一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

わが心の槍ヶ岳① (上高地~横尾山荘)

2009年07月26日 | 北アルプス(槍ヶ岳~常念岳)
何から書き始めればいいのだろう。
あの夢のような5日間を……

北アルプスから帰ってきてからというもの、躰は確かに佐賀の地にあるのに、私の魂はいまだに北アルプスにあるような気がしてならない。
帰ってきてからすぐに仕事に復帰したのだが、頭の切り替えがまだできないままでいる。上高地から槍ヶ岳に登り、表銀座を大天井岳まで歩き、そこから常念岳を経て一の沢に下った夏山の記憶は鮮烈で、下界の日常生活に埋没していても、ふとしたときにあの槍ヶ岳の天を突く鋭い穂先が脳裏に蘇ってくる。

いったいどうしてしまったのだろう。
まるで初恋をした少年の心に戻ってしまったようだ。
あの5日間を想い出すだけでドキドキし、胸が張り裂けてしまいそうだ。

何から書き始めればいいのだろう。
たぶん、順序よく最初から書き始めるしか方法はないのかもしれない。
そう、順序よく、最初から……

このブログのプロフィールにも書いている通り、私は基本的に岳人ではない。
歩くことが好きなので、歩き旅の延長で山も歩いている。
だから、若い頃から山に登っている人たちに比べれば、山に対するこだわりは少ない方だと思う。
近くの山に登ることが何より好きで、県外の山へは所属する山岳会の月例山行で行くくらいだ。
日本百名山や九州百名山などにはとんと無関心で、ましてや日本アルプスなど私とまったく関係ないものとしてみてきた。

私の所属する「からつ勤労者山岳会」では、毎年夏に特別企画と称して日本アルプスや北海道など遠くの山に遠征している。
期間は5日間。
行った人たちの感想を会報誌で読んだりすると心は動くが、現役バリバリの必殺仕事人の私としては、この5日間の休みの取得が難しい。
日本アルプスへは、定年後にでも行ければいいかな……くらいにしか考えていなかった。
ただ、この夏の特別企画に「上高地」と「槍ヶ岳」が入っていたらなんとかして参加してみようかなとは思っていた。
「上高地」と「槍ヶ岳」は、私にとって聖地だったからだ。
聖地と言っても、私の場合はかなり不純な聖地なのだが……
昔、中学生だった頃、その当時好きだった女性歌手が、TV中継で上高地からレポートをしていた。
梓川、河童橋、雪渓を抱く高峰、大正池、明神池、美しい花々……
私は夢見心地でその中継を見ていた。
あんなに美しい場所を、あんなに美しい女性と歩くことができたら……
ニキビ面の少年は夢想し、それ以来「上高地」は私にとって聖地になったのだ。
「槍ヶ岳」の方は、山歩きをするようになってから山岳雑誌の写真を見て興味を持った。
あの天を突く鋭い穂先に一目惚れしてしまったのだ。
他の山はどうでもいい。
あの山にだけはいつか登ってみたい……
いや、拝むだけでもイイ。
一目この目で見てみたい。
まるで中年になってからの初恋だった。
それ以来、「槍ヶ岳」も私の聖地になった。
だが、20年以上の歴史があるわが山岳会では、もう何度も日本アルプスへ遠征しているので、先輩方のほとんどが槍ヶ岳には複数回登っている。
上高地も何度も通っている。
今後、上高地から槍ヶ岳へというようなベタな企画はもうないだろうと思っていた。

ところが……ところがである、今年の夏の特別企画に、このベタなコースが加えられていたのだ。
う~ん、もう定年まで待ってはいられない。
ということで、参加を決めたのだった。

からつ労山の今年の「夏の特別企画」は次の2コース。
①「槍ヶ岳~常念岳」
②「八ヶ岳縦走」
私はもちろん①の「槍ヶ岳~常念岳」コース。
①には10人、②には11人が参加を希望した。
計21人での遠征となった。
期間は、7月26日(日)~7月30日(木)の5日間。

例年だと7月20日前後には梅雨が明ける。
「梅雨明け10日」と言われていて、日本アルプスではこの時期に天候が安定する。
だが、今年は梅雨が長引いていた。
出発の日になっても日本列島に梅雨前線がかかっていた。
天気予報では、梅雨明けは8月になってからなどとのたまっている。
「なんてこった」
福岡空港も水浸し。
40分遅れで、なんとか飛び立ってくれた。


ところが九州を抜け、高度が1万メートルを超えると、ご覧の天気。


雲海などを楽しみつつ(名古屋)中部国際空港に着いた。
名古屋は晴れていたので「もしかして」と期待したのだが、上高地が近づくにつれて雲が多くなり、雨が降り出してきた。

15:04
上高地に到着。
雨にもかかわらず、駐車場は満車。
すぐに準備をして出発。
今日は横尾山荘までの約3時間のコース。
河童橋周辺も人で溢れている。
お約束の河童橋からの眺め。
雨の中でも遠くの雪渓を見ることができた。


濃い緑の中を歩き出す。
河童橋周辺の喧騒が嘘のような静けさ。
憧れの地を歩いているのがまだ信じられない。


可愛いミヤマハハコグサが雨に濡れていた。


16:02
明神館に到着。
ここは梓川右岸にある明神池への分岐点になっている。
時間が時間だけに、寄り道は難しいところだが、明神池まで行ってみることにする。
明神池は有料だし、時間もないので遠くから眺めるだけでもいい。
他の人には先に行ってもらい、上高地の河童橋までは来たことがあるがその先には行ったことがないと言うniiniiさんと2人で出発する。
と、「私も明神池を見てみたい」とメイビさんも追いかけてきた。
3人で明神池を目指す。
途中、梓川に架かる明神橋に立ち寄る。
橋から梓川を覗くと、濁流のはずなのに水が澄んでいる。
雨の日にもこんなに美しい水が流れているなんて……感動!


16:15
明神池に到着。
料金所の横から柵越しに池を眺める。
神秘的な佇まいの雰囲気だけちょっぴり味わって、すぐに踵を返す。
皆が待っていると思うと、ゆっくりもしていられない。
上高地プチ散策。
梓川沿いを美しい女性と歩いてみたい……という少年の夢は、こうして叶えられたのだった。(コラコラ)


明神館に着くと、会長さん、ノブリンさん、ヨシリンさんが待っていてくれた。
他の人は、先に横尾山荘に行って申し込みを済ませてくるとのこと。

明神館から先も、信じられないような美しい風景が続く。


雨もぜんぜん気にならない。
マイナスイオンたっぷりの緑の中を快適に歩く。


こんな道なら、どこまでも歩いて行けそうだ。


17:00
徳沢ロッヂに到着。


その奥にある徳沢園は、井上靖の小説『氷壁』の舞台となった場所だ。
『氷壁』は映画になっていて、1958年の作品なのでリアルタイムでは見ていないが、映画自体は見たことがある。
徳沢園の玄関先で、しばし感慨に耽った。


白いヤマトナデシコのようなセンジュガンピ。
清楚な美しさが心を和ませる。


どこを切り取っても絵になる美しさ。
歩いているだけで本当に楽しい。


17:57
今夜の宿泊地・横尾山荘に到着。
こうして1日目が終わったのだった。

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