てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

京を歩けば(14)

2009年03月07日 | 写真記


 二条城を一周し終わって門を出たが、まだ何か物足りなかった。もう少し梅の花を見てみたい。そこで堀川通から烏丸通までてくてく歩いて、京都御所を目指すことにした。

 御所を取り巻く京都御苑は市民の憩いの場だといわれるが、戸籍上が京都というだけで毎日が大阪との往復で明け暮れているぼくには、正直にいってあまり馴染みがないところだ。御所の一般公開には2度ほど訪れたことがあるし、葵祭を見学しようと思ってやって来たこともあるが、このあたりはやはり特別な威厳のあるところで、日常的に出入りするような場所ではないという気おくれが拭えずにいるのである。鴨川の河川敷のように、決して広くはないところに人々が適度な距離を保って自分の場所を確保し、密かに睦みあっている光景のほうが、ぼくには何となく親しみ深く感じられる。それはぼく自身の交友関係が、御苑の広大な敷地を背景に展開させるにはあまりにもちっぽけで貧弱だからであろう。





 こちらの梅林には、二条城よりたくさんの人が集まっていた。先ほどはまったく見かけなかった子供連れも多い。やはり無料で立ち入ることができるからにちがいない。塀一枚隔てたところには、明治のはじめまで代々の天皇が住まっていた宮殿があることを考えると、市民生活とのあまりの近さにちょっと驚かされる。もちろん警備は万全におこなわれているのだろうが、目立つところに警官が立っているようなこともなく、ものものしさは全然感じられない。子供たちは元気に飛び回っているし、老夫婦は杖を突きながらのんびり散策している。京都にも流行のファッションに身を包んだ今風の若者たちがわんさといるのは当然だが、そういった人種はまるで天然の篩にかけられたようにして、ここには近寄ってこない。不思議な空間である。

 春と秋の一般公開の時季には、ごく簡単な手荷物検査を受けるだけで、お金も払わずに御所の内部を見学させてくれる。この機会を狙って、全国から観光バスを連ねて大勢の観光客が押し寄せることは、以前にも書いたとおりである。桂離宮や修学院離宮は、申し込みの手つづきがやや煩雑だが、それでも無料で見学させてくれる(ぼくはまだしたことはないが)。一種の機密性というか、閉鎖性をわずらわしがらずに乗り越えることさえできれば、その門戸は誰にでも開かれているわけである。お金という代償では得られないものが、そこには大事に保存されているはずだ。ぼくも面倒がらずに、桂離宮ぐらいにはいつか行ってみなければならないだろう(実は徒歩で行けるほど近くに住んでいるのであるから)。





 それにしても、京都御苑の梅には巨木が多い。二条城とは品種がちがうからかもしれないが、見上げると首が痛くなるような高さに花が咲き誇っている。花見客をすっぽり包み込んでしまうような桜とはちがって、人間には媚びることなく縦横に枝を張りめぐらせている梅の木を見ていると、俗気を近づけない品位のようなものが感じられる。花は、何も人に見られるために咲いているわけではないのである。

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 ようやく梅を堪能できたので、柳馬場通(やなぎのばんばどおり)を南下して帰途につく(といっても通りの名前を知っていたわけではなく、あとから調べたのである。ぼくは京都の通りがすぐにわかるほどには精通していない)。歩いていると、思いがけず瀟洒な木造の教会があらわれた。京都ハリストス正教会である。といっても近寄りがたい荘重な雰囲気はなく、神戸の異人館を連想させるようなすがすがしさがある。先ほどの梅の木と比べたくなるぐらいに、十字架をいただいた塔が潔く天に向かって聳えていた。



 京都御所の周りには教会がたくさんあって、同志社や平安女学院のようなミッション系の学校も集まっている。このへんが京都という街の奥深いところであろう。ハリストス正教会のすぐ近く、御幸町通(ごこまちどおり)にはヴォーリズの設計した教会がある。こちらは煉瓦造りの平屋建てで、地に伏するような重厚なおもむきがあって、まことに対照的なたたずまいだ。その名も御幸町教会というが、御幸というのは明らかに御所もしくは天皇に関連した地名である。時代と国と宗教とが、まさに碁盤の目のように直角に交わったところに、京都の異文化は深く根をおろしている。

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 さらに南下すると、こちらは最近できた御池中学校の角に、季節を問わず花開くという「御池桜」がこの日も健気に咲いていた。本当の春の訪れも、もうすぐである。



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