教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

教育とは何か―国民教育・学校教育に注目して

2020年07月29日 23時55分00秒 | 教育研究メモ
 H大の非常勤科目「教育の思想と原理」の最終回のために、「教育とは何か」についてまとめの文章を書いたので、参考までにアップしておきます。
 (学生達へ……以下の文章をコピペしてレポートにすることを禁ず。資料にすることはよいことですが、しっかり自分で知識を消化して、自分なりに考えたことを書きましょう。)

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 教育は何を目指すか。「教育」やその対語である「学習」の語源によれば、教育は、善悪や生きるすべ、真理や誠実などを教えることを目指している。しかも、これらを一方的な伝達や注入ではなく、相互コミュニケーションによって教えることを目指している。また、日本の教育基本法によれば、教育の目的は人格の完成と国民の育成であり、それらを普通教育や専門教育によって実現することを目指している。このように、教育は一人の人間が生きていく上ではもちろん、国家・社会にとっても重大な意義をもつ。
 国民育成は、19世紀以降のナショナリズムや資本主義の発達とともに確立し、国家富強や経済発展のために重視されてきた比較的新しい教育目的であった。今の日本の教育が育成すべき国民は、平和で民主的な国家社会の形成者であり、心身共に健康な存在である。とくに、1996年以降は、社会の激しい変化に対応しながら自己実現するための「生きる力」を、学校教育のみならず、社会・家庭教育によっても育てることが求められている。学校教育は、知識・技能の習得はもちろん、自己制御するための道徳性を養うことも目指している。道徳教育は、人間が自由・平等であり、様々な人権を守るために、または国家・社会を富ませ強くするための労働力となるために、そして民主主義社会を実現するために欠かすことはできない。また、学校教育は様々な機会を均等に保障し、社会に人材を配分し、一般的・職業的資質を涵養して、就労や結婚、進学などを準備する。加えて、学校教育は、女子教育の歴史に見られるように、家庭生活や子育ての質を転換させたり、向上させたりすることも目指していた。そして、子ども達を児童労働から守り、教育を受けて学習して自然に発達する権利を保障するためにも、学校教育は重要な役割を果たしてきた。教育は個人や家族、そして子ども達にとって重大な意義をもち、それと同時に国家・社会的意義をもつ多面的な行為である。子どもが教育を受ける権利は、自然に保障されるものではなく、親・保護者の権利をある程度抑制し、保障するための制度を設ける国家の努力によって保障されるようになった。教育を受ける権利は、親・保護者にその義務を課し、行政に責任を負わせて、確実に保障されなければならない。学校教育はそのための仕組みの一つである。
 学校教育は、様々な意義をもつが、その多面性ゆえの課題も原理的にかかえている。たとえば、共通基礎教育をすべての子どもに保障することの難しさである。すべての人に共通に必要な基礎的内容とは何かを定めることは極めて難しい。「すべての子ども」とは、あらゆる宗教・人種・階級の子どもを含み、居住する地域や障害などの有無など様々な性質をもつ子どもを含む。そのような多様な子ども達すべてに共通の基礎とは何かを定めることは、容易なことではない。しかも、その基礎を教育する方法も、一方的な伝達・注入ではなく、相互コミュニケーションによらなければならない。そのような方法を開発することも、その方法を身に付けた教師を得ることも簡単なことではない。また、教育は個人的意義と社会的意義とを併せ持つために、教育の私事性と公共性をどのように保障するかについての議論を避けられない。誰のための教育か、という議論はどうしても複雑になるのである。さらに、近代において学校教育は、人々の社会的地位をめぐる競争の基準を、生まれから学歴に移行させようとした。しかし、生まれは依然として子育て方針や経済的・文化的資源による不平等を生み出し、学歴は競争の激化と人々の序列化を進めてしまっている。人々を生まれによる不平等から解放し、人が傷つかず、その尊厳を損なわないような、自由で公平な社会をつくっていくためには教育が重要な役割を果たすとみられるが、そこにも難しい課題が山積している。
 教育とは、個人の生きる力を育て、家族のあり方を変え、国家・社会を強く富ませる重要な役割を果たすものである。すべての子どもに必要な教育とは何か、誰のための教育かという議論を公正公平に尽くしながら、人々が自由・平等に暮らすことのできる社会をつくるための教育がこれからも求められる。現代に生きる我々は、このような教育をつくっていく義務と責任を認め、行動をしていく必要があるのではないか。
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