落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(28) 第三話 ベトナム基準⑧

2019-06-24 18:04:30 | 現代小説
北へふたり旅(28) 


 ベトナム実習生の3人はこの半年間、年中無休で働きつづけた。


 「コンビニだって深夜営業をとりやめる時代だぜ。
 政府も企業も働き方改革をすすめてる。
 だがよ。ベトナムは別だ。
 俺たちは日本へ稼ぐためにやってきた。もっとたくさん仕事したい。
 土曜の定休もいらないと、かれらのほうから言い出した」


 11月の半ば。キュウリが最終段階にはいる。
この頃から来春の、ナス苗の準備がはじまる。
キュウリのあとは、ホウレンソウとネギに切り替わる。


 言われてみればベトナム実習生の3人が、仕事を休んだ記憶がない。
規定で、1日の就労は8時間。それを超えると25%増しの残業。
週1日の定休日。こちらは出勤すれば25%増しの休日出勤。


 「3時頃に仕事が終っちまうときもある。
 だが彼らは帰らない。
 ボス。仕事がないかと聞いてくる。
 あの顔を見るとしょうがねぇ、何かないかと仕事を見つけ出す。
 使ってるんだか、使われているんだか、分かんなくなってきた・・・」


 ホウレンソウの出荷も変える、と言い出した。


 「変える?。どんな風にかえるの?」
 
 「視察でとなり町のホウレンソウ農家を見てきた。
 実習生が一列に畑に座り込み、収穫しながら荷ごしらえをしていた。
 あれなら早い。じつに効率がいい」


 その光景なら見たことがある。
コンテナをかかえた実習生が、ホウレンソウ畑に座り込む。
5~6株をカマで切り取る。
根元の汚れを落とし、枯れやすい双葉を取りのぞく。
そのままコンテナへ並べる。あとは出荷用の袋に詰めるだけだ。


 「いままでのように、1本一本仕上げるのじゃなくて、
 束のまま仕上げる?」


 「畑で収穫しながらの荷ごしらえは、ウチでは無理だ。
 しかしいままでのように、1本ずつこしらえていたのでは効率がわるい。
 7~8本まとめて持ち、根元の汚れと双葉を落とす。
 そうすりゃいまの倍は出来る」


 それでいいなら、たしかに効率はあがる。


 「それだけじゃねぇぞ。
 パートが帰った5時以降は、出来高払いを取り入れる」


 「出来高払い?」


 「機械を動かして袋詰めしていたんじゃ、俺たちが終われねぇ。
 手詰めにして、出来高払いにすれば一石二鳥だ。
 連中はいままで以上に稼げるし、おれたちは5時であがれる。
 思いついた瞬間、これはわれながら、グッドアイデアだと思った」


 実習生を使うのは楽じゃない。
パートなら仕事が終わった時点で「はい、お疲れ様」と終わりにできる。
しかし実習生はそうはいかない。


 厚生労働省の規定によれば原則、週40時間。
1日8時間を超えて労働させてはいけない、と書いてある。
毎週1日の休日か4週間をつうじて、4日以上の休日をあたえろ、とある。


 裏をかえせば1日8時間の労働を保障しろ、と言っている。
天候や温度に左右される農業のばあい、1日の作業量は不安定になる。
よほど大型の農場でない限り、無尽蔵で働けるわけではない。


 海外からの実習生を、いちはやくとりいれた茨木県のばあい。
ふるくからのメロン農家が、ホウレンソウ農家に転業したという報告がある。
メロンの収穫は年一回。これでは実習生に年間の給料をはらえない。
やむなくホウレンソウへ転換したという。


 おなじことが、この群馬の田舎でもおころうとしている・・・



北へふたり旅(27) 第三話 ベトナム基準⑦

2019-06-20 16:10:20 | 現代小説
北へふたり旅(27) 
 
 ゴルフショップへ顔を出した。ひさしぶりだ。
ここに顔なじみのクラフトマンがいる。
ゴルフ道具に関するプロで、ほかに職人、熟練工、の意味がある。


 「おひさしぶりです」


 「頼みがあってやってきました」


 「めずらしいですね。なんでしょう。難題ですか?」


 「あいにく新機種じゃない。
 レディスのゼクシオ9を、フルセットでそろえてほしい。
 シャフトはぜんぶLで」


 「9のレディスフルセットですか。
 いま急増しているんです、そういうお客様が。
 ぜんぶがそろうまで、しょうしょう時間がかかります」


 「2ヶ月くらい、待てる」


 「2ヶ月あればそろいます。
 あれ・・・シャフトはLですか?
 先日買っていただいた奥様のドライバーは、たしかAでしたが」


 「Aでは支障の有る事情が発生した。
 これから先のことを考えると、ぜんぶLに替えたい」
 
 「そうですね。これからは年齢とともに、握力や体力が落ちてきますからねぇ。
 わかりました。在庫状況を調べてみます」


 クラフトマンがパソコンをたたく。
全国に展開している店舗の在庫状況が、瞬時に画面へ出る。
フルセットの価格も画面へ出る。


 「そうですねぇ。ざっとで25万前後。
 先日のドライバーも下取りするとして、20万前後になります」


 (20万前後か・・・妥当だろうな)


 ほぼ40%オフの金額だ。定価で揃えれば40万をこえる。
ゴルフクラブの使用期間は長い。
新機種を買っても1年か2年先で、過去のモデルになってしまう。
それなら人気モデルを新機種の発売前に、駆け込みで買うのもひとつの手だ。


 「妻とまた来る。それまでに揃えておいてほしい」


 「一週間も有ればそろいます」
 
 「ずいぶん商売熱心だ。
 だいじょうぶ。そんなに忙しい話じゃない。一ヶ月くらいしたら連れてくる」


 「お待ちしております」


 笑顔のクラフトマンに見送られて店を出る。
年金と農家のパート収入の身には、ずいぶん高い買い物だ。
しかし財源に当てがある。


 趣味でつづけている500円玉貯金。
それがお茶の缶、いっぱいになっている。


 500円玉貯金には、コツがある。
成り行きに任せていたのでは、いつまでたっても貯まらない。
500円玉のお釣りをいかにもらうかが、カギになる。


 650円の買い物なら、千円札と小銭を150円出す。
お釣りはちょうど500円。
かんたんな暗算とすこしの工夫が500円玉をうみだす。


 慣れてくると高度な技もある。
1378円の合計に、1933円をさし出す。
「え?。何考えてんの、このおじさん」レジのおばちゃんが首をかしげる。
レジに打ち込む。すると、555円のお釣りが出てくる。


 「なるほどね」いつものおばちゃんがあははと笑う。
ありがとうとこたえ、いつものように農協系スーパーをあとにする。


 


(28)へつづく
 


北へふたり旅(26) 第三話 ベトナム基準⑥

2019-06-15 18:00:27 | 現代小説
北へふたり旅(26) 


 退院から一ヶ月が過ぎた。妻の握力はゆるやかな回復をみせている。


 「あなたに残念なお知らせです。
 今晩からお風呂にふたりで入れません。右手が使えそうです。
 ごめんなさい。突然の悲しいお知らせで。うふっ」


 もとに戻っていない。しかしタオルくらいは使えるという。


 「そうか残念だ。
 となると今夜が君の見納めになるのかな」


 「あら。今日も洗ってくださるの?。
 そういうことなら、明日からひとりで入ります。うふふ」


 「三助の卒業試験ということで、妥協してくれ」


 「助かります。
 実はまだ、しびれがはしる時があるの」


 「そんなことで大丈夫か?。
 正月恒例の、初日の出コンペがあるんだぜ。
 間に合うのか、君の右手は?」


 「3ヶ月あるでしょ。
 なんとかなるでしょ。それまで」


 元旦の早朝。初日の出といっしょにスタートするゴルフコンペがある。
のんべぇたちの発案だ。
年末の打ち納めがあるなら、初日の出を見ながらのコンペがあっても
いいだろうということで、2年越しのゴルフがはじまった。


 12月31日は参加できない。
1月1日なら大丈夫ということで、2人で参加するようになって6年が経つ。


 「あっ・・・」あることに気がついた。


 妻は骨折する前、長年愛用してきたドライバーを取り替えた。
きっかけをつくったのは、ひとまわり下の美女。


 「ゼクシオ※が世代交代するの。
 いまなら40%オフの5万円でドライバーが買えるわ」


 ※2000年に誕生したゴルフクラブの国産ブランド。
 2018年秋、10代目になるゼクシオ10が発売された※


 9万円をこえるドライバーが、40%オフの5万円。
妻は2つ返事でこの話にとびついた。
このとき買ったドライバーのシャフトの硬さは、「A」


 「A」はアベレージの略。すこし力のある女性向け。
ヘッドスピードは、32~36m/sが目安になる。


 女性用はもうひとつある。Aよりもやわらかい「L」。
レディースモデルのクラブはほとんどがこの「 L」シャフト。


 ヘッドスピード(振りの速さ)に応じて、シャフトの硬さが設定される。
体格がよく、体力に自信があり、ヘッドスピードの速いゴルファーが、
柔らかいシャフトを使用するとシャフトがしなりすぎてしまう。
そのためにタイミングがあわなくなる。
ボールにうまく力が伝わらないことで、飛距離も落ちる。


 ヘッドスピードが遅いゴルファーが硬いシャフトを使用すると、
シャフトがしならないため、やわらかいシャフトより曲りは少なくなる。
しかしそのぶん飛距離が落ちる。


 妻のシャフトは、すべて「A」。
妻は10代の頃、本気でボウリングのプロを目指していた。


 1970年代の前半。
女子プロボウラーの人気は、いまの女子プロゴルファーよりはるかに熱かった。
女子プロ1期生の須田開代子と中山律子は、人気アイドル以上の存在だった。
彼女たちがテレビに出ない日はなかった。


 自分の限界を知った妻が、20歳を前にボウリングをあきらめた。
つぎに出会ったのがゴルフ。
ボウリングは左で投げたが、ゴルフは右で打った。
妻が練習をはじめたころ。左用のレディスクラブはほとんどなかった。
さいしょから右打ちのレフティとして、ゴルフに取り組んだ。


 (このまま握力がもとに戻らなかったら、まずいことになる・・・)


 
(27)へつづく
 


北へふたり旅(25) 第三話 ベトナム基準⑤

2019-06-12 18:23:27 | 現代小説
北へふたり旅(25)
 
 「なっ・・・なんだこれはっ」


 会議から戻ってきたSさんが、ハウスの入り口で悲鳴をあげる。
 
 「おい!。いったいどうなってんだ!。
 葉っぱが残っていねぇぞ。素っ裸じゃねぇか。
 これじゃキュウリが風邪をひいちまう!」


 キュウリが風邪をひくはずがない。
例えの話だ。


 「状況におうじて葉を欠けと言った。
 しかし、ここまで葉を取れと言った覚えはない。
 これじゃ葉っぱをとり過ぎだ!。
 どうなってんだ。
 誰が欠いたんだ。テプか、ドンか、トンか!」


 目の前に、キュウリの幹ばかりがひょろひょろと立っている。
葉はほとんど残っていない。
天に申し訳程度に、大きな葉が数枚、残っているだけ。
よくぞここまで、葉を欠いたものだ。


 「ボスは2~3枚。さらに4~5枚と云った。
 全部足すと8枚。両側から8枚ずつ欠いたら、こうなった」


 テプはSさんを、ボスと呼ぶ。
葉っぱ欠きは、2人ひとくみでおこなう。
この日はドンとトンがカップルになり、テプはわたしとコンビを組んだ。
裏と表から葉っぱを欠いていくと、合計で16枚の葉が消えることになる。
ドンとトンが入った列だけが、じつに寒々とした光景になっている。


 「ちくしょう・・・俺の説明が悪かったのか・・・
 それにしても大丈夫かな。
 ここまで葉っぱを取ると、あとで曲がりが出るかもしれねぇな」


 キュウリは曲がりで等級がかわる。
1㌢以内の曲がりはA品として流通するが、それ以上はB品になる。
味は同じだが曲がり具合で評価が変わる。それがキュウリの運命だ。


 秋キュウリは長期取りする。そのためひんぱんに摘葉をおこなう。
一回の摘葉を2~3枚。
しかしこれでは、いかにも効率がわるい。


 そこで研究がおこなわれた。
さいきんの研究で主枝葉が25枚以上になったら、いちどに5枚以上欠いても
問題ないという結果が出た。
しかしほとんどの葉をいちどに欠いてしまう例は、聞いたことがない。


 「万事、こんな調子なんだ。
 連中に悪気はねぇ。それは俺にもわかっている。
 だがよ。どうにもあいつらと、コミニュケーションがとれねぇ。
 もうすこし日本語を覚えてくれると、楽なんだがなぁ」


 「Sさん。3年はあっという間です。
 日本語が上手になる前に連中の滞在期間が、時間切れになりますよ」


 「だから5年に延長したのかな、日本の政府は。
 実習生たちの滞在期間を」


 「5年にのびても、たぶん結果はおなじでしょう。
 来日前に一ヶ月。来日してから一ヶ月。
 2ヶ月の詰め込み授業で習得できるほど、日本語は甘くない。
 義務共育で9年間も勉強してきた日本人だって、あやしい日本語をつかってる。
 世界で一番難しい言語、それが日本語だと思います」


 「そうだよな。
 同じ言葉でも意味が違うのは、日本語くらいだ。
 楽に労働力が確保できると考えていた俺が、あさはかだった。
 外国人実習生とのコミニュケーションは、予想以上にしんどいものがある。
 だいじょうぶかな。
 こんなことで3年間も持つのかな。俺の精神力が」


 「Sさん。
 試験に合格すると、かれらの滞在期間は最長5年伸びますよ」


 「あっ・・・そうだ。
 思いだした!。法律が変わったんだ。
 まいったなぁ・・・いてて。急に頭が痛くなってきた」
 
 
(26)へつづく


北へふたり旅(24) 第三話 ベトナム基準④

2019-06-07 17:20:41 | 現代小説
北へふたり旅(24)


 キュウリの成長は早い。
インドの北部。ヒマラヤ山麓が原産地。つる性の一年草。
放っておいても枝が出て実をつける。
しかし。やたら枝が増えるので、いつまでも放任というわけにはいかない。


 収穫のかたわら。
伸びるツルと、大きくなりすぎる葉を手入れしなければならない。
枝が込み合い葉が重なると、病気が出やすくなる。
収穫量も半減する。
そうならないよう、つるを誘引しながら葉と枝を整理していく。


 初期の頃、株元から5~6節(30cmぐらいの高さ)までの子づると
雌花は、すべてかき取ってしまう。
株元に実をつけると、その後の株の生育によくない。


 つづいて、6~7節目から10節目ぐらいまで(高さ約30~60cmの範囲)
に出た子づるは、葉を1枚残し、その先は摘み取る。
その後に出る孫づるも1~2葉を残し、摘み取ってしまう。


 11節目ぐらいから上(高さ約60cm以上)は、子づるを2葉残し摘み取る。
孫づるは半ば放任。、込み合ってきたら枝の先端を整理する。
このとき、すべての枝を摘み取ってしまうのではなく、元気な枝を
数本残すよう気をつける。


 あまり高くつるを伸ばすと、収穫と管理が大変になる。
主枝は目の高さぐらい(25~30節ぐらい)で先端を摘み取る。
主枝を止めることにより、子づるや孫づるの発生を促すことができる。
これは必ずおこなう。


 摘葉(葉のかき取り)も重要な作業。
下の方の茶色くなった老化葉は、少しずつ取り除いていく。
重なり合ったり、風通しが悪くなっている大きな葉も、切り落とす。
小さな新葉や新芽に、光を当てるためだ。


 この際注意することがある。葉をとりすぎて素っ裸にならないようにする。
遠くから眺め、上から下までどの位置にも重ならない程度に
葉が展開しているのが、理想になる。


 これらの作業を、3人のベトナム実習生へ教えこんでいく。
しかし。これが至難の連続。
まず、言葉が的確に伝わらない。


 彼らの日本語は日常のあいさつに毛がはえた程度。
おはよう。こんにちは。こんばんは。は理解できる。
しかし。これに「暑いですねぇ」「お寒うございます」をくわえると、
あいさつとして通じない。


 葉を全部取れ、は理解できる。
しかし。「すこしだけ葉を取れ」や「もうすこしよけいに葉を取れ」はわからない。
「臨機応変に葉を取れ」などと指示すれば何のことだか、かれらはパニックになる。


 主枝から出ている葉も、子つるから出ている葉も区別できない。
彼らの目から見れば葉はぜんぶ同じ、ただの葉だ。
収穫がいちだんらくした週末。全員で葉の整理をすることになった。


 午後2時。Sさんが様子を見に来た。
ベトナムの3人が作業している様子を点検していく。


 「トン。遠慮がちだな。まだ葉っぱが混んでるぞ。
 もうすこしよけいに欠いてもいいなぁ。
 そうだな。あと2~3枚、すこし混んでいるところは4~5枚欠いてもいい。
 おれは会議があるから出かけるが、しっかり頑張ってくれ。
 じゃな。よろしく頼んだぜ」


 ポンとトンの肩を叩き、Sさんがビニールハウスを出ていく。
日本人のパートならこの程度の会話で、Sさんの指示の真意を理解する。
しかし。初歩の日本語しか理解できない彼らに、いったいどこまで伝わったか
まったくわからない。
やがて・・・とんでもない事態が発生する。




(25)へつづく