緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

宍戸睦郎作曲「鍵盤のための組曲」を聴く

2020-05-04 22:12:13 | ピアノ
宍戸睦郎の曲に初めて出会ったのは2000年頃だったと思う。
東京国際ギターコンクール本選課題曲に選定された「ギターのためのプレリュードとトッカータ」を本選の生演奏で聴いて感銘し、この曲が耳から離れられなくなった私は早速ギタルラ社へ行ってギターピースを買って弾くようになったのである。
今から20年ほど前だ。







この「ギターのためのプレリュードとトッカータ」は作曲家の野田暉行氏が「名曲」と絶賛したほどの曲であり、東京国際ギターコンクール本選課題曲に2回採用された。
プレリュードは日本的情緒を感じ取れる極めて貴重な曲だ。
私はこのプレリュードが好きで単独でよく弾く。
「トッカータ」は打楽器的要素を取り入れたある意味土俗的な雰囲気を持つ曲であるが、プレリュードとの相性はぴったり合致している。
この曲を弾き始めた頃はトッカータも弾いていたが、難曲で録音するギタリストは殆どいない。
(赤坂孝吉、中峰秀雄、アレクサンダー・レンガチくらいか)

なお因みにこの曲はあのイエペスが日本公演だけでなく世界のあちこちで演奏されたらしい。
宍戸睦郎氏自身が、「演奏会の時に初めて楽屋裏で(イエペスに)会いました。イエペスがこの曲を最初に弾いたときで、「このつぎからうまくひきます」と言っていました」と明言している。

また宍戸氏はこの曲を作曲するに至ったいきさつをこう述べている。
「(ギターに)興味がないというより知らなかったんですが。ギター曲を書いたきっかけは、ギタルラ社の(故)青柳さんから、とつぜん電話をいただいたんです。「ギターのためになにか書いてくれ」と言われるので、どういうわけか訊きましたら、宮沢明子がテレビか何かで私の「ピアノのためのトッカータ」をひいたのを、小原聖子さんが聴かれて、「ああいう曲をギターのために書かせたい」、ということだったらしいですね。」
(現代ギター誌より)

ここでいう青柳氏とはギター愛好家であれば誰もが知っているギタルラ社の元社長であり、楽器の販売のみならず、日本の作曲家に多くのギター曲を作らせるとともに自ら出版するという、大きな功績を残された方である。
私は青柳氏と何回か話す機会があったが、最も印象に残っているのが、原博の「挽歌」の楽譜を買ったときの会話と、私の苦労して買った初めての手工楽器(田中俊彦製作)を修理に出した時の、彼のこの製作家、楽器に対する思い入れ(このギターを私の手からもぎ取って、この楽器を懐かしそうに音階を自ら試し弾きしたときの青柳氏の高揚した表情がとても印象的だった)や、賞賛(田中氏が制作したリュート。素晴らしい出来だったと言っていた)の言葉を聞いたときであった。

今日紹介するピアノ曲「鍵盤のための組曲」は既に下の写真のCDで聴いていたが、宮沢明子氏の演奏は聴いたことがなかった。





宮沢明子氏が弾いた、宍戸睦郎のピアノ曲の録音は新品CDでは入手することができなかった。
東京、神保町の交差点から水道橋駅方面に向かう道路沿いに、確か富士レコード(富士そばではありません)という名前の中古レコード屋があったが、その店の2階だったかな、フロアの一角に宮沢明子の古いレコードがなかなか売れすに置いてあって、そのレコードに宍戸睦郎氏のピアノ曲が収録されていて、是非とも聴きたいと思ったのだが、値段が高くて、いつもその店にいくと買うのをあきらめたものだった(今でも売っているかな)。

この中古レコードに収録されていた宍戸睦郎の曲は「鍵盤のための組曲」ではなかったような気がするが、記憶は確かでない。
いずれにしても、今日偶然、宮沢明子氏の宍戸睦郎のピアノ曲の録音に出会えて嬉しかった。

宍戸睦郎「鍵盤のための組曲」(1968) / 宮沢明子(pf)


久しぶりこ曲を聴いたが、やはり「ギターのためのプレリュードとトッカータ」よりもはるかに難解だし、マニアックだ。
今ではこういう曲は貴重だ。学ぶことが多い。
ギターはマニアックでない、普通の音楽愛好家を意識して作られたんだな、と思わざるを得ないが、そうであっても「ギターのためのプレリュードとトッカータ」は完成度の高い優れた曲だと確信している。

【追記】

「ギターのためのプレリュードとトッカータ」を録音したギタリストの一人としてトーマス・ツヴィエルハを挙げていましたが、誤りでした。
訂正します。

【追記202005052116】

宍戸睦郎のピアノ曲集として2017年に発売されたCD「Mutsuo Shishido: Complete Works for Piano 由良明奈」の紹介文が見つかったので、下記に転載させていただく。

没後10年。現代日本の作曲界に多大な功績を残した
宍戸睦郎のピアノ作品全集が登場!日本語オビ解説付き!

宍戸睦郎は北海道旭川の出身で東京藝大で池内友次郎、伊福部昭らに師事した後、渡仏。パリ音楽院でアンドレ・ジョリヴェ、オリヴィエ・メシアンに師事し、特にジョリヴェの音楽と思想から決定的な影響を受けた。彼の音楽思想と作品は西洋音楽と日本人としてのアイデンティティとをいかに対峙または融合させるか、さらには彼が最も尊敬するベートーヴェンの音楽が持つ普遍性に現代を生きる日本人としていかに到達するかという2つの問題と常に向き合いつつ思索され、作曲された。その作品群は安易な民族主義やエキゾティシズムに走ることを激しく拒否し、悠々たる風格を備えている。同じ池内門下の作曲家、矢代秋雄に勝るとも劣らない完璧主義者だったため、宍戸の作品は決して多くはないが、いずれも推敲に推敲を重ねた傑作ぞろい。このアルバムには彼のピアノ作品の全てが収められ、彼の芸術の本質の一端に触れることができる。宮沢明子の委嘱によって書かれた鍵盤のための組曲は彼の代表作で有名な秩父夜祭で演奏される秩父囃子に霊感を受けて書かれたトッカータIIは殊に圧巻。ピアノの由良明奈はマイアミ大学フロスト音楽院で音楽芸術博士課程に在学中、プレッサー賞を受賞、宍戸睦郎のピアノ作品の研究、演奏、録音を進めた。2017年現在アメリカ、ヨーロッパ、日本で盛んに演奏活動を行うほか、母校マイアミ大学で後進の指導にもあたっている。宍戸の音楽に深く内在する日本の様々な民族音楽の要素は全て由良によって知的に洗い直され磨かれて、輝くような生命力を持って生まれ変わっている。バルトーク、ストラヴィンスキー、ジョリヴェ、ハチャトゥリアン、伊福部昭、松村禎三が好きな人は、これからぜひ宍戸も聴こう!
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ギター録音(6)-ソル練習曲「月光」-

2020-05-04 20:05:19 | ギター
ソルの数多い練習曲の中でも、最も優れていると思うのは次の3曲だ。

・Op.6-11 ホ短調
・Op.29-1 変ロ長調
・Op.35-22 ロ短調

いずれもアルペジオと共にメロディーラインのある曲だ。
Op.35-22 ロ短調は別名「月光」として知られているが、この曲名は後になって別の人が付けたものである。

ソルの練習曲を教育目的に編集したギタリストとしては、セゴビアやイエペスの他にサーインス・デ・ラ・マーサやカルレバーロ等が知られているが、圧倒的に使用されているのがセゴビア編の20の練習曲だ。
Op.35-22「月光」に関して注意しなければならないのは、セゴビア編はこの曲の速度指定を恣意的に変えてしまっていることだ。
セゴビア編の速度指定はモデラートであるが、オリジナルはこの速度でない。
アレグレットである。



イエペス編はオリジナルのアレグレットを指定している。



セゴビア編が圧倒的に広まったため、この曲をモデラートの速度で弾く奏者が多いように思う。

確かにモデラートの速度の方が情感豊かに演奏できるのかもしれない。
セゴビアはモデラートの方がこの曲のもつ情感を表現するのにふさわしいと考えたに違いない。
しかし作曲者であるソルはアレグレットを指定した。
ソルはこの曲に何故、アレグレットの速度を指定したのか。
アレグレットの速度だとかなり速く弾かなければならず、全体的にアルペジオの練習曲のようにとらえられるかもしれない。
すなわち各音符の音一つ一つを均一にする弾き方である。
しかし譜面をよく見ると、1拍目は2分音符、3拍目は4分音符にもなっており、この意味するところは上声部がメロディーラインとなっているため、この部分を浮かび上がらせるように弾かなければならないということだ。
そのためイエペスはこの上声部のメロディーラインをアポヤンドで弾くよう指示している。しかもほとんどのメロディーを②弦で。
(楽譜上で、指先の中心に横線のイラストを挿入している)



つまりこの曲はアレグレットというかなり速めの速度でかつ、メロディーラインを浮き彫りにするように弾けるように練習しなさい、ということが練習課題として与えられているのではないかと思うのである。

今日、この曲を録音してみた。
使った譜面はイエペス編(私はイエペス編の方が優れていると思う)。
上声部の殆どはアポヤンドで弾いている。
前回同様、緊張で満足のいく出来にはならなかったが、とりあえず下記にリンクを貼っておく。
録音というのはある程度慣れが必要なのかもしれないが、それにしても膨大なエネルギーを消費するものだ。
(しかし何も家で録音するのだから、そんなくそまじめに緊張しなくてもいいのに)

【ソル練習曲「月光」 2020年5月4日録音】

あと2年くらい前に録音したやつが見つかった。
この録音を聴くとモデラートに近いかもしれない。
同じくイエペス編。
(出来は悪いな)

【ソル練習曲「月光」 2018年10月録音】


ソルのこの曲は、聴いていても心象風景とか、具体的な感情といったものがほとんど湧き起こらない。
短調の純粋な美しさ、のみが結晶化(変な言い方か?)したような印象。
だからあまり抑揚をつけず、淡々と弾く方が良いと自分は思っている。

【追記】

あとやっぱりこの曲は、2重奏のように弾かなければならないように思う。
単音の上声部と伴奏のアルペジオがそれぞれ個別に重奏するようなイメージか。
初級者の練習曲とされているけど、シンプルそうに見えて結構難しい曲だと思う。
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