教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

いじめとは犯罪である、その上で学校は何をすべきか

2023年03月01日 23時55分00秒 | 教育研究メモ
 今年度後期の「道徳教育の理論と方法」の授業をふまえて、学生達と対話する上で「いじめと犯罪」についてまとめましたので公開します。なお、多忙のためコメントはあまり返せませんので、申し訳ありませんがご寛恕ください。また、必要があれば修正しますのでご理解ください。

 いじめは、大人でも子どもでも、学校内でも外でも犯罪です。
 「子どもだから捕まらない」という言葉が常識的によく使われますが、これは法的には間違いです。14歳未満の子どもには、刑罰でなく性格矯正・保護処分・特別措置を与えることになっているだけで(刑法第41条・少年法第1条)、子どもも犯罪をおかせば警察のお世話になり、裁判にも付され(少年法第3条・第6条など)、その結果捕まる(勾留)こともあります(少年法第48条)。つまり、犯罪(いじめ)をしますと、14歳未満だと刑罰を受けませんが、警察や裁判所のお世話になったり、少年鑑別所や保護観察所、児童自立支援施設、児童養護施設、少年院などで保護や特別措置を受けたりすることになります。14歳以上の子どもについては、犯罪に対する刑罰は大人のものとほぼ同様です。
 「子どものしたことだから」と、保護者(おおよそ加害者の保護者)が事を曖昧にしようとすることがありますが、これも法的に間違いです。保護者(親権者)については、子どもの利益のために監護(世話)・教育する権利と義務を負いますので(民法820条)、犯罪をした少年の保護者に少年を守り育てる責任を自覚させるように家庭裁判所から指導されることがあります(少年法第25条の2)。また、親権行使が子どもの利益にとって著しく困難、または不適当な場合には、親権喪失や停止の審判を受けることがあります(民法第834条)。子どものいじめ犯罪は、保護者の責任も大きいものです。

 いじめがどのような犯罪にあたるのか整理してみましょう。例を挙げると、以下のようになります。
・ケガをさせたり傷つけて体調を崩させる…「傷害罪」(刑法第204条)
・傷害の現場ではやし立てたり応援したりする…「現場助成罪」(刑法第206条)
・ケガをさせていないけれども、乱暴(当たらないように石を投げる、水をかけるなども含む)する…「暴行罪」(刑法第208条)
・生命・身体・自由・名誉・財産などに害を与えると脅す…「脅迫罪」(刑法第222条)
・脅したり暴力で無理やり何かをやらせたり邪魔をしたりする…「強要罪」(刑法第223条)
・未成年者を無理やり連れ去ったり誘拐したりする…「未成年略取及び誘拐罪」(刑法第224条)
・他人の名誉を傷つけて評判を落とすようなことを公然と知らせる…「名誉棄損罪」(刑法230条)
・公然と人を馬鹿にしたり悪口を行ったりする…「侮辱罪」(刑法第231条)
・他人の持ち物を無理やり奪う…「強盗罪」(刑法第236条)
・他人を脅して物を手に入れる…「恐喝罪」(刑法第249条)
・人をそそのかしていじめ(犯罪)を行わせる…「教唆罪」(刑法第61条)
・いじめを手助けする…「ほう助罪」(刑法第62条)
・暴力や脅しでしたわいせつな行為…「強制わいせつ罪」(刑法第176条)
・わいせつなデータなどを配布したり公然と置いたりする…「わいせつ物頒布等罪」(刑法第175条)

 以上の通り、いじめはまぎれもなく犯罪です。教師はもちろん、子どもでも誰でも、犯罪をしている人は現行犯逮捕できますし(刑事訴訟法第212・213条)、警察に引き渡すことができます(刑事訴訟法第214条)。いじめの現行犯を逮捕する上で、逮捕していいかどうかを迷う必要はありません(ケガをさせたり、侮辱したりしないようにしなければなりません)。
 とはいえ、子どもに対して「いじめが起こっているのになぜ止めなかったのか」と責めるのは、大人の責任転嫁です。極端な事例ですが、街中で暴れている人を止められる人がどれくらいいるでしょうか。現行犯逮捕が出来る人は現実には限られます。子どものいじめでも同じです。恐ろしく、醜いいじめ犯罪を直接止めに入れる勇気と実力をもった子どもは、そうそう存在しません。いじめが起こってしまった段階では、子どもが制止することはとても難しいことです。そもそも、いじめが起こっているならば、それはいじめ防止対策推進法の範囲であって、大人が組織的に取り組むべき場面であり、警察や裁判所の出番です。止めてくれたらそれはそれで素晴らしいことですし、ありがたいことですが、「なんで止めないの」と傍観者の子どもを責めるのは責任転嫁です。
 なお、「いじめた人には●●して報いを受けさせればいい」などの過激な言葉もありますが、これも間違いです。警察であっても、犯罪をおかした少年に対して、その感情などを傷つけることがないように注意しながら調査する必要があります(少年法第6条の2)。ましてや、犯罪をしたからとか、教育上必要だからといって、一般人が私的に、体罰を加えたり、精神的苦痛を与えたり、リンチを加えたりすることは許されませんし、勝手に刑罰として懲罰を与えたり閉じ込めたりすることもできません。勾留したり、刑罰を科することができたりするのは、法律に定められたことを、法律に定められた権限のある人だけです(憲法第31条)。学校の校長・教員は、教育上必要な時には、児童・生徒・学生を懲戒することができると法律で定められています(学校教育法第11条 ※体罰はダメ)。こらしめる過程で精神的苦痛を与えるおそれはありますが、それでもなお「教育上必要」なことはしなければなりません。
 難しいことですが、いじめられる側はもちろん、いじめる側も教育を受ける権利・学習権などをもっています。いじめることはいけないことだということを学ぶ権利があるし、そういうことを学ぶことを保障する義務と責任が、大人や学校にはあります。

 いじめに対する学校・教師の責任は重要です。「いじめは学校ではなく警察や裁判所に任せればいい」という考え方もしばしば聞かれますが、これは一部に間違いです。教師も現行犯逮捕できますし、先述の通り懲戒権もありますが、いじめが起こってしまったら、どちらかというと警察や裁判所の出番です。
 学校のやるべきことは、起こったら何をするかというよりは、むしろ起こる前、つまり、いじめの防止にあります。学校の責任は、いじめ防止対策推進法にたくさん明記されています。例えば、道徳教育は「いじめの防止に資する」活動の一つとして、明確に位置付けられています(推進法第15条)。いじめを直接制止できる子どもを育てるのはいじめの防止対策になるとは思いますが、それが本筋とは思いません。先述の通り、子どもがいじめ現場を直接制止することを期待するのは責任転嫁のもとです。
 むしろ、学校本来のいじめ防止策は、いじめの実行犯や「観衆」にならない子どもを育てることはもちろん、「傍観者」にならない子どもを育てることにあります。「観衆」・「傍観者」というのは、森田洋司・清永賢二両氏によるいじめの四層構造理論の概念で、いじめが「いじめっ子」と「いじめられっ子」の二項関係で生じる行為ではないことを指摘する重要概念です(拙著『道徳教育の理論と方法』第12章参照)。実行犯や「観衆」・「傍観者」を育てない(そうならないために子ども達を育てる)こと、これこそが、保護者も警察も裁判所も取り組めないことであり、学校こそが計画的・組織的に取り組むべきいじめ防止策です。
 私が「観衆」・「傍観者」にならない子どもを育てるべきと主張する理由は、いじめの深刻化を防ぐためです。いじめは、人間だけでなく、様々な生物で見られる現象です(魚でも小さな水槽に過度な数を入れるといじめが始まります)。いじめはいつかどこかで発生してしまうものと考える方が現実的です。重要なことは、いじめが発生しそうなときに、いじめが本当に発生しないようにすることです。いじめは、そういう行為は嫌だな・やめようよというような雰囲気(言葉にならなくてもよい)が生じない中で発生し、はやし立てられたり、応援されたりするとエスカレートします。スポーツ選手などが観衆のいる会場で人一倍がんばれるように、いじめる側も「がんばってしまう」のです。また、後に引けなくなって「がんばってしまう」こともあります。いじめの四層の一つが「観衆」と呼ばれているのはそういう現象を示した比喩です。いじめの防止には、いじめは嫌だな、やっちゃいけないな、という意識を学級に育てることが大事です。
 いじめは、個人の発達上の問題であると同時に集団の問題でもあります。社会のあちこちにある多様な教育と比べて、学校教育の最大の特徴は集団教育であるところにあります。教育で集団を(良くも悪くも)変えることができるのが学校です。当たり前のことですが、他人をいじめない学級づくり、いじめは嫌だな・やっちゃいけないなと思える学級づくりを目指すことが、いじめの防止に果たすべき学校の重要な役割です。

<おすすめの参考文献>
・加野芳正『なぜ、人は平気で「いじめ」をするのか?』日本図書センター、2011年。
・森田洋司・清永賢二『新訂版 いじめ―教室の病い』金子書房、1994年。
・山崎聡一郎『こども六法』弘文堂、2019年。
・白石崇人『道徳教育の理論と方法』Kindle、2022年。
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