つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

花はどこへ行った?

2023年02月19日 09時30分00秒 | 手すさびにて候。
          
♪夕空晴れて 秋風ふき
 月影落ちて 鈴虫なく
 おもえば遠し 故郷のそら
 ああ わが父母 いかにおわす

クラス担任「松尾佐知(まつお・さち)」が弾くオルガンに合わせ、
児童たちが「故郷の空」を歌う教室には、しんみりとした空気が満ちていた。
前任者「小賀武志(こが・たけし)」戦死の報が届いたのだ。
対照的に学校の外--- 金沢の街はお祭り騒ぎ。
“バルチック艦隊撃滅!”
対馬海峡での大勝利を受け「バンザイ!」「バンザイ!」の大合唱が木霊していた。

♪すみゆく水に 秋萩たれ
 玉なす露は すすきに満つ

遺影に捧げる唱歌が2番に差し掛かかったところで、俄に「佐知」の表情が曇る。
大きな瞳が潤み、眉根に深い皺が刻まれたとみるや
意を決したように身を翻し、背後の黒板の前に立つ。
手にした白いチョークに力を込めた。

美しい 日本
美しい ---

手が止まった。
呼吸が苦しい。
心臓が早鐘を打つ。
身体が激しく拒んでいた。

出征直前「小賀」は、同じ黒板に次の言葉を書いた。 

美しい國 日本
美しい國 ロシア

そして、こう言い遺し戦地へ赴いていった。

「先生がまたこの教壇に戻ってくるまで、この字を消さんといて欲しいんや。
 いいか、ロシア人がみんな日本人の敵やと思うような考え方はしちゃいかんぞ。
 ロシアにはな、トルストイという世界的に有名な先生がおるんだ。
 トルストイは何よりも人を愛する心を一番尊いとしとる。--- 先生もそう信じとる。
 お前たちもな、トルストイのような人を目指して、立派な大人になって欲しいんや。
 わかってくれるか!?」

「小賀」の願いは叶わず、黒板の文字は消されてしまっていた。
せめて彼の遺志を継ぎたい!
子供たちにあの人が伝えたかったことを覚えていて欲しい!
そう思った「佐知」だったが、最後まで書くことができない。
愛する男を殺した国「ロシア」の三文字は、どうしても書けなかった。

ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百十九弾「映画・二百三高地の夏目雅子」。



前述したシーンに遺影として登場する小学校の教師「小賀武志」役は「あおい輝彦」。
その恋人「松尾佐知」を演じたのが「夏目雅子」。
明治天皇「三船敏郎」、伊藤博文「森繁久彌」、児玉源太郎「丹波哲郎」、
乃木希典「仲代達矢」、その妻 静子「野際陽子」。
誠に豪華絢爛なキャスト陣である。

総製作費15億円(当時)。
製作に費やした期間は丸3年。
主題は明治日本の大事件、日露戦争。
昭和55年(1980年)夏に公開された映画『二百三高地』は、
文字通り、東映が総力を挙げて取り組んだ「大作」と言っていい。

タイトルの由来は、標高203メートルの小さな禿山。
数千もの血を吸ったこの名もなき丘陵地をめぐる攻防が戦局を左右した意味で、
日露戦争を象徴する激戦地である。

--- 今から数えて43年前、
中学生だった僕は父兄同伴で金沢・香林坊の映画館へ足を運んだ。
ロビーに日露戦争で着用した軍服・軍帽・サーベルなどが展示してあったのを覚えている。
何しろストーリーの柱になるのは、金沢を駐屯地にした「第9師団」。
「プラザ劇場」は“ご当地映画”として力を入れていたのだと思う。
事実、作中には、金沢ロケで撮影した見覚えのある風景、
聞き覚えのある石川弁も随所に散りばめられていた。

内容は、ご覧になった方ならご存じの通り。
米と絹しか産業のなかった東アジアの弱小国家が、
面積、人口、国家歳入、軍事力、全てにおいて敵わない大国になぜ挑み、
どう戦って、薄氷の勝利を得たのかを壮大なスケールで描いている。

戦闘シーンは、古今東西、戦争映画最高峰の1つ。
それだけに凄惨を極める。
CGはまだ影もカタチもない頃。
本物の火薬と生身の人で創る殺し合いの映像の連なりは、
戦争の怖ろしさを追体験でき、そこに正義などないことを思い知った。
更に、ロシア文学を学び、ロシア語に通じ、ロシアを敬愛する平和主義者だった「小賀」が、
「ロシア人は全て自分の敵だ!」と言い放つ変貌ぶりは、身震いを禁じ得ない。
「さだまさし」の歌う主題歌「防人の詩(さきもりのうた)」にも深く感じ入り、
僕は心に反戦平和の火を灯したのである。

ところが隣に座るサヨクの人---父親は「映画も歌も右寄り」と断定。
評価・意見が分かれるのは、エンターテイメントが負う宿命なのだ。


<津幡町・大西山の忠魂碑と、清水区戦没者芳名石板。>


今回、古い映画の話題を持ち出したのには2つの訳がある。

1つは、僕が故「夏目雅子」さんのファンである事。

『TVドラマ 西遊記』。
『トラック野郎・男一匹桃次郎』 。
『鬼龍院花子の生涯』。
『時代屋の女房』。
『魚影の群れ』。
『瀬戸内少年野球団』。
それぞれ役どころによって違った魅力を放っているが、
やはり個人的なナンバー1は『二百三高地』。
銀幕に映る「佐知」は、思わず息を呑むほどに美しい。

もう1つは、ウクライナとロシアの戦争が始まって、もうすぐ1年になる事。

映画『二百三高地』の舞台、19世紀末は「帝国主義」の時代。
欧米諸国も、ロシア帝国も、大日本帝国も、
各地で軍事力を盾に恫喝したり、実際に行使するケースは珍しくなかった。
いわゆる“力による一方的な現状変更”である。
当時と今を一緒くたにはできないが、2023年2月の東欧では現在進行形。
「Россия(ロシア)」あるいは「Путин(プーチン)」の文字に嫌悪を覚える
「第二第三の佐知」が大勢いるのではないだろうか。

--- さて、日露開戦の頃に生まれた女性作家がこんな短い詩(うた)を詠んでいる。

“花の命は短くて、苦しき事のみ多かりき”

その言葉をなぞるかのように「夏目雅子」という大輪の花が手折られたのはご存じのとおり。
昭和60年(1985年)9月11日、没。
享年27。
急性骨髄性白血病だった。

彼女の闘病をキッカケに誕生したのが、一般財団法人「夏目雅子ひまわり基金」。 
癌治療の副作用によって脱毛に悩む方々へのカツラの無償貸与。
骨髄移植ドナー登録の呼びかけ、啓発活動などを行っている。
ひまわりの名を冠しているのは、故人が好んでいた花であり、女優人生の原風景だから。

「夏目雅子」が演技者を志したのは17歳の時。
映画『ひまわり』を観て衝撃を受けたのがキッカケという。
第二次大戦で引き裂かれた男女の悲恋を描いた名作『ひまわり』のハイライトは、
画面いっぱいの地平線まで続くひまわり畑。
無数の兵士や市民たちの墓標として風に揺れる黄色い花々は、
実に美しく、異様な迫力に満ちている。

その撮影場所がウクライナで、ひまわりはウクライナの国花。
(ちなみにロシアの国花でもある )
当初、盛んに“抵抗の象徴”として取り上げられていたのを覚えているだろうか?
しかし昨今、めっきり耳にしなくなった。
花はどこへいった?

鳴りを潜めた背景には、様々な要因があると思う。
戦争が長期化(常態化)するにつれ浮き彫りになる構図、
「ロシア一家 vs アメリカ・NATO連合会」は、まるで“世界大戦”。
終わりが見通せず不安は弥増し、不安は疑心と疲弊と荒廃を招く。
戦地の被害も消耗も拡大し、残酷でおぞましい現実の数々を目の当たりにする。
人心からゆとりが削られ、胸襟から花壇が奪われてしまった。
僕はそんな風に考え、こう思うのである。

花よ、枯れるな。            


                  
コメント (6)
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