落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (75)       第五章 誕生・国定一家 ⑨ 

2016-10-30 17:42:38 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (75)
      第五章 誕生・国定一家 ⑨ 


 
 翌日から忠治を先頭に、2代目百々一家が田部井村へ乗り込んだ。
境の賭場は、文蔵と千代松の2人に任せた。
田部井村へ乗り込んで来た忠治は、早速、嘉藤太の家を拠点にした。


 嘉藤太、清五郎、富五郎、又八、次郎の5人が、久宮一家の賭場を見つけては、
問答無用で、片端から潰していく。
「国定村の忠治親分が帰って来た。おめえらは、さっさと出ていきやがれ!」
賭場荒らしだけでは収まらない。
久宮一家の子分たちを見つけると、寄ってたかって痛い目にあわせる。
次から次へ、村の外へ追いたてた。


 10日も経たないうち、国定と田部井村から久宮一家の姿が消えた。
どちらの村も、養蚕で生計をたてているちいさな村だ。
人口は少ない。賭場で遊べる人間もそれほどいない。
久宮一家も、売り出し中の忠治が戻ってきたことで国定と田部井をあきらめた。



 あとのことを嘉藤太にまかせて、忠治が久しぶりに実家へ戻る。
3つ下の弟。友蔵に長岡家の家督をゆずるためだ。
お鶴はあいかわらず、母親といっしょに忙しく仕事に追われている。
忠治の顔を見つけると、お鶴が姉さん被りを外す。
目を細め、笑顔を見せて駆け寄って来た。


 「お帰り。すこしのんびりできる?」


 「そうもいかねぇ。弟の友蔵に話が有ってやってきた。
 どこにいるんだ、友蔵は」


 「叔父さんと一緒に、絹市に出かけました。
 なにか至急のご用でしょうか?」


 「いや。あとでもいいんだ。だが、はやめに片づけたほうが都合がいい。
 そうか、友蔵は出かけていて留守か。
 仕方ねぇな。今日は久しぶりに、おめえの膝枕でのんびりするか」



 「うふふ。よく言いますね、ホントはその気もないくせに。
 わたしのところへ顔を見せたのは、田部井村のお町さんに振られたからでしょう?」


 「お町は関係ねぇ。
 俺が会いたかったのは、いつだっておめえだけだ、お鶴」


 「あら嬉しい。嘘でもそう言われれば、愛想よくしなければいけませんねぇ。
 ゆっくり出来るのなら風呂の支度をいたしますので、汗を流してくださいな」



 くるりと背を向けて、お鶴が湯殿へ飛んでいく。
背中姿が、嬉しそうだ。
忠治が実家へ戻って来るのは、3ヶ月ぶりのことになる。
襲名披露以来、はじめてだ。


 一家を構えた瞬間から忠治は、家督を弟に譲ることを考えていた。
長岡家は、国定村で筆頭格にあたる養蚕農家。
住み込んでいる下人をはじめ、使用人たちだけでかるく10人をこえる。
蚕の最盛期に突入すると、近所の女房連中をふくめて20人以上の大所帯にふくれあがる。
母親とお鶴だけで切り回していくには、おのずと限界がある。


 家督を弟に譲れば、長岡家は安泰を取り戻す。
しかし。それは同時に、嫁のお鶴が複雑な立場に立つことになる。
弟の友蔵にまだ嫁はいない。
友蔵が家督を継げば、早い時期に嫁をもらうことになる。
そうなるときのことも含めて、お鶴のことを友蔵に頼んでおかなければならない。


 弟の友蔵は、実直な性格の持ち主だ。
忠治の申し出を、こころよく2つ返事で引き受けた。



 「兄さんは家のことなんか心配しないで、二代目百々一家を盛り上げてください。
 おふくろもお鶴さんのことも、おいらが面倒見ます。
 無宿者を斬った時から、きっとこんな風になると、ずっと考えてきました。
 おれは昔から、弱い者いじめをしない兄さんが大好きだった。
 信太郎兄さんが病死したときから、いつかこんなときが来ると覚悟していました。
 兄さん。そのかわり、お願いがあります。
 どうせなるんなら、関東いちの大親分にのし上がってください。
 おいら。この家を守りながら、死ぬまで兄さんを応援します」


(76)へつづく



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忠治が愛した4人の女 (74)       第五章 誕生・国定一家 ⑧

2016-10-29 17:01:04 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (74)
      第五章 誕生・国定一家 ⑧



 「おなごに壺を振らせるんだ」


 円蔵の提案に、「ええ~!」と一同の目が真ん丸になる。
女渡世人の噂はときどき聞く。
そしてそのほとんどが、なぜか別嬪だ。
目の覚めるような別嬪が、片膝を立てて勝負の壺を振る。
想像するだけでも壮観だ。


 女壺振りには、男には真似できない芸当が有る。
勝負が白熱してくる。当然、警戒心が薄れてきて、女渡世人の膝がゆるむ。
男どもの視線が、女渡世人の股座(またぐら)へ集中する。
こうなるともう勝負どころではなくなってくる。
いいところを見せようと、気前よく、言われるままに駒を張る。
あげくにぜんぶ取られてしまう。



 「女渡世人や、大年増なら見たことは有る。
 だがよ。目の覚めるような壺振りの別嬪なんぞ、俺は見たことがねぇ。
 こんな片田舎には居ないだろう。別嬪の壺振りなんか・・・」

 「いや。居るんだ、それが。
 初めてみた時は俺も驚いたが、なかなか良い女だった」


 円蔵が自信たっぷりに、ニヤリと笑う。
居ると聞いた瞬間、文蔵が目の色を変えて身体を乗り出す。 

 
 「ホントかよ!。本当に居るのか!、別嬪の壺振りが!。
 そいつは願ってもねぇ好都合だ。で、そいつはいったいどこの何者なんだ!」


 「弁天のおりんという女でな、こいつは片膝を立てて壺を振る。
 それだけじゃねぇ。
 惜しげもなく、片肌を脱ぐ。
 白い肌をさらして壺を振る姿は、男ならだれでもしびれる。
 あ・・・残念ながら裸じゃねぇ。胸にはサラシを巻いている」



 一同の脳裏に、片肌を脱ぎ、膝をたてて壺を振る女の姿があらわれる。
そんな女が賭場で壺を振ったら、おおきな人気を集めるだろう。
「たまらねぇぜ」と、文蔵がぺろりとくちびるを舐める。


 「だがよ。どこにいるんでぇ。その女渡世人は?」


 「最後に見かけたのは、信州の松本だ。
 この女が壺を振れば、賭場が大入り満員になることはまず間違いない。
 なにしろ。俺が惚れこんじまったくらいの女だからな」

 「なにっ。おまえさんの女か。弁天のおりんという渡世人は!」

  
 「いや。残念ながらまだそこまではいってねぇ。
 おれがただ一方的に、おりんに熱をあげてるだけだ。
 しかしいい機会だ。なんとか口説いて、おりんを上州へ連れてくる」


 「なるほどな。円蔵さんにしてみれば一石二鳥のうまい話というわけだ。
 じゃ、おりんさんの件は円蔵さんに任せて、留守のあいだ、
 俺たちは何をすればいい?」



 「伊三郎をやるのは、後まわしだ。
 まずはなわばりをひろげていく必要がある。
 久宮一家がのさばっている国定と田部井村を、百々一家の縄張りにしょう。
 国定は、忠治親分が生まれた村だ。
 大義名分はじゅうぶんに、俺たちの側に有る」


 「大義名分が必要なのか、やっぱり?」


 「義のねぇ戦いは、堅気の衆たちの反発を招く。
 おれらが動くときは、いつでも、堅気の衆に支持されなくちゃいけねぇ。
 俺たちは、堅気の衆にメシを食わせてもらってんだぜ」

 「百々一家は、堅気の衆を大事にするのか。なるほど。
 十手を振りかざして、悪事ばかりを働いている腹黒い伊三郎とは、だいぶ違うな」


 「そうよ。義に生きた越後の上杉謙信と同んなじだ。
 民衆の支持があれば、取締役の八州様も幕府も、まったくもって怖くねぇ。
 義を重んじて、民衆を守る。
 これが百々一家の、あたらしい生き方でぇ!」


(75)へつづく



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忠治が愛した4人の女 (73)       第五章 誕生・国定一家 ⑦

2016-10-28 16:50:19 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (73)
      第五章 誕生・国定一家 ⑦




 「じゃいったい、俺たちはどうしたらいいんでぇ!」


 文蔵が、懐から手裏剣を取り出す。
いつもの柱に向かって投げつけようとするが、ふと、思いとどまる。
「いまは他にまだ、やることが有るという意味か?」文蔵が、円蔵を見つめる。


 「さすが代貸。よくぞ気が付いた。
 まずは俺たちのただひとつの賭場、伊勢屋に客を集めることからはじめる。
 この商売。なにをさておいても金がいる。
 その金を産みだしてくれるのが、賭場だ。
 ここが寂れていたんじゃ、まったくもって話にならねぇ。
 任せてくれ。俺に、とっておきの秘策が有る」



 「おっ、とっておきの秘策が有るってか。面白そうだな。
 何でぇ、早く聞かせろ、」



 代貸になったばかりの文蔵が、身体を乗り出す。
黙って聞いていた子分たちも、すべての神経を耳に集中する。


 「目先の金儲けだけを考えちゃいけねぇ。
 あっしら渡世人は、堅気の衆におマンマを食わせてもらってる。
 堅気の衆を大切にすれば、客は自然に増えてくる」


 「あたりめえだ。客ならいままでだって、大切にしてきた。
 だがよ。いままでウチの賭場へ来ていた客は、ぜんぶ伊三郎の方へ流れちまった。
 見た通りの、閑古鳥が鳴いている落ち目の賭場だ。
 落ち目の賭場じゃ、稼ぎはすくねぇ。
 だからみんな、賑わっている伊三郎の方へ足を運んじまうんだ」


 「まぁ待て。策はある。
 いままで5分デラだった手数料を、4分デラにするんだ」


 「なんだと。てら銭を、4分デラにするだと?」文蔵が呆れる。
勝負に勝った客から5分(5パーセント)のテラ銭をもらうことを、5分デラという。
博奕は幕府によって禁止されている。
そのため博徒は、絶対に安全な場所で賭場を開く。
保証料として勝った客から、テラ銭をもらうことでしのぎにしている。



 絹市が立つ日は、大金が動く。
その日だけで4、50両の掛け金が動く。
5分デラなら、1日で2両から2両5分の稼ぎになる。
市は月に6回立つ。月に直せば、12両をこえる稼ぎになる。


 しかし。12両が稼げたのは、百々一家が元気だったころの話。
いまは客が半減している。とうぜん稼ぎも半分以下だ。
そんな中。4分デラにすれば、稼ぎがさらに減ってしまう。
だが円蔵は自信たっぷりに胸を張る。


 「忠次親分の賭場は四分デラだと噂になれば、客は自然と集まって来る」



 「客は来るようになるだろうが、いかんせん、それじゃ稼ぎが少なすぎる・・・」
文蔵が「駄目だ。それじゃあ」と首を振る。
となりで聞いていた民五郎も、「そうだよなぁ」と文蔵に同意する。
しかし。「話は最後まで聞け」と円蔵がニヤリと笑う。


 「言っただろう。目先のことばかりを考えるんじゃねぇって。
 たしかに賭場が一ヶ所だけじゃたかが知れている。
 だがな。これが10ヵ所、20ヵ所と増えていけば、話はまったく別になる。
 テラ銭の1分くれぇ、どうってことはなくなる」


 「10ヵ所と20ヵ所と賭場が増えていく・・・
 たしかにそいつはすげえ話だ。
 そうなりゃ確かに、4分デラでも十分に稼げるようになる!」



 「その通りだ。だから、おめえらの力で賭場をひとつづつ増やしていくんだ。
 百々一家の二代目・忠次親分を、天下の大親分に持ち上げる。
 だが、四分デラにしただけじゃ繁盛するとは言い切れねぇ。
 実はな。客を呼び戻すためのもうひとつの、とっておきの秘策が有る」

 
 「えっ、とっておきの秘策がもう、ひとつある?」
全員の目がいっせいに、円蔵に集まる。


(74)へつづく

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忠治が愛した4人の女 (72)       第五章 誕生・国定一家 ⑥ 

2016-10-27 16:37:02 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (72)
      第五章 誕生・国定一家 ⑥ 



 
 襲名披露の朝がやって来た。
境宿の旅籠は各地からやって来た親分衆たちで、朝から賑わっている。
そのせいだろうか。普段は大きな顔をして歩いている伊三郎の子分たちの姿が
今日はだれひとり見当たらない。


 集まったのは八寸村の七兵衛。川田村の源蔵。玉村宿の佐重郎。
伊勢崎町の半兵衛。栄五郎の実兄で、大前田一家の親分である要吉。太田宿の与左衛門。
大笹村の寅五郎。木崎宿の孝兵衛。島村の伊三郎も顔をそろえた。
武州から藤久保の重五郎と、兄貴分の高萩の万次郎もやって来た。



 木崎宿の孝兵衛親分と連れ添って現れた伊三郎は、新五郎の一件などは、
すっかり忘れたような顔をしている。
忠治のことを、「若いが、しっかりした親分だ」と褒めたたえた。
伊三郎が、5両の祝儀を置いて帰っていく。

 
 忠治にしてみれば、そんな金は欲しくなかった。
しかし。亡くなった新五郎とお仙の香典だと思い、素直に受け取った。
祝儀の額を公表したわけではない。
だがいつの間にか、伊三郎の祝儀の額が宿場の中で噂になった。
伊三郎の親分は太っ腹だという噂が、ひろがっていく。


 噂の出所は、伊三郎本人だった。
5両も出せば忠治が驚いて腰を抜かすだろうと、伊三郎はタカをくくっていた。
だが5両の祝儀をくれたのは、伊三郎だけではない。
大前田の要吉親分は忠治と初対面にもかかわらず、8両の祝儀をくれた。
介添え人の福田の親分は、10両の大金を忠治にくれた。


 忠次は親分衆たちが見守る中。
紋次親分から、駒札と家宝の三尺近くもある長脇差を譲り受けた。
22歳の若さで百々一家の二代目を、堂々と襲名した。


 晴れて百々一家の親分になった忠次だが、子分の数はすくない。
三ツ木の文蔵。保泉(ほずみ)の久次郎。山王道(さんのうどう)の民五郎。茂呂(もろ)の孫蔵。
八寸(はちす)の才市の5人と、三下奴の宇之吉と、上中(かみなか)の清蔵の2人。
客人の円蔵を入れても、たったの8人。
これでは、戦(いくさ)にもならない。


 忠治が幼なじみたちに声をかける。
国定村の清五郎。曲沢(まがりさわ)村の富五郎。五目牛(ごめうし)村の千代松。
田部井村の又八。国定村の次郎の5人を子分に迎える。
嘉藤太(かとうた)も子分になると言ったが、お町の兄を子分にするわけにいかない。
兄弟分の盃を交わすことで、話がまとまった。


 15人の子分が集まったことで、二代目・百々一家の士気があがる。
さっそく伊三郎一家へ殴り込みに行こうと盛り上がる一同を、円蔵が止める。


 「止めるな、軍師の円蔵さん。
 これだけの顔ぶれがそろったんだ。数は少ないが少数精鋭だ。
 寝込みを襲えば伊三郎なんざ、いちころだ」


 「文蔵の兄貴。戦(いくさ)を甘く見ちゃいけねぇ。
 戦をするからには負けは許されねぇ。ぜったい勝たなくちゃいけねんだ」


 「小難しい理屈なんか、どうでもいい。
 伊三郎の首さえとれば、島村一家なんかおしまいだ。
 取り上げられたシマも含めて、全部のシマが、二代目・百々一家のモノになる」


 「甘いな、お前さんは。
 伊三郎が殺されて、島村一家のおおぜいの子分が黙っていると思うか?。
 おめえらが国越えしているあいだに、御隠居が殺される。
 旅から返ってくる頃には、境の宿はぜんぶ、島村一家のものになっているだろう」


 「なんでそんな事がわかるんでぇ、おめえには?」



 「ものには順序がある。
 まずは敵を、良く知らなきゃならねぇ。
 この中でいま伊三郎が、どこで何をしているか、知っている奴がいるか?。
 一家の奥座敷に居るか。妾のところに居るのか。
 伊三郎の居場所を正確に知っている者が、この中にひとりでもいるか?。
 居場所すら分からないのに、いったい何ができるっていうんだ。
 そんなことじゃ絶対に無理だ。戦には勝てねぇ。
 動くにゃ、まだまだ時期が早すぎる」


(73)へつづく

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忠治が愛した4人の女 (71)       第五章 誕生・国定一家 ⑤  

2016-10-26 17:37:37 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (71)
      第五章 誕生・国定一家 ⑤  





 3ヶ月が経っても、紋次親分はいっこうに回復しない。
ついに再起が絶望的になった。
川田村の源蔵、八寸村の七兵衛、福田屋栄次郎の三人がやって来た。
3人が、病床の紋次と話し合う。
「忠治なら、2代目にしても大丈夫だろう」紋次が、ちいさな声でつぶやく。
こうして上州に、21歳の若い親分が誕生することになった。


 日光の円蔵が軍師として、正式に百々一家へやって来た。
「いいか。何事も、最初が肝心だ」目の前の一同を、円蔵が鋭い目で睨む。


 「忠治親分の存在を知ってもらうことが大切だ。
 襲名披露はなるべく派手にやる。
 そうだな。上州一円の主だった親分すべてに、招待状を出す」


 「そいつはいい考えだ。そうだ。派手に行こうぜ、派手に!」



 文蔵が、大声を上げる。
伊三郎にやられっぱなしのまま、人気を落とし、傾きかけている百々一家だ。
再起のためにも、襲名披露はなるべく派手なほうがいい。
しかし。いまの百々一家に金はない。
各地からおおぜいの親分衆を呼ぶとなれば、それなりの金がかかる。


 「しかしなぁ円蔵さん。
 落ち目の百々一家に、いまはそれほどの金はねぇ」


 「忠治親分。金のことなら心配しないでくれ。
 福田屋の親分に頼めば、そのくらいの金はなんとでもなる。
 親分は、そんな小さなことにこだわっちゃいけねぇ。
 資金集めは、この円蔵にまかせてくだせぇ」


 それにと、円蔵が言葉をつづける。


 「売り出し中の国定忠治が百々一家の跡目を継ぐとなれば、呼ばれた親方衆も
 それなりに気張るだろう。
 名の売れた親分さんが、半端なご祝儀を包むわけにはいかねぇ。
 派手に襲名披露をすれば、それなりに、金が集まって来るという寸法よ」


 たしかにこいつは、軍師として使えそうだと忠治が目を細める。
「それからな。こいつがもっとも肝心だ」と円蔵がさらに言葉をつづける。


 「島村の伊三郎にも、招待状を出す」


 「えっ、敵対している伊三郎も呼ぶのかよ。
 円蔵。敵をわざわざ呼ぶとは、いってぇ、どういう了見をしてるんでェ!
 そいつは賛成できねぇな。
 伊三郎を呼ぶというのは、おいらは反対だ!」


 文蔵がまっさきに反対の声をあげる。
そうだ、そうだと、他の子分たちも騒ぎ始める。


 「そんなケツの小せぇことを言ってたんじゃ、一家を張ってもすぐに潰れちまうぜ。
 伊三郎なんか、目じゃねぇってとこをみんなに見せつけるんだ。
 忠治は大物だぞというところを、集まって来た親分衆たちに見せるいい機会だ。
 呼ばれれば、しょうがなしに伊三郎もノコノコやって来る。
 やつがどのくらいご祝儀を張るかが、見ものだ」


 「なるほど大勢の親分衆の前じゃ、伊三郎も見栄を張るしかねぇ。
 おい。ホントに頭がいいな、お前ってやつは。
 日光の円蔵さんよ!」


 「お前と違って、おれは勉強したからな。
 だが手裏剣にかけちゃ、おめえが一番だ。三木村の文蔵さんよ。
 今日から俺たちは、上州で一番若い親分をささえる参謀だ。
 わかってんだろうな、そのくらいのことは?」



 参謀と呼ばれた文蔵が、えへへと苦笑いを浮かべる。
こうして3ヶ月後の8月に、忠治の襲名披露をおこなうことが決まる。
介添え人は、福田屋の栄次郎。
襲名披露が書かれた招待状が当初予定した上州一円どころか、ひろく
関八州一帯を、風のように飛び交う。


(72)へつづく

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