一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『建築学概論』 ……スジとハン・ガインが魅力的な、切ない初恋の物語……

2013年05月29日 | 映画
建築学概論……とは、
なんとまあ、無味乾燥なタイトルではあるが、
これが、驚いたことに、
“初恋”を美しく繊細に描いた、
珠玉のラブストーリーなのである。

韓国で昨年(2012年)公開されるやいなや、
恋愛映画にも関わらず、
特に男性たちが“泣ける”と熱狂し、
爆発的クチコミと、驚異的なリピート率で、410万人を動員したとか。
『頭の中の消しゴム』(256万人)、
『私たちの幸せな時間』(313万人)という、
これまでの恋愛映画の興行成績を6年ぶりに塗り替え、話題になった。

“初恋”評論家(オイオイ)の私としては、
ぜひ見たいと思っていたのだが、
日本公開は2013年初夏とのことで、
首を長くして待っていた。

5月18日からの日本公開が決まり、
いよいよ見ることができると喜んだのも束の間、
上映館が極端に少なく、
九州ではTジョイ博多のみ。
(6月8日から小倉コロナシネマワールドでの上映が決まっているが、今のところ、九州ではこの2館のみ)
佐賀県の上映館はなく、
仕方なく福岡まで映画を見に行った。
凡作だったらどうしよう……という不安を抱えながら。(笑)

建築学科に通う大学1年のスンミン(イ・ジェフン)は、
“建築学概論”の授業で音楽科の女子学生ソヨン(スジ)に出会い、
一目で恋に落ちる。


しかし、恋に奥手なスンミンは、
親友ナプトゥク(チョ・ジョンソク)のアドバイスを受けながらアプローチするが、
なかなかうまくいかない。


“建築学概論”の課題を一緒にやるうちに、
ソヨンとは友達以上の仲になるが、






なかなか告白できないまま、
小さな誤解からソヨンと遠ざかってしまう。
それから15年後、
建築士になったスンミン(オム・テウン)の前に、
ソヨン(ハン・ガイン)が突然現れ、
「家を建てて欲しい」と言う。


医者と結婚し、裕福な生活をしているというソヨン。
だが、その建築の過程で、ソヨンの素性が明らかになっていく。
婚約者がいて、結婚間近のスンミンの心に、よみがえる記憶。
そして、新たに生まれる温かな感情。
ソヨンの家が完成したとき、ふたりは……


凡作だったらどうしよう……という不安は、杞憂であった。
見ている間は、胸をキュンキュンさせられ、
見終わったときには、思わずこの映画を抱きしめたくなった。
そんな作品であった。
素晴らしい恋愛小説を読んだときや、
素晴らしい恋愛映画を見たときは、
だれもが物語の当事者(主人公)になったような気分にさせられるものだが、
映画『建築学概論』もまったく「そう」。
韓国で公開されたとき、
“これは自分たちの物語だ”
と熱狂的な支持を得て、410万人を動員したのも頷ける秀作であった。


監督は、イ・ヨンジュ。
延世大学の建築学科で学び、
10年間建築士として働いた後、映画の世界に転向したという変わり種。
ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(2003年)で演出をつとめながら映画を学んだ後、
本作の脚本を書き上げたとか。
その後、映画『不信地獄』(2009年)で監督デビューを果たすが、
本作の企画をあきらめることはなく、
ついに『JSA』で知られる製作会社ミョンフィルムとの出会いをきっかけに、
『建築学概論』を映画化したという。


私が韓国映画でいちばん好きな映画は、ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』である。
その作品に関わっていた監督なので、彼の作品を見たいと思った。
これが、『建築学概論』を見たいと思った重要な要因のひとつであったのだが、
その期待は裏切られることはなかった。
『殺人の追憶』とはまったく違う内容の映画であるので単純に比較はできないが、
『殺人の追憶』の重厚さや芸術性はないものの、
“映画の楽しさ”という一点では、まったくひけを取らない作品であった。

監督が大学の建築学科出身ということもあって、
建築学概論の授業の課題を、
スンミンとソヨンが一緒にやるうちに親しくなっていく……
というところがユニークであった。
ソウルのあまり知られていない路地などで物語が展開していくのも好感が持てた。
映画のなかに、
監督の“家”への思いが(それに哲学も)、さりげなく散りばめられていて、
それが作品の質を高めていたような気がした。


この作品が大ヒットしたことにより、
若き日のソヨンを演じたスジは“国民の初恋”と呼ばれ、
第二のチョン・ジヒョンと目されるようになり、
2012百想芸術大賞新人女優賞を受賞したとか。


とびっきりの美人というわけではないが、
素朴さと親しみやすさで、
まさに“国民の初恋”と呼ばれるのに相応しい少女。
1994年10月10日生まれというから、現在18歳。
K-POPグループ“Miss A”のメンバーとしても活躍しており、
今後の活躍が大いに期待される。


現在(15年後)のソヨンを演じたハン・ガインも実に魅力的だった。
スクリーンデビューした映画『マルチュク青春通り』(2004年)で、
おさげ髪の美少女を演じていたのが印象に残っているが、


あの少女が大人になって、
映画『建築学概論』で戻ってきた感じ。
『マルチュク青春通り』のときも美しかったけれど、
現在のハン・ガインもなかなか素敵だった。


若き日のスンミンを演じたイ・ジェフン、


現在のスンミンを演じたオム・テウンも良かったが、


より印象に残ったのは、スンミンの親友ナプトゥクを演じたチョ・ジョンソク。
長くミュージカルの舞台で活躍していたが、映画は本作が初めての出演とか。
しかし、その愉快なキャラクターが人気を博し、本作で大ブレイクしたそうだ。
2012年青龍映画賞の新人男優賞を受賞し、
映画の中の口癖「どうする、お前」が、
2012年流行語大賞で唯一映画の分野から選ばれたというから、
その人気ぶりが窺い知れようというもの。
1980年生まれというからすでに30代なのだが、
10代の浪人生を演じているのがスゴイ!


韓国映画では、このように俳優の年齢に関係なく役を当てはめることが多いような気がする。
若き日のスンミンを演じたイ・ジェフンも1984年生まれだから、もう20代後半だしね。

この映画を見て、日本人が思い出すのは、
やはり映画『世界の中心で、愛をさけぶ』かな。
現在と過去を行き来するところや、小道具が似ていた。
そう思いながら記憶を辿っていると、
TVドラマ『北の国から'87 初恋』の方に、
より近いエピソードがあったことに気がついた。
『北の国から'87 初恋』は、
『北の国から』シリーズのなかではいちばん好きな作品なので、
(横山めぐみを見ると、今でも“れいちゃん”を思い出す)
何度も見ているからそう思うのかもしれないけれど、
もし『建築学概論』を見て、『北の国から'87 初恋』を見たら、
きっと気づくことがあるから。ぜひぜひ。


劇中で流れる挿入歌は、
フォークユニット“展覧会”のかつてのヒット作「記憶の習作」。
韓国人にとっては懐かしい曲なのだろうけれど、
日本人にはいまひとつピンとこないのが難点だが、
CDウォークマン、ポケベル、ヘアムース、パーカーなど、
90年代を思い出させるアイテムは共通なので、
郷愁が見る者に押し寄せてくる。
初恋の甘酸っぱさも味わうことができる。


劇中に登場するチェジュ島のソヨンの家は、
撮影後一度取り壊されたが、
ファンの熱い声によって2013年3月 に再建築されたとか。

韓国映画振興委員会のイベントでは、
一般投票『もう一度見たい映画NO.1』に選ばれ、
その社会現象はまだ続いているそうだ。
私もできることなら何度でも見たいと思う。

この映画のキャッチコピーは、

みんな誰かの初恋だった―。

今はもう忘れてしまっているかもしれないが、
若き日、
誰かがあなたに胸をときめかせていたかもしれないのだ。
あなたが“初恋”の対象であったかもしれないのだ。
それを思い出すためにも、
映画『建築学概論』を見に行こう。
若き日のあなたが、
あの頃の純粋だった心が、
きっと、よみがえる……(かも)。

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