てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

莫山先生、梅田に来たる

2008年04月15日 | 美術随想

榊莫山『寒山拾得』

 榊莫山というと、もうずいぶん前に流れていた焼酎のCMで「これしかないわ!」などと“バクザン発言”していたのが印象に残っている。発言よりも髪の毛のほうがよっぽど爆発してるじゃないか、と茶々も入れたくなったものだが、よく考えると莫山の作品をじかに拝見したことはほとんどないのだった。昨年の秋、瀬戸内寂聴の展覧会があったときにほんの少し観た程度だ。本人は今でも生まれ故郷の伊賀上野に住んでいるそうで、中央から隔絶された仙人みたいな生活を送っておられるのではないか、などと想像するばかりである。

 大阪梅田の百貨店で榊莫山の展覧会があることを知り、入場無料ということもあって軽い気持ちで出かけることにした。会場はどうやら新しいイベントスペースのようで行き方がわからず、エスカレーターで7階に着いてみると何やらの物産展で恐ろしいほどの混雑である。おまけにぼくは最近、不覚なことに眼鏡を壊してしまい、急場しのぎに一代前の眼鏡をかけていたので焦点が合わず、どこへ行ったらたどり着けるのかさっぱりわからない。

 意味もなく人込みに揉みしだかれ、コック姿のおじさんに「へいらっしゃい」などと声をかけられながらうろうろさまよった挙げ句、ようやく細長い通路を見つけることができた。やれやれ、美術展と物産展を同じ階でやるのはよしてほしいものだと心でつぶやきながら(余談だが京都の高島屋でも似たような事態になっているのだ)会場へ近づいていってみると、そこでもまた何人かの人が列を作っているではないか。

 何ごとかと思って眼を凝らしてみると、こればかりは近眼でも見誤りようのないことだが、莫山先生ご本人がサイン会をされている真っ最中だった。さすがにじろじろ見るのは気が引けるのでほんのちょっと眼をかすめただけだが、例の鳥の綿毛のような髪の毛に和服姿の先生が、図録をかかえて並んだお客たちを前に健筆を振るっていたのである。伊賀上野に隠棲していたはずの莫山先生がいきなり眼の前にあらわれたので、ぼくはすっかりたまげてしまった。

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 だが、今日はサインをもらいに来たわけではないので、何よりもまず作品を観なければならない。入口には東寺や法隆寺、東大寺などから大きな花が届けられていて驚かされる。略歴が書いてあったので読んでみると、榊莫山は伊賀に戻る前には大阪に長いこと住んでいたらしい。この百貨店でもずいぶん前から定期的に個展を開いているそうで、この日まで莫山作品を観る機会がなかったのはひとえにぼくの怠慢だったといわざるを得ない。

 その作品は、自由闊達のひとことであった。やはり仙人の筆跡だという感じがする。片岡鶴太郎とよく似ている気もするが、鶴太郎は作品への打ち込み方が半端ではない。莫山が中途半端だというわけではないが、そこにはさわやかな風が吹き抜ける余地がじゅうぶんに残されている。

 莫山はもう82歳を迎えるということだが、写真で見てもわかるとおり、少年のような無邪気な表情の持ち主だ。絵を観ているわれわれの顔も、気がつくと彼と同じようなはにかんだ笑顔になっている。そんな絵なのである。

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 でも、気になることがひとつある。今度の展覧会は即売を兼ねたものだったが、絵の下に書かれている値段を見るとべらぼうに高い。もちろんこれほど有名な作家の作品ともなると当然なのかもしれないが、丸いかたちをちょっと描いただけで7ケタの値がついているのを見ると恐れ入る。せっかくの笑顔がたちまち引きつりはじめるような気もするのである。

 だがもっと気になることは、そんなに高価な作品の半数以上に売約済の札が貼られていたことだった。やはり、あるところにはあるものだ。タダだから、などとよからぬ魂胆で出かけてきたぼくは、まさにギャフンといわされてしまった。もちろん有名な画家の絵が高価なのはじゅうぶん承知しているが、普段は価格を念頭において鑑賞することはまったくないのである。

 それにしても、田園地方の陽光を浴び、やさしい風に吹かれながら描いたようなのびやかな書画の数々が、大金と引き換えに都会住まいのインテリたちの手もとへ引き取られていくのかと思うと、ちょっと複雑な気持ちがする。もしぼくにそんなカネがあったら、絵を買うよりも自分が上野に住もうと思うかもしれない。

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 やや急ぎがちに展覧会を観て会場を出ると、まだそこでサインをしているとばかり思っていた莫山先生は、もういなかった。テーブルの上には、サイン会が11時と13時からはじまることを告げる看板。思わず時計を見ると、今は11時17分だった。

 たった20分足らずの短いサイン会を終えて、莫山先生はどこかに忽然と消えてしまったのだ。やっぱりあの人は仙人にちがいない、とぼくは考えた。

(了)


DATA:
 「墨と65年 第二十一回 榊莫山展」
 2008年4月9日~4月15日
 阪急百貨店梅田店7階 イベントホール『ミューズ』

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