先週だったか、j-waveで、安田菜津紀さんという報道カメラマンの女性が
ゲストで出ていて、気になっていた。
別所さんも言っていたけど、24歳とは思えない貫録というか、
悟った感を持っているのは、人一倍苦労されてきたのかな、と思う。
中学生の時にお父さんとお兄さんを亡くされているそうです...。
【情熱大陸】フォトジャーナリスト 安田菜津紀 カンボジア(YOU TUBEより)
2008/5
情熱大陸extra 過去の放送 - 情熱大陸
安田さんのホームページを見ると、本の紹介が。

ファインダー越しの3.11/原書房
安田 菜津紀、渋谷 敦志、佐藤 慧
読書が極端に苦手な私ですが、一気に読んでしまいました。
(※この後の記述に、人によって不快に思う表現があります。/佐藤慧さんの部分)
私たちは、「そんな悲惨な場面でカメラを向けるなんて」と思うことがある。
そうかと思えば、悲惨な状況の写真を「見たい」と思う気持ちもある。
私たちは、仮にその矛盾を抱えていたってしょせん他人事で済むけど、
現場にいるジャーナリスト・カメラマンの方たちは、
撮るべきか、撮らざるべきか、
時間は過ぎていく、今この瞬間しかない現実と
どう向き合えばいいのか、とても悩み、苦しんでいました。
<安田菜津紀さん>
被災地に入ってもシャッターを切れずにいたけど、
朝日をバックにそびえ立つたった一本の松に感動し、
シャッターを切り、”
やっとカメラマンらしい仕事ができた”と思った。
(「
希望の松」)
でも、地元の人は「
以前の姿を知っている人たちにとっては、
あの松を見ると波がいかに凄まじかったか、その脅威しか感じられない」
という言葉に、”
今までいかに、目に見えるものしか写してこなかったか”と、はっとする。
その後、入学式の写真を撮る写真館が被災していると知り、
記念写真を撮ったり、波にのまれて汚れた写真を洗ったり、
写真教室を開いたり・・・
子どもたちの笑顔の写真も撮っている。
<佐藤慧さん>(表紙の写真は佐藤さん自身)
ご自身が被災地で行方不明のお母さんを探すという当事者です。
”「
報道とは道に報いると書く。写真をただ撮るだけではだめだ。
誰に報いるために、どう生きるのか。
報道するものはいつもそのことを考えなければならない。」
一人の写真家である前に、自分という人間が試されている。”
行方不明のお母さんを瓦礫の中で探す佐藤さんの文章、
”
僅かな命の存在すらも許さないほどに叩き潰された
破壊の只中に身を置くと、まるで生きているということが
異質なことのように思え、”・・・
シャッターの音が響くほど静かな光景。
想像したら鳥肌が立ちました。
避難所を回り、そこにいないことがわかると、遺体安置所へ・・・
目を背けたくなるような光景を文章にしている。
被災地で家族を探すという当事者でありジャーナリストだからこそ、
この早い時期に、生々しい表現で書くことができるのかもしれない。
瓦礫の中を歩いていると、人間が腐ってゆくにおいが体に入り込む。
潰れた車には、遺体があったということを示す赤いペンキで印がつけられている。
お母さんが暮らしていた部屋にたどり着くと、
そこにはカラスの死骸、ころがる岩牡蠣が。
お母さんは、約一か月後、家から9キロほど離れた場所で、
ご遺体で見つかったそうです。
飼っていた二匹の犬のリードを握ったまま。
私たちは、どんなに被災地のことを想像しようとしても、
考えたくないことはぼやけていると言っていい。
でもその場にいる人は、なにもぼやけることはない。
残酷にすべてを目の当たりにする・・・
2012/3/5追記
↓こちらから抜粋が読めます。
母を探して ―陸前高田から―
LIVEonWIRE_JOURNAL(ライブ・オン・ワイヤー・ジャーナル) – beta-
<渋谷敦志さん>
やはり、ジャーナリストとしての葛藤に苦しむ。
瓦礫の中で見つけた小さなぬいぐるみから、
津波と福島第一原発が住民の”日常”を一瞬でうばった現実を実感し、
胸を痛めた。
南相馬市で出会った消防団員の男性から、
写真を撮ってほしいと言われて撮った一枚の写真。
消防団の人たちの笑顔とは、あまりにも不釣り合いな後ろに写る光景が、
悲しすぎます。まだ家族が行方不明の人もいるのに・・・
* * *
No.14 伝えて、残す、フォトジャーナリスト【安田菜津紀さん】
安田さんは、酒井駒子さんの絵本が特に好きだそうで、
今年は、写真絵本を作りたいとおっしゃっていました。
とても興味あります。