落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(19) 第二話 チタン合金 ⑨

2019-04-13 17:43:00 | 現代小説
北へふたり旅(19) 



 
 手首骨折の手術は進歩している。
従来の手術は手術後も、ギブスによる固定をおこなってきた。
しかし。ギブスで固定している時間が長くなると、外したとき手首は動かない。
力も入らない。当然リハビリの時間が長くなる。

 あたらしい金属・チタン合金の登場が、手術をかえた。
チタン合金は弱い骨でも、しっかり固定することができる。
手術は全身麻酔。1時間でおわる。
傷口は手首に5㌢ほど。
入院も2日から3日ですむ。

 午後2時。予定通り妻が手術室から戻ってきた。
妻の顔はまだもうろうとしている。覚醒の途中だ。

 「先生が説明します。旦那様は診察室へどうぞ」

 言われるまま診察室へ行くと、先生が上機嫌で待っていた。

 「うまくいきました。傷も綺麗なものです。
 完璧です。あとで見てやってください」

 スクリーンに、術後のレントゲン写真があらわれた。
正面から撮ったものに、3角形のプレートが写っている。
側面から撮ったものに骨に食い込んだネジが3本、ネジ山まで鮮明に映っている。

 「ご覧のように、固定もうまくいっています。
 われながら快心の手術です」

 メガネの奥の目がやわらかく笑う。

 「明日からリハビリがはじめられるでしょう」

 「えっ・・・速すぎないですか。明日からなんて」

 「早くはありません。
 だいいち奥さんは、早くゴルフしたいと渇望しています。
 カルテを書きますので、リハビリの名人に奥さんを見てもらいましょう」

 「はぁ・・・わかりました。よろしくお願いします。先生」

 「承知しました。
 それからですね。それと別に、もうひとつの問題が発覚しました」
 
 「もうひとつの問題?・・・なんでしょうか、いったい」

 「奥さんは骨粗鬆症(こつそそうしょう)です。
 骨年齢で言うと、70歳なかばです。
 手のひらを突いたとき、かんたんに折れてしまったのも、この
 骨粗鬆症のせいですね」

 「骨粗鬆症ですか・・・」

 「危険ですね。いまのままでは。
 大丈夫です。
 月にいちど、注射していくことで改善していくでしょう」

 「おなじ食事をしていますが、わたしの骨はもろくありません」

 「食生活だけが原因ではありません。
 本人がゴルフに生きがいを感じているようですので、このさいですから
 並行して、骨粗しょう症を治療していくことをおすすめします」

 「はぁ・・・」

 たしかに骨がもろくなっていたのかもしれない。
斜面で妻が滑ったとき。妻の手がかるく地面に触れたように見えた。
それが折れてしまったのは、気付かないうち、妻の骨が
もろくなっていたかもしれない。

 (若い、若いと思いこんできたが、いつの間にかちゃんと
 歳をとっていたんだな。俺も妻も・・・)

 (20)へつづく

北へふたり旅(18) 第二話 チタン合金 ⑧

2019-04-07 17:43:27 | 現代小説
北へふたり旅(18) 



 
 時間は、午前9時。
わたしはいまゴルフ場が紹介してくれた、F整形外科の待合室に居る。
妻はレントゲン室で手首の撮影中。

 撮影から10分後。妻の名が呼ばれた。
「旦那さまもどうぞ。一緒におはいりください」看護師が手招きしている。
呼ばれるまま診察室へはいる。
40前後と思われる担当医がニコニコ、わたしたちを待っていた。

 「ゴルフ中の怪我ですか?。たいへんでしたねぇ」

 妻もわたしも、ゴルフウエアのままだ。
誰が見てもゴルフ中の怪我と、一目でわかる。

 「じつにきれいに折れています」

 レントゲンの映像を指さし、担当医が笑う。

 「ギブスで固定する方法もあります。
 しかしわたしとしては、手術のほうをおすすめします」

 メガネの奥の目が笑っている。

 「それほど重症という意味でしょうか?」

 「そういう意味ではありません。
 ギブスの固定期間は、4週から8週間。
 その間、手は使まったく使えません。
 手首や指の関節が硬くなってしまうという危険性があります」

 「手術の場合は?」

 「プレートとスクリューをつかい、折れた部分を固定します。
 次の日から手を動かすことができます」

 「手を動かすことができる?。ホントですか先生!」

 「はい。そのため、手術の次の日からリハビリをはじめることができます」

 「治りが早いということですか?」

 「早く治るかどうかは、本人の努力次第です。
 しかし。失礼ですが、年齢が年齢ですので、若い人たちのような
 回復の早さは、のぞめないと思います」

 「ゴルフをすることが、できますか?」

 「奥さん。
 ゴルフで怪我したんでしょう?。
 あはは。まったく懲りていないようですね。
 大丈夫です。
 チタン合金で接続しますから、前よりはるかに丈夫になります」

 「チタン合金?。ドライバーの素材と一緒ですねぇ。
 びっくりです。
 完治したら、取り出す必要がありますか?」
 
 「素材は、半永久的に大丈夫です。
 違和感を感じるようでしたら、のちに取り出すことも可能です」

 「痛い思いを、2度もしたくはありません。わたし」

 「ではそのままにしておいてください。
 わたし、手術は上手です。
 自分で言うのもなんですが、これまで1万回の手術をこなしています。
 傷跡も綺麗です。
 あんしんして、どうぞ、わたしに任せてください。
 けして後悔させません」

 

 (19)へつづく

北へふたり旅(17) 第二話 チタン合金 ⑦

2019-04-01 17:41:43 | 現代小説
北へふたり旅(17) 




 「折れたみたい」妻がつぶやく。

 「お・・・折れた!。ホントか。どこだ!」

 「手首。いうことをきかないの。ぜんぜんダメ」

 手首をささえた妻が、カートの後部座席へ座り込む。
手首は腫れていない。色も変わっていない。
しかし。折れたという右手は、妻の左手のうえでぐったりのびている。

 「だって君、2打目を打ったじゃないか。たったいま」

 「打った瞬間はっきりわかったの。かんぜんにダメだって」

 「い・・・痛くないのか!」

 「う~ん・・・しびれているからよくわかんない」

 尻餅をついたとき、右手がとっさに身体をかばったらしい。
そういえば妻の右手が地面をたたいたのを、見たような気もする。
そうと解れば躊躇している暇はない。
呼び出しのマイクを握る。
 
 「けが人が出ました。至急対応をお願いできますか」

 「はい。場所はどこでしょうか?」

 「ナンバー3のモンスター回廊。2打地点です。
 斜面で滑りました。
 転倒したさい、右の手首を骨折した可能性があります」
 
 「わかりました。すぐお迎えに行きます。
 そのまま前進していただいて、4ホール目のティグランドで合流しましょう」

 4ホール目は打ち下ろしのショートホール。
そこでプレーヤーのカート道路と、コース整備用の作業道が交わっている。
クラブハウスからやって来る、いちばんの近道になる。

 タオルを冷水で浸し、患部へ当てる。
氷をいれたミネラル水が、こんなところでやくに立つとは思わなかった。
事態に気付いて12歳年下美女と、ライバルの美女が飛んできた。

 「だいじょうぶ?」

 「わたしの打ったボールのせいで、怪我させちゃったみたい。
 ごめんね、ママ。痛くない、大丈夫?」

 12歳年下美女が、くしゃくしゃの顔で妻を覗き込む。

 「だいじょうぶ。あなたは気にしないで。
 斜面で足を滑らせたわたしが悪いんだから。」

 「でも・・・わたしがミスしたせいで、こんなことになっちゃった。
 わたしのせいでママに、痛い思いをさせちゃったのよ・・・」

 「もう救助を呼んだ。
 その先の交差地点へ、クラブハウスから救援がやって来る。
 君たちは気にしないで、プレーをつづけてくれ」

 ゴルフ場の対応は早かった。
わたしたちのカートが合流地点に着く前に、救助のカートが姿を見せた。

 「ほら。救助のカートがやってきた。
 君たちは気にしないで、プレーをつづけてくれ」

 「だって・・・」

 「みんなで病院へ行っても仕方ないだろう。
 いいからプレーをつづけてくれ。
 あとで連絡をいれるから」

 (18)へつづく