一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ヒミズ』 ……染谷将太と二階堂ふみのぶつかり合う壮絶な演技に拍手……

2012年01月31日 | 映画
問題作である。
いろんな意味で問題作である。
評価は、真っ二つに分かれている。
そのことに関しては後から述べるとして、
まずは、この作品の概要から記すことにしよう。

監督は、日本映画界の鬼才・園 子温(その しおん)
1961年12月18日生まれの50歳。
ここ数年、
『愛のむきだし』(2008年)
『冷たい熱帯魚』(2011年)
『恋の罪』(2011年)
と話題作を連発。
これまでは強烈な個性あふれるオリジナル作品を手がけてきたが、
本作は自身初となる原作もので、
原作本は、奇才・古谷実の超問題コミック『ヒミズ』。

住田佑一(染谷将太)、15歳。


彼の願いは“普通”の大人になること。
誰にも迷惑をかけずに平凡に生きたいと考える住田は、
実家の貸ボート屋で、震災で家を失くした大人たちと一緒に生活していた。


茶沢景子(二階堂ふみ)、15歳。


愛だけを信じる少女。
夢は、愛する人と守り守られ生きること。
住田のストーカーを自認する彼女は、なにかと住田につきまとう。
そんな2人の日常が、住田の父親の出現で、思いもよらない方向に転がり始める。
借金を作り、蒸発していた住田の父(光石研)は、
金の無心をしながら、住田を激しく殴りつける。
しかも、母親(渡辺真起子)は、中年男と駆け落ちし、
中学3年生にして住田は天涯孤独の身となる。
そんな住田を必死で励ます茶沢であったが、
あるとき、“事件”が起こる……


原作のコミック『ヒミズ』は、10年前に連載が開始された作品で、
「終わらない日常」の退屈さ、虚しさみたいなものが描かれている。
ヒミズとは、モグラ科の哺乳類で“日不見”。
当初は、原作に沿って脚本が作られていたが、
昨年(2011年)3月11日の東日本大震災に衝撃を受けた監督は、
原作の設定を大幅に変更する。
物語の舞台を、
原作が描かれた2001年から2011年に移し、
震災直後という形で脚本を書きなおしたのだ。
「終わらない日常」ではなく、
「終わらない非日常」に書き換えたのだ。
そして、被災地で撮影し、
津波によって押し流された家や車などが散乱する風景を、
作品の中の随所で見せるのだ。
そう、そのことが問題となっているのだ。


瓦礫の山と化していても、そこはかつては無数の人々の生活があり、今は死の跡となった特別な場所。勝手に撮影することはおろか、それを有償の映画で公開するというのは、人によっては受け入れがたい。

なぜ原作にない震災を描くのか。
話題作り、ウケ狙いとしか思えない。


などの感想が寄せられ、
著名な映画評論家が本作を痛烈に非難しているレビューもみられた。

だが、それと同じくらい、いや、それ以上に、
この作品を絶賛している人も多い。
かくいう私も、映画を見ている間、
様々な感想が湧いては消え、湧いては消え……した。
正直、被災地の映像には違和感を感じたし、
そこで芝居をしている俳優にも不自然なものを感じた。
けれど、染谷将太と二階堂ふみの情熱あふれる力強いを演技を見続けていると、
ぐいぐいと作品の中に引き込まれ、
特にラストシーンでは、涙があふれ、
ものすごい感動が押し寄せてきた。
これは、やはり、優れた作品である証拠ではないかと思う。


第68回ヴェネチア国際映画祭。エンドロールが終わった瞬間、
満員の劇場は水を打ったように静まり返っていた。
直後、弾けるように始まったスタンディング・オベーションは
徐々に会場を埋め尽くし、「スミダ、ガンバレ!」の歓声とともに、
それから8分、鳴り止むことがなかった―。


パンフレットにはそう記されている。
本作品で、染谷将太と二階堂ふみが最優秀新人俳優賞(マルチェロ・マストロヤンニ賞)をW受賞。
これは日本人初の快挙であった。

染谷将太と二階堂ふみのはちきれんばかりの演技が目立ったけれど、

渡辺哲、


吹越満、


でんでん、光石研など、
個性派ベテラン俳優たちが、若いふたりをしっかり支えていたし、
園作品に初参加の窪塚洋介や、
過去の作品で高い評価を得ている吉高由里子などもキラリと光る演技を見せていた。


被災地の方々に無断で撮影するのはいかがなものか……
という意見に対し、園監督は某会見でこう語っている。

撮影に関しては気を使いました。多くの方に撮影しない方が良いと言われました。でも僕は、ドキュメンタリーを撮っている方々が現地を撮影していて、ドラマを撮っている方は気を使うというのは良くないと思ったので、思いきって入りました。自分の中でも葛藤がありましたけど、ここで(現地に)入らなかったら一生後悔すると思った。

宮城県石巻近辺の被災地で撮影を行ったとのことで、
撮影が行われたのはクランクアップ日の今年5月下旬。
スタッフの中で津波被害に遭った人がおり、
その家族の協力を得て、数時間、
崩れた家や流された車が乱立する中でカメラを回したのだそうだ。

映画『ヒミズ』は、
ドキュメンタリーではない、ドラマとしての映画で、
おそらく被災地を撮影した初めての作品ではないかと思う。
現在は生々し過ぎて、嫌悪感を抱く人の方が多いかもしれないけれど、
10年後、50年後、100年後で、
かなり評価が変化していくような気がする。
50年後は無理だが、
できれば10年後、あるいは20年後に、もう一度見ることができたら……
と、私は思っている。

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