これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

書く喜び、読み返す楽しみ

2019年11月24日 21時52分38秒 | エッセイ
 今月は意外に忙しく、髪が伸び放題になっても美容院に行く時間がなかったが、ようやく落ち着いた。
「さーて、美容院の予約を取りましょうかね」
 横に広がっていたウエーブも、カットしてスッキリ。櫛通りの悪かった毛先が、サラッとまとまるようになった。
 充実した休日が終わり、気分よく日記帳を広げる。私は10年日記を使っており、一日の出来事を記録する習慣がある。ほんの140字前後のスペースではあるが、新たな発見や気づきなどを記録しておく時間が楽しい。
 今年の記入欄の隣には、昨年書いた同じ日の日記が並んでいた。
「あれっ、去年も『美容院に行ってサッパリ』って書いてあるよ」
 11月23日のことである。私は2年連続で、同じ日に美容院で髪をカットしていたらしい。
「そんなこともあるのか~」
 不思議な偶然に驚きつつ、隣のページに視線を動かして、翌日の日記をのぞいてみた。
「へえ~、2016年の11月24日には『東京に54年ぶりの11月初雪、すごく寒い』だって」
 そんな年もあったのだ。こうして記録に残しておくと、いつどこで何があったかがわかって面白い。



 11月24日の今日は朝から雨が降っていた。
「天気予報は見ていないけど、今日も寒そうだな。あったかいセーターを着ていこう」
 2016年の日記が頭をよぎったことは間違いない。今日は10時頃に家を出て、数少ない友達と一緒に、ランチとおしゃべりを楽しむのだ。完全防備はもちろんだが、多少はオシャレをしていかねば。折り畳み傘を差し、手には手袋、首にはマフラーをして駅まで向かった。
「思ったより寒くないな。雨もやみそうでよかった」
 目的地の新宿に着いたときには、雨が上がっていた。街中を歩いていたら、ジワジワと体温上昇の気配がする。
「暑い、暑い」
 手袋をとって、マフラーも外す。だが、コートの下には厚手のセーターが潜んでいて、これが厄介だ。脱げば荷物になるし、オシャレ度が下がってしまうから、そう簡単になくすわけにいかない。
「うう、汗が~」
 結局、最後まで我慢して着た。あぢい、と文句を言いながら。
 夕方のニュースを見たら、東京の最高気温は20度と、季節外れの暑さだったらしい。そりゃ、汗もかくはずだ。
「こんなこともあるのか~」
 さてさて、今日も日記に一日の記録を残さなきゃ。
 来年、再来年あたりに読み返したら、笑顔になれるような言葉でね!


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デストロイヤーの2乗

2019年11月17日 21時17分15秒 | エッセイ
 この時期は、どの高校でも中学生対象の学校説明会を開催している。
 だが、私の勤務校は例年にない人気のなさで、これまでの参加者が普段の半分以下。
 なんということだ!
「やだな、私のせいかしら」
 職員室でグチグチと雑談していたら、英語のマサミ先生が苦笑いを浮かべて口を開いた。
「何かね、今年は、デストロイヤーって言われているんですよ、私」
「デストロイヤー!」
「はい。4月に科の歓迎会をしようと思ってお店に予約を取ったんです」
「うんうん」
「そしたら、一週間後に電話がかかってきて、コックさんが急病だからお休みしますって断られちゃった」
「あらま」
「それから、7月の納め会のときも、別の店に予約を取りました」
「ふむふむ」
「今度は、火事になって営業できないって連絡が」
「キャー」
「この前の沖縄修学旅行では、教員だけが入ったレストランで食中毒騒ぎがあったし」
「そうそう、営業停止になったのよね」
「東京に帰る日には、首里城が燃えちゃいました」
「なんか、怖いわね」
 決してマサミさんのせいではないだろうが、ここまで続くと、トラブルの方が彼女のあとをついてきたような印象を受ける。色白で、ポチャッとした可愛いタイプではあるけれど、そんなものに好かれては大変だ。どこかでお祓いしてもらいなよ、と勧めたい。
 ちなみに、首里城が火事に遭った日、私の姪も沖縄へ修学旅行中だった。翌日、11月1日の行程に入っていたのに、タッチの差で見ることができなかった。



 この雄姿が、写真だけになってしまったとは……。
 ところで、縁起の悪さでは、私もマサミさんに負けていない。
 これまで6つの高校で勤務してきたが、そのうち4校は閉校している。つまり、学校がなくなる確率67%という暗闇で生きてきた。以前、別の職員にこの話をしたら、お気に入りのジャケットに醤油のシミがついてしまったような表情で、短く「フフフ」と笑った。
 12月には、ラストの学校説明会がある。
 たくさん、たーくさんの中学生が参加するよう、バウムクーヘン断ちして祈ろうかしら。
 ワイン断ちは、ちょっと無理です……。


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虫垂炎に学ぶ

2019年11月10日 20時36分04秒 | エッセイ
 少し前の話だが、横浜市に住む娘が我が家に帰って来たとき、腹痛を訴えたことがある。
「うーんうーん、お腹が痛い」
「どのへん?」
「胃の上ぐらい。熱もある」
「何だろね」
 病院に行くと「急性虫垂炎」と診断された。
 私は虫垂炎にかかったことがない。姉と妹もなかったから、予備知識もゼロである。
「すぐに入院するから、荷物を持って来てくださいって言われた」
「ほうほう」
 さて、入院に必要なものとは何か。パジャマ、歯ブラシ、スリッパはもちろんのこと、「マグカップ」もあるそうだ。しかし、私はすでに家を出て職場に来てしまった。家に戻ったら面会時間が過ぎてしまうし、カップは必要に迫られている。でも、どこかで買うのもシャクだ。
「そうだ、スタバタンブラーを買おう」
 前から、娘がスタバタンブラーを欲しがっていた。使い捨てのカップではなく、マイタンブラーを持っている方がエコだし、保温性もよい。家にないものを買う分には抵抗がない。
「ついでに私のタンブラーも」
 てなわけで、2つも買ってしまった。



 ちょっと無駄だったかも……。
 使い始めてわかったことだが、飲み口に口紅が「ベチョッ」とついてしまうので、ノーメイクのときがよいだろう。それなりに重宝する。タンブラーを届ける前に、LINEで娘に部屋番号を確認した。
「4人部屋なんだけど、仕切りがあるから快適だよ」
 大部屋でもプライベートな空間が保てるよう、病院側も工夫をしているらしい。差額ベッド代は1日4000円。まあ仕方ない。
 意外だったのは、娘が自分の病気を「虫垂炎」ではなく「盲腸」と言っていたところだ。
「正式には虫垂炎だよ」
「いやいや、盲腸の方がわかるから」
 ネットを見ると、昭和14年から「急性虫垂炎」という名称を使うようになったそうだが、令和になった今でも「盲腸」は健在なのだ。そういえば、職場の30代の女性職員も「盲腸」という言葉を使っていたっけ。過去の遺物だと思っていたら、大間違いであった。
 結局、娘は2泊3日の入院で完治した。今は腹部を切らずに、薬で炎症を抑える治療が普通になっている。3日目には退院手続きをするよう言われ、動けない本人に代わって私が会計窓口まで走った。
「請求書はこちらです」
 金額を見ると、58000円を超えている。
 ギャッ!
 思ったよりも高い。「盲腸」だろうが「虫垂炎」だろうが、金額は同じである。
 このお金で「白いジャケットが買えたな」などと複雑な思いもあったけれど、健康第一。まずは体を治さなければ始まらない。
 いつ、まとまった金額が必要になるかわからない経験をすると、財布の紐が固くなる。
 以前に比べたら、浪費が減ったと思いま~す!


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ン十年ぶりの学園祭

2019年11月03日 22時12分10秒 | エッセイ
 ときおり、大学時代は手品のサークルに入っていたと白状する記事を書いたことがある。(関連記事「ブラジャーのひも」はこちらから)
 卒業して30年近く経つのに、いまだにサークルの仲間から「学園祭のステージを見に行こう」との連絡が来る。今年は予定がなかったので、思い切って出かけることにした。
 駅から歩いて20分。上り坂が続くので、結構きついが、教員は立派な肉体労働者である。学生時代より体力がつき、わずか15分で到着した。
「ははは、どうよ。こんな坂、ちょろいちょろい」
 いい気分でいたのに、先に来ていた仲間からは冷ややかな視線が飛んできた。
「坂って……砂希ちゃん、歩いてきたの?」
「うんそう。学生のときみたいに」
「何だ、知らなかったの? エスカレーターができたから、今は歩かなくていいんだよ」
「ひいいぃ」
 くだらないところで体力を使ってしまったようだ、クソッ!
 くっちゃべっていたら、後輩たちのステージが始まった。時代の流れか、伝統的なマジックに軽妙なトークやジャグリングなどを取り入れ、エンタメ度アップという気がする。楽しめてなかなかよい。
 ステージのあとは飲み会だ。17時までの空白タイムは自由時間となり、キャンパス内の散策にあてた。
 正門は音楽がうるさいし、新校舎に変わってよそよそしい。中庭を歩くと、懐かしい景色が見えてきた。



 授業の合間には、日当たりのよいベンチに腰かけて、友達とのおしゃべりに夢中になったものだ。
 当時は新しかった1号館。クーラーがついていてありがたかった。



 図書館と、2号館から5号館までの校舎をぐるりと回り、当時を回想する。
 思い出に浸る時間は10分ほどだったろうか。すぐに飽きて、「さあ、お茶でも飲みに行こう」と坂を下り始めた。私は淡白なのか、薄情なのか。それとも、みんな、こんなもの?
 駅前のファミレスでパフェを食べ、日経ビジネスを読んで時間をつぶす。あっという間に夜の部の集合時間になった。駅前に向かうと、中年と初老の集団が見えたので、ニンマリして駆け寄った。
「あ、砂希ちゃんだ」
 私に気づいてくれたのは、1つ上のヤベさん。50過ぎのオバさんに「ちゃんづけ」もないものだが、自然と学生当時の呼び方になってしまう。今さら改まって「ササキさんだ」なんて言いやしない。
「おはようございまーす」
 そうそう、この団体は、夜でも最初に会ったときには「おはよう」の挨拶が普通なのだ。道行く人が、変なものを見るような視線を一瞬こちらに向けて、目が合わないうちに、すばやく逸らした。最年長の先輩は、おそらく還暦目前と思われる。ほとんどが50代のOB・OGの集まりに、20代後半から30代の若い世代が加わるのだから、怪しくないはずがない。
 10分ほど待つと、集団は30名ほどに膨れ上がった。ほぼ集まり、やっと宴会が始まる。
「じゃあ、こちらに移動しまーす」
 個室にはカラオケがついていたが、歌うわけではない。気の利く後輩が、昔のステージの映像を用意していて、画面に映すのだ。
「うわっ、ホソダさんだ、若~い」
「うまいね、すごく不思議」
 いくつもの和傘が出てきたり、手元の白い玉が増えたり消えたりと、タネがわかっていても面白い。そのうち、料理をよけてコインを取り出し、手品を始める先輩も現れた。この人たちは、本当に手品が好きなのだ。
 結局、宴会は23時まで続いた。
「また来年」
「元気でね」
 そして、本当に、一年後にまた集まってしまうのだ。この人たちは。
 これこそがマジック? いや、奇跡なんじゃないだろうか。


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