一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『杉原千畝 スギハラチウネ』 ……諜報外交官としての杉原千畝を描いた佳作……

2015年12月08日 | 映画





杉原千畝といえば、


第二次世界大戦下、
日本政府に背き、
命のヴィザを発行し続け、
6000人のぼるユダヤ難民を救った男。


という聖人君子的なイメージが強い。
本作のパンフレットにも、

あなたは知っていますか?
激動の第二次世界大戦下。
外交官として赴任していたリトアニアで、
ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ難民に、
日本通過ヴィザを発給し、
6000人もの命を救った一人の日本人がいたことを――
その男の名は、杉原千畝。

戦後70年の時を経て、
“真実の物語” が感動超大作としてスクリーンに甦る!


と謳ってあった。
キャッチコピー通りの映画なのか……
本当に“真実の物語”であるのか……
期待半分、不安半分で、映画館に足を運んだのだった。

1934年、満洲。
満洲国外交部で働く杉原千畝(唐沢寿明)は、
白系ロシア人のイリーナ(アグニェシュカ・グロホフスカ)らの協力を得ながら、


堪能なロシア語と、独自の諜報網を駆使して、
ソ連から北満鉄道の経営権を買い取るための情報を集めていた。
翌年(1935年)、
千畝の収集した情報のおかげで北満鉄道譲渡交渉は、
当初のソ連の要求額6億2千5百万円から、
1億4千万円まで引き下げさせることに成功する。


だが、
情報収集のための協力要請をしていた関東軍将校・南川欽吾(塚本高史)の裏切りにより、
ともに諜報活動を行っていた仲間たちを失い、
千畝は失意のうちに日本へ帰国する。


満洲から帰国後、
外務省で働いていた千畝は、
友人・菊池静雄(板尾創路)の妹であった幸子(小雪)と出会い、結婚。


念願の在モスクワ日本大使館への赴任をまぢかに控えていた。
ところが、
ソ連は千畝に【ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)】を発動。
北満鉄道譲渡交渉の際、
千畝のインテリジェンス・オフィサーとしての能力の高さを知ったソ連が警戒し、
千畝の入国を拒否したのだった。

1939年、リトアニア・カウナス。


外務省は、
混迷を極めるヨーロッパ情勢を知る上で最適の地、リトアニアに領事館を開設し、
その責任者となることを千畝に命じた。
そこで千畝は新たな相棒ペシュ(ボリス・シッツ)と一大諜報網を構築し、
ヨーロッパ情勢を分析して日本に発信し続けていた。


やがてドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発すると、
ナチスに迫害され国を追われた多くのユダヤ難民が、
カウナスの日本領事館へヴィザを求めてやって来た。
必死に助けを乞う難民たちの数は日に日に増していく。


日本政府からの了承が取れないまま、
千畝は自らの危険を顧みず、
独断で難民たちに日本通過ヴィザを発給することを決断する……



映画の前半は、
かなりの時間を割いて満洲国外交部時代の杉原千畝を描いている。
インテリジェンス・オフィサー(諜報外交官)としての千畝は、
とても優秀だが、非情な一面も見せ、とても人間くさい。
ソ連の機密情報を収集するため千畝に協力するイリーナは、
千畝に密かな思いを寄せている風で、
ふたりの関係は、ちょっとロマンチック。
情報収集のための協力要請をしていた関東軍将校・南川欽吾(塚本高史)の裏切りにより、
ともに諜報活動を行っていた仲間たちを失い、
失意のうちに日本へ帰国することになるのだが、
大筋では真実であるのかもしれないが、
このイリーナや南川欽吾などにまつわる挿話には、
ややフィクションを感じてしまった。
“真実の物語”と謳っているが、
かなりの部分で創作があるのではないか……
そう思って、
映画鑑賞後に、原作本ともいえる、
白石仁章『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』(新潮文庫)を読んでみた。


読んで判ったのは、
やはりイリーナや南川欽吾の名は原作本にはなく、
架空の人物ではないかということ。
杉原千畝関連の本をすべて読んでいるわけではないので、
断言はできないが、
映画の方は、かなり創作の部分があるように感じた。
唐沢寿明もインタビューで「エンターテインメント」という言葉を使っていたが、
このフィクションの部分を指して言っていたのかなと思った。

白石仁章『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』(新潮文庫)を読んで、
意外に思ったことがいくつかあった。

ひとつ目は、
杉原千畝が、友人・菊池静雄の妹であった幸子と結婚したとき、
千畝はバツイチであったということ。
満洲赴任時代の1924年(大正13年)に、
白系ロシア人のクラウディア・セミョーノヴナ・アポロノワと結婚していたが、
1935年(昭和10年)に離婚しているのだ。
映画のイリーナは、この前妻・クラウディアをイメージして創作されたのかもしれない。
千畝とイリーナの別れのシーンは、
映画『カサブランカ』を彷彿させるロマンチックさで、
「いかにも」感が否めなかったからだ。
ちなみに、クラウディアの姉の名がイリーナだそうだ。

意外に思ったふたつ目は、
杉原千畝は、バルトの小国リトアニアの領事代理でありながら、
欧州全域に独自のインテリジェンス・ネットワークを築き上げ、
亡命ポーランド政権のユダヤ人の情報将校から、
第一級の機密情報を入手していたのだが、
ユダヤ難民を救った「命のヴィザ」は、
その見返りでもあったということ。
千畝には、ヒューマニストとしての顔もあるが、
それだけの人物ではなかったということだ。

意外に思った三つ目は、
一般的な杉原千畝の評価は、
「ナチスの手から6000人のユダヤ人を救った外交官」
というものだが、
実は、この「ナチスの手から救った」とするのは「歴史の後知恵」で、
本当は、「スターリン率いるソ連の脅威から守った」というのが真実らしい。

その他にも、
これまでの杉原千畝のイメージを覆すようなことが、
『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』には多く書かれていて、
とても驚いた。
それらは、映画の方にも活かされてはいるが、
やはり「上澄みをすくった」感が否めないのは、
従来の、一般日本人が喜ぶような「杉原千畝のイメージ」に沿って、
映画が制作されているからだろうと思われる。

本作『杉原千畝 スギハラチウネ』は、
杉原千畝を唐沢寿明が、
千畝の妻・幸子を小雪が演じていて、
演技そのものも悪くないのだが、
美男・美女が演じたことにより、
一層エンターテインメント感が強まっているような気がした。


本作の監督は、
唐沢寿明も出演していた『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男』(2011年)で、
助監督をしていたチェリン・グラック。
父が米人、母が日系米人。
英語、日本語、仏語が堪能な監督で、
外国語のセリフが多いこの映画では、適任の監督であったかもしれない。


主なロケ先はポーランドで、
ここでは『シンドラーのリスト』(1994)などのハリウッド映画が撮影されており、
経験豊富な映画スタッフが揃っていて、
その優秀なスタッフが本作にも数多く参加している。
だからか、
日本映画とは思えないような感じの作品に仕上がっていて、
映像も美しかった。


“真実の物語”と謳ってはいるが、
そうでもない部分も散見されるし、
ややエンターテインメント感が強すぎる作品であるが、
インテリジェンス・オフィサー(諜報外交官)としての杉原千畝を描いているところに、
この映画の価値を感じた。

映画を見た後に、
『杉原千畝―情報に賭けた外交官―』を読んでみると、
杉原千畝に対する理解も一層深まることだろう。
そのためにも、映画館へ、ぜひぜひ。

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