穴にハマったアリスたち

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小説「魔王」(伊坂 幸太郎) 感想

2008年10月21日 | 小説・本
読み終わったんで感想です。

■魔王 ‐ 伊坂 幸太郎

現在、「サンデー」で絶賛連載中の「魔王 JUVENILE REMIX」の原作小説です。
ネタバレ前提で感想書きますので、漫画の方で追いかけてて先を知りたくない方は、以下は読み飛ばしてください。
ただ、漫画の方はアレンジ要素がかなり強いので、ネタバレによって面白さを損なうことはあまり気にしないでもいいかも。


とりあえず、あらすじ。
構成は「魔王」と「呼吸」の2章形式。

『魔王』
 不景気やら対外情勢やらでいろいろ不満と諦観が満ち満ちてるそんな日本。
 そこにやたらに確固たる信念で物事を断言する政治家・犬養さんが登場。
 彼の非常に前向きで強硬な言動に国民は熱狂し、流されていく。

 そんな流れやムードに対し、どうにも不安が消えない安藤兄。
 犬養さんの言ってることややってることに不安があるのではなく、それに流されている民衆がとてもとても不安。
 そこで、折しも授かった「他人に自分の思うことを話させる能力=腹話術」を用いて、その流れに抗ってみるが…。

『呼吸』
 犬養さんの公開演説の場で、安藤兄は謎の死を遂げる。
 残された弟さん、兄さんの不可解な死と民衆のムードに漠然とした不安を抱きます。
 弟さんは思った。敵と対決しようとか、この世界を変えようとは思わない。でもいざ何かをしたいと思ったとき、周囲に流されることなく、それを自分の考えと行動でもって実行に移せるだろうか。

 そう思うのと前後して、弟さんにも超常能力「10分の1の確率勝負に必ず勝つ」が発現。
 とんでもない能力ですが、弟さんはそれで表立って何かをしようとは思わず。
 ただ「自分が何かをしたいと思ったとき」「それを実行できるだけの力が欲しい」。そのためには「何はなくとも金だ」と考えた弟さんは、黙々と競馬で金を増やしていく。ひたすらに黙々と。

そんな話。文庫本で300ページ程度の話なので、筋自体は短いです。
テーマとしては「周囲のムードに流されず、自分の考えで行動する」。
兄と弟ではアプローチの姿勢も方法も結論も違いますが、とにかく「自分で決めて行動する」ということに重きが置かれています。

劇中で、犬養さんは憲法改正案を出します。
が、同時に「改正しないと個々人が決めたのなら、その通りに投票すべきだ」とも述べます。
憲法を改正しようが、改正しまいが、そんなことは本質的にはどちらでもよい。どちらが正しいかなんて分かりません。
ただ「自分で考えて決めろ」というのが犬養さんの(そして安藤兄弟の)主張。
決めたその結果が正しいかどうかは(テーマ的には)どうでもいい。

厄介なのは、自分で考えたつもりになってるけど、実際は適当に流されてるだけの人が案外多いことですね。
例えばニュースに対するmixiや掲示板の書き込みを見てると、脊髄反射や思い込みで(得てして、もっともらしいが根拠のない数字を伴って)書かれてるものがある。
具体的なところでいえば、前にちょっと取り上げた「若者レジャー「貧困化」 遊びの種類減少」の元ニュースへの安直な批判とか。

で、これはその道の専門家や熟練者でないと意見を述べてはいけない、という意味では当然ない。
要は「考えたり調べてから物を言え」と。結果的に間違っててもそれ自体は問題なし。
また、適当な意見ならば、そうと自覚した上で行うべきであって、専門家や調査結果に一定の敬意を持つべき。
(ちなみに言うまでもないですが私の書いてる記事自体、確たる根拠で以って書いてるわけではなく、「適当な意見」です)

もちろん、どれだけ調べようがどれだけ考えようが、他者からの情報は必要不可欠なので、究極的には「自分の考え」なんてものは存在しない。
肝心なことは、そういったことを覚悟を持って行うということ。
考えた結果、「分からんから他人に任せる」も当然あり。ただ、どういう結論に至るにせよ、1回立ち止って考えて、その結果には覚悟を持たないといけない。

テーマとしてはそんな感じかなと思いました。
安藤兄の「腹話術」能力は、まさに「流される民衆」の端的な現象ですね。
本人は自分で喋ってるようだけれど(そして周囲も彼の意志で喋ってるように見えてるけど)、実際は内容を全く理解もせず、受け売りなだけ。(劇中では『コピペ』と表現)
そしてそんな適当な言葉でも、民衆はあっさりと扇動され、ムードも変えられてしまう。

そんな話なので、「悪の犬養さんを倒す」とかそういった内容ではないです。
あえて「敵」を言うなら、敵は「安易に流されてる民衆」。
安藤くんとしては、結果的に犬養さんが民衆から支持されてもそれ自体は良し。ただし、それぞれが自分で考えるべきというスタンス。

まぁ犬養さんの主張は「憲法9条の改正」だとかの上、劇中でムッソリーニと評されてるので、「犬養支持=悪」のような誤解を招きかねない構成になってますが…。
しつこく「犬養さんの主張の内容自体は悪ではない」という説明はなされてるのですが、ちょっと題材を誤った気がしないでもないです。
当然ながら、憲法9条を変えるべきかどうかについて、「どちらが正しい」ということは示唆されないし、登場人物たちの議論も「一見もっともらしいけど、どっちも流されてるだけ」「絶対的な真実や正解はない。そしてそれ自体は問題ではない」の表現として使われてるだけで、議論それ自体には特に意味を持たされてません。
(蛇足&失礼ですけど、Amazonさんのレビューにある批判意見は、見事にここを取り違えて薄い思考にハマっていて、逆説的にこの小説のテーマを証明してるようで面白いです)


(左画像)
魔王 (講談社文庫 い 111-2)

(右画像)
魔王 1―JUVENILE REMIX (1) (少年サンデーコミックス)



漫画版との違いですが。
設定はかなり大きく変わってます。
安藤くんは社会人です。犬養さんも政治家です。二人は直接会話をすることもありません。
マスターの能力は具体的には描写されませんし、派手にバトルをしたりもしません。
舞台は国や政治であって、町興しの話ではありません。アンダーソングループやグラスホッパーも出てきません。
岩西さんも登場せず。蝉さんもおらず。当然ながら変態蜂娘も居ません。がっかり。

でも原作の場面場面は上手く取り込んでるし、見せ方が上手い。
原作小説は内省的な話で漫画向きとは思えないのですが、ちゃんとテーマを活かしたまま、少年漫画に翻訳してるのが素直に凄い。
ポジション的に物凄く地味な漫画ですけど、「小説を漫画化した成功例」としてもっと評価されていいと思った。

…まぁ「成功」というには、現在連載中の第2部の成り行き次第ですけれど。
原作と似た方向で行くなら、この後、弟さんはギャンブルに全力投球し、稼いだ金でアンダーソングループおよび犬養さんと(ひいてはそれらに流されてる民衆と)対決することになりそうですが、少年漫画的にはそんなんでいいんだろうか。
ていうか弟さん、小説では成人なので問題なく競馬をやりまくってましたが、漫画だと高校生です。捕まります。どうしよう。か、株式投資とか?(上がるか下がるかだけなら1/2だから、当てられる?)

そんな薄い予想しかできない私なだけに、この原作を少年漫画化してる大須賀めぐみさんは本当に凄いと思った。この後、どうする気なんだろう…。

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