落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(9)雑魚寝 

2020-07-24 16:57:40 | 現代小説
上州の「寅」(9)

 
 午前3時。参道から人の姿が消えた。
最後の2年参りを見送ったチャコが、屋台のハダカ電球を消す。


 「寝よう。明日のために」


 あんたも来な。こっちだよと首を振る。


 「寝る場所が用意されているの?」


 「5日間。3食のまかないと寝る場所がある。嬉しい限りだろう」


 「ということは、途中で帰れないという意味か!」


 「書いてあっただろ。募集要項に」


 「聞いてない。そんな話は・・・」


 「どっちでもいいさ。ごちゃごちゃいわず、着いといで」


 テントの裏から細い路地へ入りこむ。
路地の道を3分ほど歩く。なんだか連れ込み宿のような建物の裏へ出た。
(あやしい建物だ・・・)
ここじゃないだろうと否定する寅をしり目に、チャコが裏口のドアを開ける。
(入っていく。ホントかよ・・・)


 うす暗い廊下を歩くと大広間のような部屋へ出た。
20畳ほどはある。10数組のふとんが乱雑にならんでいる。
そのうちの半分は、すでに人が眠っている。


 (雑魚寝だ!。まるで最盛期の山小舎だな)


 「寝るよ」


 チャコが自分のふとんへ潜り込む。


 「あの・・・ぼくのふとんは?」


 「無いよ。ユキと寝な」


 「ユ、ユキちゃんといっしょ!。ご冗談でしょ!」


 「不満かい、ガキのユキじゃ。
 じゃ仕方ない。大人のあたしのところへおいで。ほら」


 チャコがひらりとふとんを持ち上げる。


 「あたしたちのふとんは2組。雑魚寝がいやなら廊下で寝な」


 この寒さの中、廊下で寝たら風邪をひく。


 「それとも仲良く3人で寝る?」


 ユキが自分のふとんを寄せてきた。


 「気持ちは嬉しいけど、雑魚寝は・・・」


 ふとんがぴったり寄り合い、毛布と掛布団が交差した。


 「おいで。特別大サービスだ。真ん中へ寝かせてあげるから」


 あきらめて2人の間へ潜り込む。


 「あたし冷え性なんだ。
 足が冷たいと眠れない。湯たんぽがわりにあんたの足で温めて」


 チャコの冷たい足が、寅の足の上へやって来た。


 「あたしも」つづいてユキの足もやってきた。


 4本のつめたい足が寅の足の上で、居場所をもとめてもそもそ動く。
はじめてだ。こんな形の雑魚寝は・・・
眠ることができるのか、こんな途方もない状態の中で・・・
寅の頭の中で血が沸騰しはじめた。


(10)へつづく