穴にハマったアリスたち
生きていればきっと楽しいことがいっぱいあるさ!という信念の証明のためのページ
ぴちぴちピッチを大応援中。第三期をぜひ!




先日フランスに旅行に行ってきました。
というわけで、ちょっと間が空いてしまったけど感想書いてみる。

【パリ】

かれこれ5度目となるパリ。
観光目的で訪れた街としては、多分、最多になってしまった。
しかし何度来ても飽きる気がしません。

パリの独特の雰囲気はとても好き。
600年前、攻めてきたジャンヌに応戦し、200年前、フランス革命の舞台となった街。
100年前、巴里華撃団が乱舞し、3年前、花咲さんが道に迷った街。

歴史上、極めて大事なイベントが何度も起こった重みは伊達じゃない。
言葉に上手く言い表せませんが、「サクラ大戦3」や「ハートキャッチ」映画に満ちるあの雰囲気が、まさにそのまんまそこにあります。

(蛇足:サクラ大戦3OPその1その2

 (製作費3億ともいわれる狂気OP。
  舞台が「パリ」というのが、とてつもなく効いてます。
  「その2」のラストの「凱旋門で記念撮影する帝劇娘」とか、訳の分からん破壊力ですよ)

今回はルーブルやオルセー等々を回りました。
中世美術館に行きたかったのだけど、お目当ての「貴婦人と一角獣」はちょうど日本に来てる最中。
危うく間抜けな展開になるとこだった。(渡仏直前に気づいて、先に日本で見に行きました)

で、今回の私的最大の目玉はここ。

 

我らの東映アニメーション

場所はルーブル美術館から5分ちょっと。
セーヌ川を渡った先にあります。
きっと花咲さんも一時滞在してたに違いない。

見ての通り、外観はいたって普通のビル。
噂のレディバグさん(リンク先:ニコニコ動画)に会えるかと思いましたが、そんな要素は全くなし。
看板も何もないので、外見だけでは何の面白味もない。

中に入ろうと思えば入れたっぽいけど(前を通ったら「入るか?」と聞かれた)、さすがに怖かったのでやめました。
多分、罠だ。
捕まってレディバグさんとかに拷問にかけられるんだ。

【アンジェ】

プリキュア聖地と呼んでよい…んだろうか。
パリから見て南西、ロワール地方のアンジェにも行ってきた。
(ちなみにアンジュでもアンジェでも基本的に変わらない。時代と行政的範囲の違い)

日本でいえば奈良あたりの位置づけでしょうか。
イギリスのプランタジネット朝の発祥の地でもあります。

見所はアンジェ城。バリバリの武闘派のお城です。



お城そのものも十分に見応えがあります。
が、ここで有名なのは世界最大・フランス最古のタペストリー「ヨハネの黙示録」の展示。



圧倒された。

そりゃ黙示録を描いたタペストリーなのだから、相当な数あることは分かってましたが…。
てっきりホールみたいなところに展示されてるのかと思ったら、L字型の長い廊下にずらりと。
それこそ端が見えないくらいの広さに、ぎっしりと展示されてた。

あまり長居はできなかったけど、街自体も素敵なところでした。
観光案内所がしっかりしてて、ビビるくらい。
無料トイレに手荷物預かり、観光マップまでくれるんですよ!
それも「このルートで回ると1時間くらいかかって…」とか説明つきで!
名物らしい「青いチョコ菓子」も美味しかったし、次の機会があったらしばらく滞在してみたいです。

【アンボワーズ】

同じくロワール地方の街。
アンジェから2時間ほど。トゥールから30分弱。
日本でいえば京都のイメージ…ですが、そこまでは観光地化されてなかった。

ロワールはお城で有名な地方で、その中でもアンボワーズ城は最大のものの一つ。
世界史を選択してた方にとっては、ユグノーの虐殺事件のあったお城と書けば、ピンと来るかもしれません。
第二次大戦中の一時期には、「モナリザ」が避難したりもしてた。



シャルル7世が購入して以来、17世紀のあたりまで、フランス王家はここに構えていました。
シャルルはジャンヌ・ダルクが仕えた人ですので、一応「ジャンヌ」関連物件といえなくもない。
まぁ「ジャンヌ」クラスタ的には、シャルル7世は好ましくない人物なので、微妙ではありますが。

(ちなみにジャンヌで有名なシノン城は、アンボワーズから30分ほどのところ。この付近はトゥールやポワティエ等々、有名どころが沢山ある)

お城の近くには、晩年をここで過ごしたレオナルド・ダ・ヴィンチのテーマパークもあります。



中には彼の発明品が再現されており、実際に触って遊んだりできます。お子様大喜び。
ダヴィンチが化け物なのは知ってはいましたが、こうして発明品の数々を実際に見ると唖然とします。
隣にあるアンボワーズ城と同時代の産物とは到底思えない。

なおアンボワーズもアンジェもお子様だらけでした。
多分、修学旅行的な何かだと思う。
「フランス人観光客が多数いるフランス観光地」というのは、妙に新鮮だった。

規模としては小さな街でしたが、街も人も、程よく観光客慣れしてて過ごしやすかったです。
例えばアンボワーズ城にもダヴィンチパークにも、日本語の観光ガイドが用意されてた。
それも不自然な片言日本語ではなく、細かい言い回しを楽しめるレベルのしっかりしたのが。
正直なめてました。1,2時間あれば観光し終えるかと思ってましたがとんでもない。
パリからも比較的近いですし、「メジャーどころからはちょっと外れたところ」を観光したい方には、かなりお勧めしたい。

【トゥール】

以前にも行きましたが、電車の待ち時間の合間に寄ってみた。
位置的にはアンジェとアンボワーズの間。
パリから電車でこの地方に来ると、割と拠点になるところ。

ここには「ジャンヌの鎧を作った店」が現存しています。
「現存」といっても、どの程度の「現存」なのかは不明ですが、まぁとにかく存在してる。
現在は女性服のお店になってる。鎧じゃ食っていけないし。



場所は教会のすぐそば。
大通りから教会のある通りに入って、真直ぐ1分程度のところにあります。
いたって普通の洋服屋さんなので、あることが分かってても通り過ぎるレベル。
前回も迷いましたが、知ってた今回も迷った。
何故にもっとアピールしないんだ、この街は。

【感想】

渡仏は5度目でしたが、「フランス語が分かる知人と全く行動を共にしない」のは今回が初でした。
結構怯えていたのですけど、いざ行ってみたらどうにかなった。
というか、どうにでもなる。今は時代が凄い。



まず、国内だろうが国外だろうが、全く関係なく携帯・スマホが使えます。
これはとんでもなく大きい。
10年以上前、初めてフランスに行ったときは携帯が使えなかったんですよ。
言葉も通じぬ異国で、連絡手段が途絶する恐怖…!
ところが今は、取り立てて設定しなくても余裕で使える。(注:もちろん実際に行く場合には事前に要確認)

またネットの破壊力が凄まじい。
グーグル先生の力をもってすれば、地図も現地情報も思うがまま。
街に着いてから店を検索し、位置情報を頼りにたどり着くとか、普通に何度もやりました。
住所打ち込めば、即座に現在位置つきで地図が出るんだから、道に迷う気すらしない。
念のためガイドブックは持って行きましたが、実用として役に立ったのは「会計お願いします」をフランス語で何と言うか?を調べた時くらいでした。

事前準備も圧倒的に楽になってます。
国内旅行と同じ感覚で、電車も宿も予約できる。
まさか楽天からでも注文できるとは…。盲点だった。

私が初旅行ではないからというのも多少はあるのでしょうけど、それ以上にもはや「特殊でスペシャルな旅行」ではなくなってるんだなと思いました。
「行っただけで感動!」ではなく、「行けるのは普通として、そこで何をするか」の時代になっているというか…。
(何せその気になれば、有給使わなくても行って帰ってこれる。
 金曜夜に出発(24時発の便がある)⇒現地時間の土曜朝に着⇒朝から全力で観光⇒土曜夜の便で帰⇒日本時間の日曜夕方に着。
 費用はほぼ交通費だけなので、時期によっては10万程度。下手な国内旅行より安い)

よく「ネットで見れるから行く意味ない」とも言われます。
ですが、やっぱり行くことには大きな意味があると思う。
広大な視覚情報は現代科学でも再現不可能ですし、「いくらでも情報が手に入る」のに意外と簡単な情報は現地に行かないと分からなかったりする。

上述の通り、とんでもなく便利な時代になってるのですが、いいかえると、それだけの環境を利用しないのは勿体ない。
今回の旅行では、特にそんなことを思いました。やりたいことはやれる。やりたいことをもっと積極的に見つけよう。
良い旅だった。

【蛇足】

気を悪くする方もいるかもしれませんが、旅行中に感じたことなので書いてみる。



ちょうど旅行してるくらいのタイミングで、「各国のイメージ調査」が発表されてました。
それによれば、フランスは中国に対して最も悪感情を持ってる国。現在の日本よりも中国に対して好ましく思ってない。
実際、ここ数年、行く度に中国人観光客を見かける数が増えてたし、言われているようにマナーもあまりよろしくない。

そんな中、街を歩いていると、悪い意味で声をかけられるときはチャイニーズと呼ばれ、好意的に声をかけられるときはジャパニーズかと呼ばれました。
例えば酔っ払いに絡まれたり、路地を歩いてるときに現地の人からひそひそ言われるときは「チャイニーズ」と言われ、お店に入って何かを注文したり、写真を頼まれたりするときは「ジャパニーズ」扱い。

もちろん実際私は日本人なので、ちょっと知識のある人なら日本人と分かる(日本語で話してるんだから)でしょうし、好意的に接するときは相手の様子を見るでしょうから、正しく判定できる…というだけかもしれません。
あるいは日本のガイドブックや情報を元に旅行してるんだから、必然的に親日の方が多いだけかもしれない。

とはいえ、これは素直に自国の美点だと喜びたい。そしてこういう好印象を崩さないように、私も意識したい。
極端にいえば、道端で唾を吐いたり、観光地で馬鹿騒ぎしたりしたら「ああ日本人もそんな程度か」と思われるわけで。
一つ一つの小さな積み重ねって、大事です。

考えてみれば、遠いフランスの観光地に、日本語のガイドが整備されてるとか、凄い状況ですよ。
イタリア語やドイツ語の横に、何故か日本語のマークが並んでる。
日本にいるとどうしても日中韓と横並びで語られがちだけど、単純な数字指標では表せない何かがあると思った。

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ちょっと嬉しいことがあったので。

先日の感想記事


 …あと蛇足ですが、リオンでは普通のスーパーで「きらりん☆レボリューション」の単行本が売ってありました。
 オルレアンではキヨスクで「セーラームーン」さんの同人誌を見かけた。
 アルプス山脈の麓のホテルでは、「爆丸」の放送を見た。
 ルーアンのジャンヌダルク博物館の前には「ドラゴンボール」のガチャガチャがあったし、コンピエーニュを始め あちこちの街の商店でフィギュアや遊戯王が大量に。
 百世帯もいないドンレミ村の田舎で、ジャンヌ・ダルクの家の隣でニンテンドーDSで遊んでいる地元の子を見たときは何が何だか分からなかった。


と書いたところ。
こんなコメントをいただきました。

『ジャンヌ・ダルク博物館の前のドラゴンボールガチャ、今年の夏休み目撃しました笑』

おぉ…。まだ、あったのか…。

私が見たのは約10年ほど前です。どんだけ現役なんですか「ドラゴンボール」。
同じものが売れ残ってたのか、定期的に補充されてるのか、はたまた入れ替わりながらたまたまDBになっていたのか。
真相は謎ですが、何か圧倒されるものがあります。



件のジャンヌダルク博物館。

この博物館自体は、公営だったり公式(?)ではなく、一商業施設(お土産物屋さんの展示物)。
その意味ではガチャガチャがあっても特段に不思議はないのですが…。
そうはいっても真剣に見て回れば1時間は居られる施設。正面にはジャンヌが処刑された跡地(現在は教会)もある立地のお店です。
そんなところで10年も活躍してる孫悟空さんは、やっぱただものじゃないな…。

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長らく空けていましたが、無事に戻ってこれました。
行き先はフランスのパリやオルレアン、リヨン。
おかげさまで、楽しい旅行を過ごせました。

戻ってきて早々、仕事がパンクしたり友人との約束をすっぽかしてしまったりと、てんやわんやありましたが。
とりあえずパリ編を書いてみる。

■聖地巡礼「ハートキャッチプリキュア」(パリ)



男爵:
 「おお麗しの都パリよ!」
 「我々は帰ってきたぞ…!」

ご存じ「ハートキャッチプリキュア」の劇場版のロケ地となった、フランスの首都・パリ。
花咲さん効果により、かつてのロケ地は一大観光地になっていました。
映画の流れに従って、紹介してみる。



映画の冒頭で登場するエッフェル塔。

花咲さんたちがいた場所は、観光の超絶定番にして撮影ポイント。
エッフェル塔の真っ正面にして、セーヌ川の真横にある広場的場所です。



このシーンにて、お花屋さんや買い食いする月光さん、巡回する警察官等々が登場しますが、いずれも実際にこの場所に行くと印象に残る物モノ。
ちなみに警察官だか軍人さんだかが、ゴツイ銃を持って巡回してたりするのが、いかにも「外国」な感じでインパクトある。

今回、初めてエッフェル塔にも上りました。
何でもエレベータが故障中とかで、階段を歩いて。
疲れはしなかったけど、正直、怖い…。



場面変わってノートルダム大聖堂。
10年前に初めてここに行った時は、失見当に足元がふらつきました。西洋、すげぇ。



「日本人は細やかで、欧米人は大雑把」といった言葉はたまに聞きます。
そういったことは、この手の建築物を見てから言って欲しい。
頭がおかしいとしか思えません。何をどうすれば、こんなものを作ろうという発想が出てくるのか。
しかも細かい作りのくせに、やたらにでかい。

RPGのCGなんかで、教会内部のムービーとかあるじゃないですか。
ああいうので、「近くの建造物と、遠くの建造物で動くスピードが違う」みたいな視覚表現が使われますけど、まさしくあれが体感できる。
あまりにも綺麗過ぎて、「これをそのまんまCGでやったら、逆に非現実的に見えるだろうな」と思うほど。
こればっかりは、映像や写真ではお伝えできない感覚だと思う。



来海さん:
 「せっかく自転車まで借りたのに、つぼみ探しで半日仕事だよ…」

エッフェル塔で花咲さんを見失った来海さんたちは、借りた自転車でセーヌ川沿いを探索することに。
フランスでは割とあちこちに貸自転車がある印象です。
返し方がよく分からないので、怖くて借りたことはないけれど。あれ、借りたのと違うところに返してもいいんだろうか。

ここで来海さんたちは、セーヌ川沿いに疾駆するオリヴィエ少年+花咲さんを目撃。
後に花咲さんはコンコルド広場に辿りつきますので、納得のいく地理関係です。進行方向もあってる。
(お暇ならば、パリの地図を広げて確認してみよう!)

ただノートルダムの横にいたと思われるオリヴィエが、どうやってエッフェル塔周辺にいた花咲さんと合流したのかは謎。

描写を見る限り、花咲さんはオリヴィエのいる地点(ノートルダム)とは逆の方向に歩き出しています。
想像するに、直感でブーローニュの森方面に彷徨い出したものの(恐るべきお花センサー…!)、途中で迷子に気づき、エッフェル塔を目印に戻ろうとした後にうっかり行きすぎて、本格的に迷子になったとか。

というわけで、今さらながらに「花咲さんは極度の方向音痴説」を唱えたい。
「NS」で来海さんが「道に迷った」発言をしてましたけど、諸悪の根源は花咲さんだったんだ。



オリヴィエ少年と出会った花咲さんは、彼をストーキング。その過程で通ったルーブル美術館。
エッフェル塔からセーヌ沿いに走ると、必然的にここに流れ着く。
腹立たしいほど矛盾がありません。真面目に現地ロケしやがって…。

パリに訪れること4回目にして、初めてルーブルを見学できました。
絵に全くといってほど知識のない私でも、実際に見たら思いの外感じるものがあった。
やっぱり世界最高峰は伊達じゃないな…!

個人的に一番の収穫はジャンヌダルクの超有名な絵を見れたこと。ここに収蔵されてたのか。。



写真奥の地点が、花咲さんたちがいたところ。
(うっかりルーブル前の写真を撮り損ねた…)



噴水やトランポリン、緑色の椅子なんかも全て実在します。



オリヴィエ少年を追いかけて、花咲さんはルーブルを経由してコンコルド広場へ。
方向的には、さっき逃げて来た方に逆走してます。
おそらくオリヴィエ的には、不可解な動きをしたスナッキーが気になって、彼らの行った先に戻ってみたとかでしょう。
もしくは「観光ルートを通れば、この変なジャポネを巻けるんじゃね?」と考えたか。

ちなみにルーブルからコンコルド広場までは、それなりの距離がある。
後を付いて回った花咲さん、うざい。本当にうざい。



歩いて行った先のコンコルド広場。
画像からは分かりにくいですが、男爵が座ってた像もちゃんとある。



おーべーりすーくー!



暴れる彼の背後にある噴水も、ちゃんと実在します。
というか、オベリスクより目立ってる気がする。
人魚さんとお魚さんが可愛い。



コンコルド広場から伸びているのが麗しのシャンゼリゼ通り。
真っすぐ進むと凱旋門につきます。
このように。



オリヴィエ少年が激走したこの大通り、直に見るとなかなか感慨があります。
そうか、ここを走ったのか。
そして花咲さんは、この距離をぶん投げられたのか。



凱旋門にて迎え撃つ海&陽光さんたち。



凱旋門は意外にでかいです。
実物を見ると、この高さを飛んだり跳ねたりしてるプリキュアさんの凄さをまじまじと感じます。

一応、私らも歩いて登れます。
暗い螺旋階段を延々たどるので、ちょっとした悪夢を体験できる。

ちなみに凱旋門は、ロータリーのど真ん中にあり、周囲の交通量はかなり激しい。
門の近くにいくためには通りを乗り越える必要がありますが、横断歩道等はなし。
おかげで、強引に車の間を縫って突破しようとする人が、私の見てる間にも何組か居ました。ことごとく中国の一行でしたが。



正しくは地下の通路から入ります。
入り口が暗い上に、ろくな看板も出ていないのでとてもわかりにくい。

続いてオペラ座。



ここも中に入ったのは今回が初めて。…だったと思う。
一度くらいはステージを見てみたい気はする。



月光さんはこんなところで、情け容赦のない殺陣を演じられた。



天井の絵ももちろん存在。

今回、パリを改めて観光してみて、やっぱり素敵な街だと再認識しました。
歩きまわる端から、面白いものがぞろぞろ見つかる街だ…!



そして改めて、花咲さんたちの忠実な撮影ぶりに感動。
省略しましたが、陽光さんの乗った地下鉄や月光さんの歩いた川辺も、もちろんあんな感じ。
本当に、しっかりと現地ロケされたんですね…。



日本からだと片道約10時間。一見遠そうにみえて、実は案外近い。
乗り換えなしで行けるので、飛行機に乗ったら寝るだけ。
移動時間を睡眠時間にできる人にとっては、体感時間はゼロで行けます。時差もほぼ感じません。

花咲さんはおっしゃった。



花咲さん:
 「フランスの方たちって、親切ですね」

行くたびに同じことを思います。
今回も、いろんな方から親切にしていただきました。
写真を撮ってくれた方、「今日は運休だからバスは来ないよ」と忠告してくれた方、スリに対し躊躇なく助けに入ってくれた方などなど。

「ハートキャッチ」の精神である「深い事情は存じませんがお手伝いならできる」を地で実践されてます。
建造物だけでなく、こういうところも「ハートキャッチ」さんの『聖地巡礼』として感じるところだと思う。
私も見習おう。日本で見かけたら、恩を返さねば。


【蛇足】



花咲さんが見知らぬ人に助けてもらうこのシーン、おそらくはルーブルの横です。
凄いところに滞在しておられる。

[追記]
 コメントで教えてもらいました。ありがとうございます。
 リュクサンブール公園北縁のヴォージラール通りだそうです。
 後で地図見てみよう。

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今日は1月6日。
みんな大好きジャンヌ・ダルクさんのお誕生日です。
誕生の日から数えると今年で599回目。おめでとうございます。

「599回目」という時点で察せられるとおり、来年2012年は誕生600年祭。
ジャンヌの生誕は、設定上1412年。
更に1428年(オルレアン入城)・31年(没年)と続きます。

個人的に、今の年齢が健康・経済・仕事・家庭的に、最も自由に動ける年だと思ってる。
そのタイミングで600年の記念祭にバキバキあたり始めるのはとてもラッキー。
フランスといっても、旅費は下手な電化製品を買うより安い(格安で行くなら、正規料金で九州-関東間を旅行するより安い)くらいなので、体が動ける内に動こうと思う。

そういったわけで自己確認&年初の目標も兼ねて、確認作業。

フランスには過去に3回行きました。

今までに行ったところ:
 ・ドンレミ(2旅目)
 ・トゥール(3旅目)
 ・シノン(3旅目)
 ・オルレアン(1旅+2旅目)
 ・ランス(2旅目)
 ・コンピエーニュ(3旅目)
 ・ルーアン(1旅目)
 ・サンドニ(3旅目)



1回目は友人が向こうの友達に招待されたので、後ろについて行った。
2回目は友人が向こうに移住したので、訪ねて行った。
3回目は友人が向こうで結婚したので、お祝いに行った。

友人に依存しまくりです。
正直、嬉しいことは嬉しいのだけど、唐突すぎて達成感が薄い気がしないでもない。
そのくせギリギリの観光スケジュールをこなしたので、もはやツアーには参加する意欲が沸かない。

で、ジャンヌ姉さん所縁の地にまた行きたいのですが、彼女は生存期間が短すぎるため、早くもネタ切れの兆候を見せています。
残る行ったことのない場所で候補は、
 ・ポワティエ(査問会が行われた場所)
 ・サント=カトリーヌ=ド=フィエルボワ(ジャンヌが剣を拾った教会)
 ・パティ(イングランド軍との戦闘地)
 ・ヴォークルール(最初に向かった街)
くらい。
もはや「行っても他に何もない」とかそんな場所ばっかりです。パティなんて、ただの森だし。

やりたいこととしては、オルレアンで毎年やってるジャンヌ祭に参加してみたい。
開催日は5月の第1週。メイン日が5月の第一日曜日、という日本人の連休を考慮しつくした日程です。
2旅目で途中参加はしましたが、所詮は途中。是非オルレアンに泊まる想定で第一日曜日に一日滞在してみたい。

…問題は、毎年その時期に、鳥っぽい人のライブが開催されることですけれど。

ネックになるのがフランス語力。壊滅的です。
今までは「ぼんじゅーる」「めるしー」「ぱーどん」の3語の発声+「sortie」(出口)「Ne pas」(~は禁止)の2語の読解のみで乗り切ってきました。
いい加減、まともに旅行できるようになりたい。

とりあえず今年行けたら行く、来年2012年は優先的に行く方向で計画中。

【蛇足】

ネタが尽きつつあるのでジャンヌ姉以外の観光地も検討してる。
姉さん以外だとルルドに行きたい。そして義足を放り投げてきたい。
あとカトリーヌ・ド・メディシス(1519年~1589年)がお茶目だと最近気がついたので、ちょっと勉強してみたい。

…あ、モンサンミッシェルに行く動機も出来たのか。花っぽい子のおかげで。

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GW中、旅行に行ってました。とりあえず日記を書いてみる。

ここしばらく悟ったのが、「旅行に行くなら今しかない」ということ。
ついつい「忙しい忙しい」と言いたくなりますが、冷静に考えれば金銭的・時間的・仕事的・健康的・人間関係的に最も自由に動けるのは、おそらく今。
今の内にやりたいことはやっておきたい。

当初の予定ではフランスに行くつもりでした。
目的はオルレアンで行われているジャンヌ祭
相変わらずジャンヌさんのイラストがプリティです。あの街の人たちは、間違った何かを分かっておられる。

ただジャンヌ祭のメインイベントは毎年5月1日。
本来なら非常に行きやすい日時なのですが、今年は5月2日にTEUCHIライブがあったため、そのタイミングでの渡仏が不可能。
それならGW後半に行くかとも思ったものの、半端すぎるので土壇場で止めました。再来年のジャンヌ生誕600周年あたりを狙ってみる。

で、代わりといってはなんですが、行きたいところを検討した結果、思いついたのが空印寺だった。

■福井県小浜市 - 空印寺

所在地:福井県小浜市。
片道4時間以上かけて行ってきました。
何があるかと言えば、「八百比丘尼」の最後の土地。

八百比丘尼:
 昔々の小浜市にいたとある長者さん、ある時、友人に誘われて竜宮城へ。
 「ぜひこれを食べて欲しい」と差し出されたのが、人魚の肉。
 薄気味悪く思った長者さん、その場では食べずにお家に持ち帰り、戸棚の上に隠しました。

 それを見つけたのが長者の娘さん。当時16歳。
 美味しそうなお肉に大興奮した彼女は、ついついつまみ食い。旨い。もう一口。やっぱり旨い。もう一口。
 こうして全部食べてしまいました。

 ところがどうしたことか、それ以降、娘さんは年をとることがなくなってしまった。
 不気味に思う周囲。何より親しい人が次々と他界していき取り残される寂しさ。
 これも人魚の肉を食ったせいだと考えた娘さん、尼になって諸国を回ることに。

 行った先々で橋を建てたり、教えを語ったり。そうこうすること800年。やがて「八百比丘尼」と呼ばれるように。
 こうして日本各地を回って謎の伝説を残した後、再び彼女は生まれ故郷の小浜市へ。
 そして、空印寺の横にある洞窟に最後の居を構えると「洞窟入り口の椿の花が枯れたら、私が死んだものと思って欲しい」と言い残し、姿を消したそうな。

とりあえず「人魚=魚=食う」という漁業国家・日本の文化が垣間見える良い伝説です。
果たして長者の友人とやらは、何を考えて人魚を食わせようとしたのか謎ですし、平然と「竜宮城に行ってきた」と語る長者も異常です。
浦島太郎の苦労をなんだと思ってる。

しかしそんな些細なことよりも、主人公たる「八百比丘尼」さんがお茶目です。
16歳にもなって、「肉があったから、つい全部食べた」ですよ。
現代の16歳でもそんな無邪気な真似は、なかなかしない。

更にその後のアグレッシブさが素晴らしいです。
訳のわからん副作用で不老長寿を手に入れた後、世を儚んで嘆き悲しむのではなく、諸国を回ることを決意。
人魚パワーは単に「長生き」というだけなので、伝説にある「橋を建てた」等々は、察するに自力です。
自分で図面を引いたのか、木材担いで金槌をふるったのか、資金提供したのか、有力者を説得する役をしたのか。
細かいことは別として、行動力があることは確かです。
時代が時代だったらなら、自分自身の細胞を使って生物学を極めたりしてたんじゃなかろうか。

類似した伝説は全国各地にあるそうですが、大半は「福井県小浜市(当時の地名は若狭)」が関連しているそうです。
元ネタとなった誰かは実在していてもおかしくないかもしれません。
その頃はきっと、人魚さんもバンバン水揚げされてたんだ。



そんな小浜駅前。
行ってみてから連ドラ「ちりとてちん」の舞台だと知りました。すみません、はっきり言って人魚さんのことしか頭になかったです。
多分、人魚の踊り食いをするようなそんなドラマだったと思います。

小浜駅では貸自転車のサービスが行われていました。素晴らしい。
案内所のおばちゃんも大変親切で、丁寧に観光案内をしてくれた。
あてどもなく歩き回らなきゃいけないかと覚悟していただけに、良い意味で驚き。小浜市、頑張ってる。



海岸にある「マーメイドテラス」。
人魚さんの像が2体ある。
この娘らが食べられたと思うと悲しい気持ちになりますが、街ぐるみで人魚推しなのは良いことです。



更に海岸沿いにある「御食国若狭おばま食文化館」。一言でいえば若狭の食文化の博物館。
別名は「マーメイドプラザ」。
食文化の博物館に「マーメイド」の名をつけるとは、気合の入り方が違います。魚を食べて何が悪い。



そんな揶揄った気持ちで入館したのですが、中は予想以上に充実していました。
ていうか、小浜すごいですね。考えてみれば若狭か。
無知な自分が実に恥ずかしい。人魚さんのおかげで、少し知識が増えました。



前置きが長くなりましたが、目的の空印寺に着。
ちなみに駅から案内板が出てるので、普通に行けばすぐに分かる親切設計。
自転車借りれば5分もせずに行けます。



寺の横にあるのが、件の「八百比丘尼」の洞窟。
夏日で日差しが強かったこともあり、いわゆるおどろおどろしい雰囲気はありませんでした。
そもそも怪談じゃないですし。



右が八百比丘尼像。その横の黒い部分が洞窟入り口。

「洞窟の中にも入れる」という話を聞いていたのですが、入口の戸は締まっていました。
乗り越えられないことはない感じでしたけど、さすがにそれはやっちゃダメだろう…。
そこで、やむなく御寺の方に回ってみた。
せっかくなので拝観していこうと思い、案内に従って玄関ベルを叩いてみた。
ほどなくして出てこられた御寺の方に拝観料を払い、中へ。



軽く拝ませてもらうだけ…と思っていたのですが、御寺のおばちゃんは大変親切で、中を丁寧に案内してくれました。これは良い経験をした。
さすがに御寺の内部深くを写真に撮るのはどうかと思ったので画像はないですが、外やネットからでは分からない話を色々と聞けました。
もしも行かれる方がおられたら、是非、訪ねて行かれることをお勧め。

御寺の中には八百比丘尼さんの像も祭ってありました。
何百年ものかは分かりません。でも、ずっと伝わってきた迫力があります。
そしてその横に、いたって普通のマーメイドのぬいぐるみが飾ってあったのがお茶目でした。現地の人の発想力は違うな!

おばちゃんが言うには、八百比丘尼さんは海外でも取り上げられたとかで、カナダの新聞記事が飾ってありました。
マーメイドの訴求力の高さがよく分かる。
また八百比丘尼さん伝説つながりで、他の伝説土地とも交流があるそうです。そういうネットワークには憧れます。
八百比丘尼さんは、他地方では人魚ではなく「貝」を食べたことになってるそうで。
「その時の貝殻」を八百比丘尼つながりで譲り受けたそうで、祭ってありました。

おばちゃんはずっと「八百比丘尼『さん』」と「さん」付けでした。
その辺に、彼女の愛され具合を感じました。
妙に神格化されるわけでもなく、かといって粗雑にされるわけでもなく。良い塩梅。

なお「一体何しに遠くから来たのか」と聞かれたので「八百比丘尼を見に来た」と答えたところ、「変な人だな」と呆れ果てられました。
それなりに観光客の団体や、自治体の方も来られるそうですが、若い大人(この手の観光地のターゲット層からすれば若い)が一人で来るのは珍しいそう。
何か、ジャンヌ所縁の地に行った時と同じ扱いを受けた気がする。

で、冒頭の「洞窟」ですが。
「中に入りたい」と伝えたところ、「普通に入れる」とあっさり答えられました。
扉の開け方にコツがいっただけで、別に立ち入り禁止にしてたわけではないらしい。

そんなわけで、おばちゃんから懐中電灯を貸してもらい、中へ。
たまたま家族連れが2組ほど、洞窟の前で立ち往生していたので(彼らも入り方が分からなかったらしい)、一緒に。
洞窟自体は数メートルで行き止まりですが、中は意外と暗かった。

例によって、撮影するのは憚れたので画像はなし。一番奥には石碑が建てられていました。
おばちゃん曰く、昔はもっと奥まであったのだけど国鉄が洞窟を勝手に潰したのでそこまでしかない、とのこと。
JRも豪快な真似するな!

中は暗くて涼しいため、水滴が滴り落ちていました。
それを椀に集めてあり一応、飲めるようになっていた。
おばちゃんが言うには、ご利益があるとのこと。
せっかくなので貰っていこうと思ったのですが、続くおばちゃんの「水質検査はしてないけどね!」の一言に、思わず踏みとどまりました。
八百比丘尼さん、ごめんなさい。ま、まぁうっかり不老長寿になっても困りますしね…。



拝観記念に貰った御煎餅。人魚さんの絵が描いてあります。もちろん、食える。

【追記】
 後から知りましたがゲーム「Air」の「summer編」の舞台の元ネタは空印寺だったそうな。おばちゃんも思うまい。まさか自分たちの寺がゲームやアニメになっていたなんて。

ひとまず目的は達したので、次に神明神社(八百姫神社)を目指してみることに。
空印寺にあった案内板によれば、八百比丘尼さんは一時期そこに住んでいたそうです。
ついでと言っては失礼だけど、せっかくなので行ってみよう。



安易な気持ちで向かった先は、予想以上の山の中でした。
普通に息が上がる。
に、人魚さん目当てでやってきて、どうして山登りをしているのか。



片道30分かけて登頂。お城の跡らしい。
ここにあった看板によれば、神社はそこから更に40分進んだ所にある。
軽く絶望しながら進みかけ、15分ほど行ったところで断念。
体力的には特攻できないこともないけれど、さすがに何の装備も準備もなしで、文明の匂いがゼロの片道1時間以上の山道は危険すぎる。
しかもさっき、空印寺のおばちゃんが「クマが出る」とか怖いこと言ってたし!

何でそんなところに人魚さん関係者が住んでたのか心底謎ですが、そんなわけで逃げかえり。
でもそれでも諦めきれなかったので、多少悩んだ末、「山を1時間以上も歩くのなら、逆サイドから登れば実はすぐなんじゃ?」と思いいたり。
自転車で山をぐるりと迂回して、逆方向から攻めてみた。



予想通り、すぐに見つかった。良かった。クマに怯えながら、1時間かけて歩かないで。

残念ながら無人だったため、詳しい話は聞けず。
案内も特になかったので、具体的にどんな逸話のある場所だったのかは不明。
ただ椿(八百比丘尼さんが好きだったらしい)の所に「白玉椿はこちら」なる案内がありました。多分、何か縁がある白玉椿なんだろう。



諸々終わって、海辺へ。名称「人魚の浜海岸」。
つくづく人魚推しです。
海水浴シーズンには早いですが、結構な人がいました。

そんな感じで観光を終え、その後、遷都1300年祭に沸く奈良に向かったのですが、長くなりそうなのでひとまず省略。
朝10時ごろに小浜市入りをし、出たのが18時前。
一日たっぷり遊び倒しました。あまりに遊び過ぎて、貸自転車を返しそこないかけ、迷惑をかけてしまったくらい。申し訳ない。

小浜市はとても感じの良い所でした。
案内所の方にも、空印寺の方にも良くしていただいた。
たまたま出会った地元のお子様たちも、元気に挨拶してくれたり、話しかけてくれたりした。

で、行ってから気づいたのですが「小浜市」といえば。

ロイターも報道!小浜市の「オバマ氏」応援 米大統領選
小浜市の「オバマフィーバー」を紹介 米NYタイムズ紙
オバマ氏から小浜市に礼状届く

オバマを勝手に応援する会

あの小浜市か…。
まさかこんな形で訪問する日が来るとは、夢にも思わなかった。
(ちなみに上述のニュースにある「礼状」は、マーメイドプラザに展示されていた)



左はマーメイドプラザ内の等身大オバマ人形。右はオバマグッズの一つ「オバマロール」。他にTシャツやキーホルダー、箸(小浜は箸の名産地)等々。

まぁ政治の絡む問題で、横合いから色々盛り上げるのは如何なものか、という気がしないでもないですが。
ここまで全力でやられると、もはや批判する方が馬鹿らしく思えてきます。これは良い力技だ。
さすが「人魚を食って諸国放浪」なんてパワフルな娘さんの末裔です。若狭の人たちに敬意を表し、日記を終えて見る。

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今さら感がありますが、先日フランスに行った際に思ったことを幾つか。

1.
今回フランス旅行した目的は友人の結婚式。
友人はしばらく前からフランスに住んでいたのですが、ビザやら何やらの関係で一時帰国。
その際に恋人さんも日本観光にやってきた。

その方の予定としては日本で親御さんに挨拶して、プロポーズするつもりだったらしい。
だけどまぁ友人さんは実に鈍く、そんな緊迫した空気をぬるりと回避してしまい、タイミングをつかめないまま恋人さんはフランスに帰られたらしい。
一大決心でやってきたろうに、気の毒な。

で、その後どうなったかといえば。
二人はSkypeで連絡を取り合ってたそうなんですが、流れでSkype上でプロポーズ。
そのまま結婚にいたったそうな。ネット社会、凄ぇ。

2.
友人の実家は日本にあるので、親御さんとは当然離れ離れ。
だけどそこでSkypeを導入した。
かくして、フランスの片田舎と日本の片田舎が接続され、毎日顔を見て会話ができる環境が整えられました。

結婚してフランス行き…というとかなり大事に思えますけど、10年前の九州-東北よりも近いんじゃなかろうか。

3.
フランスまでは片道4万円。時間にして10時間程度で行けます。
これは下手すると、東京から和歌山や山口の奥にいくより安いし、早い。
10時間と言うのがまた良いです。乗り換えなしなので、飛行機に乗ったら寝てればいい。
前日の夜に徹夜していると、体感時間はほぼゼロで飛べます。
もしくは金曜夜に便が飛んでいるので、その気になれば土日だけで行って帰ってくることも可能。恐ろしい時代になったものだ。

4.
結婚相手の方は日本文化…というかありていに言って日本アニメやゲームに興味があるそうで、普通に部屋にFFのフィギュアが置いてあった。
「ナルト」が大好きだそうで、動画サイトを使って日本放送分をほぼリアルタイムで見ているそうです。
日本の放送から2,3日後にはフランス語に完訳されたものが出回るらしい。
まぁ違法ではあるのだけど、ここは脅威のグローバル力を褒めるべきだと思う。

以前、ルーアンのジャンヌダルク博物館に行った時、ドラゴンボールのガチャガチャが設置されていて唖然としました。
オルレアンのキヨスクで、セーラームーンの成人向け同人誌を見かけたこともあります。
今回の旅行でも、パリはもちろん、コンピエーニュでもトゥールでも「ナルト」や「BLEACH」を見かけた。
ついでにキティも山のように見ました。
コンピエーニュでは、街にうろ覚えキティの落書きまであった。山梨のネコが、あちこちにはびこっている。

親族の方にも知人の中にも、「ナルト」や「ONE PIECE」好きは平然といました。
友人はフランス人相手に日本語の家庭教師的なことをやって糊口をしのいでいたのですが、日本語を勉強したいと思う動機の多くは日本漫画の影響らしい。
「オタク文化」(限られた一部のコアな人向けの世界)なんて言葉は、既に死語なんだと思った。

5.
糊口をしのぐといえば、今回の結婚式で友人は着物を着ました。
ただ、着付けが出来る人間がいない。
そこでフランス現地で、着付けの出張サービスを頼んだ。

来られたのは日本人女性の方。着物の着付けを、フランスで商売にされてる方でした。
フランスで、そんなものが商売になるのか。
話によると、個人やショー等、需要はちゃんとあるらしい。
自分の想像力の狭さを思い知りました。
言われてみれば、むしろ日本よりも着付けができる人間が居ない分、商売として成立するのかもしれない。

何と言うか、商売をするということがどういうことなのか、一端を見た気分。こういうのは素直に尊敬します。

6.
フランスでも世界不況の影響で雇用が厳しい状況だそうです。
結婚相手の方も例外ではなく、今度会社が変わって転勤になるかもしれないとか。
行き先はヨルダンが候補だそうです。

日本でも北海道から東京へ…とか大事だと思いますけど、スケールが違う。
私自身が引っ越しに抵抗感が全くない人間ということもあり(10回以上している)、こういうアグレッシブさは見習いたいです。
私も平然と海外に引っ越しできるだけの行動力を持ちたいものだと思った。家を買うならオルレアンに買いたいなぁ、真面目な話。

7.
帰りの飛行機で、ちょっと悲しかったこと。
どうも修学旅行やツアーシーズンらしく、日本人客が大勢集団でいました。
そこで彼らがしていた会話の中で、「日本食が懐かしい」「日本語が落ち着く」などがやたらに耳に聴こえました。

ある程度、年配の方がそれを言うのは理解できる。
でも学生さんやそれくらいの年齢の若い人まで、それを言うのは悲しかったです。
だったら旅行するなと。あるいは、その気になればフランスでも日本と同等の日本食を食べられます。そういうのを探せと。

ヨーロッパに行って、日本に帰るたびがっかり感に襲われます。
ここ5年ほどの間に4回ほど行ったけど、概ね嫌な思いをするのは帰国してからだった。
もちろん旅行者として行ってるだけだから良い印象しか持たない、というフィルターはかかってるのでしょうけれど。
実際、友人は即行でフランスに戻り、永住する決意をノータイムで決めたわけで。
私もかなうことなら向こうに住みたい。そのためには、言葉を覚えないとなぁ…。

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1週間かけて友人の結婚式に行ってきました。

■1日目 ~移動~

ゆらり揺られる空の旅。
軽く10時間ほどかけて空港に到着。
もはやこの行程にも慣れた気がする。



まさか年に2回も凱旋門を見るとは思いもしなかった。半年前に来ただけあり、観光ノリというより微妙な懐かしさが湧いてくる。



同じくエッフェル塔。
塔の前やシャンゼリゼ通りでは、クリスマス市が開かれていました。
今回の旅行、単独行動が多かったこともあり、食事の大半を市で摂取しました。感謝したい。(食堂は敷居が高いけど、市の屋台は言葉を話せなくても気軽に買える)

■2日目 ~結婚式~

何を血迷ったか友人はフランス人のゲットに成功。
上手いことやりやがった。
そんなこんなで相手の実家で式を挙げることになりました。

フランスの結婚の場合、市長さんの前で夫婦の宣誓をする必要があるそうな。
そんなわけで「結婚式」とは言うものの、場所は市役所の一室で長閑なものでした。
市長さん(都合で代理の方でしたが)が、結婚式の場だと言うのに適当にジョークをかましたり、保証人役の人が大遅刻してきたりと、「ああ、いかにもフランスだ」と思ったり。
私はそんなフランスの適当さ加減が大好きです。
何というか、適当なんだけど一番大事な部分はしっかり押さえて目的は達成してくれるというか。日本の場合、過程は几帳面なのにちゃんとゴールできないことが多い印象。



式の後、ご実家でパーティ。
私はフランス語が全く分からないのでパーティと言ってもどうしようもないのですが、それでも周囲の方が気を使ってくれ、非常に楽しめました。
フランスの人はいい人ばっかりだ。

フランスに行くのは今回で3回目。
初めて行った時も宿泊先のご家庭のパーティ(今回の人たちとは全くの別)に招待されて感激したのですが、「またフランスに来ることはあっても、こういうアットホームな経験をするのはこれが最後だろうな」と思ったものです。
それがまさか、結婚式なんて謎イベントが起こるとは、人生何があるかさっぱり分からん。

結婚相手の方は元々日本が好きだそうで、部屋にはファイナルファンタジーのフィギュアが置いてありました。
お祝いにやってきた親戚の中にも、「ONE PIECE」が好きだという人が当たり前のようにいた。
いわゆるオタク文化は、しばしば世間から孤立したものと言われがちですが、こうやって見るとそんなことは全くない。
コミュニケーションを取ろうとする意志さえあれば、世界中と繋がってるんだなぁと実感しました。
個人的な2009年の流行語大賞は「オールスターズ」なんですけど、これもリアルなオールスターズだと思ってみた。

■3日目 ~コンピエーニュ~



ノルマは果たしたので(?)、3日目以降は趣味のジャンヌ関連の土地を回ってみることに。
百年戦争のいわゆるジャンヌ・ダルクのファンなもので、過去にもオルレアン・ルーアン・ランス・ドンレミと回ってみてます。
今回目指したのは、まずコンピエーニュ。

ジャンヌの簡単な経歴を書くと、1429年に故郷のドンレミを出発、その後シノンに亡命していた王太子シャルルと合流。
陥落寸前だった王太子の最後の拠点・オルレアンを解放し、ランスにてシャルルを国王に即位させます。
これが百年戦争の決定打の一つになり、無事にシャルルは勝利を収めることに。
但し、活躍したジャンヌ自身は疎んぜられ、ランス以降は少数の兵で適当な敗戦処理をさせられ続ける日々。
そんな折の1430年、コンピエーニュにて敗北し、敵兵の捕虜になり、翌年ルーアンで火刑に処せられます。

まぁそういったわけで、コンピエーニュはひたすらに陰気なイメージがつきまとう街です。住んでる方には申し訳ない。
冬のフランスは初ですが、コンピエーニュのイメージ通りの凍える寒さでした。何せ最高気温‐1度、最低気温‐1度という太陽なめてんのかという気温。
ヨーロッパは冬に来るところじゃない。



駅から出てすぐの所にあるジャンヌ像。
ここが彼女が自由に動けた最後の街だと思うと感慨深いです。
ジャンヌが捕えられたのは、コンピエーニュの人々が彼女を見殺しにしたから…という経緯があるので、ここに像を建てるのは何か微妙な気もしないではない。



で、この街に何があるかといえば、城壁があります。それだけ。
上の画像は当時の塔と城壁ですが、興味ない人にとっては心底どうでもいい史跡だと思う。別に博物館や案内板があるわけでもない。
とはいえ私的にはちょっと感動したので、別の記事ででも詳細を書いてみたい。



コンピエーニュの市庁舎の前にもジャンヌ像。
ここでもクリスマス市をやってた。
というか、どこの街でもやってた。恐ろしく寒いけど、こういうのを見れるという意味では良い季節かもしれない。

■4日目その1 ~トゥール~



パリからTGVに乗って1時間強、そこそこ大きい街トゥール。
ここにはジャンヌの鎧を作った武具屋さんが現存しています。
現存と言ってもさすがに今時、鎧で生計は立てられないので婦人服屋になってますけれど、とにかく現存している。



普通の路地に、普通に存在していた。
隣の商店も普通だし、店の前を歩く人々も気にも留めてない感じ。
逆にそれが凄いですね。わざわざ見に行った甲斐があった。

■4日目その2 ~シノン~



ジャンヌが王太子と謁見した山城。
シノンのあるロレーヌ地方は古城が多く、よく観光ツアーも組まれています。
ちなみにシノンは、「ガイドブックには載っているが、観光ツアーからは外される」くらいの知名度です。
前述の結婚パーティの際に「シノンに行く予定だ」と話したところ、「日本人は変人しかいないのか」と即答されました。
そんなポジションの街です。あとまた日本人のブランドを失墜させてしまって申し訳ない。

場所的には、トゥールから乗り換えて更に1時間弱行ったところにあります。
なお前日のコンピエーニュから引き続き、フランス語が全く分からない私一人の単独旅行でした。
友人は話せるけれど、新婚さんなので付いてきてくれなかった。当たり前だ。

仏語はもちろん、英語も壊滅的。それでもちゃんと目的地に行って、帰ってこれた。やれば意外と何とかなる。
さすがに3回目のフランスともなると勝手が分かるし、何より駅の人たちも街の人たちもとても親切で、困ってる私に非常に良くしてくれました。
身振り手振りで注意事項や行き先を教えてくれたり。乗車券の打刻を忘れた私に、「本当は罰金だけど今回は大目に見るよ」と優しく見逃してくれたり。
一応その場で「めるしー」とは伝えたけれど、もしも万が一、フランス語を話せる方でシノンやトゥールやコンピエーニュに行かれる方がいたら、「どこぞの日本人が大変感謝していた」と伝えてくださると嬉しいです。



そんなシノンのお城。
客がほぼ私一人だったせいで(途中で数人と出会いましたが)、心行くまで満喫できました。
ある程度イメージは持っていたとはいえ、実際に行くと全然違う。



左はジャンヌが滞在していた塔。右は城から眺めた眼下の街並み。

RPG等々で「中世の城」は割とメジャーですけど、本物は軽く引くくらい迫力があります。
城の中とか、真昼間なのに手探りじゃないと進めないほど暗いとか。
石の壁や階段の寒々した感じや、外界の音を完全に遮断するせいで耳が痛いほど静寂だとか。
(そんな所をたった一人で何層も上り下りして数時間も探検した私の勇気を、少し褒めて欲しい)
ジャンヌに限らず、西洋ファンタジーが好きな方は一度行ってみる価値があります。



上の画像がジャンヌが王太子と謁見したまさにその場所。現在は破損して吹きさらしになっている。
大広間という割に、かなり狭い。記録では確か数十人ここにいたはずで、かなり窮屈だったんじゃなかろうか…。
そういうのが体験で分かるから、現地に行くのは止められない。

■5日目その1 ~サンドニ~



パリ北部にある教会目当てで行きました。
「サンドニに行くつもりだ」と行ったところ、件の友人から「治安悪いよ」と釘刺されたような所。
確かに微妙に空気が違った。



ジャンヌがパリ攻略戦の時に戦勝を祈願した教会です。
もうこのレベルになるとジャンヌゆかりの土地なのかどうか微妙な領域に入り始めてる。
そんなわけで特段にジャンヌ推しがされているわけでもなく、残念ながらジャンヌ関連のアイテムは発見できませんでした。ちょうど工事をやっていたので改装中だったのかもしれない。

そんな感じでジャンヌネタとしては弱いのですが、ここはそんなものを吹き飛ばすほどの歴史パワーがある。
サンドニは歴代フランス国王の墓所になっています。
従って、歴代国王の遺体が、実際にここにある。

地下の霊廟も見学できて、迫力に呆然とします。
意味分かんないですよ。歴史の教科書に出てくるような方が、現物がそこにいらっしゃる。
初めこそ調子に乗ってデジカメで撮影していたのですが(特に禁止はされていない)、やがて恐れ多くなって止めたくらい。
日本でいえば、鎌倉・室町・徳川歴代将軍の遺体が安置されてるようなもんです。
意味分かんない。本当に。

特に唖然としたのが、ルイ17世の心臓の展示。
彼の心臓がここに収められていることは知ってました。でも、平然と展示されてるとは思わなかった。
通路にさりげなく配置されてるせいで、最初は通り過ぎてしまったくらい。この国はスケールが違う。
(ルイ17世に関してはWikipedia参照

■5日目その2 ~シネアクア~

旅行の最後の行程は、歴史とは何の関係もなくパリの水族館へ。
エッフェル塔の真ん前の地下に謎に存在してる。
時間が半端に余ったので、とりあえず行ってみた。



正直なところ、魚の種類も数も少ないし、敷地も狭いです。
でも見せ方が上手い。
「新感覚水族館」と銘打ってるだけのことはある。美術館巡りに疲れた観光客とかにお勧め。

あと日本と違って安易にイルカに頼らない姿勢も好感度大でした。
水族館は何をするところですか?おサカナさんを見るところですよね。
ところが日本の水族館は、醜悪なる海洋性ほ乳類に魂を売り渡しており、「とにかくイルカ見せれば満足でしょ。サカナ?ああ、イルカの餌のことね」なんて言い出す始末。



パリの水族館はそのような退廃思想とは無縁で、純粋に魚だけを見ることができます。
魚に交じって恐竜とかも展示されてましたが、多分、ヨーロッパの海にはいるんでしょう。
何故か錦鯉とかいるし、何故か日本料理特集とかやってたりもしましたが、深くは気にしない。

■6日目 ~帰国~

と、そんな感じの旅行でした。
飽きもせずに走り回ってました。今は筋肉痛で全身が痛い。
やっぱりフランス大好きです。出来ることなら来年も行こうと思う。

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今年5月の連休にフランス旅行に行きました。
目的はジャンヌ・ダルクの所縁の地の観光。
その時の旅行記をブログにも挙げましたが、それを見た某社から「雑誌でジャンヌ特集やるから画像を借りたい」と問い合わせを受けました。

■週刊 世界百不思議 No.23「“鎧の処女”ジャンヌ・ダルク真伝」

「この世は『謎』と『怪奇』に満ちている」がキャッチコピーの週刊誌さん。
公式ページはこちら
今週はジャンヌ・ダルク特集です。



近所の本屋さんで買ってきた。
歴史系の冊子コーナーに置いてありました。
戦国武将ネタの本が並ぶ中、地味に目立ってる。

公式ページを見ての通り、雑誌の性格としては怪奇モノ。
何せ同号の別の特集では「地球空洞説」が取り上げられています。(有名なトンデモ科学の一つ)
ですので内容を多少懸念してはいたのですが、いらぬ心配でした。

内容的にはジャンヌファンなら既知のことですが、逆に安心して読めます。(史実と違和感を覚えるところもありますが気になるほどでもない)
何より、カラー写真でドンレミの生家が載っているのは密かに貴重。
妙な方向に偏ることもなく、しっかりした内容だと感じました。「ジャンヌ」の入門として良い感じ。

私のところに問い合わせいただいたのはこの画像。



今年のオルレアンでのジャンヌ祭の写真。ミス・ジャンヌさん。異常に可愛かった。

普段、人さまの権利物を勝手に引用しまくりの私ですし、断る理由もなかったので掲載は承諾しました。7ページ目に載せていただいています。
承諾というか、そもそも許可をとるべきは私ではなくミス・ジャンヌさんのような気もしますが、肖像権とか著作権とかどうなってるんだろう?
(彼女は半公人なので通常の使用ならば肖像権は問われない気もする)

ドンレミやオルレアンに実際に行って思ったのが、「ネット社会などと言っても意外と情報が少ない」こと。
せっかく行ったのだから、「この情報を他の人にも伝えたい」と思い旅行記を書きましたが、こうも早く役に立てるとは思いませんでした。
今の世の中、発信しようと思えば意外なところからでも出来るもんだと痛感。
旅行記の更新が長らく止まってますけど、その内ちゃんと完結させようと思った。

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需要もタイミングも無視してだらだら書き続けてみる。

 ■フランス旅行記 2日目「パリからドンレミまで」
 ■フランス旅行記 1日目「パリ」

興味のない方には鬱陶しい長文申し訳ないのですが、最近思うことに「ネット情報は貧弱だ」というのがあるので、微力ながら情報提供したい。
今回行ったドンレミにしても、そこそこ現地に行ってる人はいるし、旅行記もネット・書籍であるにはあるのですが、情報が古かったり表に出てなかったりする。
ネットを使えば何でも情報が手に入りそうに感じがちですけど、意外とここに書いてる程度の内容すらなかったりするんですよ。
(まぁフランス語サイトまで含めればもっと詳しいものはいくらでもありますが)
ですので、これからドンレミ等々に行ってみようと思ってる人や、将来思い立って検索した人の助けに少しでもなるように、とにかく書き綴ってみる。

後、ここを読んでなんとなくフランスに行ってみるかという気持ちになってくださる方が、一人でもおられれば僥倖です。

【ドンレミ・ラピュセル】

無事にドンレミに到着し、荷物をホテルに置いていざ観光へ。
観光と言っても、この村には「ジャンヌの生まれた村」以外の要素はありません。
しかもその最大にして唯一の見どころ「ジャンヌの生家」は、来る途中のバスから見えてました。

運転手さん:
 「ほら、あれが『家』だよ」

親切なのは良いことですが、いきなりネタバレた。

【お昼御飯】

御昼時だったので、まずはご飯を食べることに。
気を使ってくれた知人曰く「先にジャンヌの家を見てから食べようか」。
私は反論しました。「確実に長くなるから、先に食べておこう」。
実際、長くなったので先に食べてて良かった。

旅行記「ジャンヌを旅する」によればドンレミには食堂が1軒あります。
潰れました。
今はありません。

代わって村の外から若者を招き、新しく食堂ができています。
名前は「Table de Jeanne」。
対観光客を意識しまくってます。

この食堂は宿の親父さんに紹介してもらいました。
もっとも、狭い村なので探さなくても分かりますけれど。
だって道が基本的に1本しかないし。

それと宿のおっちゃん曰く「あそこには村の人は行かない」。
なんでも「内装が気に食わんし、高い」「お勧めはしないよ」とのこと。
ひ、ひどい。どこの村でも若者は苦労してます。



店内内装。確かにモダンです。ここはどこだ。
ドンレミに来て、こういうハイカラなお店があるとは思わなかったです。
週に4本しかバスの通らない・近くの村から5km離れた・30戸程度の村の食堂には見えません。

ただ、お店の名誉のために強調すると、料理はとても美味しかったです。



「高い」と言われてましたが、1000円程度。
それでこのボリューム・味なら、日本の感覚だと毎日通えます。
ドンレミに旅行される方は、ぜひ寄ってあげてください。困ってる若者さんのためにも。他に食べるところもないですし。

【ジャンヌの家・受付】



受付は正面左。わずかですが入場料がいります。確か3ユーロ。
気さくなお姉さんが受付をやってくれてました。
ていうか、フランスには気さくな人しかいない。
仮に言葉が話せなくても、行けば適当に入れてくれます。
この村の人たちは、観光客に慣れておられる。



受付のお姉さん:
 「ここで働いて数か月だけど、日本人いっぱい来たよ」

「いっぱい」というのがどの程度の頻度なのか(月に1回でもいっぱいとか言いそうだ)分かりません。
何せこの日の様子を見てると、観光客は1日数組程度しか来てなさそう。
平日とはいえ、受付のお姉さんの人件費すら危ういレベル。
今日はツアー客らしき方が来てたようですが、私が行った時には既に撤収してました。まだ正午だというのに。

ただ日本人が珍しい存在ではないのは確からしく、歩いていても村の人から奇異の目で見られたりはしませんでした。

受付のお姉さん:
 「それと、ちょっと前に英語しか話せない日本の女の子が一人で来た」

変人もいたものです。私も人のことは言えない。

この受付は観光案内所も兼ねており、入口には名産品も展示されてました。



名産品は水。ヴィッテルです。密かにドンレミから目と鼻の先にある。

【ジャンヌの生家】



家です。
それ以外の何者でもありません。
中はわずか4部屋。中にはちょっとした案内とジャンヌ像があります。

それだけ。本当にそれだけの所。
1分あれば全ての部屋を見て回れる。
5分あればもう1周してじっくり見れる。
10分あれば記念撮影をして雑談できる。
15分あれば、いい加減飽きる。

そこに2時間ほど居た。ここが、あの「家」か。
現実感の無さと、目の前の現実ぶりと、こんがらがって何とも言えない気持ち。
何とも言えない気持ちなので、上手く書けない。
ただとにかくボーっとしてた。600年前、ここに誰かが住んでいた。
(復元物という話もありますが、ここではそれはさほど重要ではない)



有名なジャンヌ像は入ってすぐの部屋に。



入って右、ジャンヌの兄の部屋と、そこからのびる階段。
一応2階建てですが、公開部分は1階のみ。
階段にはさりげなく消火器があった。石造りの家なので、燃える要素は木製階段くらいに見えますが、その燃えやすい階段に設置してどうする。



「ジャンヌの部屋」のキャプションが付いていた部屋。
中には家系図が置いてあった。きっちり最後の代まで書いてある。



窓から覗いた外。
見ての通り、外は全力で真昼間ですが、部屋の中は結構暗い。
それに上着なしだとひんやりするくらい涼しいです。さすが石造り。



一番奥の部屋。何の部屋かは不明。



外の庭、入口を背にして右手方向。



同、正面。



同、左。ジャンヌがお告げを聞いたという木。

余談ですが、この木の奥は普通の道。
木を見てたら、奥の道を通った他の観光客から「その家の受付入口はどこだ」と聞かれました。
「あっち」と指さすことしかできませんでしたが、一応通じた。
ここは「どこが受付か分からない」くらい適当な観光地です。
下手したら、木の奥から特に意識もしないまま不法侵入できてしまう。



後先ですが、上述の受付を「家」の方から見た絵。

さてこの手の観光ですが、旅行にあまり興味のない人からよく聞く要素にこういうのがある。
「別に写真で見ればいいじゃないか」。
正論だと思います。ぶっちゃけ、私が日本の観光地にまるで興味が湧かないのはこの辺も理由。

このネガティブ要素を覆すポイントは幾つかあります。
まず思い入れのある場所ならば、純粋にそこに居るだけで思うものが色々ある。
そして(冒頭にもつながりますが)意外と「写真やネットでも公開されてないことは多い」。

私の悪癖ですが、この手の場所に行った時は、表玄関よりも裏口に回るようにしてます。
だって正面の写真なんて幾らでもあるんだもの。
それよりもむしろ、裏口がどうなってるかの方が気になります。



とりあえず、前述のジャンヌ像の裏側。
まぁそれだけといえばそれだけなんですけど、裏側を見たのは初めてでした。
散々正面は写真で見ていたのに。

微妙に罰当たりな気もしましたが、ジャンヌ姐さんは偶像崇拝を推奨はなさらないはずなので、気にしないことにする。
なお姐さんは、そういうことと関係なくブチ切れにおなり遊ばされる気もしますが、それも気にしない。

この「家」はおそらく修学旅行的なもののコースになってると思われます。
というのも、この像や家の中には大量に落書きが彫り込まれていました。
日本の寺社仏閣でもよく見かけるような奴。ここはファンとしては怒るべきなのかもしれませんが、これはこれで生きてる何かを感じた気分。



「家」自体の裏手。玄関から見て左サイド。
この画像の側から後ろを向くと、受付の建物がある。



「家」の左側には小さな川(というか水路?)が流れてます。
見えないですけど、写真の木と家の間を流れてる。



「家」の右サイド。上の「お告げを聞いた木」の先に踏み込んだところ。
「芝生に入るな」の看板があったので、それ以上は入れなかったのが残念。



その看板。奥にはゴミ箱。

「家」の真裏にはジャンヌダルクセンター。そして普通の民家。
この「家」は建前上、入場料がいるわけですが、入ろうと思えば余裕で無料で入れます。
だって、裏はそのまんま普通の道路で、普通に村の中に通じてるのだもの。ほのぼのしてる。



ジャンヌダルクセンターを背にして、「家」を撮った画像。
車が停まっているところが民家。
その真横がジャンヌの家。物凄い立地条件です。羨ましい。

そんな感じで端から端までぐるぐる回っては見てたせいで、気がつけば2時間も。
同行してた知人は即座に飽きて、変人を見る目でこちらを見ていました。
まぁ、旅行なんて興味がなければそんなもんです。

以下、相変わらず続く。

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海外では「明日のナージャ」が大人気!

そんなわけで、不毛の大地が広がるイメージの強いヨーロッパ大陸。
そこにはプリキュアさんの栄光はありません。
かの地に神はいない。人はそれを地獄と呼ぶ。

その地獄の一つフランスに、先日の連休中に行ってきました。
せっかくですので、お土産として向こうのアニメ誌を買ってみた。
わざわざ海外まで行ったのですから、現地のリサーチをしないといけません。偏った目線で。



まぁフランス語が読めないので内容はさっぱり分からないのですが。

取り上げられているコンテンツはごった煮状態です。
どういう経緯でフランスへの輸出が決定されてるのか分かりませんが、「めぞん一刻」特集の横で「ハルヒ」が微笑んでいたりする。
じゃあ極端に時間差があるのかといえば、最新版「スレイヤーズ」や「ナルト」は既にフランス戦線に投入されてるみたい。基準がよくわからない。

現地の子供相手に、日本語の家庭教師もどきをやってる知人曰く、「ナルト」の人気は素晴らしいそうです。
というか、それがモチベーションで日本語勉強してるっぽい。
他にニンテンドーDSの人気ぶりも強かった。どこの駅に行っても見かけました。人気ソフトは音ゲーもどきみたいで、日本とは違うっぽかったですけれど。

日本のアニメ誌にない特徴として、「放映中のアニメ情報」が「フランス」と「日本」の2本立てになってます。
放送もDVD販売もされていない日本アニメの情報を手に入れてどうするのかとも思いますが、日本文化として興味を持ってくれてるようで素直に嬉しいです。
ちなみに、「日本の最新アニメ情報」の1ページ目はこれ。





天下の桃園さんを差し置いて。
フランス的に要注目されてる勝者さんは「マリー&ガリー」でした。
「マリー」に全額ベットして、毎週レビュー記事を書いていた方々は勝ち誇りつつ、配当金を受け取られてください。

仏語が読めないながらも目にとまった記事としては、「日本の漫画に見る漫画家特集」らしきもの。
漫画家が主役の漫画は最近では珍しくもない気がします。
確かに特集組めるだけのネタはあるのかもしれない。

そんな数多の漫画家キャラの中でも、真っ先に紹介されるべき最もポピュラーな方は、日本でも大人気の彼でしょう。





炎尾燃さん。
亜城木先生だなんて若造のことは知りません。
こうして日本人像が歪んでいく。

前述のとおり、プリキュアさんのお姿はどこにも見られず。
ですが。





日奈森さんは燦然と微笑んでおられた。
一体両者の何が違うというのか。
ああ見えて、日奈森さんは仏語が得意だったりするんでしょうか。
それともこれがフランス娘のモルセールさんを雇用した成果なんでしょうか。
全くもう。プリキュア娘にもフランスの関係者がいるのに、全然役に立ってないじゃないですか。気の毒なので名前は伏せますけど!

雑誌から離れて街中を見まわすと、「ナルト」や「ブリーチ」はそこかしこで見かけました。あと「遊戯王」。
東欧でも山のように見たし、ジャンプ陣営は実に優秀です。
で、我らの女児向けコンテンツとしては、一番見かけたのは奴でした。



どこに行ってもわらわら居た。
さすがは「おねがいマイメロディ」で最も人件費が高かった噂される御大です。
出演時間は毎回10秒程度だったのに、ギャラの7割はあの猫のものでしたからね…。
残りの2.5割は白ウサギ、0.5割はその弟のもの。歌ちゃん?彼女は背景の小道具扱いでの清算ですよ。ちくしょう。
(なお、海外では得意の擬態をなさってませんでした。日本では各地で名産品に擬態した変態プレイの数々を晒してる御大も、海外では猫を被っておられる)

フランスでの日本アニメ熱は継続的にかなり高いらしく、コミケ的なものも開催されています。

 JAPAN EXPO 2009

今年で10周年。毎年7月初めに開催されてて、今年のメインテーマの一つはCLAMPさんらしい。
以前に某格闘ゲームの大会に招待されて渡仏したことがあるのですが、その時のイベントはこれだったんだろうか。
大会名を忘れてしまったので確認できないのですけど、もしそうだとしたら随分と大規模に成長されてます。エネルギーや勢いは日本以上なのかもしれない。

日本以上といえば、以前にフランスに行った時には、駅のキヨスクで普通に「セーラームーン」さんの如何わしい同人誌が売ってあって発狂しました。
描いた人も、まさか海の向こうでそんなことになってるとは思うまい。
今回も多少はそういうサプライズを期待したものの、残念ながら遭遇できず。ちぇ。美翔さんの変な本見かけたら絶対買おうと思ってたのにー。
でもBLは余裕で見かけました。オタク文化と呼ばれる日本も、普通にフランスに負けてる気がしないでもない。


最後に、せっかくなので現地の「なかよし」っぽい雑誌と、「ちゃお」っぽい雑誌を買ってみた。





「Witch」と「Wink」。
相変わらず仏語が読めませんが、イラスト的には日本とそう変わらない気もする。
登場人物の小娘様はちゃんと変身なさったりしてる。
変身モチーフとしては妖精が多い感じ。今の流行りなのか。それともお国柄なのか。

フランスでの知名度や立ち位置はもちろんさっぱり分かりませんし、そもそもフランス原産かも不明ですが、どこの本屋でも見かけたのでそれなりのシェアはあるんだと思う。
ただ向こうの大人の間では、明確に認知できるほどの知名度はないっぽい。
というのも、上記の本、まとめて1か所で買ったのですが、どさりとレジに置いたところ、レジのお姉さんからうんざりした声でこう言われました。

店員さん:
 「Wink!Wink!Wink…!」

いやWinkだけでなくWitchも買ってます。
どうも区別はついてないらしい。
ていうか、購入した本に突っ込み入れる店員!ひぃっ!

さすがの私も猛烈に恥ずかしいです。
思わず苦し紛れに「それは娘ので…」的なことをモゴモゴ口走ってしまいました。
なんて見苦しい。

店員さん:
 (にっこり)
 「貴方はとても彼女を愛してるのね」(的な英語)

一瞬、意味が分かりませんでした。
そして次の一瞬、『私の娘の物』と言おうとして『それは私の娘だ』と言ったことに気が付きました。
ただの危ない人です。客の買った本に突っ込みを入れる店員と、いきなり嫁発言する客!地獄絵図だ。

でも気の利いた答えだと向こうは受け取ったのか、対応が急に朗らかになり、別れ際には「アリガトー」と日本語で声掛けてくれました。
これがエスプリってやつですか。
私もフランスまで来て、ようやく少しは一人前になれたのかもしれない。だけどもうこんな体験をするのは嫌だ。


【蛇足】

フランスに行くのなら彼女の出番とばかりに、日本からフランス娘を連れて行ってあげました。



ピンボケしてるのは彼女の人権に配慮したからということにしておこう。
現地で大活躍かと思いきや、全く話題にもなってないこの体たらく…。
これだから檸檬は困る。

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