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「故郷」の作家について

2015-04-02 15:25:58 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
 4月28日に崎山言世様から「唱歌ふるさとの生態学」について以下のようなコメントをいただきました。私は「あとがき」に書いたように、生態学ではなく歌についての感想をもらいたいと思っていたので、ありがたいことでした。

 「生態学の部分については素晴らしい見方で納得します。が、唱歌故郷という歌を「高野作詞岡野作曲」とみてしまうことが、こうした新聞記事で取り上げられ、誤謬を深めていくことを危惧します。音楽教育史の新しい知見では、尋常小学唱歌は合議で作られたため、「高野作詞岡野作曲」は否定されていて、俗説にすぎないとみられています。また、この歌が当初は現場教師の間で不評を買ったという事実をしっかり読み解かねばなりません。唱歌の歴史と文化は自然と同様に相当深いのです。」

 これについて私の考えを書く前に一般論として書評や意見についての考えを述べておきます。私は、書評・意見は評者の名前を明記したうえで、意見の違いがあろうがなかろうが、あるいはプラス(同意)にせよマイナス(異論)にせよ建設的な精神で書かれているかどうかが必要条件だと考えます。無記名や非建設的なものには答える意味も必要もなく、無視すればよいとい考えています。

 さて崎山様のご意見はもちろん記名であり、全体的には建設的であろうと感じました。
 ご指摘の最大のポイントは、作者についてのようです。最近の知見は高野作詞、岡野作曲が俗説とされているとのことですが、寡聞にして出典を存じません。ぜひご教示ください。これについて3つのことを考えます。
 1)これについての「正解」を証拠だてるにはどうすればよいのでしょうか。本人の書いた歌詞原稿や楽譜があればよいのでしょうが、ない場合にそれを否定するには別人の書いたものを提示しないといけないはずです。合議制といいますが、歌を作るというのは合議ではできないはずで、合議といえども、原案をだれかが発想し、それを修正するという手続きがとられるはずです。そういう証拠は当時の文部省は残していないでしょう。そうなると「あやしい」とはいえても、別人であることを立証できたとはいえません。磯山様は「俗説」と断定されますが、通常は「通説」とされています。それを覆すのは相当強い根拠が必要で、どのような証拠と論拠で覆されたのかは十二分に理解する必要があります。
 2)高野、岡野でないだれかが作ったとして、私の伝えたかったことが無意味になるかどうか。事実として「故郷」は国民的に人気のある歌です。それは歌詞もメロディーもすばらしいからです。そのすばらしい歌をだれかが作った。その作者が通常言われている人とは違うかもしれない。そうだとするとこれについて書くことは、2つに分かれます。ひとつは、作者不明の歌のことを書いてはいけないということ、もうひとつは、作者について言及した部分を訂正または削除すればよいということです。私は後者だと思います。高野が長野出身であること、岡野がキリスト教徒の家庭に育ったことは事実だが、彼らは本当の作者ではなかったかもしれない。作者が不明であってもすばらしい歌があって、国民に人気があるという事実は不動であろうと思います。
 私が言いたかったのは、この歌をうたう土壌が、これまでの日本社会と現代、そして将来では違うものになる可能性が大きいということで、そのこと自体は作者がだれであっても主張できることです。
 もし別人がこの歌を作っていたとすると、私は-もちろん意図的ではなく-事実でないことを書いたことになります。人には過ちはあるもので、それは潔く修正すればよいだけのことだと思います。ただ、上記のとおり、これまで信じられていることを否定するには、それ相応の証拠による立証はさけられません。私としては本当の作者を知り、その人がどういう生い立ちで、どういう故郷観をもっていたか、なぜあの時代にあのようなメロディーを思いついたかを知ることができればよいのです。もし再版の機会があればぜひそうしたいと思います。これまで信じられていた高野、岡野が否定されたとすれば、そう信じられたのはなぜか、否定された根拠な何か、これだけでも十分に知る価値のあることといえるでしょう。
 3)崎山様のコメントに「高野作詞岡野作曲とみてしまうことが、新聞に紹介されて誤謬を深めてしまうことを危惧します」とあります。くりかえしますが、これが誤謬であるかどうかは慎重に立証しなければ、さらなる「誤謬」を生みます。私は事実誤認は当然是正すべきだと考えますが、私にとって重大な問題はそのことを超えて、仮に誤謬であったとしても、「故郷」は名歌であり、その歌詞の意味を正しく理解できないほどに里山が変化することの意味を考えて欲しいということ、その延長線上には偏狭な愛国主義を超えた、自分の生まれ育った土地を愛することの意味を考えて欲しいということにあるということを確認させてもらいたく思います。
 そのうえで、私から崎山様に質問ですが、仮にこれが俗説で誤謬であるとして、いかなる問題が生じるのでしょうか。高野、岡野以外の作家がいることが立証され、それらの人の著作権の問題があるというようなことでしょうか。そうであれば大問題であり、いくら私が寡聞であったとしても、通常の情報収集でヒットしないというのは不思議な気がします。
 崎山様が指摘されたもうひとつは、「故郷」は当時の現場の教師には不評だったということです。私は想像で、あの歌を聞いた親は感動しただろうと記述しました。教師には言及しませんでしたが、当然すばらしい歌として紹介したと思っていたので、これは驚きました。これも出典と、不評であった理由をお知らせください。
 どういう意味で不評だったのか。故郷のことを思い出すことにあまり問題はないように思いますので、あるいは「志を果たしていつの日にか帰らむ」という立身出世を強要することを重苦しく感じるということはあったかもしれません。でも、あの時代に育った私の両親のことを思うと、ごく素朴に故郷の人たちに恥ずかしくない人生を送りたいと思っていたとしか考えられず、この歌を教える現場の先生に評判がよくなかったことがよくわかりません。これについても、多くの先生がそうであったとしたら重要なことなので、そうコメントされる根拠を示してもらいたいと思います。
 もうひとつありえるのは、「小学6年生に教えた歌だが、歌詞は卒業した人(大人)が追想するものだから、小学生自身は内容を実感をもって理解できない」と教師が感じたということです。しかし私は上記と同じ理由でそう感じた教師が多数派とは思えません。子供は大人が考えるよりずっと想像力があり、おとぎ話でも外国の中世の話でもそれなりに感じ取ります。
 これについて重要なのは「当時の教師」という表現です。つまり、その後は問題がなかったということでよいのでしょうか。もしそうなら、当時は不評で、その後は好評という興味深い「事実」を説明しなければなりません。何よりも重要なのは結果としてこの歌が愛された名曲であることが実証されたということです。

 最後の「唱歌の歴史と文化は・・・相当深いのです」は、私が唱歌の歴史と文化を深くないと考えていれば妥当なコメントですが、私は深いと思うからこそこの本を書いたのであり、コメントは妥当とは思えません。この一文からは、高槻よりも崎山様のほうが唱歌についてよくご存知だということを伝えたいように思えます。それはいうまでもないことのようです。「あとがき」に書いたように、音楽にしろうとの私に専門の方がご意見をくださることはむしろ期待していたことであり、感謝こそすれ、反論する理由はありません。その意味ではこの一文はやや建設的でない気がします。建設的であるのなら、高槻は唱歌の歴史と文化をこう考えているが、そのように浅いものではなく、このように深いのだと崎山様の知見を具体的に書いてもらう必要があります。

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