落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(14) 第二話 チタン合金 ④

2019-02-12 18:00:05 | 現代小説
北へふたり旅(14) 




 3ホール目は、打ち下ろしのミドルホール。

 パー3をショートホール、パー4をミドルホール、パー5をロングホールと呼ぶのは、
じつは日本だけ。和製英語だ。
アメリカでは、「パー5にしてはショートホールだ」
長いパー3を「パー3なのにロングホールだ」と表現する。

 アメリカ風に言えばパー4の、「長すぎるミドルホール」へやってきた。
目の下にフェアウェイがひろがる。しかし、グリーンは見えない。
フェアウェイが山裾の左へ回り込んでいるからだ。

 このコース最大の難所。
距離450ヤード。モンスター回廊の異名を持つ名物ホール。
(プロゴルファーじゃあるまいし、素人に、450ヤードは長すぎる)
いつもそう思いながら、ここへ立つ。

 2つで乗せようと思うと、無理が出る。
距離を欲しがる下心が力みとなり、ドライバーの軌道を狂わせる。
芯を外したボールは飛ばない。
こんなときほどおおきく、ゆったり振るべきだ。
3つで乗ればいい。
その想いとタイミングが、ボールを安全な位置へ運んでくれる。

 「会心の当たりでしたね」

 ライバルの美女がうしろから話しかけてきた。

 「何度もひどい目に遭ってきたからね。
 肩の力がぬけて、我ながら、いいスイングができたと思う」

 「うふふ。その通りね。
 ゴルフ場のあちこちに、ゴルフの神様がいるの。
 結果オーライもそのひとつ。
 無理したり、欲をかきすぎると、手痛いペナルティがまっています。
 ともあれ最難関ホールのナイスショット、おめでとう」
 
 男子に過酷なホールだが、女子にはやさしい。
赤いティは、150ヤードも前にある。
坂道を下り切ると目の前に、大草原のようにフェアウェイが広がる。
 
 赤いティから150ヤード先の山裾から、フェアウェイが左へ回り込む。
左の山裾ぎりぎり。そこが1打目のベストポジション。
とうぜん罠もある。
左へ飛び過ぎれば、ボールは雑木林の中へ消えていく。

 ひとり目のライバルの美女は、安全にセンター狙い。
妻も危険を回避して、センターのやや左狙い。
前のホールでただひとりボギーだった12歳年下の美女が、ドライバーを構える。
序盤の1打差は、あとで尾を引く。
早い段階で一打の差を取り返したい。そんな想いが美女に左を向かせる。


 勝負に出た・・・

 妻もライバルの美女も、12歳年下の美女のチャレンジに気が付く。
左山裾ぎりぎり。そこを超えればボールは、見えないフェアウェイの真ん中へ出る。
そのために170ヤードの飛距離が必要になる。
そのせいか、いつもよりすこしだけ、距離を欲しがるスイングにかわる。

 (あ・・・切り返しが早い・・・)

 妻もライバルの美女も、一瞬のタイミングの狂いを見逃さない。
見慣れた12歳下の美女のスイングに、狂いが生まれた
手元まで降りてきたクラブが結果を求めて、さらに先を急ぐ。
身体の回転が遅れたまま、美女のクラブが左へ振り抜かれていく。

 (左へ出る!)

 全員の目が、左の山裾へ向かう。

 (15)へつづく

北へふたり旅(13) 第二話 チタン合金 ③

2019-02-07 17:55:35 | 現代小説
北へふたり旅(13)



 「ナイス・ショット!」

 ティグランドに、黄色い声が響きわたる。
声の主は12歳年下の美女。
今日は女性3人を引き連れてのラウンドだ。
しかし。はやくも問題が発生している。

 「あら・・・もう打ったの?」

 妻が涼しい顔で振り返る。

 「振り遅れ気味。いつもより右へ出た」

 「あら。右へ飛んだの・・・
 ナイスショットとばかり思っていたのに。
 いい音に、すっかり騙されました」

 井戸端会議を中断して、12歳年下の美女も振り返る。
ゼクシオのドライバーは打った瞬間、澄んだ金属音を放つ。
この音につられ、12歳下の美女は思わず、ナイスショットの声をあげた。
つまり。誰もわたしのボールの行方など見ていないことになる。

 しかし。落ち込んでいる暇はない。
笑顔で運転席へ乗り込み、カートを前方へ走らせる。

 ゴルフはハンデのスポーツ。
性別、年齢、実力差を考慮したハンデキャップが存在する。
打数ハンデの上限は36。
72打で回れる人と、ハンデをプラスした108打の人が同等になる。

 距離のハンデもある。
上級者はいちばん長いバックティ。白のレギュラーティは一般男子。
女子は40ヤードから100ヤード前の赤いティ。
さらにその前に70歳をこえた人のための、ゴールドのティがつくられる。
性別や年齢差を越えて、同時にプレーを楽しめるのがゴルフ、といえる。

 赤いティへ着いた瞬間、女たちの表情がかわる。
姦(かしま)しい会話から一転、ゴルフ本気モードに切り替わる。

 キャリアの長い12歳年下の美女は、オーソドックスにクラブを振りぬく。
筋力が弱いぶん身体を大きく使い、しなやかにボールを運ぶ。

 たいしてライバルの美女は、男子並みのパワフル派。
女子とは思えない力強いスイング。
鋭い腰の回転とコックの粘りで強いボールを打つ。

 還暦を超えた妻は力にたよらず、バランスとキレでボールを飛ばす。
フェアウェイの中央、10ヤード範囲に3つのボールが並ぶ。
油断できない。3人ともシングルの腕前だ。

 ティショットを終えた女たちが、雑談へ戻る。
あっというまに姦しくなる。
女たちの井戸端会議は、第2打地点までつづく。
2打地点へ着いた瞬間、女たちの表情が変わる。
そのぞれの道具を手に、ピンを狙うタカの目にかわる。

 女3人に囲まれても、けして物見雄山の楽しいゴルフにならない。
雑談を挟んだ真剣勝負。
それがこの3人が集まったときの、いつものゴルフスタイル。

 しかし。けして仲が悪いわけでは無い。
むしろ姉妹のように仲がよい。
ひとりだけ、だいぶ歳が離れているが・・・


 (14)へつづく

北へふたり旅(12) 第二話 チタン合金 ②

2019-02-02 16:35:37 | 現代小説
北へふたり旅(12) 


 
 翌朝、4時、家を出る。
ゴルフ場へ車を向ける。
この時間帯ですでに、東の空は明るい。

 Fゴルフ場まで15分。
自宅から、いちばん近いゴルフ場だ。
途中でひなびた温泉地、藪塚温泉郷を通りぬける。
昔、新田義貞が鎌倉攻めで傷ついた兵を療養させたことから、
義貞かくし湯伝説がのこっている。

 千年以上途絶えたことのない豊富な湯は、無色透明の重曹泉。
肌をすべすべにし、肝臓の働きを活発にする。
内臓にやさしい藪塚の湯は、女性にも男性にも嬉しい効能をもたらす。
 
 およそ半世紀前。ここには人があふれていた。
農閑期にはいった農民たちが、大挙してここへ骨休めのためにやってきた。
通りに面した3階建ての旅館に、人があふれた。
大広間に入りきれない人たちが、居場所を求めて廊下や階段まで占拠した。
50年が経った今、かつての賑わいはまったく残っていない。

 人の気配が消えた3階建ての建物だけが残っている。
通りもさびれた。
そんなに温泉街を、車はあっという間に通過していく。

 最奥の宿、室田館から道が里山へ入る。
左右にくねりながら坂道を3分ほど登る。
車がおおきく左へまがると、そこだけ景色が急にひらける。
左右はすでにFゴルフ場。
到着するまであと5分。クラブハウスまでの急坂を駆けあがっていく。

 「誰だろうね。4人目は?。女性かな・・・」

 「会長かもしれません」

 会長とは地元土建業の、もと社長のことだ。
65歳をこえたため会社を息子に譲り、いまはゴルフ三昧ですごしている。
12歳年下の美女に熱をあげているという噂は、ゴルフ界で有名だ。

 「ママも、自分から墓穴を掘るような人選はしないだろう。
 4人目は、女性のような気がするな」

 「そうかしら…
 水商売の女は、利用できるものはなんでも利用するものよ。
 勝手に熱をあげて、男性の方から寄って来るんだもの。
 絶好のチャンスじゃないの」

 「君ならそういう男と、ゴルフするかい?」

 「ときと場合によります。
 でも引退した今となっては、ひとさまの機嫌を取るのは嫌ですね。
 気楽に楽しまなきゃ、自分のためのゴルフですもの」

 4時13分。駐車場へ到着。いつもより少し早い。
入り口に車が2台。どちらの車も見覚えがある。
赤い軽は12歳年下の美女。
もう一台は美女とつねにスコアを競い合っている、もうひとりの美女。
ということは今日は、美女にかこまれたゴルフになる。

 「おはよう!」

 早速、いつもの黄色い声がとんできた。

(13)へつづく