〔清冽な水の流れに心も洗われる〕
不意に訪れる平日の休暇。不規則な仕事をしていると、こういう予定外のスケジュールの変動に弱らされる。けれども、空き時間を無為に過ごすことと、積極的に使うこととでは、長い一生のあいだに途方もない落差ができてしまうのではないかと思うので、体の許すかぎり見聞を広めていきたい。
ある週の火曜日も、そんな一日だった。ぼくは迷わず、最近足が遠のいている滋賀県立近代美術館に行くことを選んだ。京都に住んでいたころはしばしば来たことがあったのだが、大阪に住むようになってからはあまりに遠く、ついご無沙汰をしていたのだ。京阪からJRに乗り換え、瀬田という駅でさらにバスに乗り継がないと、そこには着くことができない。
美術館のある一帯は文化ゾーンと呼ばれて、ほかにも図書館、埋蔵文化財センター、庭園などがある。そして、全体は緑に覆われている。すぐ近くを名神高速が走っているのだが、騒音は届いてこない。豊かな木々は天然のバリアの役割を果たしてくれるということが、ここにいるとよくわかる。
巨大な野外彫刻も置かれており、都会の生活から抜け出して心のリフレッシュをしたいときにはうってつけの場所であろう。京都は文化意識が高いとはいっても、ここまで文化と緑地がひとつに溶け合ったところはないし、大阪については今さら何もいうことはない。
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〔山口牧生『夏至の日のランドマーク』(1986年)。傾いた石柱の先端が、夏至になると太陽を指すように設計されている〕
こういっては何だが、この美術館のあるエリアはいつも閑散としている。少し前には近くに大きな複合商業施設ができて、このあたりもずいぶん開けてきてしまったものだと思ったが、そこの客がこちらまで流れてくることはないようだ。その日は平日だったので、なおのこと、人が少ない。庭師らしい人が何人か、きたるべき秋のシーズンに向けて庭園を整備している。
庭園内にはさまざまな樹木が生い茂り、せせらぎが音を立てて流れ、広大な池が満々と水をたたえて静まっている。ときおり、ポチャリという水音が静寂を乱す。水のなかを覗き込んでみると、大きな鯉が何匹も、ゆったりと泳いでいた。箱のような賃貸住宅に住んでいる身にとっては、羨ましいかぎりだ。
最近は、正しい表現かどうかはわからないが、「オフの日」といういいかたをよく耳にする。要するに、仕事がない日、ということだ。けれども、人間は電気のスイッチのように、オンとオフが切り替わるだけの単純な生き物ではないのではないか。
「オフの日」にこそ、普段は眠っている感受性を「オン」にして、失われかけた生きる意欲をかき立てたい。さあ、今日は時間の許すかぎり、この美術館にいよう。そう心に決めて、森の狭間に沈潜しているかのような建物に向けて歩いていった。
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