落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(70)ビニールハウス倒壊

2018-04-26 16:35:08 | 現代小説
オヤジ達の白球(70)ビニールハウス倒壊



 
 雪は空から落ちてくる。ふわふわと舞い降りてくる。
見ていると軽いように見える。
しかし。油断できない。甘く見てはいけない。
降り積もった雪は時間とともに、どんどん重さをましていく。

 雪質による差も出る。
降り積もったばかりは、1立方当たり50~150㎏。
さらに雪が降り積もり、押し固められと150㎏をこえる。
一度溶け、ふたたび凍った状態になると300~500㎏以上になるという。

 2月14日の未明。雨がふりはじめた。
雪をとかしはじめたこの雨は、わずか30分でやんだ。
その後。強い風が吹き始めた。
強風に乗り、ふたたび雪が、横殴り状態で飛んできた。

 渡良瀬川の堤防に祐介が立った時刻は、8時15分。
風はあいかわらず強い。
北の赤城山から、強い風が吹き下ろしてくる。
頬へ、氷点下の風が打ちつける。

 祐介が渡良瀬川の堤防へ登って来たのは、まったくの偶然だ。
雪かきのスコップを手にした祐介が、何気なく、渡良瀬川の堤防を見上げる。
誰か歩いたのだろう。雪の中にひと筋だけ、堤防へ向かう小道が出来ている。

 (朝早くから雪の堤防を散策するとは、物好きなやつがいるもんだ)

 つられて祐介も、堤防の道をあがっていく。
堤防から見あげる見慣れた赤城山の山容が、祐介は大好きだ。
ここから見る赤城山は、1800メートル級の5つの峰が横一列にきれいに並ぶ。
その山が今日は麓まで、白一色に染まっている。

 (50年近く見続けてきた赤城山だ。しかし、ここまで白くなったのは初めだな・・・)

 対岸に、工場がいくつか見える。
祐介のおさない頃にはなかった建物だ。
工場と工場のあいだに民家はない。昔からの農地だけがひろがっている。

 農地の真ん中に、アーチパイプで建てられた連棟のビニールハウスが立っている。
今の時期。内部で暖房を焚きながら、キュウリの苗を育てている。
キュウリのハウスがぐらりと揺れた・・・ような気がした。

 (はてな。揺れたぞ?・・・
 ビニールハウスの屋根がいま、たしかに揺れたような気がしたぞ・・・)

 祐介の目が対岸のビニールハウスに、くぎ付けになる。
つい先ほど、ぜんたいが大きく、ぐらりと揺れたように見えたからだ。
しかしいまは、まったく動いていない。

 (気のせいかな・・・
 動くはずないよな。鉄のパイプで出来たビニールハウスが)

 やっぱり錯覚だ。そんなはずがないよなと、祐介が対岸から目を転じていく。
視界の中からゆっくり、キュウリのビニールハウスが消え去っていく。
目の隅から消えようとした、まさにその瞬間。
ぐらりともういちど、ビニールハウスのまるい屋根が揺れた。

 (また揺れたぞ!。確かに見た。こんどは錯覚じゃねぇ。
 この目でいま、はっきりと見た!)

 屋根が波うちはじめた。
ビニールハウスの屋根を支えていた鋼鉄製のパイプが、重みに負けて変形していく。
中央部が、崩れ始めた。
それでもたわみかけたアーチパイプが、必死に抵抗する。
屋根の重みを最後の力で受け止める。

 しかし。勝負はあっけなかった。
数秒後。ビニールハウスの中央部が、雪煙をあげて地面へ陥没していく。

 (嘘だろう・・・一晩中、雪の重さに耐えて頑張ったんだ。
 雨がやみ、雪もやんだ今ごろになって、強風にあおられて崩れていくなんて、
 まったくもって、信じられない光景だ・・・)

 ビニールハウスの中央部が、かんぜんに地面へ落ちた。
30秒もかかっていない。
ハウスの中に人が居たら、かんぜんに押しつぶされていただろう。

 時刻は8時17分。
キュウリ農家のハウス倒壊をきっかけに、このあたりのビニールハウスの
およそ8割が、あいついで倒壊していく。

 (71)へつづく 
 

オヤジ達の白球(69)バレンタインデーの朝

2018-04-22 18:21:36 | 現代小説
オヤジ達の白球(69)バレンタインデーの朝




 午前7時。バレンタインの朝があけていく。
10時間以上ふりつづいた雪は、ようやく小やみになった。
途中。激しくふった雨もやんだ。

 しかし。夜明けとともに、北から強い風がふいてきた。
雨あがりの強い風だ。
午前8時。風はいっこうにおさまらない。

 積もった雪が強風に冷される。さらに締まり、固まっていく。
内部に雨をふくんでいる。
風は時間とともにさらに強くなる。雪の表面温度が下がっていく。
悪条件がかさなったことで積もった雪が、時間とともに重みを増していく。

 ついに・・・ビニールハウスの被害が生まれる。
午前8時15分。最初のビニールハウスが、重みに負けて倒壊する。
ここからわずか15分のあいだに、つぎつぎビニールハウスが倒壊していく。

 ほとんどの農家が、不意打ちをくらった。

 ある農家は、徹夜での雪下ろしを終えたばかり。
あかるくなったため、休息のために家へもどった。
ある農家はハウス内の暖房を炊いた。これで屋根の安全は保たれると判断した。
徹夜でハウスを守った男たちが、朝食をとるため自宅へもどった。

 雪は峠を越えたと、誰もが考えた。
大丈夫だろう。もう安心だと、誰もが胸をなでおろした。
ほとんどの農家が、そんな風に考えた。

 しかし。わずか15分のあいだに想像を絶する被害が、群馬県内をはしりぬけた。
ナスをつくっていた農家は、昨年、補助金を受けてつくったばかりの
ビニールハウスのすべてが倒壊した。
1ヘクタールのハウスが倒壊。
再建に必要な費用はおよそ8000万円。茄子の被害は3500万円。

 キュウリをつくっていた農家は、5500平方メートルのハウスが倒壊した。
再建のための費用は3500万円。出荷できないキュウリは、1000万円相当にのぼった。
農家は年に2回、作付けをする。
通常なら秋にも作付けする。
再建できなければ秋の作付けが不可能になる。
そうなるとキュウリの被害は、2000万円にはねあがる。

 被害はビニールハウスだけにとどまらない。
トンネルでごぼうをつくっていた農家は、15000平方メートルのうち
9割のハウスでポールが折れた。おおっていたビニールが破れた。

 ポールは1本130円。トンネルの再建に16200本のポールが必要。
ポール代だけで、200万円をこえる。
さらに破れたビニールも取り替える必要がある。

 しかし。折れたポールを替えようとしても、ポールの生産が追い付かない。
再建はままならない。ハウスが破れたままでは中のごぼうが寒さで全滅してしまう。
雪の大津波がおそったようだ・・・ある農家はこの朝の出来事を思い出して
そんな風につぶやいた・・・

 祐介が、雪かき用のスコップを手に自宅の裏へ出る。
すぐ裏手を渡良瀬川が流れている。
足尾から流れてくるこの河は、このあたりから川幅をひろげ市内を二分する。

 かつては川漁師が生計を立てられるほど、多くの魚がいた。
しかし。足尾銅山を源流とするこの川は、明治時代から苦い歴史を刻んできた。
戦後の高度経済成長期には、異臭を放つほどの水質になった。
今はすっかりよみがえり、毎年10月下旬から12月にかけて鮭の遡上を見ることができる。

 鮭を見るには、岸からよりも橋の上からがいい。
メスが川底に尾びれを当て、産卵のための床をくりかえし掘っていく。
60~70cmほどのおおきさのオスが数匹、これに寄り添う。

 祐介は堤防から見る赤城山の山容が大好きだ。
今朝の赤城は、麓まで雪におおわれている。
堤防に立ってから数分後。祐介が歴史的被害を目の当たりにすることになる。
時刻は、最初の倒壊がはじまった8時15分。
悪夢のような出来事が、祐介の目の前でつぎつぎ連鎖していく・・・



(70)へつづく

オヤジ達の白球(68)カーポート倒壊

2018-04-09 18:25:54 | 現代小説
オヤジ達の白球(68)カーポート倒壊




 ドサリ。雪の落ちる音が聞こえてきた。
かたまりが、どこかでまとめて落ちたような音だ。

 祐介が、おもわず足をとめる。
すぐ前方。洒落た2階建ての庭から、雪煙があがっている。
音はそこから響いてきたようだ。垣根越しに祐介が、中の様子を覗き込む。
信じられない光景が目に飛び込んできた。
 「えっ・・・」

 カーポートの支柱が、ぐにゃりと折れ曲がっている。
アルミの屋根が落ち、停めてある2台の車を直撃している。
屋根はゆるいアーチ状。本来なら雪がしぜんに落ちるはずだ。

 しかし。屋根から滑り落ちた雪が、両サイドに雪の壁をつくった。
落ち場をうしなった雪が、さらに屋根へふりつもる。時間ととも分厚くなっていく。
重みに耐えきれずついにアルミの支柱が、ポキリと折れた。
支えを失った屋根が大量の雪を乗せたまま、2台の車の上へ落ちた。

 (カーポートが、雪の重みで倒壊してしまうなんて・・・
 なんとも信じられない光景だ。雪も60㌢を超えると、凶器にかわるんだな)

 目の前の光景に、祐介が言葉を失う。
住人はまだ、この悲劇にまったく気が付いていないようだ。
1階の雨戸はかたく閉じている。2階のカーテンも分厚いまま閉じられている。

 (驚くだろうな、きっと。目を覚ましたら、この有様に)

 そういう俺も、2階の屋根から落ちる氷のかたまりに度肝を抜かれたと、
祐介が口元をゆがめる。

 悲劇は連鎖する。
いつもの曲がり角へやってきたとき。
目の前に、崩れ落ちたもうひとつのカーポートがあらわれた。
こちらは支柱が、根元からポキリと折れている。
片傾斜の屋根が、そのまま住人の愛車を押しつぶしている。

 (どうやらカーポートの倒壊は、ひとつやふたつじゃ終わらないみたいだな)

 いつもの曲がり角で立ち止まった祐介が、あらためて周囲を見渡す。
崩壊していないカーポートが目に入る。
しかし。こちらのカーポートも時間の問題だろう。
4本の柱が必死に重みに耐えている。だがカーポートの雪はゆうに70㌢をこえている。
未明から降った大量の雨もふくんでいる。

 (あっ・・・カーポートだけじゃねぇ。もうひとつ心配事がある!)

 昨日。ビニールハウスが心配だからと早めに帰っていった小山慎吾を思い出す。
あわてて毛布の下のポケットを探る。
携帯を取り出す。
一覧の中から小山慎吾の番号を選び出す。
数回の呼び出し音が鳴ったあと、「はい」と慎吾の声が返って来た。

 「おはよう。慎吾か。
 大変だ。たったいま俺の目の前で、丈夫なはずのアルミ製のカーポートが崩壊した。
 それで気が付いたんだ。おまえさんのビニールハウスは大丈夫か!」

 「さっきまで徹夜です。朝の4時までハウスの雪下ろしをしました。
 残念ですがこれ以上、雪をおろすスペースがありません。
 やるだけのことはやりました。
 これ以上は無理だとあきらめて、さきほど家へ戻ってきたところです」

 「アルミの柱が雪の重みで折れたんだぜ。
 ビニールハウスは、これだけの雪の重みに耐えられるのか!」
 
 「群馬のビニールハウスは、雪国仕様ではないので何とも言えません。
 耐えられるかどうか、微妙です。
 しかし。いまのところは大丈夫です。まだ、つぶれていませんから」

 「そいつを聞いて安心した。
 歩いていたら目の前で、いきなりカーポートが倒壊したんだ。
 急に心配になってきた。それでおまえさんへ電話したんだ。
 わるかったな朝から、つまらないことで電話して」

 「いえ。心配していただき、ありがとうございます。
 こちらはいまのところ大丈夫です。
 大将のほうこそ足元に気を付けて、周囲を見回ってください。
 それじゃ」

 それだけ言うと慎吾の電話が切れた。

(69)へつづく

オヤジ達の白球(67)大型重機

2018-04-06 17:39:08 | 現代小説
オヤジ達の白球(67)大型重機




 前方から重機がやってきた。
前面にアームとブレードを備えている。ホイルローダと呼ばれる重機だ。
キャタピラではなく、タイヤを履いている。

 工事現場で土砂の積み込みや、骨材の積み込みなどの作業を中心にこなす重機だ。
雪の多い地域では、除雪作業に使われることもある。
鋼鉄製の排土板が降り積もった雪を、歩道側へ押しのけていく。
ゆっくり前進してきたホイルローダーが、祐介のとなりでピタリと停止する。
窓から馴染みの顔があらわれた。

 「よう大将。ひょんなところで行きあうねぇ。
 ひょっとして、もしかして、愛人としっぽりぬれての朝帰りかい?」

 運転席から顔をだしたのは北海の熊だ。

 「なんだよ。誰かと思ったら熊じゃないか。
 朝から勤労奉仕か。ずいぶん御苦労なことだ」

 「それがよ・・・大きな声じゃ言えないが、実はまだ酒が残っているんだ。
 なにしろ出動命令が出たのが、深夜2時のことだからな」

 「なんと。深夜の2時から働いているのか。たいしたもんだ」

 「重機で出動するのは、4年前のニューイヤー駅伝のとき以来かな」

 「4年前のニューイヤー駅伝の時も、出動したのか!」
 
 「出動したものの、結局、雪は降らなかった。
 それでもいつ降っても除雪ができるよう、スタートの30分前まで待機した。
 7区間、100キロの道路を除雪するんだ。
 群馬県中の土木業者と、ありったけの重機がかき集められた。
 その中に、俺様も居たというわけだ」

 積雪地域でなければ、自治体は除雪車を常備しない。
百年に一度の豪雪に備え、ふだんはほとんど雪のふらない自治体が除雪車を
備えることは不合理であり、現実的でない。

 そのため行政は積雪時、土木建築の事業者に除雪に使える重機を提供してもらう。
割り当てした区域の除雪作業を委託する。
降雪が予報されると担当者は、休日夜間に関係なく、すぐ出動できるよう待機する。
所有する重機が不足する場合は、レンタル事業者へ手配する。

 「雪が降れば仕事になるから、行政から報酬が出る。
 しかし。降らなければ雀の涙程度の金をわたされて、はいご苦労さんで解散だ」

 「大変だね。庶民の生活を支える縁の下の力持ちも」

 「うまいことを言うねぇ。さすが監督だ。
 高台の雪かきはおわった。これから下へおりるところだ。
 乗ってけ。少し狭いが、下り坂で転倒する危険を考えればはるかに安全で快適だ」

 どうぞと熊が運転席のドアをあける。
座るスペースはない。しかし大人一人が入れるスペースは充分にある。
驚いたことに暖房が完備している。運転席はセーターで居られるほど温かい。

 「土木の現場は過酷な場所がおおい。
 道路の建設にしても、河川の整備にしても、大自然のど真ん中での作業だ。
 ほこりもたつ。雨風にもさらされる。
 そんな中で一日中作業するんだ。快適な空間でなければ8時間はもたねぇ」

 熊が言うようにたしかに快適といえる空間だ。
老人たちが苦労してのぼる心臓破りの急坂を、ホイルローダーがゆうゆうと降りていく。
速度はゆっくりだ。だがおもいのほか乗り心地は良い。
 
 5分ほどでホイルローダが、下の平坦地へ出る。

 「おもな道路は、すでに除雪がおわっている。
 これから行くのは、住宅街だ。
 生活道路を除雪しておかないと、いざというとき緊急車両が通れない。
 救急車を呼んだのに雪で立ち往生したんじゃ、話にならないからな」

 世話になったねと熊の肩を叩き、祐介が運転席から降りていく。
時刻は朝の6時40分。
うす暗かった空が、じょじょに明るさを増してきた。

 (68)へつづく

オヤジ達の白球(66)70mのジャンプ台

2018-04-03 17:49:43 | 現代小説
オヤジ達の白球(66)70mのジャンプ台




 2階から陽子が降りてきた。眠そうな目だ。物音で目が覚めたのだろう。
髪はベッドで乱れたまま。
ピンクのパジャマの胸に愛犬のユウスケを抱いている。 

 「あらぁ・・・たいへんな事態です・・・」

 赤い目がボンネットの凹みと、毛布にくるまれた祐介を交互に見つめる。
何が発生したのか、ようやく理解したようだ。 
 
 「4時頃だったかしらねぇ、雨が降り始めたのは。
 風も強くなってきました。なんだか急に、荒れた天候にかわりはじめたと思いました。
 でもね。眠くて眠くてそのまま、ベッドへ沈没してしまいました・・・」

 物音に気づいて起きてきたけど、まさかこなことになっているなんて・・・と
陽子がユウスケの首を抱きしめながら、クスリと笑う。
悪気はない。
想定を超えた光景に直面すると人はおもわず、苦い笑いがこみあげてくる。

 「毛布は借りていく。急に俺の家が心配になってきた。帰るぞ」
 
 祐介が庭へ一歩踏み出す。しかし、あまりの深さに思わず立ち止まる。
雪にはまった足が膝どころか、太腿まで隠れた。
想定をはるかに超える深さだ。

 「なんという深さだ。ゆうに、60㌢は超えてるな」

 「あら・・・ずいぶん深いわね。じゃ、長靴が要るかしら?」

 「せっかくの厚意だがこの深さじゃ、長靴なんかまったく役に立たねぇ。
 どうせ濡れるんだ。このまま濡れていくさ」

 「うふふ。男らしいこと。じゃ、せいぜい気をつけて帰ってね。
 あたしはもうすこし、ユウスケと惰眠をむさぼります」
 
 「おう。世話になったな」

 祐介が雪の中へ漕ぎ出す。
浅い雪なら滑らないようペンギンのように、よちよち歩けばいい。
だが膝の高さをこえると、そうはいかない。
普通の歩き方をしようと思っても、雪にもぐっている足がすんなり前へ出ない。

 足をいちど、後ろ寄りに引き抜く。
そこから大きく外へむかって振り出す。そこから弧をえがくよう前へ踏み込む。
大股のがに股で前へ出る。つまりは、雪相手のラッセルだ。

 「高台でラッセルするとは思わなかったぜ。
 それにしても積もったなぁ。ふかいところは7~80㌢をこえてるな」

 祐介が道路へ出る。
中央だけ除雪されている。車が一台通れそうなスペースが確保されている。
朝早く重機が、積もった雪を押し分けていったようだ。

 どの家もおなじように雪に埋もれている。
庭にこんもりかたまりが見える。たっぷりの雪を屋根に乗せた乗用車だ。

 「どの家もまだ、ふかい眠りの中だな。
 ということはこのまま道路の真ん中を歩いて行っても、安全ということかな」

 心臓やぶりの急坂が、難所になるのは歩き出す前からわかっていた。
除雪のすんだ道路を80メートルほど歩くと、心臓破りの急坂が目の前に迫って来る。
道路が吸い込まれるように、下へむかって落ちていく。

 「ホントだ・・・。
 ここから見下ろすと、まさにここは、70m級のジャンプ台だな」

 足元に箱庭のように、雪に埋まった市街地がひろがる。
右へ目をむける。市街地を二分して流れていく渡良瀬川が見える。
暴れ急流の名を持つ渡良瀬川も今日だけは、ただの巨大な白い絨毯だ。
堤防の向こう側に、郊外の風景がひろがる。
点々と大きな工場が見える。工場と工場にあいだに農地がひろがっている。
ビニールハウスの連棟も見える。

 見えるのは、いつもとまったく同じ光景だ。
おさない頃から見慣れた光景が、いつものように祐介のあしもとにひろがっている。
違うのは雪によって町がいつもの色を失っていることだ。
白一色に染まっている風景が、祐介の足元に静まり返ってひろがっている。
(雪で真っ白になるとなんだか、なにもかもが、平等に見えるから不思議だな・・・)
頂上で祐介が、ポツリとつぶやく

 (67)へつづく