LOHASな日々@湘南

日々の暮らしの中にあるLOHASのヒントやちょっと素敵なことを徒然なるままに綴っていきます

やっぱ個人だな

2011-07-22 11:27:51 | 徒然日記
ちょっと書くタイミングを逃してたら、いつ書いてくれるわけ?と殿に催促されたので・・・2週間ほど前のことになりますが、我が家にニューフェイス登場
じゃじゃーん↓↓↓



写真で伝わるかなー?この一枚板の風格!高さでいうと私の首くらいの高さなので、目につきにくいのがモッタイナイくらいのカウンター
こ、これは夏の夜にデッキビールを飲めってことですか~~~???

実はこれ、薪ストーブのスス汚れ防止(?)なんです(←違っていたら修正して、殿)。煙突からたまに出てくるススが雨に打たれて壁伝いに来るとデッキが傷んでしまう、その防止策なんです

作ってくださったのは、お友達Yさんの旦那さま。腕のいい大工さんに我が家のちょこっと修繕をお願いするなんて失礼かなー、と思いつつ相談してみたら快く引き受けてくださって。元々うちの殿は、上記の対策としては、ガルバリウムか板金か何かで保護することくらいしか考えていなかったそう。
ところが、我が家を見たYさんの旦那さま、下見の後提案として持ってきてくださったのが、なんとこの一枚板。我が家の雰囲気を考えたらこちらのほうがいいんじゃないかとご提案くださったわけです。自分たちでは想像もしてなかった仕上がりに、もう感激。ありがとうございます!!!

Yさんの旦那さまは心が柔軟な方なんだな~、って感じました。つまらないプライドがあると、こなすだけの仕事になりがちだし、もし私が大工さんだったとしたら正直「この程度の仕事か」って思ってしまったかも。

注文されたことをただやるんじゃない、その家を見て、住む人のライフスタイルを見て作るホンモノの大工さん。こういう大工さんって減ってきちゃっているんじゃないでしょうか。
工務店に頼んでたらこうはいかなかったよねー、と殿。

大きな組織に所属していたら、なかなかこういう提案ってできないんだろうなあ。提案はあっても、キャンペーン中の商品を売り込みたいとかこっちのほうが安いからとかもっと打算的なことが多い・・・気がする。なんて言うか、自由がきかないというか、血が通った関係になるのが難しいというか。
やっぱり効率優先だと自分で考えることが少なくなってきて、どこかにあきらめにも似た気持ちが芽生えてきて・・・機械の一部みたいに言われたことだけをやってるうちにいろんな感覚も麻痺してくる!?手抜き工事とかも平気になってきてしまうのもある意味不思議とはないわけで
いやいや、もちろん、組織にあってもその中で最大限にベストを尽くしている人たちはいるし、素敵な組織もありますよ~。ただ、今回改めて個人ベースの魅力について考えさせられたといいますか。

● 組織・・・安定性抜群だけど歯車の一部←なつかしい響き!?
● 個人・・・安定性には欠けるけど可能性も無限大か・・・

自分が働いていたときは、歯車だっていいじゃな~いと楽しんでたし、家族のこと思うと勤め先には前者を選んじゃうのが本音かもしれないけれど、お仕事頼むなら断然後者!自分の中では、これからは後者の時代

話しは飛ぶけれど、チビが通っている(笑)、長谷の一丁焼きの鯛焼き屋さんは毎回おまけの鯛焼きをくれる。個人商売でないとこういうやりとりはできないよなあ。スーパーで店員さんが勝手にやってたら怒られるもの。大きい組織には大きい組織の魅力があるのだろうけれど、個人と個人のつながりのできる小さな単位、顔の見える関係がなつかしい今日この頃です。どこに頼むのか、どこで買うのか。顔の見える関係を築いていけば間違った方向にはいかないよね、きっと。便利さや値段だけでははかれない魅力がそこにはある。

うん、Let’s ダウンシフト


スーパーより個人商店の駄菓子屋でおまけもらいたい~(←えっ、そこ!?)、と思ってくださった方、ポチっとお願いしま~す↓↓↓

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ロハスへにほんブログ村


かっこいい新潟の友人

2011-07-15 16:11:06 | 徒然日記
 

はい、ご当地かっこいい友人シリーズ(笑)。福島に引き続き新潟の友人です
このブログでも何度も紹介している、素敵なS一家。新潟の廃村したところに自分の手で家を造り、無農薬のお米を作っている農夫&シンガーの佑介くん。震災の後、何ができるか考えてチャリティCDを出しました~。寄付というものについてもとっても考えさせてくれました。本当はチャリティCDができた3月後半すぐにでも紹介したかったのだけれど、タイミングを逃してしまい今頃・・・まあ、世間の寄付熱が冷めてきたところでちょうどいい・・・かな!?

寄付に関しては、日頃から色々と思うところがあったので、今回の震災では実はすぐには動きませんでした。その場の燃える情熱で動く人は世間にたくさんいてくれたので、私は逆に長期的にじっくり何に投資(?)が必要なのか見極めたかったんです(表現が下手ゆえエラそうに聞こえたらごめんなさい。)
大きな組織に寄付、アリでしょう。でも、そこに寄付が集中するのなら、微力だからこそ、自分は自分の描きたい未来に少しでも関わりたかった。顔の見える関係まではいけなくても、この人たちに未来を託したい!と思える人たちのところに少しでもお金がまわってほしかったのです。さあ、では、どんなところ?

佑介くんの選んだところは非常に共感を覚えました。ブログには寄付先についてこんな風に書かれていました↓

集まったお金は、まとまった額が貯まり次第、被災地の行政の支援が届きにくい民間の子供たちの為の施設、自然教育などを実践している組織や幼稚園やフリースクールなど(具体的な送り先が決まり次第お伝えします)に届けたいと考えています。

自然を愛せる子供を育てることが、これから何より必要だと思います。そのような信念で活動している民間の小さな組織や個人の方々がいます。
被災し活動が厳しくなっているような組織に一刻も早く復興してもらい、子供たちが生き生きと成長出来る場所を維持してもらいたいと思います。


まともな生活ができるような緊急救援物資ももちろん必要。でも、長い目で見たら、「自然を愛せる子供を育てること」、自然とのつながりを持てる子供たちがおかしな方向に進みがちな人間のエゴを食い止めてくれる気がするのです
DSを寄付することで子供たちに一時的な笑顔を取り戻すことはできるかもしれない。でも、未来への希望、根本的なもっと深いところでの笑顔はやっぱり人と人とのつながり、自然とのつながりを取り戻すところにある気がしてならないのです。
寄付先は彼のブログの中でも紹介されてるのですが、本当に素敵な活動をされてる方がたくさんいるんだなあ、と感動しました。自然エネルギーを取り入れた、循環型ライフスタイルを目指してたり。あ~、ワクワクする!先日ご紹介した大西くんの自然学校ともつながりましたよ

CDは一枚1,000円で制作費をのぞいた9割が寄付。決して金額的には大きくないけれど、たくさんの人が聴いて、参加することでたくさんの人の思い、心がつまっている。だから、「送金送心」、と佑介くんは書いています。歌いながらも歌ってる場合かと悩み、苦しかったみたい。宮城にもボランティアに行った彼が感じたことは「一人一人は微力かもしれないけれど、無力ではない」だったそう。
行動してる人は、具体的に動いている人には確かな手ごたえがあるんだなあ。彼のブログもぜひ3月からさかのぼって読んでみてください。↓
http://happy.ap.teacup.com/sayyah/

私が悶々としがちなのは具体的に動いてないからなんだなあ・・・

そして、今回彼の作った祈りの歌、『空へ歌う』はコチラです。
お友達にCDをプレゼントしたところ、「声がいい!歌詞がいい!」と気に入ってもらえました♪


http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=chdejAgdFMM
みなさんのまわりのかっこいい人もぜひ教えてください


寄付は長期的に、自分の描きたい未来に、と思ってくださった方、ポチっとお願いしま~す↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ロハスへにほんブログ村

かっこいい福島の友人

2011-07-12 13:36:41 | 徒然日記
 

「お母さん、見て見て~。雲が面白いよ!」
いままで、それほど雲に目がいかなかった長男がここに引っ越してからというもの、2階のウッドデッキから見える雲が面白くて仕方ないらしい。時に早く流れたり、ふわふわのわたあめみたいだったり。「あ~、乗りたいなあ」とうっとり口調の長男
都内で働いていた頃はビルの隙間の空眺めることすら忘れてたな。雲眺めたり月眺めたり・・・なんかこういう日常を忘れるところから心も身体も不自然になっていくような気がする。言葉はいらなくて、こういうただ眺めたりすることの中に大事なことがいっぱいあるなあ、と思う今日この頃です。

さて、実は先日自分の気持ちをスッキリさせるためだけの日記を書いてアップしちゃって、後悔。2時間後くらいには削除しました(笑)。“不安と怒り”を世の中を変えるための原動力にしている反原発の人たちにへこまされて、いや同じ変えるでも希望とワクワク感にしようよとか思っちゃったんですねー。でもね、母に諭されました。

「間口は広いほうがいいのよ。共鳴感を求めたら虚しいだけ。いろんな人がいていい」

う~ん、さすが生きてる年数違います(笑)。子供のため、明るい未来のため、向かってる先が同じなら、そこへ向かう方法は色んな道があっていい。・・・頭では分かってるつもりでした。でも、あまりの攻撃的な言動、ネガティブワードに自分と違う考え方の人に排他的な態度に疲れちゃったんですね。でも、彼女たちを違うと思う私も、また批判的な気持ちを抱いてる場合じゃなかったんだな~。

人にはいろんなステージがあって、その時々にぴったりの出会いがあって、自分自身で色々と気付いていく。
入り口は“不安や怒り”であっても、時期がくれば、いや不安は何の解決にもならないと自分で体験して気づいていくのかもしれないわよ、と。だから間口は広くていい。同じを、共鳴感を求めるからおかしなことになる・・・はい、そうですね

その“不安と怒り”でいっぱいの人たちと話して、数日間気持ちがすごく後ろ向きになっていたのですが・・・そんなとき知り合いの大西くんのブログを読んではっとしました。
大西くんは福島の地で自然学校をやっている野人王(テレビチャンピオンにもなったんですよん)。火起こし師。いま南会津の地で、子供たちのためにこめらの森というプロジェクトに取り組んでいます。

逃げる話し、逃げない人、放射能を恐れない人たちへのバッシング(?)に疲れていたとき、放射能の恐ろしさをよく勉強して知りつつも同じ福島にとどまり、福島の子供たちのために前に進んでいる彼らのプロジェクトを知ったのです。そのとき、なぜだかぶわーっと前向きな気持ちがわき起こったのです。彼らはイキイキと生きてる、って。
“根っこ”を育むことをずっと大切にしてきた大西くんの自然学校。さすがです、全てはつながっていて、気づきなんですね。前述の人たちを話していて何がストレスだったかというと、そこにさまざまなものとのつながりがなかったからなんです。恐れるのは放射能汚染のことのみ。ほかにも色々とつながっているのに。自分の生活全てがつながっているのに、そこはスルーで責めるだけなんだなあ

ゴミに関することが書かれていた、この日の大西くんの日記は、特にうんうんと頷きながら読みました。


この捨てられたヒトたちはどこへ行くのだろう。
普段、見えないものに蓋をするような暮らしも
どこかで私たちにつながっている。

放射能を恐れるが、
今まではどうだったのだろうか。
ポポイ!とゴミを捨てたその先に、
私がいて、あなたがいて、生き物がいて、子どもたちがいる。

ビンも山ほど捨てられている。
リサイクルもされるのだが、
消費する思考、価値観がそのままでは、
どんなことが起きても不思議ではない。

ゴミ処理場で働く人々。
原発で今も働く人々。
同じじゃないのか。



うんうん、そうなんだよね。そして、目に見えない汚染の恐怖は確かにあるけれど、目の前に活かされてる生物がある、空がある、雲があることも忘れたくない。汚染されていても、やはり恵みは恵みであり、感謝なのだ。不安で、その美しさに気づける心まで見失いたくない。
今回の天災、人災全てを気づきのチャンスと思って前に進む人々のかっこいいこと。本当に勇気づけられます。
ゆっくりとではあるけれど、私もまた少しずついろんなことに気付きかされている。あとはそれをどう生かしていくか!いかしかたが分からないから、寄付とか署名とかそういう形しかまだ取れないけれど、もっと具体的に行動に移したいな。まだまだ模索中ではあるけれど、子供たちと一緒に目の前の恵みも堪能しながら、未来へ向かって前へ前へ進もう。前向きな気持ちをくれた福島の地の友人に感謝


いろんなやり方があっていい、だけど全ては明るい未来のために!と思ってくださった方、ポチっとお願いしま~す↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ロハスへ
にほんブログ村