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モロス・イントレピドゥス


一般向けの解説はナショナルジオグラフィック日本版にあり、さらに詳しく知りたい人は原著論文を読めばいいことである。論文には写真と復元骨格図があり、ナショジオの記事にはプロが描いた精密な生体復元画がある。復元画はなんとなくラプトレックス風であるが、足の細長さは表現されている。世間一般的にはこれで完結しているのであり、基本的にアマチュアが出る幕はない。しかしナショジオよりはもう少し深く知りたいが、原著論文を読むのはハードルが高い、という層の恐竜ファンも確かに存在する。ここでは、ノート代わりに簡単に記録することにする。
 断片的な化石でもティラノサウルス類であれば大々的に取り上げる、というメディアの風潮にはすでに飽きている。「ティラノサウルスの祖先」「大型化の謎を解くカギ」といったフレーズは何回目だろうか。

モロス・イントレピドゥスは、白亜紀後期セノマニアン(上部シダーマウンテン層)に米国ユタ州に生息した小型のティラノサウロイドで、北アメリカの白亜紀最古のティラノサウロイドとして2019年に記載された。
 アジアでは白亜紀前期のティラノサウロイドが相次いで発見されているが、北アメリカではジュラ紀後期のストケソサウルスなどの後、白亜紀後期カンパニアンになって多数の大型ティラノサウルス類が出現するまでの間、つまり白亜紀前期から“中期”ごろまでの化石記録がごっそり抜けていた。モロスの発見によって、この7000万年のギャップが1500万年ほど縮まったことになる。

モロスのホロタイプ標本は部分的な右後肢のみで、大腿骨、脛骨、第IV中足骨、断片的な第II中足骨、2個の第IV趾の趾骨からなる。近くの地層(それぞれ別の採集地)から発見された参照標本として、2個の分離した前上顎骨歯があるが、これらは今のところTyrannosauroidea indet.とされている。

2個の前上顎骨歯は、高さが6 mmと11.34 mmで、他のティラノサウルス類と同様に断面がD字形である。前縁または後縁から見ると、稜縁がS字状にカーブしており、また中国のシオングァンロンと同様に鋸歯がない。鋸歯については成長段階で変わるとも議論されているが、タルボサウルスでは2歳の幼体でも鋸歯があることから、系統分類上も有用な情報ともいわれている。

他のティラノサウルス類と区別されるモロスの特徴は、大腿骨の小転子の遠位端から始まる半月形の結節、第III中足骨と関節するための第IV中足骨の内側の関節面がS字状、など大腿骨や中足骨の細かい形質からなっている。(第IV中足骨の内側の関節面がS字状とは、関節面自体が平面ではなく背側で凸型に、腹側で凹型になっていることをさす。)

モロスは非常に細長いアルクトメタターサルな足をもち、その形態とプロポーションはアレクトロサウルスと最もよく似ている。第IV中足骨の長さと横幅の比率は1:21で、ティラノサウルス科の1:10–16とオルニトミムス科の1:22–32の中間である。第IV中足骨の近位側2/3はまっすぐで、その断面がD字形で鋭い後内側縁と後外側縁をもち、長さと幅の比が1.4などの特徴は、ティラノサウルス科の第IV中足骨と一致する。
 また骨軸の圧縮の程度(背腹と横幅の比)は、強く圧縮されたオルニトミムス科の1:1.7–2.4ではなく、ティラノサウルス科の範囲1:1–1.9に収まっている。遠位では骨軸が側方に広がっている点、遠位端の関節顆が後方に曲がっている点もティラノサウルス科と似ている。

モロスは、ティラノサウロイドとしては非常に細長い後肢をもっていた。大腿骨と脛骨の比率は、北米のオルニトミムス類、アレクトロサウルス、大型ティラノサウルス類の幼体と最も似ている。足の細長さはさらに著しく、ティラノサウルス類の幼体の範囲から外れて、むしろオルニトミムス類に近い。(この細長さをみると復元画はもう少し細めでもよいような気もする。)
 またモロスはアルクトメタターサルな中足骨をもつ最古のティラノサウロイドであり、ティラノサウルス類におけるアルクトメタターサルの起源がセノマニアン以前であることを示している。

著者らはいくつかの方法で系統解析を行っているが、ティラノサウロイドに注目した2つのデータセットを用いた結果、モロスは中間的なティラノサウロイドであり、シオングァンロン、ティムルレンギア、イレン・ダバスの標本(アレクトロサウルスと未記載の標本)のような白亜紀“中期”のアジアの種類や、白亜紀後期アパラチアの遺残的な種類(アパラチオサウルス、ドリプトサウルス)と近縁となった。Carr et al. (2017) のデータセットを用いた場合は、モロスは白亜紀“中期”のアジアの種類すべてとポリトミーをなした。
結局、モロスは、将来ララミディアとアパラチアの両方に分布する、北アメリカのティラノサウルス類の系統の共通祖先に近い重要な種と考えられた。

成長段階や成長速度を研究するために、著者らは大腿骨と脛骨の中央部分の研磨組織切片を作製した。そのうち大腿骨の組織は保存が良かったので観察に用いられた。骨組織は平行繊維骨が優占していることから、遅いまたは中程度の成長率が示唆された。一方、速い成長率をもつ大型ティラノサウルス類では、繊維層板骨が多い。また、成長線の年輪の間隔が次第に小さくなっていることなどから、成長は停止しつつあったと考えられた。
 結局モロスのホロタイプ標本は、成体に近い亜成体で、遅いまたは中程度の成長率を示し、死亡時に6~7歳と考えられた。このような成長パターンは、より原始的なティラノサウロイドであるグァンロンとよく似ている。グァンロンは7歳で成熟に達し、モロスと同じくらいのサイズである。それに対して、ゴルゴサウルスなどカンパニアン以後の大型ティラノサウルス類は、同じ年齢ですでに3倍の体重をもち、指数関数的な成長段階にさしかかっている。これらのデータからは、ティラノサウロイドの進化史の大部分を通じて、成長率はあまり変化しなかった可能性が考えられる。成長率の劇的な上昇は、白亜紀後期の大型ティラノサウルス類が最後に獲得した形質かもしれない。ただし白亜紀前期に独立して大型化したユーティラヌスなどが高い成長率をもっていたかどうかは興味深いといっている。

モロスの標本から計算すると、大腿骨長が355 mm、脛骨長が440 mm、頭骨が 300-400 mm、体重は78 kg、後肢の長さは1.2 mと推定され、白亜紀のティラノサウロイドでは最も小型の種類の一つとなった。
 ワイオミング州の白亜紀前期アルビアンCloverly Formationから小型のティラノサウロイドの前上顎骨歯が見つかっていることを考え合わせると、北アメリカのティラノサウロイドは、白亜紀“中期”の1500万年の間は小型にとどまっていて、チューロニアン以後のある時点で急速な大型化を開始し、チューロニアンとカンパニアンの間の1600万年で大型化を達成したことになるという。

ジュラ紀後期の北米で複数のティラノサウロイドとは何かと思ったら、ストケソサウルス以外にタニコラグレウスとコエルルスを含めてのことであった。
平行繊維骨と繊維層板骨については「マシアカサウルスの成長速度」参照。

参考文献
Zanno, L. E., Tucker, R. T., Canoville, A., Avrahami, H. M., Gates, T. A. & Makovicky, P. J. (2019) Diminutive fleet-footed tyrannosauroid narrows the 70-million-year gap in the North American fossil record. Communications Biology (2019) 2:64 https://doi.org/10.1038/s42003-019-0308-7
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