修学旅行の夜、あるいは試験勉強をしに行ってくると偽って友人宅に数人で泊まった夜など、話題に尽きると、必ず誰かがこう言い出す。
「クラスの女生徒の中で誰が好きか?」と。
それぞれが恥ずかしがりながら告白したり、紙に書いてベスト3を決めたり……実に他愛ないことであるが、これがけっこう面白かった。
副委員長をしているようなリーダーシップのある子、美人と評判の子、スタイルの良い子、愛嬌のある子などの名が出てくると思いきや、意外な女生徒の名が出てきて驚くことがあったりしたからだ。
「○○さんて、イイよな」と誰かが言う。
「俺もそう思っていた」と横の奴が答える。
「えっ、お前も? 俺もだよ」と別な男が大声を出す。
「お前らもかよ。俺一人かと思ってた」とまた別の男が叫ぶ。
誰もが、あの女生徒の良さは、自分だけが知っていると勝手に思っていたのだ。
その女生徒は、とびっきりの美人という訳ではなく、またすごく成績が良い訳でもなく、ことさら愛嬌が良い訳でもない。ひかえめで、目立たず、女生徒間では問題にもされていないような子だったりする。
ただひとつ特徴があるとすれば、少し影があり、ちょっと大人びていて、言い方は悪いが「不幸の匂いがするような」女の子ということ。
男は、不思議と、そんな女性に惹かれる。
女優で言えば、そう、木村多江。
ドラマや映画では脇役が多い。だが、実に魅力的な雰囲気を漂わせていて、場面によっては主演女優が霞んでしまうほどの存在感をしめす。
――木村多江は、私の好きな女優だ。
いや、私だけではない。
大抵の男は好きな筈だ。
その木村多江の初主演作が、『ぐるりのこと。』なのだ。
今年の6月7日に全国ロードショーされた映画なのだが、佐賀では上映する映画館がなかった。
見たかった映画なので、佐賀での公開を首を長くして待っていた。
そして、佐賀で良質の映画を提供し続けているシエマ(←ここをクリック)で、やっと8月23日から公開が始まった。
で、今日、見ることができました。
そもそも「ぐるりのこと」とは?
今回は予備知識を持たずに行ったので、「確か、梨木香歩のエッセイ集に『ぐるりのこと』というタイトルの本があったから関係があるのかなぁ~」と思ったり、「主人公の名が“ぐるり”なのか」と思ったり……。
映画館でもらったパンフレットを見たら、
“ぐるりのこと。”
――自分の身の周りのこと。または、自分をとりまく様々な環境のこと。
と書かれてあった。
この映画は、まさに、自分の身の回りのこと――ある夫婦のささやかな日常を、丁寧な演出で浮き上がらせた作品である。
1993年7月。
二人の部屋のカレンダーには「×」の書き込みがされている。
妻・翔子(木村多江)が決めた週に3回の夫婦の「する日」の印だ。
このように、翔子は、何事に対しても几帳面で、計画通りに物事を進めないと気が済まないタイプ。
それにひきかえ、夫のカナオ(リリー・フランキー)は、何事にもいい加減。女にもだらしない。
「×」の印の日にも、帰宅が遅かったりする。
その夜も、先輩と飲んでいて、帰りが遅くなったのだ。
彼の手の甲をぺろりと舐め、浮気かどうかチェックする翔子。
靴修理屋で働くカナオだが、その先輩から法廷画家としての仕事を頼まれ、引き受けてきたところだった。
「靴屋はどうするの?」と言いながらも、今夜はする日だからとカナオを寝室に引っ張っていく翔子。渋々入っていくカナオ。
けっこう深刻な映画なのだが、このようにユーモラスな場面も多い。
ふたりはどこにでもいるような夫婦。
翔子は女性編集者として小さな出版社でバリバリ働いている。
一方、カナオは法廷画家の仕事に戸惑いつつ、クセのある記者・安田(柄本明)や先輩画家らに囲まれ、次第に要領を掴んでいく。
職を転々とするカナオを、翔子の母・波子(倍賞美津子)、兄・勝利(寺島進)とその妻・雅子(安藤玉恵)は好ましく思っていない。
しかし、そんなカナオとの先行きに不安を感じながらも、小さな命を宿した翔子には喜びのほうが大きい。
「お、動いた!」カナオと並んで歩く夜道で、翔子は小さくふくらんだお腹に手を触れる。
カナオのシャツの背中をぎゅっと掴んで歩くその後姿には、幸せがあふれていた──。
1994年2月。ふたりの部屋に掛けられたカレンダーからは「×」の印が消えている。
寝室の隅には子どもの位牌と飴玉が置かれていた。
初めての子どもを亡くした悲しみから、翔子は少しずつ心を病んでいく。
法廷でカナオはさまざまな事件を目撃していた。
1995年7月、テレビは地下鉄毒ガス事件の初公判を報じている。
産婦人科で中絶手術を受ける翔子。
すべてはひとりで決めたこと、カナオにも秘密である。
しかし、その罪悪感が翔子をさらに追い詰めていく。
1997年10月、法廷画家の仕事もすっかり堂に入ってきたカナオ。
翔子は仕事を辞め、心療内科に通院している。
台風のある日、カナオが家へ急ぐと風雨が吹きこむ真っ暗な部屋で、翔子はびしょ濡れになってたたずんでいた。
「わたし、子どもダメにした……」翔子は取り乱し、カナオを泣きながら何度も強く殴りつける。
「どうして……どうして私と一緒にいるの?」
そんな彼女をカナオはやさしく抱きとめる。
「好きだから……一緒にいたいと思ってるよ」
ふたりの間に固まっていた空気が溶け出していく──。
(ストーリーは公式HPから引用し構成)
優柔不断で、いい加減で、だらしないと思われたカナオが意外に男らしかったり、しっかり者と思われた翔子の心がガラスのように壊れやすかったり……。
そう長続きしそうになかった夫婦が、様々な困難を克服し、希望の光を見出していく。
――こう書くと、なにやら安っぽいドラマのようであるが、そうではない。
1993年から約10年間を、その時代時代に起きた凶悪な事件を背景に、それとは対照的な存在の一組の夫婦の静かな営みを、丁寧に丁寧に描いているからだ。
この作品の木村多江の演技は、とてもイイ。
(私が日本アカデミー賞の審査委員長なら、彼女に最優秀主演女優賞をあげたい)
意外なことに、リリー・フランキーの演技もイイのだ。
二人の対話する場面は、ちょっとアドリブも入っているのかなと思わせるくらい素敵で、何度でも見たいと思わせる。
先程、予備知識を持たずに見たと書いたが、キャストも、主演の二人以外は知らなかった。
だから、物語が進むにつれ、次々に現れる俳優に、本当に驚かされた。
翔子の母親に、倍賞美津子。
クセのある記者に、柄本明。
翔子の兄に、寺島進。
その妻に、安藤玉恵。
お調子者の記者に八嶋智人。
法廷画家に寺田農。
幼女誘拐殺人事件の犯人役に、加瀬亮。
資産家の母親役に、横山めぐみ。
売春事件の裁判長役に、田辺誠一。
その他、片岡礼子、新井浩文、光石研、木村祐一、斎藤洋介、温水洋一などなど。
地味な映画だと思っていたから、これほど豪華なキャストが揃っているとは、ビックリ!
それぞれに、好い味出してたなぁ~。
本当に良い映画です。
上映館があったら、ぜひ見て下さい。
機会を逃した方は、DVDで……。
最近、ある小説を読んでいたら、
「男にとって、大切な家族を幸せにする以上の大事業はない」
という意味の文章があった。
本当にそうだなと思う。
大会社の社長であろうが、大学の教授であろうが、どんな肩書きのお偉いさんでも、家族を幸せにしている男には敵わない。それがたとえ平凡な小市民のさえない男であってもだ。不正や偽装、凶悪事件の頻発する現代、そんな当たり前のことに気づかせてくれた映画であった。
公式HP(←予告編等はコチラから)
※9月15日から、木村多江主演のNHK土曜ドラマ『上海タイフーン』(全6話)が始まります。
これも楽しみですね。
※9月13日、14日、15日
古湯映画祭(←ここをクリック)が開催されます。
第25回の今年は、「周防正行監督特集」。
周防正行監督は勿論、清水美沙、原日出子、桜金造、山下徹大など豪華ゲストも佐賀・古湯にやってきます。
映画上映の他、シンポジウムやパーティーもあります。
映画ファン、集まれ!
「クラスの女生徒の中で誰が好きか?」と。
それぞれが恥ずかしがりながら告白したり、紙に書いてベスト3を決めたり……実に他愛ないことであるが、これがけっこう面白かった。
副委員長をしているようなリーダーシップのある子、美人と評判の子、スタイルの良い子、愛嬌のある子などの名が出てくると思いきや、意外な女生徒の名が出てきて驚くことがあったりしたからだ。
「○○さんて、イイよな」と誰かが言う。
「俺もそう思っていた」と横の奴が答える。
「えっ、お前も? 俺もだよ」と別な男が大声を出す。
「お前らもかよ。俺一人かと思ってた」とまた別の男が叫ぶ。
誰もが、あの女生徒の良さは、自分だけが知っていると勝手に思っていたのだ。
その女生徒は、とびっきりの美人という訳ではなく、またすごく成績が良い訳でもなく、ことさら愛嬌が良い訳でもない。ひかえめで、目立たず、女生徒間では問題にもされていないような子だったりする。
ただひとつ特徴があるとすれば、少し影があり、ちょっと大人びていて、言い方は悪いが「不幸の匂いがするような」女の子ということ。
男は、不思議と、そんな女性に惹かれる。
女優で言えば、そう、木村多江。
ドラマや映画では脇役が多い。だが、実に魅力的な雰囲気を漂わせていて、場面によっては主演女優が霞んでしまうほどの存在感をしめす。
――木村多江は、私の好きな女優だ。
いや、私だけではない。
大抵の男は好きな筈だ。
その木村多江の初主演作が、『ぐるりのこと。』なのだ。
今年の6月7日に全国ロードショーされた映画なのだが、佐賀では上映する映画館がなかった。
見たかった映画なので、佐賀での公開を首を長くして待っていた。
そして、佐賀で良質の映画を提供し続けているシエマ(←ここをクリック)で、やっと8月23日から公開が始まった。
で、今日、見ることができました。
そもそも「ぐるりのこと」とは?
今回は予備知識を持たずに行ったので、「確か、梨木香歩のエッセイ集に『ぐるりのこと』というタイトルの本があったから関係があるのかなぁ~」と思ったり、「主人公の名が“ぐるり”なのか」と思ったり……。
映画館でもらったパンフレットを見たら、
“ぐるりのこと。”
――自分の身の周りのこと。または、自分をとりまく様々な環境のこと。
と書かれてあった。
この映画は、まさに、自分の身の回りのこと――ある夫婦のささやかな日常を、丁寧な演出で浮き上がらせた作品である。
1993年7月。
二人の部屋のカレンダーには「×」の書き込みがされている。
妻・翔子(木村多江)が決めた週に3回の夫婦の「する日」の印だ。
このように、翔子は、何事に対しても几帳面で、計画通りに物事を進めないと気が済まないタイプ。
それにひきかえ、夫のカナオ(リリー・フランキー)は、何事にもいい加減。女にもだらしない。
「×」の印の日にも、帰宅が遅かったりする。
その夜も、先輩と飲んでいて、帰りが遅くなったのだ。
彼の手の甲をぺろりと舐め、浮気かどうかチェックする翔子。
靴修理屋で働くカナオだが、その先輩から法廷画家としての仕事を頼まれ、引き受けてきたところだった。
「靴屋はどうするの?」と言いながらも、今夜はする日だからとカナオを寝室に引っ張っていく翔子。渋々入っていくカナオ。
けっこう深刻な映画なのだが、このようにユーモラスな場面も多い。
ふたりはどこにでもいるような夫婦。
翔子は女性編集者として小さな出版社でバリバリ働いている。
一方、カナオは法廷画家の仕事に戸惑いつつ、クセのある記者・安田(柄本明)や先輩画家らに囲まれ、次第に要領を掴んでいく。
職を転々とするカナオを、翔子の母・波子(倍賞美津子)、兄・勝利(寺島進)とその妻・雅子(安藤玉恵)は好ましく思っていない。
しかし、そんなカナオとの先行きに不安を感じながらも、小さな命を宿した翔子には喜びのほうが大きい。
「お、動いた!」カナオと並んで歩く夜道で、翔子は小さくふくらんだお腹に手を触れる。
カナオのシャツの背中をぎゅっと掴んで歩くその後姿には、幸せがあふれていた──。
1994年2月。ふたりの部屋に掛けられたカレンダーからは「×」の印が消えている。
寝室の隅には子どもの位牌と飴玉が置かれていた。
初めての子どもを亡くした悲しみから、翔子は少しずつ心を病んでいく。
法廷でカナオはさまざまな事件を目撃していた。
1995年7月、テレビは地下鉄毒ガス事件の初公判を報じている。
産婦人科で中絶手術を受ける翔子。
すべてはひとりで決めたこと、カナオにも秘密である。
しかし、その罪悪感が翔子をさらに追い詰めていく。
1997年10月、法廷画家の仕事もすっかり堂に入ってきたカナオ。
翔子は仕事を辞め、心療内科に通院している。
台風のある日、カナオが家へ急ぐと風雨が吹きこむ真っ暗な部屋で、翔子はびしょ濡れになってたたずんでいた。
「わたし、子どもダメにした……」翔子は取り乱し、カナオを泣きながら何度も強く殴りつける。
「どうして……どうして私と一緒にいるの?」
そんな彼女をカナオはやさしく抱きとめる。
「好きだから……一緒にいたいと思ってるよ」
ふたりの間に固まっていた空気が溶け出していく──。
(ストーリーは公式HPから引用し構成)
優柔不断で、いい加減で、だらしないと思われたカナオが意外に男らしかったり、しっかり者と思われた翔子の心がガラスのように壊れやすかったり……。
そう長続きしそうになかった夫婦が、様々な困難を克服し、希望の光を見出していく。
――こう書くと、なにやら安っぽいドラマのようであるが、そうではない。
1993年から約10年間を、その時代時代に起きた凶悪な事件を背景に、それとは対照的な存在の一組の夫婦の静かな営みを、丁寧に丁寧に描いているからだ。
この作品の木村多江の演技は、とてもイイ。
(私が日本アカデミー賞の審査委員長なら、彼女に最優秀主演女優賞をあげたい)
意外なことに、リリー・フランキーの演技もイイのだ。
二人の対話する場面は、ちょっとアドリブも入っているのかなと思わせるくらい素敵で、何度でも見たいと思わせる。
先程、予備知識を持たずに見たと書いたが、キャストも、主演の二人以外は知らなかった。
だから、物語が進むにつれ、次々に現れる俳優に、本当に驚かされた。
翔子の母親に、倍賞美津子。
クセのある記者に、柄本明。
翔子の兄に、寺島進。
その妻に、安藤玉恵。
お調子者の記者に八嶋智人。
法廷画家に寺田農。
幼女誘拐殺人事件の犯人役に、加瀬亮。
資産家の母親役に、横山めぐみ。
売春事件の裁判長役に、田辺誠一。
その他、片岡礼子、新井浩文、光石研、木村祐一、斎藤洋介、温水洋一などなど。
地味な映画だと思っていたから、これほど豪華なキャストが揃っているとは、ビックリ!
それぞれに、好い味出してたなぁ~。
本当に良い映画です。
上映館があったら、ぜひ見て下さい。
機会を逃した方は、DVDで……。
最近、ある小説を読んでいたら、
「男にとって、大切な家族を幸せにする以上の大事業はない」
という意味の文章があった。
本当にそうだなと思う。
大会社の社長であろうが、大学の教授であろうが、どんな肩書きのお偉いさんでも、家族を幸せにしている男には敵わない。それがたとえ平凡な小市民のさえない男であってもだ。不正や偽装、凶悪事件の頻発する現代、そんな当たり前のことに気づかせてくれた映画であった。
公式HP(←予告編等はコチラから)
※9月15日から、木村多江主演のNHK土曜ドラマ『上海タイフーン』(全6話)が始まります。
これも楽しみですね。
※9月13日、14日、15日
古湯映画祭(←ここをクリック)が開催されます。
第25回の今年は、「周防正行監督特集」。
周防正行監督は勿論、清水美沙、原日出子、桜金造、山下徹大など豪華ゲストも佐賀・古湯にやってきます。
映画上映の他、シンポジウムやパーティーもあります。
映画ファン、集まれ!
>この映画は観たいと思います。前から気になっている映画でした。
リーさん好みの映画だと思います。
主人公の翔子は、ちょっとリーさんと似ているところがありますねぇ~。
>加瀬亮さんが出てるんですね。
そうなんですよ。
ビックリしましたよ。
裁判の場面で、加瀬亮や横山めぐみ、片岡礼子などが次々と出てきて、演技合戦をしているような感じで、皆さん熱演しています。
私個人的には、横山めぐみを見ることができて嬉しかったです。
今から約20年前の1987年、
『北の国から'87初恋』の大里れい役で初めて彼女を見て以来のファンなので……
>予告編観ましたが、良さそうな映画です。木村多江さんも雰囲気あります。リリーさんも何かいい感じ。
木村多江さんの演技は最高です。
それに、リリー・フランキーさんの演技も、本職の役者さん顔負けです。
ぜひ見に行って下さい。
>古湯映画祭にはタクさんも行かれるんですか?
もうすでにチケットを買ってます。
シンポジウムやパーティーにも出てみようと思っています。
清水美沙さんを、近くで見てみたい!
ミーハーでスミマセン。