非常に優しさに溢れる曲なのだが、どうしても悲しく聞こえてしまふ。これは一体どうしたことか。そして、その物悲しさの極地に達したのが「手紙」である。この曲は被差別問題を扱つた歌で有名なのだが、歌詞は女性のただひたすらに切実なる手紙の文面である。岡林の歌声によつてさういふ切実さが肉感を持つてくるのである。切実に生きてゐる人間でないと作れも歌へもしない歌だと私は思ふ。

しかしながら、ボブ・ディランに日本語訳カバーの「戦争の親玉」はいただけない。この曲はどうにも切実には聞こえない。紋切り型のメッセージが露骨に歌はれてゐるからだらう。迷走してゐると思へてしまふ。それに比べて「それで自由になったのかい」は迷いがない。プロテストソングに類する曲といへばさうで、メッセージもストレートといへばストレートだが岡林の中で消化された、実質を伴つたメッセージであるので、突き抜けた印象がする。この曲がはっぴいえんどをバックに従へロック化していつた第二期岡林への布石に見える。

で、現代的効用といふ本題ははっぴいえんどを従へた第二期岡林によく当てはまる。この頃に彼は前に書いたキリスト教の日本での受容における誤解の問題を乗り越えたのではないかと思ふ。歌詞がより日本文化の本質に迫るやうになつてくるのだ。つまり日本における「個人」とはなにか、そして「個人」として生きるのは何故困難かといふことを前面に出すやうになる。

「家は出たけれど」においては日本的な世間、家の問題が、「だからここにきた」「自由への長い旅」は日本における「個人」とは、真に自由な生き方とは何かといふことが、「コペルニクス的転回のすすめ」ではより自由な物の見方についてが歌はれてゐる。そしてこれらの問題は現代において解消されたどころか、より混迷を極めるやうになつてゐる。

9・11のテロ、イラク戦争、北朝鮮の拉致問題・・・、新聞を賑す大きな事件が多い昨今、さういふ問題に対し如何にバランスを保つことができるか。紋切り型の意見ではなく、いかに自分で考へられるか。簡単なやうで非常に難しいことである。さういふ時にこそ岡林の姿が何らかのヒントになるのではないかと僕は思ふ。


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