てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

画家として死ぬということ(1)

2007年07月30日 | 美術随想
 祇園祭もほとんど終わり、やがて8月である。京都はまさに、酷暑というべき季節を迎えようとしている。

 この時季になると、人の死ということについて考える機会が何となく多くなるのは、ぼくだけではないだろう。2度にわたる原爆と、戦争の終結を記念する日 ― というより、永久に語り継ぐために改めて思い起こす日 ― が8月に集中しているというのも、その理由のひとつにちがいない。また、日本の大部分ではお盆は8月であるし、京都では「五山の送り火」という行事がおこなわれる(地元の人は誰も「大文字焼き」とは呼ばない)。

 ぼくは子供のころ、お盆と終戦の日とが同じ日であることから、お盆という風習は戦後にできたものだと思っていた。つまり、戦争で失われた厖大な命 ― 今は“英霊”などというまい ― を慰めるために作られた日だと、ずっと思い込んでいたのである。

 のちにこれは勘違いだということがわかったが、やはり不思議な一致というべきで、お盆の休暇を利用して戦死した先祖の墓に詣でる人は少なくないだろう。頭の中で、お盆と終戦とが別々のものではなく、ひとつながりのものとして認識されている人は、実はかなり多いのではないかとぼくは思う。

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 よく知られているとおり、京都では大規模な空襲はおこなわれなかった(原爆投下の候補地ではあったそうだが)。ただ、他の地域と同じように男子は召集され、灯火管制も厳しく、人々の生活は不自由を強いられていたにちがいない。あの長い歴史をもつ祇園祭でさえも、戦時中は中止を余儀なくされたというが、では「五山の送り火」はどうだったのだろう。

 最近知ったことだが、大戦末期には送り火を焚くかわりに、白いシャツを身につけた子供や市民たちが早朝の如意ヶ岳(いわゆる大文字山)に登り、人文字で「大」の字を描いたのだという。さらにそのあと、ラジオ体操を奉納したとも・・・。

 戦時中のお盆というのは、やはり今とはちがって霊を弔うだけではなく、戦意の高揚と一緒くたにされていたようである。それにしても体操用の白いシャツを着用に及び、マスゲームよろしく人文字で大文字をつくるとは、かなり短絡的な、乱暴な結び合わせ方ではあるけれど・・・。伝統行事と戦争とが円満に共存するということは、やはり困難きわまりないことなのだ。

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 終戦から60年あまりが過ぎた現在では、送り火も ― もちろんシャツではなく炎によるものだが ― ラジオ体操も、ごく普通におこなわれている(ただ、戦時中のラジオ体操は現在のものとはちがうらしい)。先日、夜勤の帰りに家の近所を歩いていたら、ある寺院の近くの砂利を敷き詰めた広場で、テープレコーダーをかけてラジオ体操をやっている親子のグループを見かけた。

 ぼくも子供のころは毎朝やっていたが、大人になってからは ― 始業前に強制的に体操をさせる一部の会社を除いて ― ついぞやったことはない。ぼくはふとなつかしくなって、号令に合わせて体を動かしている彼らを見た。子供たちは早くも日焼けした顔を仰向けたりしながら、おとなしく体操をしている様子であった。

 ぼくは彼らの横を通りすぎながら、ふたたび戦争のために体操をするような時代がこなければいいが、と考えた。ただでさえ、号令に合わせていっせいに体を動かすということが、兵隊を連想させるものをもっているというのに・・・。最近では米軍の基礎訓練に基づくというエクササイズが大流行していて、テレビなどで「私も入隊した」などといっている人がたくさんいるが、この“入隊”という言葉に何の抵抗もないのだろうかと、ぼくなどは不思議に思う。

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 話が思わぬ方向に脱線してしまったが、ぼくが急に「人の死」などということを書きはじめたのは、先日神戸の美術館で、画家たちの“絶筆”ばかりを集めた展覧会を観たからだ。それは ― あの「無言館」のように ― 戦死した画家の絵を集めたというわけではなかったが、さまざまな時代にさまざまなかたちで生涯を終えた日本の近代画家たちの、その最後の輝きをまとめて観る機会を得たという点で、まことに意義深い経験だった。

 出品されていた画家の中には、広く名の知られた人もおり、まったく聞いたことのない人もあったが、有名か無名かということはこの際あまり関係がない。ぼくが深く考えさせられたのは、まさに「画家として死ぬとはどういうことか」という、その一点についてだったのである。

 次回からそのうちの何枚かを取り上げて、彼らが“絶筆”に託した思いに耳を傾けてみたいと思う。ひょっとしたら、それは“遺言”を聞き届けることと似ているかもしれない。

(今回の記事については、京都新聞のウェブサイトを適宜参照させていただいた)

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