教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

教師と燃え尽き症候群

2017年06月13日 19時04分53秒 | 教育研究メモ
 新井肇『「教師を辞めようかな」と思ったら読む本』(明治図書、2016年)。とても明快な文章で読みやすい良い本です。

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 バーンアウト(燃え尽き)とは、教師・カウンセラー・医師・看護師などの対人援助職に特有のストレスとさす概念で、単なる疲労とは異なり、「長期間にわたり人を援助する過程で、解決困難な課題に常に晒された結果、極度の心身の疲労と情緒の枯渇をきたす症候群であり、自己卑下、仕事嫌悪、関心や思いやりの喪失を伴う状態」と定義されます。[略]
 [教師は]人相手の仕事であり、その成果がすぐに見えないために、適切なゴール設定ができずに頑張りすぎ、過剰に仕事にのめり込んでしまう場合も少なくありません。[略]
 バーンアウトに陥りやすい性格としては、
 ①ひたむきで、多くの仕事を熱心に完遂させようとし、達成できないとそのことに悩む。
 ②妥協や中途半端を嫌う完璧主義的傾向が強い。
 ③理想主義的情熱に駆り立てられる。
 という特徴があげられます。

 メンタルヘルスの観点からは、真面目な教師こそ、バーンアウトに陥りやすい性格の対極に位置する「心の柔らかさ」をもつことを望まずにはいられません。
 心を柔らかに保つためには、次のような心の構えが大切であると思われます。
 ①物事を楽しめるしなやかな心をもつこと
 ②いろいろなタイプの仲間の存在を相互に認め、尊重すること
 ③人を支え、人に支えられることを厭わないおおらかさをもつこと
 [略]悩みを抱えたときに弱音を吐いたり相談することは恥ずかしいことではないこと、また違う個性が助け合わなければ一人では何もできないことを教師同士が認め合うことが、職場の同僚性を高め、教師のメンタルヘルスの向上にもつながっていくのではないかと思われます。

 (新井肇『「教師を辞めようかな」と思ったら読む本』明治図書、2016年、17・19~21頁)
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復刻版『東京府教育会雑誌』続刊(明治25~29年)

2017年05月29日 20時02分55秒 | Weblog
 忙しすぎて疲れのたまる毎日をすごしております。

 さて、2017年5月25日、不二出版さんから復刻版『東京府教育会雑誌』第4~6巻が発行されました。昨年発行された第1~3巻に引き続き、第33号(明治25年2月)~第76号(29年1月)を復刻したものです。箝口訓令・日清戦争前後の東京府における教育界の動きがわかる史料です。明治研究の基礎史料として、ご購入いただければ幸いです。
 この復刻版、各巻に収録する資料が年ごとや年度ごとになっていないのですが、これは出版上の都合だそうです(各巻の頁数)。まあとにかく、貴重な基礎史料が簡単に参照できるようになります。
 『東京府教育会雑誌』は明治31年までの発行ですが、府教育会の機関誌は昭和期まで続きます。教育会機関誌の記事は明治30年代以降にさらに多様化するので、研究者の多くにとっては、さらなる続刊が期待されるところでしょう。
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日本国憲法と教育、親子関係と教師とケア

2017年05月07日 16時31分25秒 | 教育研究メモ
 憲法記念日と子どもの日をおもって、以下、ごちゃごちゃメモ。写真は関係ないですが、下関の水族館にいた、悟りを開きかけたコウイカです。

 教育とは、人間の自由と権利を保障するための努力である。日本国憲法第12条には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」とある。この「不断の努力」の一つが教育である。
 日本国憲法には、国民の様々な権利や義務が示されている。たとえば、国際平和を希求すること(第9条)や、個人としての尊重を受けること、生命・自由・幸福の追求(第13条)、法の下の平等(第14条)、公務員に対する選定・罷免・請願・賠償(第15~17条)、奴隷的拘束や苦役を受けないこと(第18条)、思想・良心・信教・表現・居住・移転・職業選択・学問の自由(第19~23条)、婚姻に関すること(第24条)、健康で文化的な最低限度の生活(第25条)、教育を受けること(第26条)、勤労の権利と義務(第27条)、団体交渉・団体行動(第28条)、財産権を侵されず用いること(第29条)、納税の義務(第30条)などがある。そして、これらの自由や権利を濫用せずに、常に公共の福祉のために利用する責任を果たすために(第12条)、教育は必要である。
 たとえば、われわれにとって、公共の福祉のために自らの幸福を追求し、自由に思想して表現し、職業を選択して働き、団体で行動し、納税の義務を果たすために、教育は欠かせない。だから、日本の教育は、公共の福祉の実現と自分の幸福追求とを両立する生き方や、思想・表現・学問などを自由に行うこと、自由に職業を選択して働くことなどを教えなければならない。世界平和をのぞむ心や、集団行動をする方法、なぜ働かなくてはならないか、なぜ納税をしなければならないかを知って実践することなどを教えなければならない。

 子どもも含めて、われわれは教育を受ける権利をもっている。生きる権利をもっている。守られる権利をもっている。育つ権利や参加する権利をもっている。これらの権利を保障するには、教育とともにケアが必要である。現代人は、生まれながらにして身体的・社会的な不平等を抱えている。その不平等からくる様々な格差は、放っておけば、時間が経つにつれて大きくなっていく。現実の社会では格差をなくすことはできない。したがって、格差から生じる苦しみも消し去ることはできない。しかし、格差と苦しみを緩和することはできる。われわれが権利を保障し、義務を果たすためには、われわれの間に生じる格差を少しでも緩和させるための努力(政治・政策や社会活動)はもちろん、格差によって生じる苦しみを緩和させる努力(ケア)が必要である。
 人間は相互に関わり合いながら生きている。特に、子どもは、生まれてすぐ親に依存しなければ生きていけない。しかし親は、子どもを産めばすぐ親になれるわけではなく、子どもと関わりながら、育てながら親になっていく。子どもの育ちと親の育ちとのタイムラグは、双方に様々な苦しみを生じさせる。ここで生じた苦しみは、時間が経って双方が成長するにしたがって緩和していく。ただし、その緩和加減は家庭によって異なり、様々な格差を生み出していくことになる。子どもは、それぞれ自分の家庭生活・親子関係から生じた苦しみや格差を背負って、毎日通学してくる。子どもたちの家庭生活・親子関係は、日々の学校生活の質や教育の効果にも影響する。教師が教育の質を上げようとするならば、この点にも配慮する必要がある。
 現代日本において、教師の多忙化は深刻である。教師が家庭生活由来の問題を直接ケアするのは無理がある。他の専門職との連携を考えなくてはならない。教師は、ケアの重要性を知り、子どもたちに適切なケアを提供できる専門職につなぐことができなければならない。それは、今現在と将来において、子どもたちの生まれながらの不平等や格差を緩和し、権利と自由を保障し、ひいては日本国憲法を実現することにもつながっている。
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やっと連休にたどりついた

2017年05月03日 15時57分16秒 | Weblog
 お疲れ様です。連休にたどり着きました。写真は4月中旬に撮った大学裏山の新緑です。
 やっと年度初めが終わった、と感じます。4月は行事で多くの土日がつぶれ、平日ももちろん休める余裕はありませんでした。プレッシャーの大きな仕事も多く、くたびれました。何より、実習を控えた学生と実務家教員の前で、「示範授業」として道徳の模擬授業をしなければならなかったのが一番のプレッシャーでした(笑)。授業自体は期待通りの出来(良くも悪くも)でしたし、学生たちの反応も興味深いものだったので良かったのですが、しばらく燃え尽き状態に陥って難儀しました。とりあえず、この連休は少し休ませて下さい(^_^;)。

 というのも、先だって出された中教審答申・教育職員免許法改正を受けた教職課程改革が、そろそろ実体を見せそうです。教職課程をもっている大学は、例外なく再課程認定に取り組まなければなりません。教職課程改革がそのまま大学改革に直結してくる大学も多いでしょう。われわれ教育学者は、どうしてもその大学改革の中心に引き出されることになります。研究業績の観点から見ても、狭い専門分野一辺倒の業績では太刀打ちできない厳しい状況が目の前にやってきました。授業改善にも取り組まなければなりません。教育学とは、教員養成とは、真剣に考える必要性が日に日に大きくなっています。
 日々の教育、大学改革、業績づくり。その上に授業改善。どれもおろそかにできません。腰の調子は何とか小康状態を保っていますが、油断禁物な状態。体調を少しでも整えなければ、待ち受ける激務に耐えられないです。ましてや研究者としての+αの仕事をや。
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研究論文業績一覧(共著)

2017年05月03日 10時39分37秒 | 研究業績情報
  1. 白石崇人・牧亮太・上村加奈・善本桂子・杉山浩之「教育実習(幼稚園)の概要と課題」広島文教女子大学教職センター編『教職センター年報』第4号、2016年3月、9~19頁。
  2. 佐藤仁・杉田浩崇・白石崇人・樋口裕介・熊井将太「教育学研究と実践志向の教員養成改革の関係性を問う」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第62巻、2017年3月、677~688頁。(うち「教育史の立場から」679~681頁を執筆)
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まんがで知る教師の学び、子どもの頃から哲学者(紹介)

2017年04月22日 09時05分40秒 | 教育研究メモ
 こんばんは。
 相変わらず仕事を一つ一つこなしていたら一日が過ぎていく毎日を過ごしております。4月1日からほぼ休みなく続いていた仕事が、やっと一段落しました。ちょっと燃え尽き気味です。

 さて、ここで久しぶりに少し本を紹介しましょう。肩の力を抜いて読めますが、とても勉強になる本です。
 まずシリーズもの。

・前田康裕『まんがで知る教師の学び―これからの学校教育を担うために』さくら社、2016年。
・前田康裕『まんがで知る教師の学び2―アクティブ・ラーニングとは何か』さくら社、2017年。

 両著は題名にもありますようにマンガです。絵は、われわれ中年世代が懐かしく感じるような、学習マンガのような印象ですが、とても描き慣れておられる感じを受けます。著者の前田氏は、熊本の現役小学校教員(今は教頭先生)。教育技術法則化運動の立役者・向山洋一氏とも長い交流のある実践家のようです。前田氏ご本人も、「前田式絵画指導」という技術を開発されています。
 両著とも、教師の学びをテーマとしており、「学び続ける教員」の実像を伝えてくれます。学び続け、教育研究に取り組み続ける教師のありかたをわかりやすく知るために、とてもいい導入書です。学生にはぜひ読ませたいです。

 ではもう一つ紹介。

・苫野一徳『子どもの頃から哲学者―世界一おもしろい、哲学を使った「絶望からの脱出」』大和書店、2016年。

 苫野氏は私より少し上の同世代、『どのような教育がよい「教育」か』(講談社、2011年)で出版デビューした新進気鋭の教育哲学者です。『どのような教育がよい「教育」か』を最初に手に取った時、同世代がこのような大きなテーマを単著で書き切ったことにとても驚いたことを憶えています。その後もたくさん書籍を出版されています(『教育の力』『勉強するのは何のため?』など)。最近は、理想の私立学校をつくろうと頑張っておられる様子。
 この本は、苫野氏の自伝を通して哲学のおもしろさを伝えようとした本です。躁鬱に苦しんだご自分の若い頃を、わかりやすく哲学の思考法を使って分析しています。とてもわかりやすい。難解な哲学をここまでわかりやすくしていいのか、と心配になるほどにわかりやすい本です。心の息苦しさを感じながら生きている人のために書いたとのこと。生きるのがしんどい人や、他人とつながりたいけど苦しいと感じている人には、この本は絶対にひびくと思います。しんどそうに生きている学生にはぜひ読ませたいです。
 私も、かつての自分に重ねながら、一気に読みました。似たような生き方・感じ方をしていた人が、同業者にいたのだなと勝手に思っています。具体的な事例はもちろん異なりますし、苫野氏ほど私は頑張っていませんでしたが。

 本を紹介する、と言いながら、内容を伝える余裕がない。余裕はないけど、これらの本の存在をみんなに伝えたい。そんな気持ちで書きました。ぜひ手に取ってみて下さい。
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nyu-seki

2017年04月10日 22時57分05秒 | Weblog
 突然ですが、先月大安の日に入籍いたしました。
 お相手の女性は、優しくて料理の上手な同世代のとてもステキな人です。1年8か月の付き合いを経て、人生の伴侶になってもらうことができました。
 博士論文の出版を終え、結婚もできました。次の人生のステージが始まった気分です。式はまだ先ですが、9月に親族だけで行います。

 大学も新年度が始まりました。4月1日から行事ずくめで突っ走ってきましたが、今日から授業が始まりました。学内分掌も待ったなし。頼まれの研究も相変わらずいくつかかかえたままで、今年度大詰めを迎えるものが多いです。近く来る教職の再課程認定に向けても、研究業績を積み上げなければなりません。学生の学習支援のために、教育原理・道徳教育・教育史のテキストを書かなければとも思っています。テキストはまた一人で好きに書いてみようと思います。

 仕事もプライベートも、やることいっぱいで息つく間もない毎日ですが、妻を大事にしながら、お互い癒されながら、新婚生活も楽しみたいです。
 とりいそぎご報告まで。
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教育学術研究会編『教育辞書』における「研究」概念

2017年03月24日 23時55分55秒 | 日本教育学史
 拙稿「教育学術研究会編『教育辞書』における「研究」概念」(中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第62巻、2017年3月、370~375頁)が活字化されました。

 教育学術研究会とは、明治・大正・昭和を通して、教育雑誌『教育学術界』『小学校』や教育学術書の編集をしていた組織です。明治34(1901)年に高師教授兼帝大講師の大瀬甚太郎を中心にして創立され、帝大・高師・私学の教育学者や各地方の教育研究者が集う研究の場をつくりました。今年度はずっと明治期のこの研究会を追っかけていたのですが、その研究成果の一つです。
 教育学術研究会は、戦前日本における教育に関する学術的論争の主要な場でした。その研究会が、明治36(1903)~38(1905)年に編集刊行したのが『教育辞書』でした。昨年の教育史学会大会で発表した「明治30年代半ばにおける教師の教育研究の位置づけ―大瀬甚太郎の「科学としての教育学」論と教育学術研究会の活動に注目して」で明らかになったことのうちに、研究会創立当初には大瀬によって新しい教育学研究の構想が示されていた一方で実際の「研究」はまだ模索段階であった、という事実がありました。そこで私が注目したのが、創立後まもなく編集刊行された『教育辞書』でした。『教育辞書』には、「研究」がどのように語られたのだろう、どのような「研究」の構想が示されたのだろう、という疑問に取り組んだのがこの論文です。
 結論としては、『教育辞書』における「研究」概念は一つの科学を独立させる手段であったこと、特に教育学の「研究」は観察重視であり、学者だけでなく現場の教師をも担い手として位置づけていたこと、他の科学研究の成果によって補いながら著書・法令・規程だけでなく視察報告書や教科書・教授案なども「研究」の資料になると考えていたことなどを明らかにしました。ここからわかることは、『教育辞書』において「研究」論が明治30年代大瀬教育学の構想や研究会創立の方針に基づきながらさらに発展したことや、学者の教育学研究はもちろん現場の教師による教育学研究をも推進するような方法論・資料論が展開したこと、教育学研究において科学研究の最初期段階に位置する観察を重視したことなどです。
 今後の教育学史研究や教員史・教育研究史研究の発展につながる、大事な事実を発見できたかなと思っています。とくに、日本教育学史における沢柳政太郎『実際的教育学』や吉田熊次による東京帝大教育学講座の開講の位置づけを見直す必要があるのではないか、と最近思い始めています。また、『教育辞典』の執筆者構成から、東京帝大・東京高師の学者はもちろんですが、哲学館(現東洋大学)の学者もこのような教育学史上重要な事業に大いに関わったことがわかりました。
 以下、論文構成を示しておきます。

 はじめに
1.東京帝大・東京高師・哲学館関係者による教育の専門的辞典の編纂
2.「研究」による科学の独立
3.教育学研究の構想

 (1)「研究」の方法―観察の強調
 (2)「研究」の担い手と資料―教師の研究者化と多様な研究資料
 おわりに
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研究論文業績一覧(単著)

2017年03月24日 23時55分50秒 | 研究業績情報

 学術雑誌掲載の論文に関する研究業績情報。増え次第、ここに順次追加しています。卒論と修論は普通挙げませんが、参考までに。
 PDF公開されている論文には、ウェブリンクをつけておきました。
 レフェリー付き論文には、文末に「」を付けています。 


  1. 白石崇人「沢柳政太郎の教師論 ―教師の専門職性」卒業論文、広島大学教育学部、2002年。
  2. 白石崇人「大日本教育会における研究活動の展開」修士論文、広島大学大学院教育学研究科、2004年。
  3. 白石崇人「東京教育学会の研究」中国四国教育学会編『教育学研究紀要』第48巻第1部、2003年、50~55頁。
  4. 白石崇人「東京教育会の活動実態 ―東京府学務課・府師範学校との関係」全国地方教育史学会『地方教育史研究』25号、2004年、47~68頁。
  5. 白石崇人「明治二十年前後における大日本教育会の討議会に関する研究」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部第53号、2004年、103~111頁。
  6. 白石崇人「明治三十年代前半の帝国教育会における研究活動の展開 ―学制調査部と国字改良部に注目して」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第50巻、2005年3月、42~47頁。
  7. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会における研究活動の主題 ―学校教育・初等教育・普通教育研究の重視」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第51巻、2006年3月、66~71頁。
  8. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会における広島県会員の特徴 ―明治16年の結成から大正4年の辻会長期まで」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部第54号、2005年、87~95頁。
  9. 白石崇人「明治21年の大日本教育会における「研究」の事業化過程」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部第55号、2006年、83~92頁。
  10. 白石崇人「明治32年・帝国教育会学制調査部の「国民学校」案 ―明治30年代における初等教育重視の学制改革案の原型」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第53巻、2008年3月、46~51頁。
  11. 白石崇人「1880年代における西村貞の理学観の社会的役割 ―大日本学術奨励会構想と大日本教育会改革に注目して」日本科学史学会編『科学史研究』第47巻No.246、岩波書店、2008年6月、65~73頁。
  12. 白石崇人「明治20年代後半における大日本教育会研究組合の成立」日本教育学会編『教育学研究』第75巻第3号、2008年9月、1~12頁。
  13. 白石崇人「日清・日露戦間期における帝国教育会の公徳養成問題 ―社会的道徳教育のための教材と教員資質」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部第57号、2008年12月、11~20頁。
  14. 白石崇人「明治10年代後半の大日本教育会における教師像 ―不況期において小学校教員に求められた意識と態度」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第54巻、2009年3月、270~275頁。
  15. 白石崇人「小学校歴史教科書における寺子屋記述」『鳥取短期大学研究紀要』第60号、2009年12月、9~20頁。
  16. 白石崇人「明治後期の教育者論―教員改良のためのErzieher概念の受容と展開」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第55巻、2010年3月、314~319頁。
  17. 白石崇人「明治後期の保育者論―東京女子高等師範学校附属幼稚園の理論的系譜を事例として」『鳥取短期大学研究紀要』第61号、2010年6月、1~10頁。
  18. 白石崇人「明治30年代初頭の鳥取県倉吉における教員の問題意識―『東伯之教育』所収の小学校普及・中学校増設関係記事から」『鳥取短期大学研究紀要』第62号、2010年12月、11~23頁。
  19. 白石崇人「明治20年代初頭の大日本教育会における教師論―教職の社会的地位および資質向上の目標化」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第56巻、2011年3月、268~273頁。
  20. 白石崇人「明治30年代初頭の鳥取県倉吉における教員集団の組織化過程―地方小学校教員集団の質的変容に関する一実態」中国四国教育学会編『教育学研究ジャーナル』第9号、2011年、31~40頁。
  21. 白石崇人「明治20年代前半の大日本教育会における教師論―「教育者」としての共同意識の形成と教職意義の拡大・深化」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第57巻、2012年3月、233~238頁。
  22. 白石崇人「明治期における道府県教育会雑誌の交換・寄贈―教育会共同体の実態に関する一考察」広島大学教育学部日本東洋教育史研究室編『広島の教育史学』第3号、2012年3月、27~47頁。
  23. 白石崇人「大日本教育会夏季講習会の開始―明治20年代半ばの教員改良策」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第58巻、2013年3月、53~58頁。
  24. 白石崇人「1940年代日本における全国教育団体の変容と再編(年表解説)」教育情報回路研究会編『近代日本における教育情報回路と教育統制に関する総合的研究』日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(B))中間報告書(Ⅰ)、東北大学大学院教育学研究科内教育情報回路研究会、2013年3月、1~10頁。
  25. 白石崇人「明治期大日本教育会・帝国教育会の教員改良―資質向上への指導的教員の動員」学位論文(論文博士(教育学))、広島大学、2014年3月、全390頁。
  26. 白石崇人「明治期大日本教育会の教員講習事業の拡充―年間を通した学力向上機会の提供」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第59巻、2014年3月、533~538頁。
  27. 白石崇人「明治期鳥取県教育会の結成と幹部」『広島文教女子大学紀要』第49巻、2014年12月、27~40頁。
  28. 白石崇人「明治期帝国教育会における教員講習の展開―中等教員程度の学力向上機会の小学校教員に対する提供」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第60巻、2015年3月、37~42頁。
  29. 白石崇人「明治30~40年代における「教師が研究すること」の意義」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第61巻、2016年3月、174~179頁。
  30. 白石崇人「教員養成における教育史教育」広島文教女子大学高等教育研究センター編『広島文教女子大学高等教育研究』第2号、2016年3月、29~48頁。
  31. 白石崇人「日本の学校における道徳教育の展開―修身教育、教育活動全体、道徳の時間、特別の教科」『広島文教女子大学紀要』第51巻、2016年12月、47~57頁。
  32. 白石崇人「教育学術研究会編『教育辞書』における「研究」概念」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第62巻、2017年3月、370~375頁。
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2016年度学位授与式にのぞんで

2017年03月23日 23時55分55秒 | Weblog
 3月20日、本学で学位授与式がありました。夕方から雨が降りましたが、式中は晴れました。よい式になったと思います。
 初等教育学科33期生を見送りました。私が文教生活1年目を迎えたとき2年生のみなさんでしたが、ちょうど本学科では2年生から児童教育コースと幼児教育コースに分かれます。当時幼児教育コースは1年次に幼児教育専門の授業を受けていなかったので(今は改善してもらいました)、私の受け持った2年前期「幼児教育課程論」(「保育原理」などと並行して履修)が初めて幼児教育を本格的に学ぶ機会になったようです。
 あの最初の授業。忘れもしません。数十のとても真剣な表情とまなざしにさらされました。あのとき、広島文教で教鞭を執ることに対する大きな期待を感じたのを憶えています。あのあと、この人たちの学修意欲をそぎたくない、もっと応援したい、という気持ちで様々な改革を提言し、実行に移しました。耳を傾けてくれた上司・同僚に感謝しています。そんな学年が卒業していきました。うまくいったこと、うまくいかなかったこと、いろいろありますが、総合してうまくいったかなと思っています。充実した3年間でした。

 学び続けて、きらきら輝く社会人になってください。応援しています!
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明治期大日本教育会・帝国教育会の教員改良―資質向上への指導的教員の動員

2017年03月03日 23時55分55秒 | 教育会史研究
 いつもお世話になっております。年始からさっそく忙殺されておりましたが、やっと落ち着きました。腰の調子は一進一退で、治ったような治っていないような感じです。気をつけなきゃ。
 1月は整体接骨院に通いながら、仕事始め、研究会、センター試験業務、卒業論文指導、出版のための校正最終段階、詰まり詰まった授業、成績採点など。2月も整体に通いながら、成績採点、入試業務、卒業論文発表会、組織改革の委員会、集中講義(教育史)、実習訪問指導、教員採用セミナー講師など。いままでは2月に入ったら多少楽になったのですが、今年はちょっと違いました。来年はもう少し落ち着くといいな…

 さて、先日よりお知らせしているとおり、待望の学位論文が出版されました! 索引含めて658頁! 分厚い! 
 題名は『明治期大日本教育会・帝国教育会の教員改良―資質向上への指導的教員の動員』(溪水社、2017年)です。目次は溪水社ホームページに掲載していただいている通りですが、これでも長いので下記に章題だけにして紹介します。

 序 章

第Ⅰ部 教員改良の原点
 第1章 「師匠から教員へ」の過程における教員改良問題の発生
 第2章 東京教育会における官立師範学校卒業生の動員 ―東京府教育の改良―
 第3章 明治13年東京教育会における教師論 ―普通教育の擁護・推進への視点―
 第4章 東京教育学会から大日本教育会へ ―全国教育の進歩を目指して―
 第5章 明治期大日本教育会・帝国教育会と指導的教員
第Ⅱ部 国家隆盛を目指した教員資質の組織的向上構想
 第1章 大日本教育会結成期における教員改良構想 ―教職の専門性への言及―
 第2章 明治23年前後における教員改良構想 ―教職意義の拡大と深化―
 第3章 大日本教育会末期の教員改良構想 ―単級教授法研究組合報告と高等師範学校附属学校編『単級学校ノ理論及実験』との比較から―
 第4章 明治期帝国教育会の教員改良構想 ―日清・日露戦間期の公徳養成問題に注目して―
 第5章 教育勅語解釈に基づく教員改良構想 ―国家・社会改良のための臣民育成を目指して―
第Ⅲ部 教員講習による学力向上・教職理解の機会提供
 第1章 夏季講習会による教員講習の開始
 第2章 大日本教育会による教員講習の拡充 ―年間を通した学力向上の機会提供―
 第3章 帝国教育会結成直後の教員講習 ―教員の学習意欲・自律性への働きかけ―
 第4章 明治期帝国教育会における教員講習の展開 ―帝国大学卒・高等師範学校卒の学者による小学校教員に対する中等教員程度の学力向上機会の提供―
 第5章 帝国教育会による教員講習の拡充 ―中等教員講習所に焦点をあてて―
第Ⅳ部 輿論形成・政策参加による自己改良への教員動員
 第1章 討議会における教員の動員 ―「討議」の限界性―
 第2章 「研究」の事業化過程 ―輿論形成体制の模索―
 第3章 「研究」の事業化における西村貞の理学観 ―教育の理学的研究組織の構想―
 第4章 研究組合の成立 ―教育方法改良への高等師範学校教員の動員―
 第5章 全国教育者大集会の開催背景 ―輿論形成体制への地方教育会の動員―
 第6章 学制調査部の「国民学校」案 ―輿論形成・政策参加への教員動員―
 第7章 全国小学校教員会議の開催 ―指導的教員による専門的輿論形成・政策参加―

 結 章 明治期大日本教育会・帝国教育会の教員改良とは何か

 とまあこんな感じです。だいたい学位論文の通りですが、第Ⅱ部第5章と第Ⅲ部第4章は学位取得後に書いた論文です。とくに、教育勅語解釈に関する第Ⅱ部第5章は、教育史学会で発表後、活字化のタイミングを結局逃したので、今ではこの本でしか読めません。また、序章・結章・各部の小括はもちろん、第Ⅰ部第1章・第Ⅳ部第7章も学位論文をまとめたときの書き下ろしです。第Ⅰ部第2・4・5章も、初出時とくらべてずいぶん加筆修正しました。それから、あとがきも学位論文の時に比べて自由に書かせていただいています(笑)。
 本書の内容については目次の通りですが、大まかに説明すると次のような感じです。本書は、日本最古の全国教育団体である明治期大日本教育会・帝国教育会が行った教員改良活動について、実証的に研究したものです。両教育会が、教員(とくに小学校教員)の資質能力向上に対して、帝大や高師、その他の官私立高等・専門教育機関の教員などを動員しただけでなく、全国の師範学校教員や指導的小学校教員を動員したことを詳細に明らかにしました。その歴史的事実からは、近代日本の成立期において、学校教員という職業が誕生する際に、教職の専門性に対する意識がどのように生まれ、育てられようとしたかがわかります。また、全国の指導的教員が、他律的に動員されただけでなく、自ら自分自身や同僚・部下を改良しようとしていた実態も垣間見ることができました。すなわち、近代日本における教職の自律性の萌芽も明らかにしたつもりです。指導教員から「素直に書きすぎ」と批判されたところもありますが、まず愚直に史料に忠実に事実を明らかにすることが次の批判的研究につながると考えて突き進みました。
 400部しか刷っていない高額(税込9,612円)の専門書ですが、どうぞ大学図書館や公立図書館に入れてもらって手にとってみてください。日本の教師とは何か研究する上では必読の本であると自負しております。

 ちなみに、カバーはこんな感じですが、
 
 これはかなりこだわって作ってもらいました。編集担当さんにずいぶん無理を言って、何度も直してもらいました(こんなことまでしているから時間がなくなるのですが苦笑)。以下、こだわりポイントの解説をさせてください(^_^)。
 表紙は題名と写真等で構成されています。ここのこだわりは3つ。第1に、大日本教育会の会員章をたまたま手に入れていたので、題名の左上に使ってもらいました。史料に沿って解釈すると、会員に配られた会員章なのか功績者に配布された会章なのか判断が難しかったのですが、裏に刻まれている「会員章」という文字を信用しました。こいつはかなり貴重です。第2に、『大日本教育会雑誌』に掲載されていた明治26年に建築されたばかりの大日本教育会事務所の絵を使ってもらいました。写真もいちおう存在するのですが(現物は未確認)、帝国教育会になってからのものであり、かなりぼやけています。また、私の論文が明治中期を中心に会の成立あたりを詳細に書いているので、時代の雰囲気を伝えるためにも明治26年新築時の絵を使ってもらいました。第3に、会幹部たちの顔写真群です。私は研究生活を始めた早い時期からずっと、教育会は機械的なシステムではなく、生身の人が動かしていた人間組織であることにこだわっていました。なかでも、中央教育会の教員改良の始動や時々の画期に活躍した幹部たちに注目しました。彼らによって、明治期によちよち歩きを始めた教員という職業が専門職に向けて歩み始めたのだということを表現したかったのです。顔写真は本文でもふんだんに掲載しましたので、よく読めば誰の写真を使っているかわかるのですが、とにかく各時期のキーパーソンになった人たちを厳選しました。順番は、何となく、かかわりが古い順で下から並べています。そういう意味ではもっとたくさん載せたかった人はいるのですが、デザイン上18名に絞られました。ちなみに、顔写真を使いたかったのは私、事務所絵を使いたかったのは編集。両方を組み合わせてみようということになった結果、いい感じになりました。
 背表紙のこだわりは2つ。第1に、副題が埋もれてしまわないように文字色を変えてもらいました。本書は歴史書ですが、教育学書でもあるので、教育学的な問題意識を大事にしたい気持ちがあったからです。第2に、背景に大日本教育会の会章図をあしらってもらいました。デザイン自体は単純なのですが、中の太極図や周辺の光線・剣の傾きなど、あんがいよく見ると正確でないところがあったので、何度か確認して直してもらって完成したものです。
 裏表紙のこだわりは1つ。第1回全国小学校教員会議の集合写真を使ってもらいました。本文にも書いたのですが、この会議は両教育会の教員改良活動の集大成にあたるものです。表紙の人々が始めた教員改良の成果を形に表したかったので、この写真を使いました。この手法は、実は拙著『鳥取県教育会と教師』でもこだわったところです。まあとにかく教員会議の写真が残っていてよかったなあと思います。
 あと、カバー全体の色ですが、薄緑色?になっています。これは、大日本教育会の会旗に使われた色が赤・黄・緑・白だったので、このあたりの色を使ってもらえないかと頼み込んで、しっくりくる色を使ってもらいました。つや消し加工もしてもらって、とてもいい色になったと思います。顔写真も埋もれず主張しすぎずの難しい色合いを要求したのですが、いい感じになりました。最後に価格ですが、税込み1万円は超えないように無理を言って聞いてもらいました(^^;)。溪水社さんのご厚意・ご協力に感謝です。

 とまあ、こんなこだわりと約15年間の研究成果がこもって、やたら分厚く重い本になりましたが、ぜひ手に取ってみていただけると幸甚です。2016年度日本学術振興会科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術図書)の補助対象物です。よろしくお願いします。
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著書業績一覧

2017年03月03日 23時55分55秒 | 研究業績情報

 書籍になった著書業績については、以下の通り。

<単著>

  1. 白石崇人『保育者の専門性とは何か』幼児教育の理論とその応用②、社会評論社、2013年。(全198頁) ※目次詳細→社会評論社HP
  2. 白石崇人『幼児教育とは何か』幼児教育の理論とその応用①、社会評論社、2013年。(全182頁) ※目次詳細→社会評論社HP
  3. 白石崇人『鳥取県教育会と教師―学び続ける明治期の教師たち』鳥取県史ブックレット16、鳥取県、2015年。(全112頁)
  4. 白石崇人『明治期大日本教育会・帝国教育会の教員改良―資質向上への指導的教員の動員』溪水社、2017年。(全658頁) ※目次詳細→溪水社HP

<共著>

  1. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会に対する文部省諮問」梶山雅史編『近代日本教育会史研究』、学術出版会、2007年、303~326頁。
  2. 白石崇人「全国教育者大集会の開催背景―一八八〇年代末における教育輿論形成体制をめぐる摩擦」梶山雅史編『続・近代日本教育会史研究』学術出版会、2010年、109~132頁。
  3. 白石崇人「日本の保育の制度史(戦後)―なぜ保育所と幼稚園があるのか?」池田隆英・上田敏丈・楠本恭之・中原朋生編『なぜからはじめる保育原理』建帛社、2011年、97~104頁。
  4. 白石崇人「第三章 明治期の村と教育」「第六章 明治後期から大正期の地域動向 第四節 青年団・その他」「第七章 日露戦争後の教育と地域」鳥取県立公文書館県史編さん室編『鳥取県史』資料編・近代4行政1、鳥取県、2016年3月、担当解説28~36・83~84・85~95頁、担当資料413~470・755~761・767~820頁。
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時代に応じた女子教育を考える

2017年03月01日 22時31分07秒 | 教育研究メモ
 この20年ほどの間、大学改組が激しく進んでおります。その中で女子大学は時代遅れの産物として、どんどん共学化されています。
 しかし、女子教育は本当に時代遅れの産物なのでしょうか? 私はこの考え方に疑問です。そう思うのは、時代遅れとされているのは良妻賢母主義であって、女子教育そのものにはもっと別の可能性があるのではないかと思えてならないからです。

 女子教育は、時代と共に変化してきました。江戸期の女子教育は、いわゆる「三従の教え」に基づく教育でした。明治期の女子教育は、初等教育においては共学と別学の併存、中等教育においては良妻賢母主義の教育でした。良妻賢母主義の教育は、江戸から明治・大正にかけて、女性が子育てから除外される存在から子育ての中心となる存在へ移行し、国家社会の構成要素が「家」から「家庭」へ移行する中で、必要になった教育でした。
 良妻賢母主義は長らく日本の近代化に貢献してきましたが、高度経済成長期後にその基盤が崩壊しています。性別役割分業に基づいていた「国家・社会」や「家庭」の形が、根本から変化しているからです。性別役割分業というのは「男は外(公)で仕事、女は内(私)で家事・子育て」という社会のあり方ですが、今は「男も女も外・内で仕事・家事・子育て」というあり方に移行しています。男性(夫・父)が家庭を支える収入を一人で稼げなくなり、女性(妻・母)が補うようになって、今では男性をしのぐ収入を得る女性も増えてきました。性別役割分業はもはや成立しないので、「男はもっと稼ぐべき」とか「女は家事や子育てをしっかりすべき」という言説は時代遅れの言説として受け止められるようになりました。このような考え方・言説を支える形で機能していた良妻賢母主義の女子教育は、今や機能しなくなっています。

 戦後の女子校・女子大の思想・実践は、女性らしさを伸ばしながら良妻賢母主義からいかに脱却するか、という難しい課題に取り組んでいたと思われます。私の所属する広島文教女子大学・附属高校の学園訓を見ると、女性らしさを重視する「謙虚で優雅な人になりましょう」という言葉が使われる一方で、「真理を究め正義に生き勤労を愛する人になりましょう」「責任感の強い逞しい実践力のある人になりましょう」という性別を問わない近代的な人間らしさを重視する言葉が使われています。男性らしい女性になるのではなく、女性らしい人間になることが目指されているように思います。
 このような女子教育の改革が始まったのは、大正期(とくに第一次世界大戦後)だと思います。大正期の女子教育は、良妻賢母を基本としながら、社会で活躍する女性を育てる教育に変化を始めました。女子教育のなかで、体育奨励や、高等教育の重視、科学思想の普及、情操教育の奨励、勤労や社会貢献の意識・習慣形成などが積極的に主張されるようになります。次第にそのような実践も増えていきました。これらの女子教育論を見ていると、論旨は確かに良妻賢母主義に基づいてはいますが、それだけにはとどまらない可能性を感じます。いずれにしても、時代に応じた女子教育が目指され、確かに実践が作り出されたということは事実です。
 つまり、女子教育は時代に応じて変化します。そうすると、今の女子教育に時代遅れなものがあるとすれば、悪いのは時代に合わない考え方・構造であって、女子教育そのものではないと思います。

 私はこれまで共学の総合大学で1年、元女子校の短期大学で5年働いてきました。そして今は、女子大で勤務して3年目です。女子教育のなんたるかを考えざるを得ない環境のなかで働いてきて、来月で大学専任教員生活10年目を迎えます。そんな私が、女子学生の教育・学修環境として女子校・女子大に意義はあるかと問い直した場合、大いにあると思います。
 私が常々実感しているのは、女子大は「女性が男性に頼らない(頼ることのできない)環境」であるということです。ジェンダーの問題性が叫ばれ始めて長い時間が経ちましたが、それでも、世の女性は、どうしても男性に頼ろうとする傾向があります。特に、女子大から共学に移行した学校の場合、どうしても女子学生が多いのですが、自主的・自立的に活動しなければならない場面で、女子学生は自ら男子学生を前に押し出して後ろに下がろうとする傾向があります。もちろんそんな傾向のない立派な女子学生もいますが、自主的・自立的に活動できる、またはその経験をすべき場面にもかかわらず、多くの女子学生たちが自分でそのチャンスを放棄してしまっています。特に、リーダーシップの経験はとても貴重です。押し出された男子学生にとっては貴重な経験になります。しかし、女子学生にとっては自分で自分の成長機会を放棄しています。共学では、女子学生の教育・学修環境として十分な成果を得られないことがあるのです。
 今後何十年と経つ内にこのような傾向はなくなるかもしれないし、共学化した元女子校に育つ学生に限られた傾向かもしれませんが、私は今の日本人女性にとって、女子校の女子教育には捨てがたい教育的意義があると感じています。女子校は、女子学生が自分の教育・学修機会を自ら放棄することはできません。何事においても、男性に頼らず、自分で活動するしかないからです。この環境を前向きにとらえ、自ら活動することができた時、女子校は女子学生に自主的・自立的に活動して自ら成長する機会を提供することができます。
 女子校で育った人は、共学で育った人と違う、とよく言います。そもそも民主主義は、様々な主義主張・考え方の人々を育てることによって成立します。民主主義を実現するには、女子校で育った女性も、共学校で育った女性もいていいし、むしろいるべきではないかとまで思えます。

 時代遅れなのは特定の女子教育の考え方であって、女子教育そのものではない。今すべきことは、女子教育を時代遅れのレッテルを貼って全滅させることではなく、むしろ時代に応じた女子教育を求めてそのあり方を問い直すことなのではないでしょうか。やり方によっては、共学よりも、むしろ女性の自立を促す女子教育というものがあるような気がしています。
 女子教育の可能性の探りどころは、やはり時代に応じた女性の生き方をどう見極めるかにあるように思います。これから女性はどんな理想的女性像を持てばよいのでしょうか。目指すべきは、いわゆる「男性化」した女性でしょうか。「性別のない人間」でしょうか。個人が良妻賢母を目指すことは良いと思いますが、硬直化した一定の「女性らしさ」を押しつけるような女性像も時代遅れでしょうね。女子校の女子教育とともに、共学における女子教育を考えることも重要だと思います。女子教育を論じるには、やはり女性の将来像をどのように構想するかが大事です。それは私のような男には難しいことですが、女性とともに生きていく上ではとても意義のある難題だと思っています。女性の率先的な活躍が期待されます。率先して活躍できる女性を育てるためにも、女子教育の改革は重要だと思います。

 3年前から他大の非常勤講師として女子教育史を授業で取り上げるようになり、今年度から所属大でも取り上げることができる立場になりました。そして、今年度の講義に内外の履修生たちがとてもよく反応してくれたため、時代に応じた女子教育のあり方とは何だろうと真剣に考えるようになりました。今後とも、学生たちに問題提起していきたいと思います。男子学生にも考えて欲しいです(教員は女子教育に必ず携わるので、教員になる学生には特に!)。自立した女性を育てる上でも、女子教育のあり方を自ら問い直す経験は貴重だと思います。女子教育は差別的だ、ジェンダー問題の再生産だというところからさらに乗り越えて、女性をどのように育てるか、今後ともみんなと一緒に考えて行きたいです。
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ついに!

2017年02月24日 21時20分01秒 | Weblog

来ました!
学位論文の書籍化完了です!

取り急ぎ報告まで!
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小規模地方私大の将来について考える一冊

2017年02月05日 23時55分55秒 | 教育研究メモ
 お久しぶりです。1月は結局、年始しか記事を書けませんでしたが、なんとか生きています。
 さて、仕事の関係で興味が出てきまして、時間を見つけて大学経営に関する本をちびちびと読んでいます。そんななか、小規模地方私立大学の関係者に必読の書を見つけました。

 小川洋『消えゆく「限界大学」―私立大学定員割れの構造』白水社、2016年。

 「限界集落」ならぬ「限界大学」…。読みやすい上におもしろくて一気に読んでしまいました。小規模地方私大の将来を憂う人や、今の日本には大学が多すぎると思っている人、大学淘汰の時代にどんな大学が生き残れるか興味のある人は、ぜひ読んでみて下さい。あ、耳障りのよい言葉ではなく、率直に明確に論じておられますので、関係者は苦言を呈される覚悟をして読みましょう。(^^;)
 私は小規模地方私大にも大きな存在価値があると思っています。いかにその存在価値を実現し、高めるか。この本は、統計と歴史と実例(時にやけに実感がこもった批判)とを通して、小規模地方私大の将来を考えさせてくれます。
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