落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(7)二年参り

2020-07-20 13:33:59 | 現代小説
上州の「寅」(7)

 
 午後10時を過ぎると人の数がふえてきた。
除夜の鐘を聞きながら初詣でする人たちが、これほど居るかと驚いた。
10時半を過ぎると参道に長い行列ができた。


 「すごいなぁ。この寒さだというのに、この人出は」


 「兄ちゃん。ぼんやりしてんじゃないよ。
 あちらのお客さんに熱燗を一本。
 それからそちらのお客さんに、もつ煮のおかわり!。
 ぼやぼやしてんじゃないよ。
 仕事はまだ、はじまったばかりだからね!」


 チャコに怒られた。
人の数はさらに増えている。
「熱燗をくれ」行列の中から千円札をふる人がいる。


 「500円です」


 「ぼったくりだな。酒屋で250円で売ってるワンカップが500円か」


 「本日は除夜の鐘が鳴る特別な日ですから」


 「ちげぇねぇ。面白いことを言うねぇ。金髪の姐さんは。
 気に入った。釣りはいらねぇ。もう一本くれ」


 「はい。毎度。年明けもやっておりますのでお待ちしております」


 「帰りにもう一本買っていけってか。
 いちいち真に受けていたらケツの毛まで抜かれそうだ、ねぇちゃんに」


 あははと笑った時。ゴ~ンと除夜の鐘が鳴りはじめた。
「おっ、はじまったぜ」
(えっ?。もう除夜の鐘?。はやくないか、まだ10時40分だぞ)


 大晦日の夜。紅白歌合戦がおわるころ、なんとなく聞こえてくる除夜の鐘。
いったい何時から突きはじめるのが正解だろう?。


 「108回の鐘の音は、煩悩をとりのぞく意味がある。
 107回まで大晦日のうちに突き、新年にはいってから最後の1回を突く。
 それが正式な除夜の鐘の突き方さ」


 金髪のチャコが説明してくれた。


 (子どもだと思っていたら、18歳のくせにいろいろ知ってるなぁ)


 除夜の鐘が鳴りはじめても行列は動かない。


 「あたりまえだ。みんな2年参りに来ているんだぜ。
 今年一年を懺悔して、あたらしい年に希望を託し、賽銭を放り投げる。
 それが2年参りの醍醐味なのさ」


 寒さに耐えながら行列は、ひたすら午前零時がやって来るのを待っている。
まだ30分以上も時間がのこっている。


 「ネエチャン。熱燗くれ。体の芯まで冷えてきた」


 「俺にも一本くれ。ついでにおでんも」


 動かない人波の中。あちこちから熱燗の注文がとんできた。
それもそのはず、今夜の最低気温は3℃。
運の悪いことに風も出てきた。
行列の先頭は最後の鐘が突き終わるまで、一歩も動かない。


 新しい年にかわった瞬間、「明けましておめでとう!」の歓声とともに、
大群衆が、さい銭箱へむかって突進していく。




 (8)へつづく