〔京都国立近代美術館の前では巨大な扉(?)が待ち受ける〕
この秋、平安神宮の大鳥居を挟んだ京都のふたつの美術館で、ジャポニスムに関連する企画展が同時に開かれていた。ちょうど狙いすましたかのようだが、偶然だろう。何か所かを巡回する展覧会が、たまたまこの地で出会っただけのようである。
しかし、ジャポニスムなる用語が日本の美術シーンにおいて頻々と用いられていることも事実だ。このことはもちろん、日本人たる者にとっては誇らしい話にちがいない。けれども度が過ぎると、まるで日本が西欧の美術を牽引したように聞こえてくるのが気にかかる。
ゴッホとかモネとか、名立たる画家たちが日本の影響を受けていたということになると、近代美術の華やかな舞台が展開されたのは日本のおかげだ、と胸を張りたくもなるが、そんな単純なものではないはずなのだ。それに加えて、日本美術が西洋と根本的に異なる点も、どうしても眼につくようになってくる。
あるものが ― 特に芸術作品が ― 生み出されるとき、それがどこから影響を受けたかということばかりに気を取られると、その本質を見失うことにもなりかねないのではないか。そんな危惧を抱きつつも、まずはホイッスラーの展覧会へと足を運んだのだった。
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〔「ホイッスラー展」のチケット〕
ところでホイッスラーというと、あまり楽しくない思い出がある。もうずいぶん前のことになるが、テレビで人気を博していたMr.ビーンが映画のスクリーンに登場するというので ― ぼくは特にMr.ビーンのファンというわけではなかったが ― 当時付き合っていた女性と一緒に映画館に赴いたことがあった。
だが、そこでビーンがやらかす大騒動というのが、想像するだに寒気がするようなものだったのだ。オルセー美術館に所蔵され、ホイッスラーの代表作と目される通称『母の肖像』目がけてビーンが壮大なくしゃみをしてしまい、その顔の部分を修正しようと試みるもだんだん悪化して取り返しのつかぬことになる、というのが事件の発端だったように記憶する。
それはもちろんコメディーであり、実際にあり得る話ではない。ただ、展覧会の壁に掛けられている絵のなかにはガラスの嵌まっていないものもあり、万一それを損傷してしまう可能性がゼロはいえないのもたしかだ。どこにおいても美術館で使用する筆記用具は鉛筆に限るという旨が明記されているのは、インクが飛んだりして作品を汚さないためだし、手に持っていたチラシのようなもので絵を指そうとすると監視員が飛んでくるのも同じ理由による。
たとえフィクションとはいえ、世界的名画がいとも簡単に姿を変えてしまう可能性を秘めてもいることに気づかされて、ぼくは愕然としたのだった。その映画が終わるまで、笑い声を一度も発することができなかったことを今でも思い出す。その映画は、美術ファンにとっては“見てはいけないものを見せる”悪夢にほかならなかったのである。
さて、話が本筋とは全然関係のないところに脱線してしまった。正直にいうと、ぼくはホイッスラーというアメリカ生まれの人物のことを、それほど詳しく知らなかったのだ。チラシには「ジャポニスムの巨匠」と謳われているが、それだけではあるまい。日本との関連がどうこうというより、未知の画家との出会いに胸をわくわくさせながら、京都国立近代美術館の長い階段をのぼっていった。
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