前回(→こちら)の続き。
映画『ヒッチコック』でも描かれていたように、偉大なる映画監督アルフレッド・ヒッチコックは、金髪美女が大好きなおじさんであった。
なので、自作の映画に出演した金髪美女を口説くのであるが、一度として受け入れられたことがない。
はっきりいってセクハラだが、女優に手を出さない監督は大成しないという意見もあり、その点ではヒッチ先生のやっていることは、よくある話なのである。
ではなぜ、映画に出演させてやったにもかかわらず、モテなかったのか。
これは女優ティッピ・へドレンとのエピソードによって、そのからくりが少しはわかることとなる。
金髪を追い求めるヒッチ先生は、先生の代表作にもなる『鳥』にティッピを抜擢。
もちろんのこと、いつものごとく
「オレの女になれヒッチ!」
猛アタックをかける。このあたりのことは『ヒッチコック』でも、ふれられている通り。
しかし、ティッピはそれを拒否。
それを根に持ったのか、映画の中で先生は、これでもかこれでもかとドSモードで鳥にティッピを襲わせる。
結果的にその嗜虐性が鳥の怖ろしさをスクリーンいっぱいに表すことになって、『鳥』は恐怖映画の名作となった。
まあ、ここまでならクリエイターの変態性がいい意味で作品に貢献できたということで、映画史的にはいい話なのであるが、ここで止まらないのが先生。
ヒッチ先生は、『ヒッチコック』にもあったように、『鳥』のあとにもティッピ・へドレン(その他、お気に入りの女優全員)の仕事やプライベートにあれこれと口を出して、彼女を辟易させる。
しまいには、ヒッチコックの干渉から逃れるためか、彼女は一時期女優業を休業することとなるハメに。
こうなると、立派なパワハラであり、ストーカーである。
いい感じに、見苦しいフラれ男だ。カッケーぜ! ヒッチ先生!
さらに、ヒッチ先生が本領を発揮するのは、後年、『マーニー』でティッピをふたたび抜擢したときのこと。
ティッピ・へドレンは撮影に、娘であるメラニー・グリフィスを連れてきていた。
撮影日がメラニーの誕生日だったということで、ヒッチ先生は彼女にプレゼントをあげることに。
よろこんだメラニーが箱を開けてみると、そこには小さな棺桶の模型があった。
子供への贈り物に棺桶。
これだけでも、それこそ『サイコ』のアンソニー・パーキンス並みに怖い。
しかも、その棺桶を開けてみると、中には精巧に作られたお母さん(ティッピ・へドレン)の人形が寝かされてた。
さらには、その首にはロープが巻きついていたそうである。
なんというのか、なかなかのゆがみっぷりであるというか、正直ドンびき。
プレゼント開けたら、お母ちゃんがヒモで首しめられて、棺桶に横たわっている!
これを見てメラニーは、
「こんなゲッスいオッサン知らんわ」
心底軽蔑したそうである。そらそうやろうなあ。
そんな、クリエイターとしては120点、人としてはマイナス1万点なヒッチコック。
けど結果的に、先生にとってこのモテなさっぷりは、映画監督としては、よかったのではなかという気もする。
あくまで私見であるが、ヒッチ先生の創作の源の何分の一かは、この
「満たされないリビドー」
に拠っていたのではないかという気がする。
ド変態ではあったけど、そのあふれでるフェチっぷりを、妙なアートとかでなく、あくまでエンターテインメントに昇華させたところは、さすがは職人技。
そこが、ヒッチコックの偉大さだと思うわけなのだ。
★おまけ 『ヒッチコック』の中であつかわれていた『サイコ』は→こちらから。