これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

ベルリン交響楽団 with フジコ・ヘミング

2023年06月25日 21時44分19秒 | エッセイ
 池袋にフジコ・ヘミングさんが来るというので、何も考えずにチケットを購入した。



 開催日が迫ってくると正気に返り、平日の夕方、仕事を片づけてホールに向かう算段を考える。
「えーと、19時開演だから18時半には着きたいよね。てことは18時に夕食。学校を出るには17時か、キツい~」
 いつも18時に退勤しているので、1時間前倒しは厳しいが、近場でフジコさんのピアノを聴けるチャンスはそう多くない。何としても定時に上がり、しっかりご飯もいただいて演奏を聴かなくては。
 しかし、そういうときに限ってトラブルが起きる。
「その言い方、パワハラですよ。訴えます」
「はあ? どこがパワハラなんですか。意味わかんないんですけど!」
 いつもは仲のよい2人の職員が、なぜか16時頃ケンカを始めた。どうも意見の食い違いから揉めているらしい。延々と続くようなら仲裁しないといけないだろうが、時間が時間が!
「もう僕は子どものお迎えがあるから帰ります。あなたにつき合っていられません」
「何て失礼なことを! もういいですっ」
 和解はしていないが、ひとまず終わったらしい。ふう。
 コーヒーカップを洗い、パソコンの電源を落として、私は着々と帰り支度を進めていた。あと10分。
「ピーッピーッピーッ」
 けたたましく警戒音が響く。機械警備だ。誰かが解除せずにどこぞの部屋に立ち入ったらしい。何でこんなときに! 「うえええええ!」と顔が引きつった。
 しかし、気の利く原先生が私より先に立ち上がり、「見てきまーす」と爽やかに走って行ったので、やることがなくなった。天使のようだ。何てありがたい原先生。
 かくして、無事17時に職場から脱出できた。あとは東横線と副都心線が遅延しないことを祈るばかりだ。
「池袋、池袋です」
 こちらも難なくクリアし、まずは夕食にありついた。



 急ぐときは寿司に限る。
 茶わん蒸しとカニのお椀もついていたので、気分が盛り上がってきた。



 予定通り、18時半には東京芸術劇場に到着する。
 コンサートホールに行くのは初めてかも。



 天井の絵がキレイ。







 余裕をもって席に着き、開始のそのときを待つ。この期待感がよいのだ。
 今回はベルリン交響楽団とのコラボなので、フジコさんの出番はそう多くない。それでもピアノが聴きたかった。音楽には格別の関心はないけれど、ピアノの音だけは好きだ。子どものときはピアノを習い、上達しなくてもあの音色を奏でる時間を楽しんでいた。私にとってピアノは特別な楽器なのだ。
 今回はピアノ以外の楽器も聴くことができた。生演奏の迫力はその場にいないと味わえない。奏者の熱気が伝わってきて、音符の荒波を何度もかぶった気分になる。
 すごい!
 長い時間ではなかったけれど、たしかに私は音の海で泳いでいた。
 決してサブスクやCDでは味わえない臨場感に、来てよかったと口端を上げた。職場を出るまでは心臓に悪かったけれど。
 年に一回ぐらいは、音楽に触れる時間を確保したいものだ。

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デコレーションケーキの決め手

2023年06月18日 20時45分49秒 | エッセイ
 夫の誕生日は6月中旬なので、当然のように父の日と兼ねてお祝いをする。
「今年はどこのケーキにしようかな」
 フルーツが豪華な高野、チョコレートの質が違うベル・アメール、デザイン性の高い千疋屋など、選択肢はいくつもあるが、以前から気になっていたアトリエアニバーサリーを開拓することにした。
 ここのケーキはひたすらフェミニンで可愛い。



 クリームの盛り付け方が丁寧で、うっとりしてしまう。



 一度は食べてみたいと思うこの気持ちを、わかっていただけるだろうか。
 一方で、私にブレーキを掛けようとする力が生まれ、脳裏にささやいてきた。
「はあ? 誰のケーキだと思っているの。オジさんというより、オジイさんでしょ」
 そうそう、そうなのだ。これは私の良心かもしれない。
 フリフリのキュートなデコレーションにまったく見合わない、しおれてオシャレをする気もなくなった男のお祝いとなるのだから。
「でもさ、私とミキも食べるし」
 夫に加えて、私と娘の女子チームを含めれば、バランスが取れないこともない。辻褄の合う言い訳を考えて理論武装し、注文をすべくカウンターに向かった。
「この小さなデコレーションケーキをください」
 サイズは2~4名用。小さいがゆえに少女もリボンもなく、乙女度の低さが好都合であった。
「プレートはおつけしますか」
「はい、じゃあ、Happy Birthday パパでお願いします」
 お会計をしている間に、別の客の会話が聞こえてきた。
「きゃあ、可愛い。ここにしちゃおうよ」
「そうね、いいわね」
 しかし、私が注文したケーキがショーケースから取り出されると、「ああっ」という悲鳴に変わった。もしや同じものを狙っていたのか。
 こ、これは、決して後ろを振り返るわけにいかないね……。
 背後の気配がなくなるまで、タヌキの置物のようにじっと待つ。よしよし、諦めて別の店に移動したようだぞ、ホッ。
「プレートの位置はこの辺りでよろしいですか」
「はい」
「お待たせしました」
 商品を受け取り、店をあとにした。あとは家に帰るだけだ。
 しかし、暑かったせいか、保冷剤があってもクリームが溶け、家に着いたらケーキの形が変わっていた。プレートの重みでケーキが傾き、箱に接触していたのだ。まさか逃げようとしたわけではないだろうが。
「ひいぃー」
 残念ながら、後ろ姿のみご覧いただきたい。



 かなりショックだったが、崩れた見た目と裏腹に、かなり美味しいケーキであった。フワフワのスポンジにピンクと白の生クリームがほのかに甘く、酸味を感じるベリー系を引き立てる。ルックスだけでなく、歌唱力も抜群のアイドルみたいなケーキに感心した。
「私の誕生日もここのケーキがいいな」
 さてさて。私がリクエストしたいのはこれ。



 プレートはいりませんって言わないとね。

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カレーライスが待っている

2023年06月11日 21時38分22秒 | エッセイ
 専業主夫である夫が一泊で出かけることになった。
「家のことができないけど、大丈夫かな」
「いいよ、いいよ。行っておいで」
 どうも、大学時代の仲間と何年かに一度、会合を持つことになっているらしい。普段は友達らしき人と接触もなく、スーパーやドラッグストアにしか行かないから、たまには刺激を受けた方がボケ防止になるだろう。
 しかし、その間の風呂掃除や洗濯物、食事の支度はどうしたらよいものか。一日や二日ぐらいは何とか頑張ろうと思っていたら、娘がやるという。
「ちょうど仕事も休みだし。夕飯も作るよ」
「わあい、ありがとう」
 5月、6月はそれなりに忙しく、仕事に専念できる環境があれば助かる。
「カレーでいいかな」
 娘の提案に二つ返事で了承した。ルンルン。
 その日はお昼ごろまで平和だったが、午後になってからいろいろなことが起きた。
「笹木先生、ちょっといいですか」
「何かありました?」
 まず、20代の教員から保護者対応について相談を受けた。ある教科の成績をめぐって不満があったらしい。話を聞いて、しかるべきアドバイスをする。
「ああ困った。会議室が空いていない」
 次に、校長先生からヘルプがあった。外部の方を呼んで協議会をしようとしたら、すでに部屋を取られていたという。笑いをこらえて、その場にいた先生と一緒に空き教室を探す。予約簿を見ながら、数学科の先生が言った。
「多目的室が空いてますよ」
「じゃあ、そこにするぅ~」
 こちらも解決した。でも何か落ち着かない。
 席に着くや否や、機械警備の警報が激しく鳴りだした。
「ナニ、どこで鳴ってるの?」
 パネルを見ると体育館らしい。警戒を解除せず、部活を始めたのかもしれない。現場に向かい、侵入者でないことを確認する。
「はあはあ」
 戻ってきたら会議が待っている。ああでもない、こうでもないと意見が交錯し、終わったときには6時を回っていた。「ちょっと遅くなる」というLINEをしようとして、娘がカレーを作ってくれることを思い出した。
「やばい。遅くなれない」
 急いで帰りの支度をした。パソコンの電源を落とし、洗った弁当箱を巾着袋に収納し、バッグにしまう。コーヒーカップを片づけて、机のカギも閉めないと。
 そのとき、週に一度勤務するスクールカウンセラーの先生が職員室に入ってきた。「うわあ」と焦ったが、私ではなく他の先生のところに向かっていった。「よしよし」と小さく息を吐き、荷物を持って出口を目指す。帰らなくては! 追手がかかっているわけでもないのに駅まで走り、引き止められないように用心した。
 電車に乗ってしまえばこっちのもの。特に遅延もなく、19:30には家に着いた。
「おかえり! ご飯できてるよ」
「やったぁ!」
 予告通り、目玉焼きの載ったカレーが登場した。牛肉もたっぷり入っている。



 副菜として、ラタトゥイユも用意されていた。



 ゴマ油が香ばしく、和風のテイストに仕上がっているではないか。
 さらに、ベーコン、白菜、大根おろしのさっぱりしたスープがありがたい。



 どれもこれも、一生懸命作ったことがわかる、ていねいな仕上がりになっていた。
「美味しい、美味しい」
 自分のために手を掛けてもらうと、一日の疲れが飛んでいく。
 幸せを感じた夕食であった。
「ただいま」
 翌日、夫が帰ってきた。これで炊事や掃除、洗濯の心配はない。
 日頃から家族に感謝せねばと、あらためて思った。

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十五代に会いに

2023年06月04日 22時41分04秒 | エッセイ
 佐賀を拠点に活躍されている十五代酒井田柿右衛門が、渋谷の戸栗美術館にて講演をすると知ったのは5月上旬であった。



 一人で行ってもよいのだが、陶芸教室に通っていた姉と一緒であればさらに盛り上がるに違いない。よし、声を掛けてみよう。姉は繁忙期の最中であったが、何とか都合をつけて同行してくれた。ありがたや。
 講演開始は14時。渋谷でランチも楽しもうと計画する。三種のわっぱめしランチというものをチョイスしたら、一つひとつが結構大きい。



「ミニわっぱかと思ったら違ったね。もうお腹いっぱい」
「おいしー、くるしー」
 そう言いつつも、デザートだってしっかりいただく。



 大きく膨らんだ胃袋を揺すって美術館に向かう。道玄坂の勾配が腹ごなしに適していた。
 ほどなく入口にたどり着く。著名人が来るとあって、来館者が殺到していたらどうしようと心配だったが杞憂に終わった。数えたわけではないけれど、集まったのは50~60名ほどであろう。大きな混乱もなく、開始の時間を待った。
 姉と陣取ったのは、立見席の2列目。私は背が低いので、前列のすき間から十五代が見える場所を確保した。あとはいつ始まっても大丈夫だ。
「前にどうぞ」
 不意に頭上から女性の声がした。見上げると、前列にいた長身の女性が、前後を入れ替わろうと提案されているではないか。バレーボールか長距離走の選手のように、すらりとした8頭身の方で、私の身長は彼女の肩までしかなかった。
「ありがとうございますっ」
 素直に申し出に従う。さりげない気配りに感動である。結局、立見席の最前列というベストポジションを得たところで、十五代の登場を迎えた。紺のスーツを着こなして、芸術家というより実業家に見えた。気負った様子もなく、自然体という雰囲気で講演が始まった。
 柿右衛門窯は370年続いており、1971年には重要文化財に指定されたという。戸栗美術館と柿右衛門窯とのパイプは、十三代目からスタートし、作品の購入、特別な制作の依頼、資本借入等で協力関係を深めてきたそうだ。
 質のよい焼き物を生み出す手法として、完全分業制を採用しているという点は意外だった。細工場(さいくば)では、ろくろを繰る職人、土型成形をする職人がそれぞれ自分の役割を果たす。絵書座(えかきざ)では線を引く職人と色を塗る職人に分かれていた。手に持つがっしりした太筆も予想外であった。漫画家が使うような面相筆をイメージしていたので、「えっ」と言いそうになる。
 十五代いわく、「描くというより、絵の具を流し込んでいく」と表現していた所以が分かったような気がした。筆を振り、絵の具を下方に移動させる技術などは、図工の時間でも教わったことがない。
 こうして、暑い夏も寒い冬も、雨の日も風の日も、環境に左右されず「同じように焼く」技術を深化させているのだろう。同時に、同じ重さ・大きさで100個作る技術も大事にしていると聞き、実に共感できた。
 最後に、十五代の作品について解説があった。


 (資料集より)

 左は桜、右には団栗(どんぐり)が描かれているが、「柿右衛門の赤が変わりましたね」と評されたそうだ。窯の長い長い伝統を背負い、先代と異なる個性が求められる陶芸家という職業は、結構な重圧かもしれない。しかし、会場にいた観客の多くが熱い視線を氏に注ぎ、一言一句を逃すまいとメモを取り、終了時には盛大な拍手で謝意を表した。たくさんのファンが応援しているのだと理解していただければ嬉しく思う。
「ああ、よかったね。じゃあ作品を見に行こう」
「うん。誘ってくれてありがとう」
 階段を上り、展示室に向かった。あらキレイ、これ素敵、などと言い合っていたら、先ほど場所を譲ってくれた長身の女性を見かけた。ガラスに顔を近づけて、熱心に鑑賞している。同じ趣味を持つ仲間なのだと、あらためて親近感がわいた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「お茶していこう」
 階段を下りて出口に向かう。すると、事務所の扉が開いて、ちょうど十五代がお帰りになる場面に出くわした。何と運がよいのだろう。姉と並んで「ありがとうございました」と声を掛けたら、十五代がこちらに気づき、「ああどうも」と返してくれた。本当に気さくな方のようだ。スタッフたちと出口に吸い込まれ、タクシーが走り去るところまで見送った。
「いい一日だったわね」
「ホントホント」
 モンブランをつつきながら、姉と講演の感想を言い合う。
 決して暇ではないが、これからも気になるイベントには参加しようと決めた。
 さて次はどこへ?

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