落合順平 作品集

現代小説の部屋。

 北へふたり旅(58) 行くぜ北海道② 

2019-11-29 11:37:06 | 現代小説
 北へふたり旅(58) 


 
 小山駅で上野東京ラインに乗り換え、8時45分。
無事に宇都宮の駅へ着く。
乗る予定の新幹線は9時39分。およそ1時間の余裕がある。

 「よし。第一関門クリア。
 ここまでは予行演習済みだから、無事に到着してあたりまえ。
 問題はここから先だ。
 その前にまずコーヒーを呑もう。それから駅弁だ」

 会社へむかうひとたちが、水の流れのようにひとつの方向へ進む。
急ぎの足が出口にむかって密集していく。
そんななか、ゆっくり歩いているのはわたしたちだけ。
流れを乱している、中瀬の石のようだ。
通勤客たちが「邪魔だ」とばかり追い越していく。
それでも妻は動じない。


 「よく転がるわ、これ」


 妻ははじめてのキャディバックの感触を楽しんでいる。
年寄り2人が寄り添い、真新しいキャディバッグを転がしている。
そのうえマイペースで歩いている。
邪魔でもしかたないと、ぎりぎり身体を避けながら通勤の客たちが
顔をしかめて追い越していく。



 平日のコーヒーショップは空いていた。
絶え間なく流れていく通勤客の姿を、窓越しにながめた。
わたしたちの目の前を、仕事へ急ぐひとたちがつぎつぎ通り過ぎていく。
「遊ぶのは人が仕事しているときにかぎる。快感がまったく違う」
と誰かが言っていたのを思い出す。
それは正しい。そのことがこうして窓の外を見ているとよくわかる。


 味覚まで高揚しているのだろう。
馴染みのコーヒーまで、なぜか美味く感じる。
そういえば今日は、下見で来た時の宇都宮駅と、まったく別の駅に見える。
前回はここから引き返したが、今回はここが出発点。
ここからがわたしたちの新幹線の始発駅。


 「そろそろ行きましょ」


 妻がキャディバッグへ手を伸ばす。


 「おう」


 妻に先手を取られた。


 「駅弁はあつあつのとりめしを2つ、買うだろう?」


 「売店に着いてから決めます。
 でも買うのはひとつでいいでしょ。先がありますから」


 「ひとつ?。足りないだろうひとつでは」


 「上げ膳据え膳の旅のはじまりです。
 行く先で、美味しいものがたくさんあります。
 ぜんぶ食べてみたいの。
 いきなり満腹では、東北と北海道の美味しいものに失礼です」
 
 なるほど。それはいえる。
家事から解放された主婦の、上げ膳据え膳の4日間がはじまる。
食べたいものを、食べたいときに食べることができる。
それは最高級の贅沢だ。
朝から妻が上機嫌でいたことの理由がよく分かった。


 老舗弁当屋の前で、妻が立ち止まる。
並んでいる弁当の中から妻が選んだのは、とりめしはとりめしでも
岩下の新生姜とりめし。


 岩下の新生姜とりめしは老舗駅弁屋と、栃木生まれの「岩下の新生姜」
のコラボ商品。
とりめしをベースに、みじん切りの新生姜を入れて炊いたご飯。
新生姜をころもに混ぜた鶏からあげ。うずら卵の岩下漬け。
新生姜をこれでもかとばかり、ふんだんに利用している。
見た目も美しい。まさに岩下の新生姜が満載されている弁当だ。




 「850円ですって。うふっ。
 予算より、50円も贅沢してしまいました。うふふ」


 妻が笑顔で振りかえる。
弁当の売店は新幹線改札の、すぐ前にある。


 「さぁ行きましょ。北海道へ!」


 片手に買ったばかりの弁当。片手に真新しいキャディバッグ。
そんないでたちの妻が、新幹線のホームにむかって軽快に歩き出す。




(59)へつづく


北へふたり旅(57) 行くぜ北海道①

2019-11-26 17:56:32 | 現代小説
 北へふたり旅(57) 


 下見の宇都宮行きから4週間。ようやく北海道旅行の朝が来た。


 真夏になると野菜農家は暇になる。
ビニールハウスの茄子もキュウリも、遅い農家でも7月20日前後で生産を終える。
8月。ハウスの中は暑すぎて仕事にならない。
この時期は、ベトナム研修生たちにも暇が出される。


 秋野菜の苗が到着するまで、農家はしばしの開店休業。
ハウスへ植えられた苗が実をつけるまで、早くて30日かかる。
収穫専門のパートたちは、その間お呼びがかからない。
7月の半ばから9月の半ばまで、2ヶ月あまりの夏休みを楽しむことになる。


 「とりあえず行くか」


 妻をうながして家を出た。
予定よりすこし早い。家に居ても、もうするべきことがないからだ。
準備はし尽くしてある。
荷物を積み込み、車をスタートさせた。道路は呆れるほど空いていた。
駅前のパーキングへ車を入れ、改札まであるく。
スイカを自動改札へタッチし、くだり線のホームへ出る。
電車の到着までまだ20分ちかくある。


 「やっぱり早すぎたかな」


 「遅れるよりはいいでしょう。はい」


 妻が自販機で買ってきたお茶を差し出す。
ひさしぶりの旅に興奮していたようだ。お茶も飲まず、家を出てきた。
ひと口飲んでようやくホッとした。


 まわりを見回す。下見の時となにか様子が違う。
高校生の姿が見えない。そうか、学校はまだ夏休みの真っ最中だ・・・
電車の到着まで5分を切った。通勤らしい人たちがようやく姿をみせた。
急ぐふうもなく1人、また1人とやって来る。
電車に乗る人たちは、時間を知り尽くしている。
到着の1分前。いつもの乗車位置へいつものように足をとめて並ぶ。



 「さすがだね」


 「なにが?」


 「定刻に定位置へやって来るサラリーマンたち。
 すごいね。俺たちと大違いだ」


 「あたりまえです。あの人たちは毎日のことです。
 わたしたちは特別な日。
 スタートから出遅れているようでは、今日中に北海道へ着けません」


 「そうだ。今日はたくさんの列車に乗る。
 ひとつでも間違えたら、あとが大変だ。乗り継ぎが厄介なことになる。
 間違えないこと。遅れないこと。それが今日の命題だ。
 それを考えるとプレッシャーだな。なんだか頭が痛くなってきた・・・」


 「緊張感を楽しみましょう。
 最初の列車に乗る前から、悩んでいてどうするの。
 ドンとかまえてください。のんびり行きましょう」


 「そうだな。今回はのんびりと旅を楽しむことが本題だ。
 5本の列車を乗り継ぎ、無事に函館へ着く。
 俺の今日の目標はそれだ」


 「わたしの目標は、宇都宮でおいしい駅弁を買いたいわ」


 「新幹線の車内で買えないのか?」


 「車内販売は7割の新幹線で、この春、終了してしまったそうです。
 宇都宮駅は駅弁発祥の地です。
 老舗のひとつ、松廼家(まつのや)さんがお弁当を販売しています。
 800円のあつあつとりめしが、おいしいと評判です」
 
 「良く調べているね君は。食べ物に関してだけ」


 「あら。
 北海道は食の宝庫。宿は、朝食だけにしょうと言ったのは誰?。
 お昼と夕ご飯は、その土地の美味しいものを食べようと言ったのはあなたでしょ。
 今日はたくさん電車にのりますから、お昼は駅弁。
 1食目は、宇都宮で確保しておきましょ」


 「仙台で乗り換える。仙台といえば牛タンが有名だ」


 「はい。とうに承知しております。
 もちろん牛タン弁当も忘れず、ゲットしたいと考えております。
 うふっ」


 (58)へつづく



北へふたり旅(56) 北へ行こう⑫

2019-11-23 13:34:32 | 現代小説
 北へふたり旅(56) 北へ行こう⑫


 20分ほどで宇都宮駅へ着いた。
改札を一歩出て驚いた。


 「え・・・まだ朝の8時を過ぎたばかりだ。
 もう、土産物屋があいているのか!」


 新幹線、在来線ともに、改札は2階にある。
改札を出ると、専門店街「とちぎグランマルシェ」が目の前にひろがる。
餃子、干ぴょう、イチゴ(とちおとめ)、レモン牛乳、とちまるくんなどが
知られているがここには、栃木県内のあらゆる商品が揃っている。
現地でなくても、まとめて買うことができる。


 営業期間は朝の8時から午後の9時。
急な出張でも、乗り継ぎの合間でも、お土産を買うことができる。
あちこちで土産を物色している、ビジネスマンの姿が見えた。 


 とりあえず土産物店を横目に見ながら、真っ直ぐ歩いた。
つきあたりにパン屋が開いていた。
購入したパンを店内の通路に面したカウンターで食べられる。


 「朝から電車に揺られ、小腹が空きました」


 妻が店へはいっていく。
買ったのは、ちぎってアップル。洋梨のデニッシュ。オレンジジュース。
ちぎってアップルはリンゴの果実が、しっとりしたパンに包まれている。
それを手でちぎって食べる。
しかし妻は待ちきれないのかちぎらず、がぶりとかぶりついた。


 「いけるこれ。うふっ、おいしい~」


 洋梨のデニッシュにはサクッとした生地に、甘く味付けられた洋梨と
クリームが入っていた。


 「なるほど。
 朝早くから開いていると、こんな風に暇つぶしを楽しむことができるのか」


 行きかう人たちを見ながらの腹ごしらえは大満足だった。
それでもまだ新幹線の乗り換えまで、30分の余裕が残っている。
こんな風にパンを食べるのもいい。
別の店でコーヒーを飲みながら、時間をつぶすこともできる。
なるほど。前もって下見に来ただけのことはある・・・


 「感心している場合ではありません。あなた。
 これからがハードです。
 まず、オリオン通りを歩いて焼きそばでしょ。
 それから東口へ戻り、老舗みんみんの餃子を食べます」


 おいおい。聞いてないぞ。
焼きそばだけではなく、餃子まで食べるつもりか、君は!。
とうぜんでしょと妻が、すずしい目でわたしを見返す。


 「そのため宇都宮へ来たんですもの」


 宇都宮市内の徘徊がはじまった。
いや・・・徘徊はただしくない。妻の出身は宇都宮。地の利はある。
古い記憶をたどりながら、女学生時代の想い出の店めぐりがはじまった。

 まずオリオン通りの焼きそば屋さん。踵をかえして老舗みんみんの焼き餃子。
名物を2つクリアしたあと、ふたたび商店街へ戻る。
40年たってもいまだに同じ地に、暖簾をだしている和菓子屋さん。
昭和初期にはじまった洋食屋さんは、先代がなくなったあと移転していた。
そのため見つけ出すまで2時間かかった。

 ひとつだけ残念があった。
ビートルズを聴きながら紅茶を飲んでいたオリオン通りの喫茶店は
残念ながら3年前、閉店していた。


 
 歩き過ぎた身体をいたわりつつ駅へもどり、四苦八苦しながら
記名式スイカを購入したのは、もう午後の8時。
上野東京ラインに乗りこみ、小山駅で両毛線に乗り換え、岩宿駅へ
たどり着いたのは午後10時。
下見の旅が、ようやく終わりをつげた。


 「下山祝いしましょう!」妻が肩を寄せてくる。
そういえば今日はまだ、アルコールを口にしていない。


 「呑むか?」と聞けば、「かるく」と妻が片目をつぶってみせる。


 ひとまわりしたの美女の店へ行くかと言えば、「はい」と肩で甘える。


 「お熱いですね」笑う駅員に見送られ、岩宿駅をあとにした。




(57)へつづく


北へふたり旅(55) 北へ行こう⑪

2019-11-20 10:51:46 | 現代小説
 北へふたり旅(55)


 終点の小山駅で降り、東北本線に乗れば宇都宮へ行ける。
と単純に考えていた。
東北本線か宇都宮線が走っていると思い込んでいた。
しかし何やら様子が変だ。
目の前を走っていくのぼり列車には、湘南方面と書いてある。


 ここは関東平野の北端。
東北本線か宇都宮線が走っているとばかり思い込んでいた。
しかし目の前を走っているのは、湘南へ行く電車と、熱海から来た電車ばかり。


 あれ?。なんだ?。いったいどういうことだ・・・



 のぼり列車の終点が上野駅。
くだり始発が東京という、途中が途切れた不便な時代が長かった。
この不便を解消するため、2015年3月。
上野~東京間に山手線と並行するあたらしい線路が設置された。
念願だった上野駅と東京駅が直結した。
これが上野東京ライン。


 直結したことで乗り換えなしで、都心を通過できるようになった。
北からの電車が都心を越え、小田原や熱海までいく。
熱海からの電車が、関東の北端、宇都宮まで北上してくる。
一部の電車は最北端の黒磯まで行く。
こうした結果。熱海から関東平野の北端、黒磯まで5時間かけて
走り抜ける普通列車まで誕生した。


 銀色の車体にオレンジと緑のラインが特徴的な電車が入って来た。
小田原からきた上野東京ライン、15両編成の普通電車だ。
しかし。4両目と5両目の車体の様子が違う。


 よく見ると2階建てになっている。
2階部分の窓ガラスが、屋根に合わせた曲面ガラスになっている。
通過した瞬間、車両にグリーン車のマークがついていた。


 「2階建て車両だぜ。そのうえグリーン車のマーク?。
 いったいぜんたいどうなってんだ。上野東京ラインは?」


 2階建て車両が停車位置へすすんでいく。
その時なぜか2階の乗客から、見下されているような気がした。
あわてて1階席へ目を転じた。
驚いた。1階席の窓はわたしの足もとにある。


 グリーン車の1階席は、車両内の階段から下へ降りていく。
とうぜん座席はホームより下の位置になる。
座席に座れば、線路に降りて、ホームを見上げるような態勢になる。

 線路に降りたことなど、誰も一度もないはずだ。
自分の目線より上に、駅員や他の乗客、自販機があるという
非日常的な景色がひろがる。
新鮮なことこの上ない。この感動は2階席ではぜったいに味わえない。
しかし。デメリットもある。


 気配に気がついたのか、乗客のひとりがわたしを見上げた。
乗客の目の位置はホームと同じ高さ。
斜め下からわたしの全身を見上げる形になる。


 (あっ・・・下から覗かれる!)


 あわててホームを見回した。
スカートの女子高生がこの場にいたら大変なことになる。


 心配は無用だった。
この時間、2階建て車両がやって来るのを知っているのだろう。
女子高生たちは遠巻きに、安全な場所に避難している。
なにも知らずホームの先端に立っているのは、わたしだけだ。


 「驚いた。1階席の目線がホームと同じ高さだ。
 不可抗力で女性のスカートを、下から覗く形になってしまう・・・」


 「うふっ。それは杞憂です。
 黄色い線の内側にいるかぎり、スカートの中は見えないでしょう。
 心配し過ぎですあなた。
 そんなことより早く乗り込みましょう。
 のんびりしていると、上野東京ラインが発車してしまいます」


   
(56)へつづく



 北へふたり旅(54) 北へ行こう⑩

2019-11-17 10:42:11 | 現代小説
 北へふたり旅(54)




 「滅多なことを口にしてはいけません。
 スマホで離婚する時代です。
 こんなの当たり前。けしてめずらしい光景ではありません」


 「スマホで離婚?」


 「ご飯を食べているときも、一緒に出かけているときも、
 ずっとスマホを手放しません。
 話しかけても上の空。
 そんな状態に嫌気がさして、離婚へ発展するそうです」


 「そこまで四六時中、スマホを見る必要があるのか?。
 いまの若者たちは」


 「暇なとき、何をしたらいいかわからない人が増えてきたからです。
 暇つぶしでSNSやゲームをはじめた人たちが、いつのまにか、
 スマホを手放せなくなる。
 スマホ依存症のきっかけはそんな風にはじまるそうです」


 スマートフォンには、中毒性がある。
車や自転車の運転中でもスマホに触る。スマホがないとなぜか落ち着かない。
会話中でもスマホをいじる。
風呂場やトイレにまでスマホを持っていく。
夜もスマホをいじる。睡眠時間が不足して翌朝、思うように起きられない。
こうなるともう完全なるスマホ依存症。


 全員がスマホ中毒とは限らない。
しかし座席に座っている全員がスマホ片手に、うつむいている光景は異常すぎる。
いや。立っている乗客でさえ、片手で器用にスマホを操作している。


 県境を越えた足利駅あたりから、夏休み前の高校生がふえてきた。
グループで乗りこんできた女子高生たちがいた。


 ひとりが耳にイヤホンをしている。


 「見て。最新の完全ワイヤレス。しかも防水タイプのイヤホンよ」


 「いいわねそれ。で、どうなの?。
 ドンシャリ?。かまぼこ?。それともフラット?」


 ドンシャリ・かまぼこ・フラット・・・
なんの話をしているんだ。この女子高校生たちは・・・


 「音響のことです。
 低音のドン、高温のシャリという擬音語を組み合わせて、ドンシャリです。
 その名の通り低音と高音を際立たせた、サウンドのことをいいます」


 「よく知ってるね君は。そんなことまで。
 では、かまぼこというのは?」
 
 「中域が強く、低音と高音を抑えたサウンドです。
 周波数のグラフが、かまぼこを切断した形に見えることに由来してます。
 ギターやバイオリンなどが聴きやすくなるそうです」


 「フラットというのは?」


 「すべての音域がまんべんなく出るタイプです。
 ありのまま伝わるため、生演奏に近いライブ感が楽しめるそうです。
 わたしも持ってます。ほら」


 妻の手のひらからワイヤレスのイヤホンがふたつ、コロッとあらわれる。


 「いつの間に手に入れたんだ・・・君は」
 
 「旅の必需品です。こういう小物も。
 でもわたしが楽しむのは、ふるいむかしの歌謡曲だけ。
 テレサテンはもう最高。うふっ。
 ここだけのはなし、これ演歌に特化しているイヤホンです。
 聴いてみたらどうですか、あなたも」


 妻がイヤホンのひとつをわたしへ手渡す。
半信半疑で耳へ差し込む。
いきなり艶のある歌声が、わたしの耳へ飛び込んできた。


 「ホントだ。まるでテレサテンが目の前にいるようだ・・・」


 それから10分後。電車は定刻通り小山の駅へ滑りこんだ。
スマホをポケットへおさめた通勤客と高校生たちが、いっせいに立ちあがった。


 
  
(55)へつづく